14話 ずうっと一緒

「――どうして、俺に隠してたんですか?」


 屋敷に帰るなり、ルイスはアメリアを私室に連れていく。

 夜会の喧噪覚めやらぬ中で、ルイスの冷静な声音がアメリアの耳に届く。


「やっぱり俺がいったとおり、セエレに脅されていたじゃないですか。どうしてあの時素直に教えて下さらなかったんですか?」

「そ、それは……いち使用人が、旦那様に余計な迷惑をかけるわけにはいかないとおもって……」


 ルイスがネクタイを緩めていく中、アメリアは気まずそうに佇んでいるだけ。


「……貴女には言葉を変えたほうがいいですね」


 そんな彼女を見て、ルイスは困ったように頬をかき歩み寄る。


「俺が貴女の執事だったとき、もし俺が同じようなことで貴女に隠し事をしていたら……アメリア様は怒りませんか?」

「怒るに決まってる! そんなの不当な脅しで、私なら絶対に助け――」

「それと同じですよ」


 はた、と言葉を詰まらせたアメリアにルイスはにこりと微笑んだ。


「俺だって主人として大切なメイドである貴女をお守りしたかったんです」

「……ごめんなさい」


 寂しそうな顔をするルイスにアメリアは深々と頭を下げた。


「どうして、隠したんですか?」

「……貴方にこれ以上私に巻き込みたくなかったんだ。前世だって、ルイスは私のせいで死んでしまった。私と関わったら貴方を不幸にしてしまう。ルイスには今世こそ幸せに生きて欲しかったんだ」


 アメリアはルイスの顔を真っ直ぐと見つめた。

 その気持ちに嘘偽りはない。彼は絶対に自分と一緒にいない方が幸せになれる。もうあんな別れ方をするのは御免だから。


「だから……これで私たちの関係はもうお終いだ。短い間でしたが、お世話になりました」

「なにを仰っているので?」

「貴方の約束通り、夜会に同行しました。だから、これで私はこの屋敷を離れ――」


 ルイスが腕を掴み、アメリアの言葉を遮る。


「その話ですが、俺は一度も「わかりました」とはいってませんよ?」

「え……」

「俺が貴女を手放すと思いましたか?」


 その瞬間、ルイスは思いきりアメリアの腕を引いた。


「な――っ!」


 体勢が崩れ、背中に走る柔らかい衝撃。

 目を開けると天井が広がっていて、ルイスが覆い被さってきていた。


「ルイスっ、なにを――!」

「黙って聞いていれば、貴女はいつも勝手に勘違いをして空回りをする……そういうところは前回から変わってませんね」

「俺が死んだのは貴女のせいではありませんよ」

「嘘をいうな!」


 そんなはずはない。そうじゃなきゃ、今侯爵として自分の前にいるはずがないというのに。


「俺はあの夜、貴女に救われました。そして貴女は一人で逝ってしまった。一人残された俺の気持ちがわかりますか?」

「……ルイス」


 ルイスの顔が苦悶に歪む。苦しそうに自身の胸を掻きむしった。


「あろうことか守るべき主人に命を救われた。そしてその主人は何者かに殺された――俺は貴女を殺した人間を絶対に許せない。だから犯人を捜しまわったんです。その途中で――」

「まさか――」

「下手を打って殺された。誰に消されたかは残念なことに覚えていないんですよ。だから俺は生まれ変わり、この侯爵という立場を利用して犯人を捜そうと思ったんです」


 ルイスの説明に今までの事が腑に落ちていく。


「どうしてそんなことを! 私のことなんか忘れて、貴方は自由に生きるべきだ!」

「そんなの無理だ! 俺は貴女がいない人生など考えられない! 復讐に燃える中で、貴女は再び俺の前に現れてくれた……!」


 ルイスはアメリアをぎゅっと抱き締める。

 その腕は悲しみと嬉しさで震えていた。


「だからこそ、今度は俺が愛する貴方を守ると決めたんです」

「愛……?」

「お気づきでは無かったですか? 俺はずっとずっと、貴女を愛していたんですよ?」


 愛おしそうに頬を撫でるルイスをアメリアは揺れる眼差しで見つめる。


「侯爵という立場なら、俺の思いは叶えることができる……やっと貴女を手に入れられると思って心躍りました」

「なら……どうしてセエレと……」

「サーヴェンに近づくためですよ。そして……貴女に発破をかけるため」

「……?」


 にやりと笑い、ルイスはアメリアの耳元に口を寄せる。


「ヤキモチ、妬いていただけて嬉しかったです」

「な、なななな――っ!」


 真っ赤になるアメリアを見下ろし満足そうに笑うルイス。


「俺だって、ずっとずっとそうだった」


 途端に真顔になり、彼女の手首を掴みベッドに縫い付ける。


「前世の貴女が、サーヴェンに笑いかける度いつも嫉妬で狂いそうだった。今だって、ずっと……あの男はいやらしく貴女をみていた。あの男にだけは貴女を渡したくはなかった……絶対に……」


 空いている片手でルイスはアメリアの体をするりと撫でる。

 そして上まであがってきたその手はアメリアの首にかけられる。


「……っく」

「他人に壊されるなら、いっそのこと俺の手で壊したかった。何人たりとも貴女に触れるのは我慢ならない」

「ルイ……」

「俺はね、アメリア様。貴女を愛しているんです。どろどろに甘やかしたくて、時に壊したくなって……できることならずっと離れずに過ごしたい。ずっとずっと、俺は貴女のことだけを考えて生きていきたいんだ」


 底知れぬ独占欲と執着心。

 従者から向けられていた底知れぬ愛の重さをまじまじと見せつけられたアメリアは息をのんだ。


「だから無茶苦茶にしてやったんですよ……あの親子を」

「え……」

「貴女の死に、間接的にでもサーヴェンは関わっていた。俺から貴女を奪った人間を、俺は絶対に許さない。だから……生まれ変わり、侯爵という地位を見つけ、俺は貴女を殺した犯人を突き止める」


 目の前の男は、アメリア以上にアメリアの死に復讐心を燃やしていた。

 生まれ変わっても自分を思っていてくれることにアメリアは嬉しさと同時に少しの恐怖も抱いている。

 そして今度こそ、とルイスはアメリアの両頬に手を添えた。


「俺は貴女を守り抜き、貴女を俺の物にしてみせる」


 だから――。

 その続きはアメリアの耳元で囁かれる。まるで悪魔のような囁きだった。


「これからも俺だけのメイドでいてくださいね――アメリア様」


 その笑顔は美しくも恐ろしい。

 元主人と執事の奇妙な関係はまだまだはじまったばかりである――。

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前世従者のメイドに転生しましたが、ご主人様の溺愛が止まりません 松田詩依 @Shiyori_Matsuda

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