13話 許さない

「セエレ。貴女との婚約を破棄します」


 その一言に、会場はしんと静まり返った。

 それもそうだろう。今夜の夜会の主催者はランペル親子で、本来ならこの場でルイスとセエレの正式な婚約を発表するはずだったのだから。


「ルイス様……一体なにを……?」


 セエレは状況が飲み込めていないように立ち尽くし、目をぱちくりと瞬かせる。


「ルイス、お前は自分がなにをいっているのかわかっているのか! 幾ら侯爵といえども、そのような横暴が許されるはずがないだろう!」


 サーヴェンはシャンパンが滴っていることも忘れ、ルイスに掴みかかっていく。

 ルイスはその手を冷めた目つきで振り払う。


「許すもなにも、婚約だと勝手に迫ってきたのはそちらでしょう」

「ルイス様、ウソですよね!? だって、私たちはあんなにも愛しあっていたじゃないですか!」


 セエレは目に涙を滲ませながら、ルイスの腕に縋る。


「愛? 俺は一度たりとも君に『愛している』といった覚えはないけど?」

「なっ――」

「それに……」


 ルイスはアメリアの傍に立ち、彼女の腰を抱いて引き寄せる。


「俺の大切なメイドを脅し、傷付けようとする人間を俺が愛すなんて本気で思っているのか?」


 胸ポケットから手紙を取り出し、セエレの前に落とす。

 見覚えのある蝋印。あれはセエレからアメリアに送られたはずの手紙だ。


「どうしてそれをルイス様が!」

「俺はあの屋敷の主人だよ? 郵便物くらい把握してるさ。いやあ……セエレ、君がこんなにいい性格をしているとは思わなかったよ」


 にこりと笑いながら、ルイスはこれ見よがしにセエレの胸元に手紙を押しやる。


「アメリアがこの屋敷を出て行かなければ、俺と結婚したあと使用人たちがどんな扱いをうけるかわからない……でしたっけ。ふふ、凄い脅し文句だな。その権力は父親の七光りだというのに、我が物顔で振る舞うなんて……勘違いも甚だしい」

「あ……ああ……」

「俺の大切な家族に危害を加えようとしている人間と結婚なんかするはずがないだろう? まあ、どちらにせよ……俺は君と結婚するつもりなんて最初からなかったけれど」

「……そんな」


 皆の前でそう告白されたセエレは怯えあがりながら、その場に崩れ落ちる。


「サーヴェン卿。貴方のご息女は俺の大切な使用人を脅し、当家から引き離そうとしたのです。そのような仕打ちを見過ごすわけにはいかない」

「セエレ……お前、なぜそんな余計なことをっ!」


 サーヴェンは顔を真っ赤にしてセエレを睨む。

 初めて父に怒られたであろう彼女は、怯えきり目に涙を滲ませた。


「おやおや……父親ならば大切な娘を庇わなくていいのですか?」

「侯爵に無礼を働いたのはこの大馬鹿者だ! これは父としてきちんと叱らなければならないだろう!」

「おや、それは立派な心がけだと思いますが――」

「ふ、ふざけないでよっ!」


 サーヴェンに叱りつけられたセエレは涙を零し、肩をふるわせながらこう叫んだ。


「だって! あの女が、ルイス様の傍にいるから! 私は立場を弁えさせようと思って! それに……あの女が欲しいっていったのはお父様じゃない!!」

「だ、黙れ!!!!!!」


 セエレの慟哭を聞いて、ルイスの口角ににいっと上がる。

 悪魔のような微笑みを見て、アメリアは背筋が氷ついたのを感じた。


「ふ、ふふっ……ありがとう、セエレ。君のお陰で俺の計画は完璧に進められる」

「ルイス……様?」

「サーヴェン・ランペル。他人から奪った地位を我が物顔で謳歌するのは楽しかったですか?」

「貴様はなにをいって……」


 その瞬間、ルイスの表情から笑みが消えた。

 サーヴェンの胸元を鷲掴み、自身のように引き寄せる。


「――ファタール伯爵の屋敷に火を放ったのはお前だろう」

「な――」


 ルイスの言葉にアメリアが目を見開く。


「そもそも貴様は伯爵の地位に目が眩み、あの人に近づいた。そして彼女を殺せば、伯爵の地位を貰うとでも唆されたのか?」

「き、貴様は一体なんの話をしているんだ! 大体それは何十年の前の話で――」

「奪った地位で仰ぎ見る空はさぞかし気持ちが良かったことだろう。人を一人手にかければ、その後の罪なんて紙のように軽かっただろうなあ?」


 その瞬間、ルイスは懐から大量の写真や書類をばら撒いた。


「――な!」

「貴方の悪事、ここにいる皆さまにご覧頂きましょう」


 そこには複数の使用人と関係を持ち、賄賂や裏取引に身を染めるサーヴェンの証拠がばっちりとうつっている。


「ランペル卿が……」

「そんな……ファタール伯爵を殺したなんて……」


 それを見る貴族たちから冷たい視線が突き刺さる。

 サーヴェンは顔面蒼白になり脂汗をダラダラ流している。


「ち、違う! これは何かの間違いだ! そもそも俺はアメリアを殺してなんかいない!」


 その場に尻餅をつき、何度も首を横に振る。

 その無様な姿をルイスは白い目で見下ろした。


「お前は俺を利用するために近づいたんだろうが……最初から俺に利用されていたんですよ」


 そしてしゃがみ込み、サーヴェンの耳元に口を寄せる。


「――アメリア様を貶めたお前を滅茶苦茶にしてやるよ」

「ひいいいいいいいっ!」


 悪魔の囁きに、サーヴェンは白目をむいて空を仰ぎ見た。


「――さ、アメリア帰りましょうか」


 まるで今の出来事がなかったかのように、ルイスは微笑みながらアメリアの肩に自身の上着を掛ける。


「どうして……」

「詳しくは、帰ってからお話ししますよ。さあ……面倒なことになる前に行きましょう」


 騒動に巻き込まれる前に、ルイスはアメリアの肩に自身の上着を掛け会場の外へと出る。


「ルイスどうして……」

「ああ、お気になさらず。貴女が俺から離れようとした理由も全てわかっていますから」


 ルイスはアメリアの唇に人差し指を当ててそっと微笑む。


「――ルイス様……私たちの婚約は」

「さようなら、セエレ。二度と会うことないでしょう」


 呆然と立ち尽くすセエレをルイスは目をあわせることなく通り過ぎたのだった。


「……さあ、アメリア。次は貴女のお仕置きの時間ですね」


 ルイスはアメリアの肩を掴みながら、耳元で楽しげに囁くのであった。

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