12話 邪魔はさせない

「……セエレ」

「もうっ、ずっと探していたんですよっ!」


 ぷうっとセエレは頬を膨らませながらルイスを見上げる。


「セエレ、これは……」

「わかっております! ルイス様はお優しいから、アメリアさんに最後の思い出をつくってさしあげようと思ったのですよね! 私それくらいで怒るほど心が狭い女じゃありませんから!」


 どの口が物を言う、とアメリアは内心突っ込みたかったが気にしない振りをした。

 セエレはアメリアを睨みながらも勝ち誇ったようにルイスと腕を絡ませる。


「ルイス様、次は私と踊っていただけますか?」

「もちろんだよ、セエレ」


 ルイスは微笑みながらセエレに体を向けた。

 彼がセエレの手を取るところを見たくなくて、アメリアは気付かれないようにそっとその場から離れる。


(これでいいんだ。セエレはルイスを愛している。きっと二人なら幸せになるだろう……)


 再びワルツの音楽が流れはじめ、踊り始めた二人をアメリアはぼんやりと眺める。

 先程のダンスが夢のようだった。ルイスに握られた手の感覚はまだしっかりと覚えている。

 自分がルイスに抱いている感情は決して恋ではない……と思う。

 だが、これまでずっと傍にいた彼が違う人と並び立つ。それがこんなにも寂しいものなのかと、アメリアは小さく息をついた。


(ルイスはさっき私になにをいいかけたんだろう……)

「――アメリア」


 名前を呼ばれ、はっと顔をあげる。


「……サーヴェン、様」


 そこにいたのはサーヴェンだった。


「君も来ていたなんて驚いたよ。ルイスのお供かい?」

「……ええ」

「ルイスは随分と君を気に入っていたようだったからね。手放してくれるとは思わなかったよ。粘ってみるものだな」


 サーヴェンは嬉しそうに笑いながら、アメリアにシャンパンを差し出す。


「いえ、私は仕事中ですので……」

「君が我が家に来てくれることを祝して、だよ」


 そこまで言われたら断れず、アメリアはグラスを受け取り一口飲んだ。


「……こうして見ると、君がメイドだとは誰も思わないだろうな」


 サーヴェンがアメリアの髪を撫でる。


「綺麗だよ、アメリア」

「……ありがとうございます」


 その言葉にアメリアははにかむ。

 昔もサーヴェンに同じ事を言われたことがあった。なんだか酷く懐かしい。

 サーヴェンはいつもアメリアに甘い言葉を囁き、ありったけの贈り物をくれた。

 元はといえば、夜会でたまたま出会った彼が猛アプローチをしてくれた。


(サーヴェンは純粋で、一途で……愛しているといわれて悪い気はしなかった)


 彼と結婚していれば、自分もいい家庭を気づけていたのだろうか――なんてことを思ってしまった。


「名前のせいかな。君といると、元婚約者のことを思い出すよ」


 サーヴェンの話にアメリアはぴくりと反応した。


「彼女の名前もアメリアといってね。とても美しい女性だった……」


 懐かしそうに目を細めるサーヴェンの話をアメリアは黙って聞く。


「……まあ、でも今思えば死んでくれてよかったのかもな」

「――え」


 その呟きにアメリアは目を丸くする。


「あの頃の俺は位が低くてね、なんとしても成り上がりたかったんだ。そのためには、彼女を利用すればいいと思ったんだ」


 サーヴェンの話が上手く理解できない。

 突然の告白に目の前が歪み、足元が覚束なくなる。


「でも、彼女の執事がうるさくてねえ。いつも俺に敵意を向けていた。たかが使用人のくせに貴族に刃を向けようとするなんて……」

「――は?」


 執事――それはつまりルイスのことだ。

 その瞬間、血がふつふつと沸き立っていくのがわかった。


「……っとついつい昔の話をしてしまった。年を取るといけないね。それでだ、アメリア。君さえよければ俺の愛人に――」

「ふざけるな」


 アメリアはぎろりとサーヴェンを睨んだ。


「わかりきっていた。どうせお前は私を利用しているのだと!」

「ア、アメリア……?」


 突然叫んだアメリアに音楽が止まる。

 周囲はざわつき、アメリアに注目が注がれる。


「私のことだけならまだしも、私の大切な執事のことを侮辱するな! 無礼者!」


 アメリアは手に持っていたシャンパンをサーヴェンに思い切りかけた。

 わかりきっていた。

 『女伯爵』なんて周囲が利用するためのお飾りだということ。

 女であれば取り入りやすいと何人もの男が寄ってきたこと。

 自分のことだけならどんなことでも我慢できた。愛のない結婚だってできた。

 だが――。


(そんな自分に誠心誠意仕えてくれたルイスを侮辱することだけは許せない!)

「アメリア……お前は自分の立場がわかっていないようだな……?」


 目の色が変わったサーヴェンにアメリアはそこで自分の立場を思い出す。

 これは前世のこと。のアメリアには何ら関わりのないことだった。


(――こんなところで問題を起こせば、ルイスに迷惑が)


 はっとしてルイスを見ると彼はじっとこちらを見ていた。


(ルイスは私に尽してくれたのに、私は彼になんの恩も返せない……)


 それどころか彼の顔に泥を塗ることしかできない。

 申し訳なくて、いたたまれなくてアメリアは動揺していた。


「――私のメイドが失礼致しました、サーヴェン卿」


 すると彼はアメリアの前に立ち、深々と頭を下げた。


「ルイ……」

「たかが使用人が貴族に向かってこのような行動……幾ら侯爵といえども許されると思うなよ!」

「わかっておりますよ。ですがその前に、お二人に伝えようと思っていたことがあるのです」


 ルイスはにこりと微笑んだままこう続けた。


「――セエレ・ランペル嬢との婚約を破棄させて頂きたい」

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