11話 このままずっと……

 その晩、ランペル家では盛大な夜会が開かれていた。

 ルイスの護衛という名目で同行させられたアメリアは、貴族たちと挨拶を交わすルイスを遠目で見ながら壁の花を決め込んでいた。


(夜会なんて久々だけど……この世界はあまり変わらないな)


 笑顔を張りつけた貴族。見栄と権力のいがみ合い。

 一見輝かしく見える世界だが、その腹の中は闇の底よりもどす黒い。

 貴族社会の中で生きていく上で社交界は切っても切り離せない。正直アメリアはこの世界があまり好きでは無かった。


「――懐かしいですか?」


 そこにルイスが戻ってきた。


「昔の嫌なことを思い出しました。それより、いいんですか? 貴方にご挨拶したい方が沢山いらっしゃるようですよ?」


 アメリアが視線を向けた先には、年若い令嬢たちがちらちらとルイスに視線を向けていた。

 ルイスの美貌は目を惹く。着飾ってこの場に来れば、目立って当然だろう。

 彼が微笑んで手を振れば、令嬢たちは「きゃあ」と黄色い悲鳴をあげて散り散りになった。


「いいんですよ。どうせ挨拶されたところで覚えられませんし」

「おや……貴方は記憶力だけはとてもよかったじゃないですか」

「それは仕事上必要だから覚えていたにすぎませんよ。興味のない人間を覚えるほど、俺は優しい人間じゃないんでね。それに――」


 ルイスに手を取られ、ようやくアメリアは彼の顔を見る。


「今は貴女と一緒なのですから。一曲踊っていただけますか?」


 タイミングを見計らったかのように、ワルツの音楽流れはじめる。


「メイドと踊るなんて正気ですか?」

「――誰も今の貴女をメイドだとは思いませんよ」

「な――!」


 突然、ルイスはアメリアの手を引きホールの中央に移動しながらダンスの輪に入っていく。


(ダンスなんて久々で……っ!)


 足がもつれそうになるが、アメリアはなんとか体勢を立て直す。


「やはり、ダンスは体に染みこんでおりますね。とてもお上手ですよ、アメリア」

「……ルイス様こそ、相変わらずなようで」


 頭上から降り注ぐ声はとても楽しげだ。

 ダンスの時はパートナーの顔をじろじろ見ない。故に二人は目線を合わせることなく会話を続ける。


「……よくこうしてダンスの練習相手になってもらっていたな」

「だというのに、貴女はいざ舞踏会にきても一切踊らなかったではありませんか」


 二人の足運びは寸分狂わず正確で、息の合ったダンスに周囲の人々の視線が注がれている。

 注目を集めながらも、二人の会話は音楽にかき消され誰にも聞こえることはない。


「女伯爵と踊りたがる好き者なんていないだろう。それに……」

「ん?」


 ちらりと、アメリアは一瞬ルイスを見ると彼は優しい眼差しで見つめ返していた。

 前世のときとなにも変わらない冷静で穏やかな青の瞳。もし、彼が婚約者だったら――なんて思ったことがないとはいえない。


「――貴方よりエスコートが上手い殿方はいなかった」

「……貴女は本当に狡い人だ」


 ぐっとルイスがアメリアの腰を強く引く。

 さらに密着する形になり、アメリアの鼓動が高鳴った。


「アメリア様、貴女は自分と踊りたい物好きなんていないと仰いましたが……俺は貴女とずっとこうしたいと思っておりましたよ?」

「ルイス……」

「使用人ではなく、こうして一人の男として貴女と過ごせるなんて夢のようです」


 笑みを浮かべるルイスにアメリアは釘着けになる。

 この世界は階級こそ全て。主人と使用人はあくまでも雇用関係であり、その階級の壁を越えることは絶対に許されない。

 なぜなら前世のアメリアには貴族の婚約者がいて、今のルイスだって――。


「アメリア様、俺のワガママを聞いてくださってありがとうございました」


 そして曲が止まり、二人のダンスは終わる。

 惜しみない拍手が注がれる中、繋いでいた二人の手が名残惜しそうに離れる。

 夢の時間はあっという間に終わった。これでまた二人は主人と使用人の関係に戻る。


(ふっ……名残惜しい、なんて思うとは)


 アメリアは自嘲を浮かべ、ゆっくりとルイスの顔を見る。


「ありがとうございました。はじめて、夜会が楽しいと思えました」


 笑顔で彼に精一杯の感謝を伝えると、ルイスがその肩を抱き寄せた。

 抱き締められるようなかたちになり、アメリアは驚き目を丸くする。


「アメリア様。俺は貴女のことをずっと――」

「ルイスさまああああああああああっ!」


 ルイスの言葉を遮るように現れたのは、例の婚約者のセレナだった――。

 

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