第3話・名前はもうある

すっかり夜も開け、地球と変わらない太陽のものが、ノゥ・スペースを明るく照らしている。



「これ美味しい!なんだろ?紫のさくらんぼ?」


「双子都市で有名な果物、ジェミーだろうね。…チェリーとGeminiを欠けたシャレ、なんだろうか。」


イオ・ジュピターとテイレシアスは、宿の直ぐ側にあった喫茶店で、朝食を食べていた。

2人が食べていたのは、モーニング限定の珈琲付きパンケーキ。星の焼印がしてあり、添えられたホイップクリームにジェミーが乗せられていた。



「Geminiってふたご座のことだよね?でも、ノゥ・スペースの星座って見たことないものばかりだよね。その割に都市の名前になってたりするけど。」


ノゥ・スペース。例外を除いて、転生者のみが存在する異世界。『違う宇宙』と教えられた通り、もしかすると地球が存在していた宇宙ではないのかもしれない。



「おはよー!朝早いなぁお前らは。」


少し遅れて、プロキシマ・ディッパーが合流した。

何やら動きが歪で、よく見ると小柄な少年…オサカナ・フォーマルハウトが背負われていた。



「おはよう!相変わらずオサカナは朝弱いね…」


「……」



手足は脱力しており、全体重完全にプロキシマが支えていた。ただ一点を見つめるアクアプレーズの瞳は、何時にも増して眠たそうだった。



「お前また目開けたまま寝てるだろ!起きろ!朝だ!」


「……っ?!」



背負っていたオサカナを無理矢理席に座らせ、鼻を摘む。急に呼吸ができなくなり、大きく開いた瞳にはいつものマイペースな輝きが戻っていた。



「……ここはどこだ。」


「喫茶店だよ。トーストでも頼むかい?」


「…ああ。」



テイレシアスは、メニュー表の文字を指で触れる。

『日替わりトースト珈琲付き』の文字は複写され浮かび上がり、クルクルと回り始める。

テーブルの上に浮かんでいる文字にもう一度触れると、真っ直ぐ厨房へ飛んでいった。



「俺はサンドイッチにしよっと。」


同じ手順で、プロキシマは珈琲付きのサンドイッチを頼んだ。

初めてこの注文をした時は魔法が日常に使われている感覚に感動したが、今となってはファミリーレストランでタブレットを使って注文するのとなんら変わらないものだった。



_____



朝食を終え、軽く買い物をしてからポルクスを出る。元々魔王と戦うつもりでいたのだ。必要なものはだいたい揃っていた。



「この山越えるのも2回目だな…結構大変だったよな?」


「まぁ、道はわかっている。前回より早くたどり着けると思うよ。」



本来ならば、魔王城前のラスト・ダンジョンは、様々なドラマが繰り広げられる場所だろう。しかし、なんせ彼らがここへ来るのは2回目だ。

まるで一度魔王に負け、コンティニューしたような気分で、山道を淡々と歩いた。


…そして、魔王城は見えてきた。


辺りは不自然に暗く、魔物の声が聞こえ禍々しい。いかにも悪役が住んでいそうな場所だった。



「暗い。」


「ね。夜みたい!」


すっかり目も冴えたオサカナは、魔王城を見上げる。真っ黒な煉瓦で作られた壁、鉄格子のような窓。確かに立派な城だが、住みたいとは思わなかった。



「で、何処から入るんだ?」


プロキシマは辺りを見回す。

これだけ大きな建物なのに、扉は見つからない。隠されているのだろうか?



「どこか別の場所に入口があるのかもしれない。探してみようか。」


暫く周囲を探索する。城と同じく真っ黒な煉瓦で作られた城壁に、見たこともない植物。異世界と呼ばれるこの場所でも、中々見ない不思議な場所だ。



「あ、オサカナ。足元になんかあるぜ。」


「?」


「…魔物が掘った巣穴だろうか?」



オサカナの足元に、小さな穴が空いていた。

魔物達は魔王に仕えているという噂がある。おそらくこの辺りには、沢山の魔物が暮らしているのだろう。



『…?貴様今、魚と言ったか?』


「?!」



突然、獣の唸り声のように低い声が響き渡る。

魔王城がグラグラと揺れ、鉄格子の間からがあふれ出てきた。

影はオサカナ達の前で積み重なり、実体を作り上げてゆく。

瞬く間に、2メートル程の漆黒の存在が出来上がった。



「なんだ?!」


「これが、魔王?」


髪と輪郭の境目がわからない程、足元から頭の先まで漆黒の一色。人間の形はしているが、頭に角のような形が見えた。



『魚は、どこだ。』


漆黒の存在の顔らしき場所に、二つの黄色が現われる。瞳だ。

黄色い瞳はまるで猫のように瞳孔を細めていた。



「魚?オサカナのことか?」


プロキシマはオサカナの方に目をやる。オサカナは真顔で漆黒の存在を眺めていた。小柄なオサカナより、40センチは大きな存在だった。



「おれはオサカナ・フォーマルハウト。魚ではない。多分、美味しくもない。」


『……人の名か。残念だ。』


漆黒の存在は、角のようなものを下げた。

それは、まるで動物の耳のように見えた。



「…あなた、もしかして猫…?」


『……見る目があるな。お嬢さん。』


黄色の瞳はイオを捉え、微笑んだように見えた。

その仕草にどことなく可愛げを感じ、恐怖は薄くなってゆく。



「…なるほど。前世は猫だった、というわけかい?」


『そちらのお嬢さんも冴えているな。その通り。我は前世、名前もない猫だった。ある日人の子がトラックと呼んでいる鉄の塊に轢かれ、気がついたら魔王と呼ばれていた。』


「魔王の正体は、まさかの猫か…」


もっと凶暴な存在を予想していたプロキシマは、会話ができる程度には理性のある魔王に戸惑っていた。しかも、正体は猫ときた。こうなってくると、ますます倒しづらい。



『人の子は我を魔王と呼ぶが、我にだって、名前はもうある。』


「なんて名前なの?」


『アルシャウカトだ。気軽にアルと呼んでくれ。』


魔王への恐怖は、すっかり消え失せていた。

同時に、テイレシアスの頭には疑問が浮かんできた。



「ではアル、聞いてもいいかい?僕には君が、魔物を従えて世界を荒らしているようには思えない。世界を荒らしているのは、本当に君なのかい?」


『世界を荒らすとは、猫聞き、いや人聞きが悪いなお嬢さん。我は、魔物たちへ腹をすかせてほしくないだけだ。』


「…さっきも魚を欲しがってたけど、俺達の村を壊滅させないといけないぐらい、食べ物に困っているのか?」


プロキシマがノゥ・スペースへ来たときには、故郷であろう村は壊滅させられた後だった。村人たちはどこかへ消え去っており、孤独な始まりだった。



『…魔物が食べ物をあさりに人の子の村へ入ることはよくある。だが、魔物は人を食わん。魔物達もまた、転生者なのだからな。それも、だいたいは犬や猫、鳥なんかだ。』


「…なるほど。そもそも王様に言われた『魔王を倒せ』は、世界征服を止める為なんかじゃなくて、猪や熊が人間の畑を荒らさないようにする、のようなものだったわけだ。」


テイレシアスは納得の表情をしていた。

転生というものは、説明せずとも共通認識できるゲーム知識など、ある程度のが必須だ。

そのため、王様に武器を託され、魔王を倒せと言われた時、魔王が世界征服か、あるいは姫でもさらったのかと勝手に思い込んでいた。しかし実際は、もっと現実的だったのだろう。



「…じゃあ、俺がいた村を壊滅させたのは、別にいるのか?」


『おそらくな。…とやらに聞けば、何かわかるかもしれんが。』


「……神?」


オサカナはジトッとした目を心なしか開き、小さく肩を動かした。



「神が、存在しているのかい?」


そんなオサカナの様子に気づくことなく、テイレシアスは質問した。



『ああ。この世界を生み出した神だ。我も会ったことはないがな。噂じゃ、雲の上にいるらしい。』


「雲の上…もしそれが本当だとして、どうやって会いに行けばいいんだろう…」



イオは頭を悩ませる。魔法で宙に浮くことはできるが、なんせ雲の上なんて広すぎる。探し出すよりも先に、こちらの体力が尽きるだろう。



『…なんとなくだが、赤毛のお嬢さんならたどり着ける気がする。我の野生の勘だがな。』


「え…?」


「どういうことだい?」


アルシャウカトが質問に答える前に、『ギャーオギャーオ!』と、城の方から獣の叫び声が聞こえた。



『おっと…愛しの我が子がお目覚めだ。すまないね、人の子たちよ。ここでお別れだ。今度来る時は是非、ありったけの食料を持ってきてくれ。そうすれば、魔物はもう人の村へ入り食料庫を荒らしたりしない。』


「待ってよ!」



イオの声が届いたのか否か、アルシャウカトはあっという間に影の姿へ戻り、鉄格子の隙間を通り、魔王城の中へと消えていった。



「…子持ちだったのかよ。」

住んでいる場所と見た目と口調が彼を魔王とさせているだけで、彼は本来、ただの優しい父親なのだろう。



「私なら、たどり着ける…?」


イオは呆然としていた。野生の勘といっていたが、何故だかとても信憑性を感じてしまった。



「……神。」


たった二音の言葉に取り憑かれた者がもう一人。

オサカナはただ、いつもの真顔で虚空を見つめていた。前に一度、『神の悪戯』という言葉にも、何やら心がざわついたような気がした。



「…とにかく、ここを去ろう。薄気味悪さで気が狂う前にね。」


なんとも言えない空気を正気に戻すのは、何時だってこの冷静な藍色だった。



「だな。雲の上への行き方を探しに行こうぜ!」


「…そうだね!悩んでても仕方ないし。」


「……。」


テイレシアスは鞄から流星の砂を取り出す。

こういう小道具の扱いは彼女が一番上手いからか、流星の砂は基本彼女が所持している。



「さて。行き先はどうしようか。」


「んー、王様に報告するのもありだけど、あの広島のじーさん、色々適当だからな〜」


「面白い人だよね!」


転生者達は気を切り替えて、次の行き先を考える。

スペース城か、もう一度ポルクスに戻るのもありだ。



「…南。」


「?どうしたオサカナ。みなみ?」


「南に行きたい。」


口数の少ないオサカナが、自ら提案することは滅多にない。しかし彼が口にする場所へ行くと大概、な出会いをする。

実際、ギルドで組んだ2人のパーティは、オサカナの提案した方角へ進んで行くうちに、4人になっていた。

そんな昔のことを思い出し、プロキシマは思わず口元を緩めた。



「そっか。なら、そうするか!」


「君は相変わらず、オサカナに甘いね。」


「お前も大概だろ!」


「あはは!みんなの可愛い末っ子だもんね!」


転生者達はオサカナに、温かくて優しい目を向けた。オサカナは人生一周目で、パーティ最年少。それに加えてこの天然ボケな性格だ。あの日思わず、『守る!!!』と叫んでしまったぐらいには、この空色の少年には不思議な魅力があった。



「南かぁ、水瓶都市・サダルスウドなんてどう?幸運のお守りで有名だし。文字通り雲を掴む旅になりそうだから、運頼みも大事だよね!」


「いいなサダルスウド!前寄った時はあんま長居できなかったし、観光しようぜ!」


「じゃあ、決まりだね。」



朝か夜かもわからないほど不自然に暗いこの場所に、青い光の粒が舞う。

行き先は『水瓶都市・サダルスウド』。

青い光は旅人達を包み込み、流星の如く飛んでいった。

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