第2話・転生者とはなんだ?

「ポルクス到着!」


流星の砂の力で、ふわりとワープポイントへ着地する。大概、ワープポイントは都市の入口にある。


ノゥ・スペースは、全世界でありながら、一つの国のようなものだ。

日本でいう都道府県のような区切りはあるが、他の国は存在しない。そのため、入国書などは必要ない。

先ほど出会った広島のじーさんこと、『ピース・スペース国王』は、あれでいて相当偉い人なのだ。



ここは双子都市・ポルクス。

娯楽街が並ぶ華やかな街だ。双子都市という名の通り、隣にカストルという街があり、姉妹都市として栄えている。



「一番近くの街とはいえ、魔王城までは山岳を越えなければならない。少し休んで、明日にでも出発しよう。」


テイレシアスの提案に、それぞれ頷く。

娯楽街ということもあり観光客が多く、宿も多い。

空いていた近くの宿を取り、とりあえず腰を下ろした。



「せっかく魔王城付近の森まで来てたんだけどなぁ…みんな転生者だってわかって、混乱して王様に聞きに行っちまったぜ。」


ポルクスに来るのは二度目だ。

魔王城付近の森で野宿をしていた夜。

このパーティの転生者3名は、魔王城に行く前に自分の正体を明かそうとした。

「話がある」と同時に口にした為、あのような状況になったのだ。



「…おれにはまだ、転生者がなんなのかわかっていない。転生者とはなんだ?」


オサカナ・フォーマルハウトは、いつもの真顔で仲間達に問いかける。



「ええっとね、前世の記憶があるまま、別人として生きてる…というか…うーん…」


「前世…?」


イオ・ジュピターが必死に説明しようとするが、正直自分でもよくわかっていないらしく、頭を抱えてしまった。



「要するに『生まれ変わり』ということだ。…とはいえ、僕はノゥ・スペースに来たときにはもう17歳の姿だった。子供時代の記憶はないから、感覚的には生まれたというより、『現れた』に近いが。」


「難しい…」


テイレシアスの言葉は全て事実で、わかりやすくまとまっていたが、そもそも生まれ変わったことがないオサカナには難しい話であった。



「オサカナも、瓶からコップにジュースを移したことはあるよな?」


「ある。」


『教える』才能を発揮したのは、以外にもプロキシマであった。手慣れた様子で、先生のように説明してゆく。



「さっきまで瓶に入っていたジュースと、今コップに入っているジュース。違うものか?」


「いや。同じだ。容器が変わっただけだ。」


「そう!器が違うだけで、中身は同じ。これが俺達、転生者。ジュースは記憶、瓶は体。今ここにいるのは、コップに注がれた俺。でもオサカナと出会う前は瓶に入っていたんだ。この瓶が、前世ってやつ。」


「…なるほど。少しだけ理解した。」


オサカナはジトっとした目を少し開き、アクアプレーズのように輝かせた。



「凄いねプロキシマ!先生みたい!」


パチパチと拍手を鳴らしながら、イオはプロキシマへ尊敬の眼差しを送る。



「みたいっていうか…俺前世で家庭講師してたから、その時の癖かな?」


「へぇ、以外だ。正直、勉強が得意そうには見えないからね。」


テイレシアスは驚いた表情でプロキシマを見る。

夕焼けのオレンジ色の短髪に、活発そうなファイアオパールの瞳。勉強より運動が得意そうに見えたし、実際旅の最中でも、彼の身体能力の高さには助けられてきた。



「勉強が得意っていうか、年下の相手が得意?なんだと思う。中学生に勉強を教えていた時期があるんだけど…」


過去を語る中、突然、プロキシマは何かを思い出したかのように口を閉じた。軽く握られた拳は、震えているように見えた。



「…どうかした?」


「……いや。まぁ、俺の話はいいじゃん!イオとテイレシアスは、前世どうだったんだよ?」


一瞬見せた暗い表情は、気の所為だったのか。そう思えるほど、彼は楽しげな表情をしていた。



「私はね、病院生活だったんだ。子どもの頃から体が弱くて。でも、そんな私にも楽しみがあってね…」


「楽しみ?」


イオは、腰に吊るしていた星が装飾された杖を手に取る。いわゆる魔法の杖だ。

杖を手の前で持ち、何やら可愛らしいポーズを決める。



「魔法少女のアニメを観ること!もう、暇さえあればずーっと観てた!だから今、本物の魔法使いになれて、幸せ!」


「へー!じゃあ、夢が叶ったんだな!」


明るく活発なイオに、そんな過去があったとは。

病弱な前世では、走り回ることすらできなかったのであろう。転生生活を満喫しているようで、一層輝いて見えた。



「魔法使いはいなかったのか?」


「そっか。オサカナは生まれたときから魔法が当たり前だもんね。」


ノゥ・スペースでは、魔法は当たり前に存在している、日常生活に不可欠なものだった。



「俺達がいた世界では、魔法がなかったんだ。」


「…そんな世界が、あるのか。」



オサカナは、魔法が使えない自分を想像してみた。喉が渇いても水は出せないし、怪我を癒すこともできない。魔法の使えない人間がどうやって生きていたのか、見当もつかなかった。



「テイレシアスは?今も美人さんだし、前世でも可愛かったんだろうなぁ」


イオは、自分より頭一つ小さいテイレシアスの顔を覗き込む。大きな瞳と長い睫毛は、お人形さんのようだった。



「美人かどうかは知らないが、僕は男だったよ。」


「「ええ?!」」


プロキシマとイオは声を合わせて飛び上がる。



「なんで僕っ娘なんだろうとは思ってたけど、そういうことだったのか…」


プロキシマは斜め上の伏線回収に感動すら覚えていた。

この世界の住民全てが転生者だと知った今、これから先同じようなことが何度も起こるのだと思うと、色々と覚悟を決めておく必要がありそうだ。



「ごめんね!!今まで距離近かったよね?!」


イオは慌てた様子でテイレシアスから離れる。

今まで同性として接してきたが、もしかしたら距離感を間違えていたかもしれない。



「いや。正直性別なんて前世でも気にしたことがないから、そこは安心してくれたまえ。」


「前世もお前はお前だな…」


プロキシマがうんうんと頷く。

テイレシアスはビジュアルが半端じゃなく良いからか、男性からは勿論、女性からもモテる。

旅の行く先々でナンパされていたが、誰もが目を惹く色男だろうと、夜の艷やかな美女だろうと、テイレシアスは氷のように冷たい目を向けあしらっていた。



「…みんな、本当にがあるんだな。」


オサカナは転生者達を順に見る。

オレンジの髪にファイアオパールの瞳、赤い髪にターコイズの瞳、藍色の髪にラブラドライトの瞳。3人の姿は完全にこの世界に馴染んでいる。

…前世では一体どんな姿だったのだろうか。



「オサカナからしたら、信じられない話だよね」


イオは慈愛の目でオサカナを見る。自分にないものを語られたって、実感できやしないだろう。信じられなくても無理はない。



「いや、信じる。おれは、みんなのことを信じているから。」


「オサカナぁ!!」


全くこの子はなんて良い子なんだと、プロキシマは思わず親のような顔をしてしまう。オサカナは16歳ぐらいのはずだが、反抗期はどこに置いて来たのだろうか。



「ともあれ、すっかり日も暮れた。前世の話だけで暫くネタは尽きないだろうが、明日に向けて今日はもう休もう。」


窓の外には青く輝くな満月が見えた。どういうわけだか、ノゥ・スペースの月は常時青い。最も、あれが地球で見た月と同じなのかはわからないが。



「そうだね。話足りないけど、今はとにかく、魔王城を目指さなきゃね!」


「てかオサカナ、ちゃんと目閉じて寝ろよ!たまに起きてんのかと思うぐらい開いたまま寝てるから怖い!」


「そうなのか。知らなかった。」



そんな会話をしながら、大部屋に仕切りがしてあるだけの、簡易的な個室へと散らばる。


地球の月明かりほど優しさは感じないが、アクアリウムのように神秘的な青い光の筋が旅人達を微かに照らし、その日の冒険は幕を閉じた。

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