第37話 夜明けはそこに
波を風の防壁で弾いたらしい。
器用な真似をするものだが、くどい姿勢は褒められたものではない。
私は再び刀を左腕の鞘から取り出すと、今日間に肩を掴まれた。
「大丈夫。私なりの殺意で止めるだけよ。キョーマ、彼女の視界を出来る限り封じられるかしら」
安堵の息が聞こえて、了解の声が耳位に入ると、私は綾部紬のとの再戦に集中する。
右手にある大人一人分の大きさのコンテナを、私はまるでサッカーボールを扱うように蹴りとばした。狙いは紬一直線に、追うように私は突進する。
ナイフを投擲するのは相手の手数を減らす点では有効だが、決定的一撃を与えるのには効力が低い。その点、大人一人分ほどのコンテナならば、視界を封じることができる。
刀の間合いに入ると、眼前の映像に息を飲む。
コンテナが風の斬撃により、真っ二つに割れた。
これを食らえば不死の私でも、エネルギー消費により気絶まで持って行かれそうだ。
落ち着き、再びブラフを入れる。
「二度目は効力がないのね」
一度受けたハッタリは学習しているようで、無意識的攻撃がこない。徐々にこちらが劣勢になっていくと背後から殺気がして、振り返り確認する。
白い蛇のような生き物、式神か。
大きさは優に私の三倍はある。
先にこの大蛇を処理しなければ、厄介な戦闘になる。
この終局寸前のタイミングで式神を投与してきたということは、残りはないと見る。昨晩の斬った式神は、未だ回復していないのだろう。
大蛇めがけて駆けるが、白い鱗の外側に風の防壁が生じる。
恐らくは風の操作能力で大蛇を堅守したのだろうが、お構いなしに風の中へ飛び込んだ。
風の操作は視覚に入っていないといけない。つまり、相手の視覚を封じれば安全である。
私は今日間を信じている。故に止まることはない。
大蛇の機敏な動きは、巨体を動かしているとは思えないぐらい軽やかだ。
牙でこちらを狙うが、この式神は低級らしい。
賢く思考することもなく、直進してくる辺り脅威ではなかった。
牙の猛攻を跳ねて回避し、刀を逆手に持って眼を潰す。
あとは至って単純、細々と斬り裂くだけだ。
巨体な白い蛇は倒れると、私の目標は紬に戻る。
「結、あとは――!」
今日間は魔術の力の多大に使い、体力の限界がきたようだ。
消耗戦はこちらが不利だと思われる。よって、決着をつけるために私は走り始めた。
風撃が飛び交う中で、私は紬の方へ。前に、前へ。
全身全霊で駆けろ。
「私は何にも屈しない。私は殺意の権化、平夜結だ――」
ハッタリもせず近づくと、無意識に紬は烈風を生じさせた。自身を守るため、全てを弾くような勢いの風だ。しかし、私は凄まじい烈風にも負けず、ここまで加速してきた勢いを余すことなく使い、紬を押し倒した。
歯を食いしばり、刀を突き刺す。
綾部紬の顔の真横、白銀の刀が月光を反射した。
「あなたが兄さんを殺した。だから、消えて――」
暴れて離れようとする彼女を強引に左腕で押さえつける。
「ええ。私が綾部幸人を殺した。だったら何? 復讐して気が済むわけ? 犯人を殺せば気が済むわけ? あなたは大勢の犯人を犠牲にして、それで幸せなわけ?」
愚問と言いたげな紬の表情。
問いかけても無駄なのかもしれない。異能に逆らえない紬には到底届かないのかもしれない。だったら、ダメもとで彼女の脳裏に消えない言葉を焼き付けてやる。
「人を殺して満足する生き方が、あなたにとってそんなに大事なの?」
「わからない。わからないから、消すしかないの。そうじゃなきゃ」
「ふざけるな――!」
私の叫びに紬はびくりと身を強張らせた。
私はいつも今日間に人の在り方を聞かされている。
他人の在り方を他者が決めることは、あまり好きではなかった。
紬の在り方を否定する気もない。だが、私の前で殺人を正当化する、甘えたような口を利くのだけは納得できない。
だけど、彼女の甘えた部分が、昔の私と何処か似ている。
「害を消したところで過去は消えない。あの血の惨状が消えることはない。いいか綾部紬、お前の起こした罪が消えることもない」
「もういい。早く私を殺して。楽にさせて」
唇を強く噛んで、血が垂れる。
その台詞は私が言いたいくらで、理解に苦しむことはない。けれど。
「お前を殺して何になるの? お前の望みなんて聞くわけがない。聞く価値がない。甘えるな綾部紬。お前は生きて、いずれ逝く時がくる。永久を生きるわけではないだろ。その有限ある時間を使って、考えておけ。自分はどうあるべきかを」
偉そうに語る資格なんてどこにもない。
だから、今日間が言いそうな発言を強めに言った感じだ。
彩夏が言っていた、彼が未来を決めることが何となくわかった。
私では足りない。私自身のことも、綾部紬を説得することも、私の力では不可能だ。
立ち上がり、気力を失くした紬を尻目に今日間の方へ歩く。
きっと彼女は大丈夫だ。
平夜結のように弱くない。あれだけ言ったら、過去と向き合えるだろう。今日間の微笑みを見ていると、そんな気がした。
◇
嵐は治まり、世界は静まり返っていた。
天気が良く、小雨も落ち着いてきたところだ。
「紬は大丈夫そうかい?」
「どうでしょうね。あれで頑固そうだから、わからないわ」
「でも、何だか大丈夫な気がするよ。結が言うと説得力があるから。そして、今回の一件で、少しは殺意と向き合えたみたいだね」
「まあ、紬に偉そうなことは言えないのだけれど。結局、私は色んなことから逃げてる」
平夜結は嫌なことから逃げて生きて来た。大層なダメな奴だ。
それは今も変わらないし、今回の一件で変化があったと言えるのかはわからない。
ただ一つ、誓いたいことがあった。
「でも一つ言いたい。私は人を殺せない殺人鬼。あなたがつけた二つ名を貫き通すわ」
私は本気で笑いながら言った。
彼は呆けた顔をした後、苦く笑った。
夜はまだまだ長い。
私の中の夜も、まだ終わることはないのだろう。
血に塗れた夜は、いつまで続くかわからない。
それでも、いつか朝日は上ってくるだろう。
朝日の象徴は目の前にあるのだから。
時の刻 悠ノ伊織 @iol_yuno
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