どうか、私のことを憐れんでください。
真源
かつて、そう本日まで、私は球形をしていました。
背中側を内にして、球形になっていました。
そうしないと、私も、私を保てなかったのです。
球の中には、光がありました。
光は、白く、紅く、熱く、強く、そして眩しく、灼熱の光でした。
そう、例えるなら、銀河の中心の、更にその芯にまとまる光を越えるほどの。
見えるものの眼を、視界を潰すほどの。
世界を焼き尽くすには充分すぎるほどの、そういう光でした。
ですから、私は、球になり、その光を包みました。
私は、虚無でしたので、光を反射もせず、されど吸収も、透過もせず、そういう存在です。
光に対して、光としては反応しない。
それゆえに、虚無に伴う漆黒。
私でなければ、その光を、包み、閉じることなどできなかったでしょう。
それでも、私は、かなり傷みました。
ですが、痛みませんでした。
だから、耐えられたのかも知れません。
私は、長い年月を、そうして過ごしまた。
光を、包み、閉じることを優先せざるを得なかったことで、私はあらゆることを蔑ろにしました。
蔑ろの先が私だけなら、私も救われたでしょう。
私は、私の目の前で、崩れて行くものに手を差し伸べることを諦めなければなりませんでした。
本来なら、私が対処していたら守れたものを、最低限の傷みで終えられたものを、諦めて、見ているしかできなくなりました。
私は唇を噛みしめながら、時を過ごしました。
大きな大地が南北に裂け、東西に延々と亀裂が走り、そこから紅蓮の地の底の熱気が吹き出し、天空を染めても、私は何も出来ませんでした。
本来なら、そうなる前に、縫い合わせてあげる予定だったのに。
土地の底から湧き上がる怨嗟の無数の手を、私は転圧し粉々にするしか出来ませんでした。
本来なら、その手の一本一本を悼み、慈しみ、風に乗せてあげることも出来たのに。
私の腕の届く範囲なのに、そこで傷みに痛み、瓦解していく人の心を、人の身体を、遠くに追いやることしか出来ませんでした。
本来なら、引き寄せ、癒し、守って、うまく育て直してあげることが出来たのに。
引き寄せると、焼いてしまうことになるから、追いやることしか出来ませんでした。
怨みに己を呑み込ませた存在が、我がままに振る舞うのを、眺めているしか出来ませんでした。
本来なら、その存在を喰い、駆逐し、磔にすることも出来るのに。
そして、愛すべき人たちを見捨てる選択しか出来ませんでした。
何も出来ませんでした。
それらの、どれも最悪までは至っていないかも知れない、そんな状態。
でも、私が望む結末に辿り着けない、そんな状態。
でも、ここにおいては最適解としか言えない状態。
そんな状態です。
私は、今日、球を止めることができました。
その光が、己を律することに至れたから。
球を止めて、私は、はじめて、己の惨状を知りました。
痛みを感じる術を持たない私は、己の傷みを理解することを忘れていました。
なので、今日、球を終わらせて、己を見渡して、惨状を知りました。
ケロイドはガラスになり鱗になり、そして、やはりケロイドでした。
その下に、私の桃色の肉は息づいているのは知っていますが、その肉はかなり痩せ細っていました。
私は、瓶に詰め込んでいた、白い羽根を全て我が身に振り撒きました。
これで、私は、なんとか蘇生を始めました。
蘇生を完了し、回復するまで、しばらくかかるでしょうか。
その間、私は、この鍋底で周囲をも巻き込んで失い続けます。
収支を付けるためには、蘇生と失うは両翼です。
この後、私は様々なことを、もう一度やれるのでしょうか。
それをするだけの術と力を持てるのでしょうか。
大地を繕えるのでしょうか。
改めて悼めるのでしょうか。
その心と身体とを修復に近づけられるのでしょうか。
呪念を止められるのでしょうか。
私は関係を戻せるのでしょうか。
それを許してもらえるでしょうか。
待たせているもの達のために働けるのでしょうか。
そして、私は、私を愛せるのでしょうか。
誰か、私の全てを知り、それを讃えてくれるのでしょうか。愛してくれるのでしょうか。
いえ、
無理でしょうか。
私のやったこと、それを見ることの出来るものなど、居ないのですから。
いえ、居るのでしたね。
でも、そのもの達をも、私は巻き込んで、熱に焼いてしまったから。
辛い思いをさせてしまったから。
それで、私を愛してくれるのでしょうか。
赦してくれるのでしょうか。
私は悔やみますが、それは後悔ではありません。
他に、手はなかったのですから。
でも、痛みはありませんが、傷みは残りました。
どうか、
こんな私を憐れんでください。
それが、妄想をして、戯言を垂れ流した、気狂いへの憐れみでも良いので。
どうか、私を憐れんでください。
憐れんでもらえるだけでも、私は、ここに戻れたと思えるのですから。
どうか、私のことを憐れんでください。 真源 @shingen_fff
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます