第4話

 「よし、「たいへん良くできました」スタンプがドンドン溜って来たぞ。今はまだ247個だけど、500個を越えたら早いはずだ。フルマラソンだって20キロを越えたらゴールが感じられるようになるもんな? 走ったことないけど」


 綾小路はいつも前向きであった。それは自分が前向きでなければ人を前向きに出来ないからだ。

 自分が落ち込んでいては人をしあわせには出来ない。

 だが綾小路は憂鬱だった。

 それは魑魅魍魎ちみもうりょうのいる悪夢の中に入り込むのが恐ろしかったからである。


 「人間の心の中はどうしてこんなにも汚れているのだろう? この奥さんなんかいつもニコニコしながらご主人のことを殺したいほど憎んでいる」


 綾小路は段々人間がわからなくなっていた。


 

 「無我、お腹空いたー。何かご馳走してよ」

 「500円以内だよ。給料日前だから」

 「えーっ! 今どき500円以下で食べられるのなんかないよお。いつの時代のこと言ってんの?

 となるとこっそり筋のある牛肉を混ぜて入れている『吉田屋』の牛丼くらいしかないよー」

 「だったら『お前のことがすき家』の牛丼にすればいい、あそこならコメも肉も美味いから。何しろタレがいい、労働者向けで味が濃いから」

 「牛丼の気分じゃないんだよねえー」

 「だったら『らーめん一筋幸楽苑』にする? あそこなら中華そば、味噌ラーメン、塩ラーメンがなんと税込み490円だから。早い!安い!美味い!の三拍子!」

 「まるでワルツみたいだね? ブンチャチャ ブンチャチャ それなら餃子も付けてよね?」

 「お安い御用だ。餃子はなんと200円だから」

 「やったー!」


 香織は性格に裏表のない女だった。

 楽しい時は楽しいと言うし、悲しい時は悲しいという。

 一度、香織の潜在意識の中に入り込んだことがあるが、眩しすぎてまるでハワイのワイキキビーチにいるようだった。

 サングラスを掛けなければいけないほど真っ白に輝いていた。

 香織はそんな女だった。


 (香織を早くしあわせにしてやりたい)


 無我はいつもそう思っていた。




 香織は中華そばと餃子にした。

 私はいつもの定番、味噌ラーメンにした。

 本当は新発売の『豚の角煮』にしたかったが税込み890円なので今日は断念した。

 すると香織が薄いチャーシューをⅠ枚とメンマ1本、そしてナルトまで私のどんぶりに入れてくれた。


 「これあげる。ナルトもあげるね? ナルトは私のいちばんのお気に入りだけど特別に」

 「いいのか? そんなに大切なナルトを?」

 「いいのいいの。だって私、無我のことが大好きだから。ナルトを食べて歓ぶ無我が見たいから」

 「香織・・・」


 私は香織に自分のナルトと香織から貰ったナルトを香織のラーメンどんぶりに乗せた。

 

 「えっ、いいのお? 大切なナルトなのに。ナルトがダブルになっちゃった。

 ありがとう無我、うれしい!」


 すると香織は餃子を私の口へと運んでくれた。


 「どう? 美味しい?」

 「はふはふ。猫舌だけど美味しいよ、ありがとう香織。はふはふ」

 「美味しい物もうれしい事も楽しい事もいつも半分コだからね?」

 「そうだな?」


 私はしあわせだった。

 香織さえいてくれたら他にはなにもいらないと思った。


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催眠術師 綾小路無我の憂鬱 菊池昭仁 @landfall0810

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