第8話 Make it so

『船長日誌補足。船の指揮権が返還され、ボイスレコーダーも返却して貰い、本船は元の任務に戻る事が出来た。彼女との遭遇は全くの偶然の産物だった。しかし今日、彼女と過ごした一日は生涯の記憶として刻み込まれたのである。私はここに、彼女との合同調査任務の記念として、今日の航海日誌を全て特別記録として保管する事を決定した』


 それはボイスレコーダーに吹き込まれたアリサによるログも含まれていたが、うっかり停止ボタンを押し忘れて俺と彼女の他愛ない会話まで録音されていた。

 俺はそれを楽しく刺激的な一日の記憶として残しておく事にしたのである。


 俺はイヤホンを耳に付けると今日最初の船長日誌から再生を始め、両手を枕にベッドに寝転んで思い出にその身を委ねた。


『船長日誌。西暦20XX年7月19日。今日、私は彼女に約束した任務を果たす。昨日一昨日と必死に覚えた成果を今こそ発揮する時である。私は彼女に・・・好意を抱いているようだ』


「なーに?こんなとこに呼び出して」


 高校の敷地内で、いわゆる空き地みたいな場所に俺はアリサを呼び出した。

 屋上にしなかったのは鍵が掛かっていたからだ。


「アリサ船長」


 彼女は腕組みしながら首を突き出した格好で、俺の顔の目の前まで大仰な足取りで近付いてきた。

 顔と顔が間近に接近して、俺は益々緊張した。


 宇宙船同士が向き合ってるのと同じだと考えて動揺を見せないようにする。


「どうしたんだい副長?顔色が悪いぞ?これはドクターに一度診断して貰った方がよさげだね~?んん~?」

「実は・・・」


 彼女はくるりと背を向け、手を後ろに組むとゆっくりと元来た道を戻りながら、


「こっほん。早くしたまえ?船長は忙しいのだ」


 彼女の一歩一歩は実にゆっくりだが、歩みは止まらない。

 このままでは校舎に消えて行ってしまう。


 焦る俺の喉はカラカラになった。

 声を出そうと口を開くが、なかなか言葉が出ない。


 と、その時。


 俺の肩に、歴代シリーズの船長や副長、仲間の士官達が代わる代わる手を置き、『あんた(あるいは君、あなた、貴様、お前)ならやれる』と笑顔で、あるいはウインクで励ましてくれる。


 最後に威厳あるフランス人提督が一つ頷いて『Make it so』と締め括ると、彼らは後ろに下がり、やがてフェードアウトしていった。


 そう、提督だ。

 艦長だった頃のシリーズの後日譚シリーズでは提督になっているのだ。


 全ては妄想だが、俄かに勇気づけられた俺は、まだ歩み続ける彼女を呼び止めた。


「アリサ船長」


 彼女は立ち止まると、後ろ手を組んだ状態のままくるりと美しい動作で振り向いた。

 回転に伴う髪の動きも完璧だ。

 俺は思わず彼女の姿に見とれてしまった。


 俺の頭の中のイメージは、こんな感じだ。


『On Screen』


 大きな違いは、彼女はスクリーン越しでは無く、現実に目の前に立っている事だ。

 俺は静かに息を吸い、一歩踏み出した。


「歌を・・・聞いて貰えませんか?」


 彼女は小首を傾げて、


「歌?」

「歌詞を覚えて来たんです・・・ブルースカイズの」

「ああ、そういや言ってたね~」

「はい船長」

「ただのジョークだったのに」

「船長、真剣に告ろうとしている時にやめてくださいよ」


 彼女の顔がほんのり赤く染まった。


「あ・・・マジ?」


「あなたとのお約束ですから」


 彼女は黙って俺の次の言葉を待っている。


 空気は張り詰めているが、同時に期待を含む長い数秒が過ぎる。


 落ち着け。

 劇中のスクリーン越しの会話と同じだ。


「だから・・・聞いて貰えませんか?」

「って事は・・・今から私、マジで告られるって事?」

「そう解釈して頂いて構いません」


 なぜかここは流動生命体の保安部長のような感じになってしまったが、構うものか。

 そう言えばあいつだって恋愛にお悩みだったじゃないか。


 バーテンダーのあいつがいたらなあ・・・いかんいかん余計な事を考えてしまった。


「歌っても宜しいですか?アリサログ船長」


 アリサは、はにかみつつ顎を斜めに弾いて前髪の垂れ幕越しにこちらを見上げるようにしながら、


「・・・許可する。アキラ副長」


 俺は恥ずかしさに怯んで声が小さくなるのを抑えようと、


『全エネルギーを歌声に動員。補助パワーも回すんだ』


 という命令を想像して再度自分を奮い立たせ、音程を外さないよう細心の注意を払いながら歌い始めようとすると、


「あ、ちょっと待って!」

「ん?どうされました?」

「その・・・歌うのを許可する時って何て言うの? ほら、『Sing』じゃ味気ないじゃん?」


 その答えなら既に準備されていた。

 提督、感謝します。


「・・・では、『Make it so.』でどうでしょう?」


 彼女もかっこいいと感じたらしく、満足げに頷きながら


「大変宜しい副長。では・・・Make it so.」


 今のやり取りで緊張が解れた俺は、改めて歌い始めた。


「Blue skies... smiling at me...」



 <完>



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アリサ船長、どこ行きますか? 桂枝芽路(かつらしめじ) @katsura-shimezi

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