アンリレイティドバディ

八田部壱乃介

パイロット版

「で、つまり貴方は異世界転移者だと? それは四次元旅行者あいつらみたいなものと思って良いのかしら」

 少佐は腕を組んで、俺を見下ろしながら訊いた。

 俺はと言えば隣に座る医者のもと、よく分からない機器に繋がれている。手足には管が通され、頭にはこれまた知らないヘッドギアを被せられて。

 そんな状態で詰問されているのだと思うとどこか可笑しみがある。しかし笑うわけにもいかない。俺はいえ、と首を振ると、

「少佐はご存知でしょうか。サブカルチャーにおいて、異世界転生が流行る前のことですが、異世界転移系の物語が流行していたことがありました。変な祠だとか何だとかが原因で、異世界に飛ばされてしまう、というような」

 もしもこの世界でも同様なら、と祈りつつ説明した。しかし杞憂だったらしい。

「あったわね」と少佐は言う。「でも大変昔のようだけど」

 現在進行形でどこからか情報を得ているのかもしれない。だがそうだとしても、理解のある上司が相手で非常に幸福だ。なら話が早いですね、と言って俺は、

「私はそういう意味では外敵かれらとは異なっています。奴らは四次元を並列する三次元空間と見做して、宇宙に歪みを作り、我々を攻撃すべく自由移動しています。が、私はこの世界とは全く違う──それも、こうも技術が発達した遠未来などではない──異なる世界からやって来たのです」

 医者が首を横に振る。少佐は深くため息を吐いた。

「嘘はついていないようね」という発言から察するに、頭の装置は嘘発見器だろうか?

「話の内容にもまとまりがあります」と、そう医者が口を開く。「咄嗟についた嘘ではないようです。それに、彼が無縁アンリレイティドである理由にも当て嵌まっています。妄想の類と割り切るには検証が必要かと」

 無縁とは何のことだろう?

 確かに俺はこの世界──アメノトリフネと呼ばれる、宇宙船型コロニーに友人知人は居なかった。だが自衛隊に所属してからは、気の合う仲間も出来たし、趣味の場においての友人だって居る。

 そんな俺を差し置いて無縁だと?

「俺は無縁じゃない」

 医者と少佐は顔を見合わせた。その様子から、俺は何か見当違いの発言をしたらしい。

「宜しい。では、喜多見キタミ二等兵……落ち着いて聞いて欲しいのだけど」少佐の強張っていた表情が幾分か解けていくのがわかった。「まず、貴方には彼ら──並行世界群の使者ではないかという疑いがあった。彼らと同じく絶滅思想の持ち主で、つまり我々を滅ぼそうとしている」

「ぜ、絶滅? まさか……」そんなことを考えるわけがない。笑いとも呆れともつかない息が漏れる。

「そうね。でも、貴方には彼らとの繋がりがない」

 繋がり。

 その言葉に引っ掛かりを覚える。

「その、無縁だとか繋がりっていうのはどう言うことでしょう?」

「貴方に複製体ドッペルゲンガーは存在しないということよ。並行世界は完全なる異世界ではない。それよりも、合わせ鏡の中に生まれた複数の同じ空間に近い。完全に同一ではないけれど、原型オリジナルと比べると、とても似通っている」

 オリジナルとは、この世界のことだ、と少佐は言う。

「彼らの発言や得られた証拠の数々から、並行世界はこの世界を基準として生まれているらしいの。つまり、並行世界人は本当の意味で複製された存在である可能性が高い」

 少なくとも、そうした自覚が彼らには芽生えているのだとか。まるっきり同じ姿の自分が居るのだ、と医者も補足して、

「そんな僕らには、奇妙な繋がりと言って良い感覚があるんだ。他に適切な表現が見当たらないから、皆そう言うのだがね。『ああこいつは、僕だ』という確信。趣味も嗜好も、考え方だって寸分違わず同じ自分」

 想像してみて、俺は眩暈を覚えそうになった。今までの作戦で戦って来た相手は、ただ並行世界からやって来ただけの侵略者などではなく──自分自身を殺そうと目論む異常者なのか。

「異常者──それはどうかな」と医者はどこか思案気な面持ちで、「もし自分が一人じゃないとわかった時、きっと最初こそ安堵するかもしれない。ああ、孤独ではないんだ、とね。でももし、自分が偽物だと理解してしまったら?」

 他に本物が居ると知ったなら、

「きっと自分こそが本物であると証明するために、本物を消そうとするんじゃないのかな」

 少佐はうんざりとした目で言った。

「それによって複製躰も消滅するというのに、だ」

「そうか」と、俺は思わず唸っていた。

 敵を前にして、「あれは俺だ」と不可思議な確証を得た隊長が、自殺を選んだのは。そして、襲いくる相手が俺の首筋にナイフを当てがう寸前に消滅してしまったのは。

「そうか、合わせ鏡の前から物が取り払われたから、虚像も同じように消えたのか……」

「そうよ。だからその時が来たら自決するよう貴方達を訓練している。その理由が、これというわけ。もっとも、理由なんて言わずとも、繋がりを知ればこれが最善だって察せられるのだけど」少佐は嘲るように微笑したが、それもすぐに消えた。俺を睨みつけるような眼差しで、「でも、貴方は例外イレギュラー。話がわかったならついて来なさい。貴方のための作戦を思いついたの」

 医者によって枷を外された俺は、文句の一つも言えないままに立ち上がらされ、荷物を背負わされた。行く先は知らない。

 ただ彼女は、道中に意味深げなことを言った。

「未来に延命するのは終わりよ。貴方には合わせ鏡を閉じる手伝いをしてもらうわ」

 言うなれば絶縁計画ね、と。少佐は悪い笑みを浮かべて。

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アンリレイティドバディ 八田部壱乃介 @aka1chanchanko

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