展示

高黄森哉

展示


「おい」


 と、隣の瓶から声が聞こえた。そのくぐもった声で、瓶の中にいる魚の骨格標本は、目を覚ました。とても薄い、葉っぱみたいな体つきの魚類。


「もう、今日の展示は終わったの」


 と、魚の骨格は眠そうに尋ねた。

 確かに、あたりは薄暗く、人間の気配はない。だからといって、棚に並んだ標本たち、全てが動き出したわけではない。ただ、三段ある棚の真ん中にいる、魚の標本とその隣のタツノオトシゴだけが目を覚ましたのみだ。


「ああ、今日は面白かったんだぜ。なんせ、人が沢山いてよ。とても興味深い。とくに、子供の動きはなかなか見てて面白いと思う」


 魚の骨格、おそらくエソの仲間だと思うのだが、は無表情で(勿論、死んでいるので)、その話をじっと聞いていた。


「君の、変な趣味だね」

「死体を見に来てる奴らよりましだ」


 それを聞いて葉っぱの体は、ピクリとも動かずに、


「どうして人間は死んだ生き物を見に来るのかな」


 エソはいった、あるいはハギかもしれないのだが。とにかく、この魚には死体を眺める習性はないのだった。それは、タツノイカショウリャク、だって同じことであるが。


「わからないな。たぶん、仲間を見つけたかったんじゃないか」


 タツノオトシゴは、くっくっ、と含み笑いをした。


「人間って死んでるのかい」

「例えば、俺らと似たようなもんだよ」


 ハギか、そのあたりの魚は、よくわからないまま頷く。


「なあ、人間の標本ってみたことあるか」

「えっ、人間の標本なんかあるのかい」

「それがあるんだよ。見たことないだろう。俺が前いたところの博物館には、人間の標本が置いてあったんだ。すごいだろう」


 と馬面の魚は自慢げに話した。


「なにをしゃべったの」


 タツノオトシゴは、瓶の外に過去を見ているようだった。そして、そのすぼまった口をもごもご動かして、


「人は骨格標本の時だけ、ホモサピエンスを名乗れるそうだ。それまでは、学生とか社会人とか、そういう名前なんだとさ。生きてる間、人間が純粋に人である期間ってのは本当にわずかなんだとよ。子供時代のごくわずかな時間」


 リーフフィッシュか、それに準ずる魚は、目を魚のように丸くして感心する。


「へええ。変な生き物」

「だろう。人間ってのは変な生き物なんだよ。そして、生きている間は死んだように過ごすそうだ」

「そうか」


 瓶の中で、小さくつぶやくように、縦にしたヒラメみたいな魚は結論を出した。


「だから、人間は僕たちを見に来るんだね」

「あるいはそうかもしれないな」


 その時、棚の方にさっと淡い光が投げかけられる。だが、それは、またっくの気のせいだった。しかし、魚たちが再び言葉を交わすことは、もう二度となかった。


 

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展示 高黄森哉 @kamikawa2001

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