12
ホテルのバスローブを羽織った白珪はベッドに腰を下ろし、私が座るのを待っている。
「どうした、早く座りなさい」
ポンポンとベッドに手をおいて座るように促す彼は血色も良い。
――生きてるん、だよね……? とりあえずは、殺人犯にならず
不自然なくらいの距離を空けて座った私を、彼は言葉は発さず穏やかな笑みを浮かべてみつめている。
――いや、何か言ってよ……。
気まずい空気の中、ベッドサイドに置かれた時計がパタッと音を立てて時刻を知らせた。数字が描かれた板を回転させて時刻を表示する機械式デジタル表示式の、所謂パタパタ時計だ。
――こういうレトロなやつ、おばあちゃんチにあったっけ。
「フミナの家の仏間に、これと似たものがあったなあ」
思っていたことを白珪が述べた。
「え……うん、そうだけど、おばあちゃんチに上がったことがあるの? てか、死んだのにどうして……」
浮かぶままに疑問をぶつけると、彼は困ったように笑った。
「ゾンビだから、ということにしておこう。細かいことを長々と説明してもきっと信じないし、面白い話でもないからな。知ってほしいのは、君は霊や怪異に狙われやすい存在だということなんだ。今までは俺の神通力で何とかなっていたんだが、それもそのうちできなくなる。そうなる前に知らせに来たんだ」
「狙われやすい……私が?」
「
私は無言で首を左右に振った。
「黄泉の国のかまどで煮炊きしたものを食うことを指す言葉だよ。食ったが最後、現し世には戻れない。浴衣姿の少女にもらったものを食ったろ?」
そんなことしてない。そう答えようとしたが、思い出した――ピンク色をした丸い飴玉を。
「あ、あの飴? だけど、あれはあなたが吐かせて出したじゃない」
腹を殴られ嘔吐した記憶まで一緒に蘇る。五歳の幼女にあんな仕打ち、やっぱこの人どうかしてる……でも、ああしなかったら私は死んじゃってたってことなのかな。
「全て取り除くことはできなかったんだ。血となり肉となり体の隅々まで駆け巡り、体の一部となってしまった。咲菜子、君の体には死の臭いが染みついてるんだよ」
死の臭い……何て不吉な響きだろう。急に背筋が凍るような感覚に私はぶるりと身を震わせた。
「つまりマーキングされてたってこと? 獲物って……あの幽霊はまだ私のことを狙ってるの? 喫茶店で言ってたよね、あれは殺された子供達って。あと、深淵とか死穢とか……」
白珪は頷き続けた。
「昔は子供の命は今よりもずっと軽く扱われていた。七歳までは神のうちなどと言って、口減らしのために命を奪われた子供は少なくない。あの村でも同じことが行われていたんだ。死んだことを理解していなかったり、恨みや未練を残した魂が黄泉へ行けず彷徨う闇の世界――この闇を俺やフミナは深淵と呼んでいる」
「しんえん……」
「黄泉だとか根の堅洲国と呼ばれるところへ行く途中に
まるで見てきたかのように死後の世界について語る彼に私は不思議な思いがした。だけど、たしかに私もその世界を垣間見た。咲弥子が闇に呑まれてしまう場面が、脳裏に焼きついている。
深淵界隈 おきをたしかに @okiwotasikani
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