スサノワ ~AMANOIWATO~

いやさかキッキ

AMANOIWATO

はじめにいくつか言っておく。

 これは、紙に書かれた芝居である。劇場のオーナーは読者である諸君だ。もちろん、演出もキャスティングも諸君らに委ねよう。なんと贅沢なことだろう。

 筆者の描写は雑である。いちいち登場人物の姿なんぞ描写しない。せいぜい美しいとか、華奢な、とか、あるいはゴリマッチョな心は乙女は、止まりである。

 そうそう、これも言っておく。『?』は英語の疑問符じゃなくて、漫画の『?』である。突然、文脈に合わない疑問符が現れた場合は、『え、マジで言ってる?』『え、わっかんねぇかな?』あるいは、『え、知らないの? こうゆう意味よ?』『おい、てめぇ、わかってんよなぁ?』的に機能するじつに便利な圧縮ワードだ。マンガ疑問符バンザイ。それから、『る』と書いて『しる』、『微笑わら』と書いて『わら』、『演奏』と書いて『や』、『シュ』と書いて『シュ』、この物語の独自ワード『神爪ツメ』二字なら『ツメ』、四字なら『シンソウ』と置き換えて欲しい――じつに便利だ。ジャパニーズサブカルチャー圧縮ワードis『ルビ』。お陰で、表現は最小に雑に済む。ビバ、サブカル圧縮ワード。どうぞ、それらを適宜読み取っていただきたい。

 はじめにいくつか言っておく。これは神代の物語。もっともモミアゲに不思議な8の字ヘアーは登場しない。もちろん、貧相な古代ファッションなんかもだ。あれらは、記紀が成立した年代で流行っていたから、その年代のファッションが反映されていたのだと筆者は判ずることにする。それから、名前についても言っておく。筆者はテンポの良い文章が好みである。故に長い呼び名は採用しない。たとえば、八意思金神ヤゴコロオモイノカネノカミ。長いのでシキンとか省略する。頼れるネット先生が居る昨今、調べることなど雑作もない。筆者は博識とは言わないが、無知でもないのだと言っておく。

 いまひとつ。素戔嗚尊すさのおのみことさまと言えばヒゲ面のムキマッチョ――斯様かよう固定観念イメージは、わたしのこの芝居を観劇する際には捨てて欲しい。本劇の主人公は、中学校一年生くらいの愛くるしい少年だ。もちろん、不思議ヘアーはキメていない。ヒゲなんぞ生えちゃいないし、ムキムキでもありやしない。貧相古代ルックもキメちゃいない。主人公の姉も腰まで伸びたロングヘアー。もちろん、とっても綺麗な美人さんだが、そこは読者が自由にキャスティングしていただいてかまわない。

 さぁ、タイトルコールのお出ましだ。それでは物語を始めよう。


 

スサノワ ~AMANOIWATO~  作 いやさかキッキ



 これは、一人の少年がヒトリマエの大人になるまでの物語。


 畦道に立つ女性が、

「お姉ちゃん、これは根腐れ起こすからヤメろって」

 その美しい姿と、とても優しい笑顔とは裏腹に、

「言ったよなッ!  なッ?」

 とても低く、底冷えしそうな冷たな声音に、

「ね、ねえざまッ? ななかっ中身出ちゃうぅぅ」

「あと、くっせぇからッ! これッ!」

 自身より頭二つ分ほどの背丈の低い少年のことを叱りつけていた。

「全力でアイアンクローは…」

 そうアイアンクローで少年の視線を自身の視線にあわせるように吊し上げながら…

「…ヤメて、ヤメてくださいぃぃ!」

「お姉ちゃんいつも言ってるよね? お話してる時は相手の目を見なさいって」

 少年の視線は彼女のタナゴコロを捉えている。しかし、声音は容姿に見合った優しげなものへと変わっている。

「こ、心の目ぇッ! 心の目で見てますからッ!」

 そう理不尽――これは理不尽そのものだがシツケである。故に、

「あれれ? スサくんのオメメはお顔にないのかなぁ?」

 スサの姉であるテラスは、速やかな謝罪に移行しない弟を吊るす手にいっそうの力を籠め始めた。それに彼女は、

「心にオメメがあるなら、お顔のオメメは…」

「ご、ごめんなさいッ! あっ、謝りますぅ。おっ、お顔のオメメ大事ですからッ! つぶ、潰さないでッ!」

 曲がったことが大嫌い。嘘や屁理屈の類いを病的なまでに嫌うタチにある。

 姉の逆鱗に触れたを瞬時に悟ったスサは即座に謝罪の言葉を口にし、

「も、もう許して姉さまぁ…」

 泣く。この姉への抵抗手段は、全面降伏ギブアップ以外に存在しないことをスサは知っている。

 苛立ちを吐息に捨てて、テラスはスサを解放してやる。

 ストンと畦道に足がついたことに安堵の吐息をつきつつ、両のコメカミを諸手でさすりながらスサは涙目の上目遣いに姉へと臨む。テラスは胸の前で腕組みをしてスサの釈明を待った。

「と、トライアンドエラーって…」

 恐る恐る言葉を紡ぎ始めたスサへ、

「トライもエラーもしています。もちろん、それらを記録もしていますよスサ?」

 テラスは容赦なく言葉を被せてくる。

「そ、それは姉さまの経験であって、ぼ」

「スサぁ?」

 ヒッ――と、小さな悲鳴をあげてスサは肩を震わせるが、

「それは、ぼ、おれの経験じゃありません! それでは学びを得られない、と、思った、んですぅ…」

 尻つぼみな釈明の言葉を絞り出す。

 テラスは己の髪を乱雑に二掻き、

「埋めるよ。手伝いな…」

 深いタメ息に諦めを流し、目をギュっと固く瞑って怯える弟の髪を乱雑に掻き乱し、自ら鍬を手にとる。

「おれって一人称、あんたにゃ似合ってない」

 スサも鍬を手にとり、肥を流した畔へと土を運ぶが、

「そ、そんなことないもんッ!」

 テラスの一言へと抗議を籠めた涙目で噛みついた。

「お姉ちゃん、粗野なヤツ嫌い。あとチャラいヤツ。具体的にはツクヨ」

 ツクヨとはテラスの弟で、スサの兄だ。典型的テンケーテキなオレさまタイプだが、

「チャラいところは、ぼ、お…ぼくも嫌いです」

「あっ、もうヤメちゃうんだオレさまキャラ」

「あ、兄さまにも尊敬できるところはありますから」

 弟に幻滅まではされていない。

「そ」

「そ。です」

 しばらく黙々と手を動かし、

「それで?」

「決めてますよ」

 沈黙を破ったテラスの問いへ、微塵の怯えもない声音に、

「と言うか、はじめから揺らいでいません」

 スサは答えた。

「そ」

「そ。です」

「お姉ちゃん、嫌いなタイプ増えちゃったかも」

 と呟く姉へと、

「そ。ですか」

 と、スサは流し。

「そ。です」

 と、テラスも流した。

 これ以上は諍いになる。

 そう判じてスサとテラスは口を噤んで畔を埋め、肥えの薫らぬ畔を掘る。


 ここはタカマノハラ――神々の集う場所。これは、世に語り継がれるある出来事が起きる少し前のお話。


 スサとテラスの諍い一歩手前から、少し前のテラスの執務室。

 一人の男が――うん。筆者、人だから、神様の人数is何柱とか、男is男神とか女is女神とかの置換えマジで無理。各位、それらが必要なら適宜置換えて――突然と席を立つ。

「定時にしては早くない?」

 デザイン性を排除した機能性重視のコクヨな感じの事務机へと座り、淡々と手と眼を動かしながら、動き出した気配へテラスは投げた。机の上に積まれた山盛りの書類は少しも減りそうもない。

「野暮用だ。別に逃げやしねぇ。優先度の高い用事ができただけさ。持ち帰りで片すから、今のところは頼むよ姉さま」

 さすがに、この山盛りを姉一人に押しつけるのは心苦しいのか、仕事は持ち帰ると明言する。

「おまえの姉さま呼びは、背中の心地がよろしくない。いつものように悪態のひとつもついてくれた方がまだマシだ」

「じゃあ、オク…」

「お姉ちゃん。拒否権握ってるんだけど?」

 と、笑顔のテラスに、

「あと、お願ぁ~い姉さまぁ」

 甘えた声音にツクヨは放つ。

「うん。苛立イラだちしか募らないよね? 少しお姉ちゃんと…」

 言いかけたテラスをよそに、ツクヨの姿は執務室から消えていた。

「うん。今回は許すよ。ツクヨ。今回は…」

 一方で、テラスは悪い笑みを浮かべツクヨのことを見送った。


 和洋入り交じった瀟洒な建築洋式の宮殿から、少し離れた場所にテラスが研究に勤しむ為の田畑がある。米、麦、大豆、小豆はもちろん、ヒエや粟、蕎麦そばなどの雑穀の栽培や麻や綿の栽培、養蚕に畜産に酪農と、まぁ手広く展開されている一次産業研究所と言った場所――その厩舎裏にツクヨと、

「あら、ツッくん。怖い顔してどうしたのぉ?」

 野太い声音の一人の乙女、

「黙れゴリ。手に剣携えた野郎が、野郎とすることなんぞ決まってんだろうが?」

 否。心は乙女なゴリマッチョが対峙していた。ムキムキな筋骨隆々の体躯をフリフリなフリルをそれはもうウザイくらいにあしらった、目が痛くなるようなショッキングピンクの女性アイドルかくやなステージ衣装に身を包んだ、心は乙女のゴリマッチョの名を、

「オーゲツ、ツッくんになんか悪いことしたっけ?」

 オーゲツと言い、この研究所の主席研究員だ。

「うちの弟に、テメェなんぞが口移しに」

「あらヤダ、テラスちゃんとの話、盗み聞きしてたの?」

 ツクヨが撃ったザンを、涼しい顔をして指先ひとつで摘まんで止め、

「もぉうぉ、悪い子にはオシオキよっ! ふんッ!」

 無駄な動作の一切ないノーモーションからの渾身の崩拳を、ツクヨの臍下丹田セーカタンデンへと叩き込み、ふと気づく、

「愛なんぞ教えさせるわけにゃ…」

 己れが袈裟ケサに斬られていたこと。指先ひとつで摘まんで止めたは木剣の斬――すなわち囮――渾身の崩拳を臍下に受け、三間ほども吹き飛ばされ、七間ほども地面をノタウチながら、

「い、いかねぇんだ…よ…」

 ツクヨは言葉を搾り出し、

「ひ、ひどいッ? あんまりよッ?」

 袈裟に斬られたオーゲツは、ウザすぎるステージ衣装が切られたことに嘆きの悲鳴をあげながら地に還る。その跡には、大豆が鬱蒼と茂っていた。

 ようやっと痛みから立ち直り、茂った大豆畑に突き刺さった剣を引き抜き、

「試し斬りも、申し分ねぇ。カグさん。さすがだ…」

 うっとりと剣身を見つめ、ツクヨは満足げに呟いた。


 山盛りの書類を裾に措き、

「ねぇ、どれが良いと思う?」

 臍下せいかをさすりながら戻ってきた弟へとテラスは訊ねた。並べられたキリリとしたキャリアウーマン然としたスーツは、どれも似たり寄ったりだ。

「一応、言っておく――彼女かテメェは?――そして、一応、正しておく。姉ちゃん、わかってない。わかってないよ?」

「一応、言っておくね――キメェことゆうな? なッ?――えぇ? な、なにがよぉ?」

 お決まりのツッコミ。お決まりのカエシ。それに応えて問いへと、

「男の子ってもんがわかってねぇよ。いいかい? フルアーマーとか、アーマードなんて単語に心ときめかすのが男子って生き物な~の! だからって、お姉ちゃんビキニアーマーとかはすんなよな~。リアクションに困るから~」

 ツクヨは持論を展開する。

「し、しないわよ――えぇ? そうゆうもん?」

 懐疑的な姉へと、

「そうゆうもん! この前、お古の剣くれてやったら、えれぇ喜んでたろ?」

 ツクヨは断じ、

「そ、そう言えばそうね。そっかぁ、スサくんも男子だったかぁ……うん気をつけよう」

 テラスはなにやら認識を改めて、なにやら意を決めた。

「なにによ?」

「こうならないように」

 問いかける弟へ、弟を指し示しながらテラスは即答する。

「遅かれ早かれ、こうなるよ。男ってのは、そーゆーもんなの。それより見てくれよ。カグさんに頼んでスサのために打ってもらった剣だ」

 ツクヨから剣を渡されたテラスは、

「カグさんが剣打つなんて珍しいわね。うん。わかった。お姉ちゃんから渡しておくよ」

 ポツリと置く。さりげに置く。

「あっ? 俺が渡すに…」

 かねてよりのウケイの勝利宣言を。

 執務室へと、一人の執事が入ってくる。真っ白な髪、真っ白な髭。黒を基調としたタイトな執事服を着た、いかにもな執事――名を、

「シキン。ウケイの結果を」

 シキンと言う。ウケイとは勝負事――そして、占いでもある――シキンはウケイの名手であり、判定者でもある。

 二人のウケイの内容は、どちらがタカマノハラの主に相応しいか――他の神々に否と言われた方の敗けである。

 厳かな声音にテラスが問えば、

「テラスさま、ツクヨさまのタカマノハラを賭けたウケイ――」

 シキンは芝居がかった仕草に告げる。が、

「シキン。長い」

 テラスがウンザリと促した。

勝者しょーしゃテラス、ツクヨ負け」

 シキンは少し拗ねたように雑に置く。

「いやいや雑すぎんだろ?」

 説明を求めるツクヨに、

「オーゲツから苦情がきたのよ。非がないのに、いきなり斬られたって」

 テラスは敗因を告げてやる。

 思い当たる節のあるツクヨは、

――テラスちゃんとの話、盗み聞きしてたの?

 オーゲツの言葉を思い出して、即座に悟る。

「は、嵌めやがったなオクサレッ?」

「あぁ~オーゲツかっわいそう――スサくんにヒーロー聴かせるって張りきってたのにぃ」

 戦慄く弟を措き、テラスは軽快なメロディを琵琶で演じながら、

「愛を口移しで教えてあげぇたいぃ、You need a Heroゆに~だぁヒーロー! 胸に眠るヒーロー揺り起こせぇ!」

 巻き舌に熱唱する。え? 神代に昭和歌謡があるか!って?――いや、タカマノハラにないものの方が少ないんじゃない?

「スサのためにあるような歌でしょ? ヨルノオスクニのことは任せたわよ。頑張ってねツクヨ! お姉ちゃん応援してるからね――シキン連れて行け」

 猫ナデなお姉ちゃんボイスから、タカマノハラ長官ボイスへ切り替えて、テラスはキリリと命じる。

「だから雑すぎんだろッ! ちったぁ名残りを惜しめッ! そして引きずんなやジイッ! 襟伸えりの~び~る~、伸び~ちゃ~う~からぁ」

 襟を掴んで引きずるシキンの手を払い、夜へと向かうツクヨの脇を、

「フルアーマー、アーマード」

 と、呟きながらテラスが通り過ぎて行き、

「悪い笑顔ですなツクヨさま」

 邪悪な笑顔を浮かべていたツクヨへと、夜まで付き添うシキンが笑う。

「お互いさまだ。ジイ――言うなよ?」

 ツクヨは釘を刺し、シキンはコクリと頷いた。

 自室のウォークインクローゼットの奥にある武器庫へ向かうテラスは知らない。スサ――テラスとツクヨの弟は――


 末の弟が、正式な神に叙されるためにタカマノハラへと訪れてくるのを、姉と兄はとても心待ちにしていた。年のはなれた末の子は、どうにも愛おしくてかなわない。ツクヨなどは己れが月の化身であり、夜にこそ輝くことを知りながらにタカマノハラから離れないよう姉にウケイを持ちかけたほどだ。なによりスサは素直で二人のことを尊敬し慕ってくれていた。二人には、それがどうにも心地がよいのだ。


 研修先の大海原からタカマノハラへと戻ったスサを、テラスはフルアーマーな完全武装で出迎えた。

 スサが、

「なに、そのかっこう?」

 敬いの籠らぬ言葉を二人にかけることは珍しい。冷めたジト目を貼りつけることも。 

「どうだカッチョいいだろ? アーマードお姉ちゃんだぞ?」

 ドヤ顔をキメて、自身のフルアーマーを披露する姉へと、髪を一掻き、吐息をひとつ、

「姉さま――軍備について、少々、認識の摺合すりあわせが必要なように存じます――」

 真顔で議論を持ちかける。

「えッ? 想像してたのとなんか違う――」

 キョドるテラスへと、

「まずはコスト――姉さまの矢は確かに一矢当千の威がございましょうが――」

 延々とスサは軍備について語り聞かせる。戦とは最終手段、始める前から最善の結果を導き出しておくこと――軍とは抑止するための存在。軽々に動かすべきでないこと――果ては経済の充実こそが最大の抑止につながること――スサは戦の神である。武器や鎧にときめいたりはしないのだ。が、弟の説教混じりの講釈に泣きそうになっているテラスに、

「姉さま――かっこいいですよアーマード姉さま」

 笑顔を咲かせることも忘れない。

 弟の温かな気遣いに満面の笑みを咲かせ、

「で、でしょ? これなんか凄いのよ? リフレクターアーマーで、攻撃を無効化させることは、もちろん跳ね返しちゃうんだから。こっちの弓なんて説明するのもたいへんなくらいにすごいのよ? 試してみる? あ、そうそう――」

 テラスは思い出したようにツクヨから預かった剣を取り出し、

「これスッポンヤローから」

 スッポンヤロー?――と、小首を傾げるスサへと差し出した。

「え、えっと。あにさまからですか? う、うわぁ、うわわぁ!」

 受け取った剣を鞘から引き抜いた途端にスサの目が輝きはじめて、感嘆と驚嘆の声が同時にあがる。これこそテラスが求めていたリアクションだ。テラスは、内心でスッポンヤローに舌打ちし、

「ねねね姉さまッ! ぼぼぼくこれ試してみたいですッ! ね姉さまの研究所の畑貸してください。お願いします! 行きましょ姉さま!」

 スサは、ひどく興奮しながら姉へとせがみ、テラスの手を掴んでグイグイと引く。

「畑? 研究中の作物に向けて、スサくんスラッシュとかしないでよ? てか、練兵所で試せば?」

「向けるのは雑草に決まってるでしょ? ツヨポンマークⅡで雑草を除去したいだけです! プロトタイプツヨポンではできなかった食べられる野草残しができるかも知れません!」

 実に少年らしいネーミングセンスと、実にスサらしい試し切りに苦笑しつつ、

「わかった。わかった。そんなに引っ張んな……スッポンがオーゲツ斬って大豆がわっさぁ~ってなっちゃったところがあるから、そこで試しましょ?」

 再び出てきたスッポンと言う単語に、小首を傾げるスサに、

「女子がツクヨにつけたアダ名よ。ほら、月とスッポンなんてゆうでしょ? 名前負けしているって意味じゃない?」

 と、アダ名の由来はボカして伝える。つまりツクヨは、。らしい。女子的に。あと斯様かように夜なる由来は、ピュアなスサには、かなり早い――テラスのお姉ちゃん的なフォローである。

「ふぅ~ん」

 と、スサは少し不満げだ。その故を察したテラスは、

「別にツクヨをくさしてるんじゃないと思うよ? それよりプロトタイプツヨポンはどうしたの?」

 と少年の心をくすぐるように話題を変えた。

「ちょうど野良作業で折れてしまったから研修課題の素材として使いました」

 そう言ってスサは懐からいくつかの櫛や簪を取り出した。

 剣を鋳潰して、造り直したとしか思えない出来栄えに、

「原形留めてないじゃない」

 テラスはポツリ。

「まあ、神爪ツメを使いましたから」

 スサはドヤぁとした顔に答えた。

 ツメとは、神々の力の源だ。研修ではその神爪の使い方を学んでくる。神爪ツメを用いれば、剣を日用品やアクセサリーに変えることなど雑作もない。

 もっともスサのように神爪の異能を力の誇示以外に用いる神はあまりいない。

「クシナたちと約束していたんです。神爪の力で贈り物を造るって」

「ねぇ、お姉ちゃんの分はぁ?」

 テラスがねたような声音でねだると、

「もちろん、姉さまと兄さまの分もありますよ」

 スサは園芸用のハサミと、休憩用のキセルを取り出した。キセルには月があしらわれ一目でツクヨのだとわかるが、

「なんか、あたしのだけ地味だね」

 ハサミの方は実用性しか見出だせない。思わずにむくれるテラスを、

「姉さまは道具に飾りを求めないでしょ? だから切れ味と耐久性に特化させてみました。ツヨポンの剣身を贅沢ぜーたくに使った逸品イッピンです」

 スサは、クスリと可笑しそうに微笑んで不満げな姉をなだめた。

 テラスはタカマノハラ長官だ。そしてスサも三貴子の一人である。

 力がどれだけ強かろうと、気儘な道行きなどは許されない。気付けば結構な同行者がついていた。さすがに気恥ずかしく、テラスとスサは知らずのうちに口を噤んだ。


 スサは戦の神だ。だが、スサは争いを忌む。

 兄から剣を譲られても、野良仕事や土木工事にしか用いない。時折、獣退治くらいには使っていたが。

 スサは指の爪のすべてが神爪ツメであるトツカと呼ばれる類いの強い神だ。だが、スサは神爪の異能を荒事あらごとなんかに使わない。争いも荒事も忌むからだ。

 タカマノハラの神々には、等級が存在する。それらは使える神爪の数で分類され、最底辺が神爪が使えぬ神爪なしの神々だ。ツメナシの神々は、現し世で突出した異能が顕現したためにタカマノハラへと召し上げられたクニツと呼ばれる神々だ。神爪を使う神々は、アマツと呼ばれ、アマツの中に居るクニツのことを格下と見なしてツメナシと呼ぶ神々はマガツと言った。コクヨな事務机に積まれた山盛りの書類は、そのほとんどがマガツ案件である。

 ツメナシ呼ばわりせぬだけで、ほとんどのアマツは新参者のクニツのことをよくは思っていない。アマツから見てクニツは得体が知れぬのだ。だがスサは、知れぬ得体を知ろうとする。得体――クニツたちの知恵――に敬意を払い、知恵のある者には真っ直ぐな賞賛を浴びせ、しばしば知恵を経験し、時折、己れの知恵を交え、学んだ知恵を研鑽する。

 スサはいくさの神だ。スサは学びこそを戦とみつけていた。


 スサは、スサのいくさをする者に対して分けも隔ても作らない。

 それ故に、

「あ~、スサさまだぁ~!」

「えっ? どこ?」

 テラスの一次産業研究所では、スサが現れるや黄色い悲鳴がわき起こり、

「ん~! スサくぅ~ん!!」

 土煙を巻き起こし、暴走特急もかくやな凄まじい勢いでオーゲツが突撃してきたりする。

「さぁ~せぇ~るかぁぁっ!」

 スサへと向けて凄まじい吶喊トッカンを試みたオーゲツの前に、一人の少女が立ちはだかる。

 その場にいた誰の目にも、華奢きゃしゃな少女がゴリマッチョな心は乙女オーゲツに吹き飛ばされる未来が見えていただろうが、この研究所の所員たちは違う。

「どす、こぉ~いぃ!」

 と、珍妙な掛け声のもと、

「ナイスセーブ。クシナ!」「グッジョブ! クシナッ!」

 オーゲツの吶喊トッカンをがぶりよりに食い止めた少女クシナへと、研究員たちは賞賛の声援を浴びせた。一方でオーゲツはクニツどころか、テラスやスサとかわらぬトツカである。そのトツカの力を止めたのだ。十分に賞賛に値する。

「さすがだ。クシナ――だが、これはどうかな?」

 オーゲツは普段とは打って変わったダンディボイスで、渾身の吶喊を食い止めたクシナを讃え、

「ちょ、ちょっとオーゲツさま?」

 突然に腰帯を掴まれ困惑気味のクシナへと上手投げを放った。華奢な少女とゴリマッチョ――クシナはあっさり投げ飛ばされ、緩やかな放物線を緩慢に描いたクシナの体は、

「大丈夫クシナ?」

 スサの腕の中へとおさまった。いわゆるお姫さまダッコ状態である。間近にスサの顔があることに気づいたクシナの顔が朱に染まり、

「ススス、スサさま? え、スサさまにダッコされダッコされ?」

 激しくパニック。

「ピピピ、ピーンクハープニーング! 腕を上げたわねクシナ。これはオーゲツからのご褒美よ」

 オーゲツがいつもの声音でからかいの号をあげると、

「ヒューヒュー」「スサさまナイスキャッチ~」「ナイスラッキースケベ~」

 研究員たちは示し合わせたかのように囃し立て、からかいの的はスサにまで伝播した。

「スケベじゃねぇ~し。あっ、でも、なんかいい匂いとかする」

 スサものる。ノリが悪ければ知恵なんぞは交わせない。ここで学んだ知恵である。

「お、おり、おります。スンスンしないでっ」

「してねぇし。え? した方がいい? マナーみてぇなもん?」

 砕けた言葉も、そのひとつ。

 そして、これ以上は笑いが冷める。頃合いに降ろすと、

「ち、違います! もう! スサさま知りません」

 クシナは腕組みをし、プイッっとスサからそっぽを向いた。

「ちぇ~、嫌われっちった~」

 かけらの感情の籠らぬ声音で抑揚のない言葉を紡ぐと、

「あのぉ少しは残念そうにしてくれませんかねぇ? 女の子は難しいんですよスサさま?」

 スサの顔を覗き込むようにクシナがたしなめる。

「えぇ~? じゃあ、ごめんなさい?」

 スサが不本意を紡ぐと、まわりからドっと笑いが起こりコントはひとまずの了となる。


ねえさま」

 スサは知っている。アマツとクニツの確執を。随行していたアマツもコントには笑っていたが、こころよく思わぬ者たちもいたことを。トツカのオーゲツがクシナのことを愛弟子のように接していたのも、ここのクニツを守るためだと言うことも。

 アマツたちへと冷たな一瞥を向け、

「下がれ」

 厳かな声音に短な一言をテラスは放つ。


 アマツたちが散ったを見届け、

「なかなかのじゃない。ツクヨでも伝染うつった?」

 テラスはからかい半分に意地悪を投げた。クシナはテラスより頭ひとつは背が低く、スサより頭ひとつは背が高い。それでも弟(テラスの中でツクヨは可愛い弟にカウントされない)が、自分以外の女子と仲好くしているのはおもしろくない。相手の女子が庇護すべき目下の者であってもだ。

「えっ、チャラ男って伝染うつるの? なにそれ怖い」

 ここでスサの返しがチャラ男寄りだったならギルティだ。両ゲンコでコメカミグリグリも辞さないつもりだったが、テラスのスサはスサのままだった。

「そんなことよりオーゲツのネェさま? 急に上手投げなんかしちゃ危ないでしょ?」

 スサは腰に手をあてプリプリとした声音にオーゲツを叱る。

「い、イヤン。ピンクハプニングはお気に――」

「準備のないことはしたらダメです」

 言い逃れをしようとするオーゲツにスサは言葉を被せた。

「ネェさまが優しいことはスサも知っています――」

 言葉を一端切る。苛立ちを感じ、吐息に苛立ちを捨てる。

「クシナがビックリしていましたよ」

 苛立ちの正体を探ろうとする己れを戒めるように寂しげに微笑わらうと、そう言って咎めの言葉を終いとした。

 オーゲツに伝えるように、スサの視線はクシナに向く。

「ビックリさせてごめんなさいクシナちゃん。どこか痛いところはない?」

 ダンディボイスでオーゲツは真摯しんしにクシナへと詫びた。

「そ、そ、そんなオーゲツさまっ、わ、わた」

 トツカの神からの謝罪に盛大に狼狽えるクシナへ、

「はいテラスさま! お、オーゲツさま謝罪を受け入れます」

 テラスが命じ、クシナは脊髄反射的に従った。


 スサの苛立ちの正体を、テラスとオーゲツは知っている。先ほどのピンクハプニングこそオーゲツたちの本音であり、スサの苛立ちの正体だ。

――もう、おまえら付き合っちゃえよ?

 つまり、それだ。が、言えない。スサはトツカであり、三貴子であるからだ。それが故にスサは、アマツに苛立ち、オーゲツに苛立ち――ままならぬ今に苛立ったのだ。


 厳かな声音でクシナに命じたテラスの苛立ちをオーゲツは知っている。クシナがクシナ自身を蔑もうとしたことに苛立ったのだ。それをさせぬためにクシナの言葉を命令で被せたのだとも。


「ホント、いい男になったわねスサくん」

 クシナたちに土産を渡すスサを眺めつつにオーゲツが呟いた。

「あたりまえだ。1タットだぞ?」

「なんか知らない単位きたー?」

「なにを言っているウチで一番尊いから1タットだ」

「じつは順位だったー!」

 騒がしいオーゲツに吐息をひとつ、

「少し気になることがある。野良仕事で剣って折れるか?」

 真顔でテラスは訊ねる。間髪入れずにオーゲツは、

「いっ痛ぁッ! なにをするんだオーゲツ?」

 テラスの頭に強めのチョップ。

「なに言ってんの、この3タット?」

「ちょぉ、あたしツクヨの下ぁ?」

 テラスは涙目で不服そうに頭をさする。

「あれも3タット」

「じゃあいいや」

 にへらぁと破顔するが、すぐにキリリ顔に戻しテラスは長官職を繕った。

「いいんかい――まず、大前提ダイゼンテーとして剣は野良仕事ノラに使わない」

 軽くツッコミを入れたあと、ド正論を叩きつけてくるオーゲツに、テラスはツヨポンを八艘に構えたスサを指す。

 遠目にもスサが神爪の力をツヨポンに纏わせているのがわかる。

「ツヨポーンスラァッシュ改~食べられる野草残し~」

 とスサが技名を叫んで、剣を軽く払うと遠目にも大豆が刈り取られてないことだけはわかる。食べられる野草についてはわからないが。

「ツヨポンスラッシュを力強く言った意味がない」

「どっかの御剣流奥義みたいになってる」

「なんか改だけ浮いてない?」

八艘ハッソーの構えカンケーなくない? その動作ひどく無駄じゃない?」

 まわりのクニツたちの技と技名に対しての評価は辛口だ。

「神爪かぁ~。それでも折れるもんじゃないわ。だってスサくんトツカでしょ?」

「あたりまえだ1タットだぞ? 折れた剣はツクヨのお下がり、トツカ用の業物さ」

すね1タット――じゃあ、野良仕事の定義がおかしいのかもね。剣の使途がおかしいみたいにさ」

 ふむ。と腕組みするテラスのもとに、

「姉さまぁ~。成功です凄いんですよ~。ツヨポンマークⅡ~」

 スサが鼻の穴をふんふんさせながら駆けてくる。

 しかし、二人は知っている。食べられる野草の中には栽培中の作物の成長を邪魔にすることがあることを。

ヒエを残して雑草――ハッ? し、失敗です!」

 どうやらスサも気づいたようだ。ガクリと肩を落とし、

「ツヨッシュから対象作物以外を除去に術式を変えないと」

 ぶつぶつと呟くスサへ、

――どこ行ったツヨポンスラッシュ?

 とツッコミを入れたい衝動を抑え、

「スサ、プロトタイプツヨポンってなに斬って折れた?」

 テラスは質した。

「えっ? 草の近くに落ちていた石とかかなぁ? さすがに草じゃプロトタイプは折れないでしょうし」

 う~ん。と回想するスサに、

「石どころか鉄やオリハルコンでも折れないわよ」

 とオーゲツ。即座に不穏を感じ取り、

「クシナッ! 席位四席以上を緊急招集ッ! この場にいる五席以下は奥の倉へ迅速に待避ッ! オカシ厳守ッ!」

 主席として指示を出す。

「腐ってもトツカだな」

「それ、おまゆう?」

 二人は軽口混じりに不敵な笑みを交わし合う。

 平時から戦時へと切り替えたオーゲツは、

「マツミィ! ボケっとしてねえで戦時結界起動させてこいやぁッ!」

 野太い大音声だいおんじょうで周囲を震わせながら、腹心のマツミへと戦時での下知を出す。

「い、イエスま」

「今はサー。空気読めマツミ。な?」

 言いかけたマツミの言葉をテラスが正す。

「イエッサーアンドマムッ!」

 マツミは言葉を正して駆け出し、

「おいおい。あたしゴリのツガイか? クシナ急ぎな」

「おまゆうアゲイン。クシナ固まってないで走れッ!」

 二人はどこか楽しげだ。

 アマツとクニツの確執に、二人のストレスは限界突破寸前だった。ちょうど一暴れしてガス抜きしたいと思っていたところだ。


 それぞれが、二人の指示で動き出すなか、スサは手元に残っていたツクヨへの土産を調べていた。

 折れた剣がこの騒ぎの起点である。何者かが己れの神爪の力を利用しているとしか思えない――否。剣が折れたことに疑問を抱かない時点で明らかにおかしい。つまりはアダナエの術中にある。

「姉さまッ! ぼくの神爪ツメの力を封じてッ! 早くッ!」

 スサが叫んだと同時にクニツの女子たちから悲鳴があがる。

「ちぃッ! どこまでも手の込んだ真似をしやがるッ!」

 スサが神爪の力で造った簪や櫛が忽然コツゼンと宙に浮き彼女らに襲いかかったのだ。なにか――明らかに神爪の力を吸われている。事態を察したオーゲツがクニツ女子を護るために吶喊トッカンしてゆく。

 神爪の力を封じる術などテラスの十八番オハコだが、

「み恵みを受けても背くアダナエは籠弓羽々矢持てぞ射落とす」

 数瞬を争う今、言葉を尽くしてなどいられない。スサは躊躇ためらうこと無く印を結び、神爪を使った術をテラスに向けて撃ち放った。

「スサ? なにを?」

 テラスの装いはフルアーマー。攻撃されれば、仕掛けた者へと三倍の威力で跳ね返る。そこに忖度そんたくは生じない。

 己れが撃った全力投球を、今度は防御障壁シールドを展開して受け止める。次々に破られる障壁かべ神爪ツメの力を出し切るように張り直してゆく。

 オーゲツが走った先に、クシナの姿を見つけたスサは、安堵の為に、

「スサッ!」

 気を緩め、十分に威力を殺された伏敵の術を受けて気を失った。


 スサの神爪を封じ、

「点呼完了しましたオーゲツさま。負傷者ゼロです」

 今は被害状況の確認中だ。クシナからの報告にホッと一息。

「テラス~。終わった~?」

 未だスサに撃たれたショックから立ち直らないテラスに声をかける。

「ホントは、お姉ちゃんのことキライなんだホントはキライなんだ」

「あ、まだなのね――マツミ、スサくんはどう?」

 慰めてよオーラを出しているテラスをバッサリと切り捨て、マツミにスサの容態を聞く。

 あの機転は、見事としか言いようがない。おかげでスサを除いて被害はゼロである。

 言いたいこと。言わなければいけないこと。そんな言葉が山積みだ――だが、それを言うのは今ではない。

「神爪が使えないんでさ。しばらくはお目覚めになりやせんよ」

「うん知ってる。オーゲツはそれをなんとかしろって言ってんの」

 苦言を返すマツミに、オーゲツは涼しい顔で無茶を振る。オーゲツはクイッとアゴでテラスを指し、

――行けよ?

 目と顔でマツミにテラスの慰め役を押しつける。

――無理ッス!

 首を左右にプルプル振って拒むマツミに、

――い、け、よ?

 目と顔に唇の動きを加えてオーゲツは押す。

――だ、か、ら、ム、リィ!

 マツミも唇の動きに拒絶する。

 そんな押し問答をしていると、

「み、みんなはッ?」

 横たえていた身体を跳ね起こし、周囲の顔触れに欠けがないことをスサが確かめるように見渡していた。

 オーゲツが言いたいことのひとつが、

が欠けるところだったよ」

 それだ。忌々しげに吐き捨てるオーゲツへ、

「ごめんなさい」

 スサは、眉を八の字に下げ、しょんぼりとうつむいて素直に詫びた。

 オーゲツは苛立ちをふんと鼻息に捨て、言わなければいけないことは、

「テラス~。スサくん気づいた~」

 姉であるテラスへと譲る。

 テラスはゆったりとした足取りでスサの前に立つと身を屈め、

「スサはお姉ちゃんのことキライ?」

 怯えたように問う。が、間髪入れずにオーゲツは、

「いッ痛ぁッ! なにをするんだオーゲツ!」

 強めのチョップをテラスの頭に叩き込む。

「ちっっげぇだろ3タット?」

「ふん。ツクヨに負けなければそれでいい」

「あいつ2タットに格上げ。つか、おまえ格下げ」

 開きなおるテラスに無慈悲に告げると、

「ちょぉ、あたしツクヨの下ぁ? 下ぁ? お姉ちゃんなのにぃ? お姉ちゃんなのにぃ?」

 テラスは撤回を求め、オヨヨとオーゲツの腰へとすがりつくが、唐突に立ち上がるや、

「なぜ、ああした?」

 毅然と問うた。今しがたの寸劇が嘘のような鋭い眦、猫なで声でない声音で、である。

「怖かったから」

 スサは逃げずに故を口にした。誰の耳にも混乱したが故としか届かぬ言葉を。

「頼むから、自己陶酔からの自己犠牲をしようとした、だなんて言ってくれるなよ? おまえは自分の神爪が何者かに悪用されていることに気づいていた。あたしは、なぜ解決に危険な手段を採用したかと訊いている」

 テラスが被せて口上の逃げ場を塞いでやる。

「一番スピードがあると思ったんです。姉さまフルアーマーだし、そうじゃなくても、ぼくの不意打ちなんて通らないし」

 ジト目を貼りつけてくる姉を見て、スサは諦め、

「ここの誰かが欠けることが怖かった。自分の不注意でそうなるのが嫌だった――自己陶酔の英雄的行動なんかと一緒にしないでください――一緒にされたら不快です」

 ああした故の先を告げる。視界がテラスの掌に塞がれることなど承知の上だ。

 スサへと全力アイアンクローをかけながら、

「お姉ちゃん、危ないことはしちゃダメって、いつも言ってるよね? ねッ?」

 優しい声音で弟を叱る。

「いだだだッ? だ、だから手がなかったの! ちょぉッ? 中身出る出ちゃうからッ!」

 全力アイアンクローで吊り上げられたスサは、地からはなれた足をバタつかせながら釈明を続けるが、テラスの力がますます強まるばかりである。

「お姉ちゃんいつも言ってるよねぇ? お話をするときは相手の目を見なさいって」

 理不尽――そう、これは理不尽だがシツケである。子供が無茶をすれば――

「心の目ぇッ! 心の目で見てるからぁッ!」

「あれれ。おかしいなぁ。スサくんのオメメは、お姉ちゃんのオテテでふさがってるのにお姉ちゃんのオメメが見えるのかぁ。おかしいなぁ。おかしいなぁッ!」

 叱りつけるのが大人の義務だ。テラスは掌へとさらに力を込めた。

「ごごご、ごめんなさいぃぃ! もう許してぇ。ね、姉ざまぁ」

 そして、泣きながらに反省するのは子供の努めだ。子供は泣きながら学んで大人になるのが義務である。アイアンクローから解き放たれ、両のコメカミを涙目でさする弟を、

「あんま心配させんなバカ」

 テラスは優しく抱き寄せた。

――もう、あんな真似しちゃダメ

 とは、口にしない。それは子供を縛る『シュ』の言葉に他ならない。ならば、

「スサ。伏敵術を撃ったことは赦します。跳ね返された術を最後まで防ぎ切れなかったのは何故ですか?」

 子供が道を誤らぬように導くのみである。

「気が緩みました。みんなの側にオーゲツのネェさまがいてくれたのが見えたから」

 視線をオーゲツに移しながら、シクジリの理由を述べると、

「ヤッダ照れるぅ~」

 オーゲツは茶化すように流した。オーゲツは、神爪の力をマトったクシカンザシのほぼすべてを鍛え上げた体術のみで防いでみせた。オーゲツのわずかな撃ち漏らしは、

「あたしだって、がんばったもん」

 その弟子のクシナが防いでいた。

 拗ねたようにするクシナに、

「オーゲツのネェさまとクシナがいてくれたから」

 抑揚のない言葉でスサは訂正した。

 そんな二人のやり取りに、テラスは苦笑をひとつ、

「スサ。切れる手札を増やしなさい。それを此度こたびの課題とします」

 シクジリの反省会を終いとする。


 テラスは、不安げな顔をするクシナたちへ視線を向け、スサにその不安の解消を無言で依頼する。コクりと頷き、スサがこの場を離れると、

「なにも言ってくれるなよゴリ?」

 テラスは物言いたげなオーゲツに乞う。オーゲツは、

「バクチよあれ?」

 友の頼みを無碍にし押し通す。スサのした行いは自己犠牲を良しとした分の悪いバクチそのものだ。言わなければいけないことは言う。それがオーゲツのスタイルだ。

 己れを崩さぬ友へと、吐息をひとつ、

「ヒロイックな自分に酔ってないだけまだマシさ」

 テラスは開きなおってカラりと微笑わらい、

「それに切れる手札が他になければ、だっておんなじことをする」

 それに、もおんなじをするんだろう?――悪戯イタズラまなじりに問う。

け」

 問われたオーゲツは問いへのとうを苦笑に捨て、テラスに先を促した。

「己れにできぬことを棚に上げ、それをするよう求めるほど、あたしは傲慢な姉ではないよゴリ――それだけさ」

 声が震えていることをテラスは自覚していた。肩が小刻みに震えていることも自覚している。ギュッと目を瞑り、うつむき、苦心して呑み込もうとするが、、大切なものを喪失することへの覚悟――それはなかなか呑み込めない。

 そこへ、ごわついたごつごつとした大きな手がテラスの頭を無遠慮にでた。

「なにをしているゴリ?」

「えぇ? イイコイイコぉ?」

 オーゲツの手を乱雑に払いのけ、

「ぐしゃぐしゃってすんなー。てかダレサマ気取りのドッカラ目線だ?」

 テラスは気づく。震えが消えていることに。

「おネェですけどなにか?」

「そっか~超越者ちょ~えつしゃかたでしたか~。じゃいいや」

 いつまでも呑み込めなかった、それ、を呑み下せたことに。

「いいんかい――つか超越者チョーエツシャカタじゃねぇ~わ」

 オーゲツは軽くツッコミ、

「お姉ちゃんがんばってるテラスさんにタット選考委員会からお知らせします。ツッくんと並んでの3タットになりました」

 わぁ~パチパチと賑やかす。

「なんか新しい権威誕生したー?」

「ちなみに構成員はオーゲツのみです」

「じつはただの独裁だったー!」

 ひとり騒がしかったテラスは、

「オーゲツ」

 不意に呼びかけ、

「ありがとな」

 ぽつりと置くと、ツクヨのもとへと飛び立った。

「どういたしまして照れ屋さん」

 オーゲツもまた、ぽつりと置くと、この場での後始末に動き出す。

 こうした時、二人の呼吸は解決へと向けて阿吽となる。

「マツミ~。封印庫ごと封印するから手伝って~」

「へーい」

 事態はまだ凌げただけで、なんの解決もしていない。

 ならば解決のために足掻いて動くのみである。

 オーゲツとマツミは、何重にも封印を施した神爪の欠片を封じに行った。


 スサは、

「その顔はなんだッ? その目はなんだッ? その涙はなんだッ?」

 吠えるように問う。

「スス、スサさま?」

「なんか、ウルトラな隊長さんみたいなこと言ってる」

 湿気たツラして、不安ごときに絶望しているクシナたちへ。

 ザワつくクシナたちへ、

「敗けだよ敗け。アダナエを懐に入れた時点でぼくらの敗け。だからって、ビビって縮こまる理由になるのか? ビビってんじゃねぇーよッ! 売られたケンカは買っちまえッ!」

 とあおる。

「スススサさまがグレた……」

 クシナはウルウルとアワワとし、

「なんか、どっかの不良番長みたいなこと言ってる」

 別のクニツもアワワとし、スサは、

「斬った張ったばかりが戦いか? 違うだろ? もちろん十分な備えは必要さ。此度のバカは彼我の戦力差すら理解しちゃいない。姉さま、兄さま、オーゲツのネェさまにシキンにぼく。トツカが5にクシナやマツミ。ぼくなら倍の戦力があっても間違っても仕掛けない。損失の方がでかいに決まっている」

 ここで区切り、

「斬った張ったばかりが戦いか? 憎いアダナエを討てば米の収量があがるのか? 蚕は張り切って糸を吐くのか?――プラスになんかならない。なるわけがない。マイナスにしかならないんだ。もちろんバカには報いを受けさせよう。割に合わない損失しか出ないことを教えてやる――戦いの形なんかいくつもある。商戦。情報戦――ふたつに聞こえるかもしれないけど、これらは多岐に分類される。ぼくらが従事している大地との戦いだって、じつは商戦の一環だ。ぼくらの戦いの礎はそれだ。だから――」

 すうと一呼吸。

「みんなの知恵と力をぼくとぼくらに貸してくれ! ここに手ぇ出しても大損だ。相手のバカにそう思わせる、そんな戦い方をぼくらはしようッ!」

 一息に吐き、不安を呑む。

「「「はいッ」」」「「「おうッ」」」

 男女を問わず大音声に気勢をあげる。うんうん。ありがとう。と身振り手振りで群衆をなだめながら、

「うん。今回の騒ぎの原因って、ぼくのシクジリなんだけどね――みんなも勿体無もったいな精神せーしんはほどほどにね? やっぱいつ折れたかわからない曰く付きの剣とかリサイクルしちゃダメだわ~。ケチっちゃダメ絶対!」

 スサはシレっとゲロって事実の風化を試みる。ジト目を貼りつけてくるクシナたちへと、

「ごめんなさい」

 テヘペロで流そうとして、

「「「「ごめんじゃあるかぁ~」」」」

 失敗する。が、成功だ。

 張りすぎていた気勢が、いい感じに弛緩していたからだ。

「それじゃ、研究の進捗状況しんちょく報告ホーコクして」

 と手を叩き、スサはその場に日常をいざなった。


 思わずに、

「着任そうそうなにしてる?」

 テラスの両の手は、

「テ、テラスさま?」「ね、姉ちゃん?」

 突然の両手に、

「「これにはわけが」」

 異口同音イクドーオンにキョドるツクヨとシキンの二人を、

「わけが、じゃねぇよ」

 アイアンクローで吊り上げていた。

ね」

 低い声音に般若の笑みで告げられた綺麗所な女たちは、蜘蛛クモの子を散らすように脱兎で逃げ出した。

 そこはツクヨの執務室。着任した長官カシラ親睦シンボクを深めるための懇親会コンシンカイを開くのはいい。しかし執務室にいたのは女子ばかり。見事なまでのバカ殿振りだ。

「男の子いないね~? ねぇなんでぇ?」

 猫なでなお姉ちゃんボイスにテラスは質した。声とは裏腹に、

「いだだだッ! 姉ちゃん堪忍~ななな中身出る出ちゃう~」

 手に籠められた力は増す。

「ご用事は終わってるよねぇ~? ねぇなんでぇ? なんで戻ってこないのぉ?」

 お姉ちゃんボイスのままテラスは質した。

「いだだだッ! こ、これはシャイなツクヨさまのサポー、サポ、ウソです。サボタージュですごめんなさいぃぃぃッ!」

 ミシリとテラスの力が強まった時点でシキンはギブアップ――テラスは苛立イラだちを、ふんと鼻息に捨てて、二人を乱雑に投げ捨てる。

「シキン。防諜結界ぼうちょうけっかいを」

 防諜の結界が張り巡らされたことを見届け、

「何者かにスサが狙われクニツが襲われた」

 テラスは事の顛末を話し――

「シキン。トツカ用の業物が折れるものに、心当りはないか?」

 二人の有無を問わずに巻き込んだ。

 吐息をひとつ、

「封印、でしょうかな」

 シキンは口を開き、

「大海原に封印ってまさか?」

 思い当たる節をツクヨが口にし、

「ヒルコ。絡みか」

 テラスはポツリと答えを置いた。テラスの中でアダナエの姿が確かな形を持つ。

「おそらくは――それならばスサさまの記憶が欠落していたことにも合点がゆきます。嗚呼! おいたわしやスサさま! ジイは1タットであるスサさまを必ずやお守りいたしますぞ!」

「なんか新しい単位きたー」

 なにかと話の腰を折るツクヨに、

「黙れ3タット」

 テラスはピシャリと言い、

「ちなみにあたしは2タットだ」

 ここぞとばかりにドヤる。ドヤ顔のテラスに若干の苛立ちを覚えるツクヨは、

「あ、順位なのね。ジイ、封印から解き放たれたヒルコは――」

 スルリと流し、シキンに先を促した。

「スサさまの中――そうですね?」

 いつの間にやら部屋の隅で一人酒をチビチビと決め込む男の名をカグチ。シキンと同様にテラスたちの育て親である。

「シキンもツクヨもひどいなぁ。飲むからこいと呼びつけておいてさ。まぁ結界の外にハブられなくてよかったよ」

 穏やかに微笑わらい、穏やかな声で咎め、

「そうか斬ったかぁ~。スサの荒御魂あらみたまがなにやら不安定だったから、スサ用の剣を打ったが、どうやら前の剣に残っていたツクヨの荒御魂に呑まれかけていたようだね」

 酒肴に聴いていた顛末をゆっくりと咀嚼して、

「兄はスサの中にいるだろうね。封印がければ兄を護るものはなにもない」

 事実を淡々と告げてゆく。カグチの登場に口を開けずにいた二人が、

「「カグさんッ?」」

 ようやく異口同音。テラスはともかく、ツクヨに至っては、

「君にお呼ばれされたんだよ。わたしは」

 それである。その声はどこまでも穏やかであるが、カグチはこれで火の神だ。

「カグさん、それでスサは――」

「まぁ落ち着きなさい。ナキが絡んでいるけど、スサがどうこうなるような話じゃない」

 テラスをなだめ、

「そうだね。わたしたちの親神オヤガミであるナキについて語ろうか」

 とカグチが言うと、テラスとツクヨは露骨に顔をしかめた。

「わたしは父親だとは、ひと言も言っていないよ。ルーツ。それだと言っているだけだ」

「「カグさんとジイ以外。親は要らない」」

 二人が異口同音に口にすると、

「聞きましたかカグチ! 三人揃って1タットですぞ!」

 シキンは咽び泣き、

「あぁ、うれしいね。でも、これはそういう話じゃないんだ」

 カグチは乾いた声音に話の流れを打ち切った。


 しばらくは籠城ロージョー――それとなる。

 神爪の力も封じられ、スサはご満悦に研究へと精を出す。

「研究が進む進む。もう大躍進?」

 スサはニコニコにレポートを纏め、研究の成果を書き進めていた。

「ニウツ。ワカヒル4号機の報告を」

 淡々と仕事を振り、

放牧地拡張カクチョーの件はどうなっていますかハツミ?」

 次々に仕事を振り、マルチタスクに仕事を進めてゆく。

「「「タバコ! タバコにすべい!」」」

 あまりにモーレツな仕事振りに、所員たちから、休憩タバコの陳情が悲鳴のようにあがった。

「わかったわかった。それじゃ続きはランチをとりながら――」

「「それもう、ランチミーティングじゃん」」

 服飾担当のニウツと、畜産担当のハツミは泣き笑いにツッコミ、

「大丈夫。お米の粒を数えているうちに終わるさ」

 スサは晴れ晴れとした笑顔で黒い言葉を吐く。

「「スサさま、そんなご無体なぁ~」」

 もちろん、

「冗談だよ」

 それである。

「タバコにしよう」

 休憩を入れるが、有事に動けるクシナは気を緩めない。

「クシナもタバコだよタバコ」

「禁煙中です」

 休むようすすめるスサにすげなく返し、

「あ、あた、あたし煙草なんて吸わないですよ?」

 クシナはあわわと失言を訂正する。

「別に神爪が無くても戦えるよ。だからクシナも少し休みなさい」

 そう苦笑に失言を流し、スサは席を立つと壁に掛けていたトツカの剣を腰に佩く。が、

「スサさまには、少し大きいですね」

 クシナはポツリと率直を置く。スサの背丈では、アンバランスにもほどがある。

「スサさまが、とは言ってないですよ?」

 クシナに抗議のジト目を貼り、ふと思いついたように腰に佩いた剣を背中に背負って、

「ほら勇者ゆーしゃみたいだろ? だから、たぶん強いんだ」

 鼻息をふんふんさせてドヤる。

 確かに背中に大剣デッカイ剣を背負ったミニマム勇者がそこにいた。

 思わずに吹き出し、

「じゃあ、少しだけ」

 クシナは勇者スサの側に腰をおろす。

 勇者スサは座らずに壁に背中を預けている。腕を組み、

「どう?」

 と尋ねる。

 『?』マークを顔に貼りつけているクシナに、

「こうしてるとっぽくない?」

 無邪気に笑い、無邪気に尋ねる。無邪気な問いかけの意図に気づき、

「それなら足の角度はこうで、右手の指はこうです」

「こう?」

 クシナも無邪気にのって無邪気に笑う。やがて、強キャラポージングが決まり、スサとクシナは一時、真顔で無言――どちらかともなく吹き出し、二人は声をあげて笑いあう。

 しばらくして、

「敷地内なら自由にしていていいわよ」

 オーゲツとマツミが戻ってきて、スサとクシナはホッと胸を撫でおろした。


 カグチは、自身のくびをポンと叩いて、

「知っての通り、わたしは産まれてすぐにナキに斬られた」

 ゆっくりと悲壮な過去を語るカグチは、どこか楽しげだ。故は、

「でも、ここにこうして居る。ひとつは剣では火を斬れないから」

 カグチにとって、それは悲しい過去ではないからだ。

「もうひとつは、ナキが斬ったのは、わたしではなく、わたしの罪だった――ナキはナミから守るために、わたしを斬ったんだ」

 当時のことなど、いかに神と言えども覚えてはいない。ただ、

「そうかもしれませんね。『あっちぃなッ! このヤローッ!』と叫んだ時にナミは鈍器を抱えていましたから。投げつける気マンマンでしたねアレは」

 当時を知る古い神から聞いた話を推察しただけである。遠い目をして語るシキンに、テラスもツクヨもドン引きだ。

「その当時、ナキにもナミにも感情がなかった――だが、心がないわけじゃない」

 ドン引きな二人に優しく微笑い、

「わたしを産むことで、ナミの心は感情と繋がったんだ――痛みに怒りを覚え、わたしが斬られたことに喜びを覚え、安堵を感じ――」

 カグチは、ひとつだけ覚えているナミ、いや、母の顔を思い浮かべ、

「わたしに母の慈しみを向けて、ネノクニへと旅立ったよ」

 当時のカケラを語り聞かせる。

「自分で産んだ子を怒りに任せて殺そうとして、その子が父親に斬られて喜ぶって、それってどんなサイコパスよ? 悪いけど共感できないわ」

 もっともなテラスに、

「ナキはわたしを守ったんだ。それは初めて父親になったということだ。ナミはそれを喜び安心した――最期は子をあやすように優しく笑っていたよ。それは覚えている」

 カグチは穏やかな声音で、足りていなかった言葉を補足する。

「ナキのみそぎが君たちのルーツだ。でも、テラスは姉でツクヨは弟。スサは末だ――それはなぜだい? みそぎなんて一瞬さ、だったら三つ子でいいじゃないか?」

 今度は質すように語りかけ、

「神として顕現けんげんするまでに差が生じたのさ」

 ここで、

「あぁ、姉ちゃんなんかシンプルそうだよなぁ、基本チョロいし単純だし脳筋ノーキンだし」

 ツクヨが要らぬひと言、即座に、

「いだだだッ! ね、姉ちゃん堪忍~!」

「脳筋な、チョロい、お姉ちゃんで、なんか、ごめんねぇ」

 テラスはアイアンクローな制裁発動。読点の数だけツクヨからは悲鳴があがる。

「そう言えば、おまえよく斬れたな? 小賢しい技でも使ったか?」

 嘲笑うように捨てると、ツクヨのことも投げ捨てた。

「あたしが力で、が技、風の力を使うスサは、V3なハイブリッドってこと? なにそのバッタライダー構成」

 呆れたように例をあげ、テラスは先を促し、手にした盃の酒を干す。どうにも、この先ばかりは、酒の力が要るようだとテラスのカンが告げていた。

「ナミに感情が生まれたようにナキにも感情が生まれた――最初の感情は哀しみ、次はネノクニで生まれた――哀しみに暮れたナキはネノクニにナミを訪ねた」

 変わり果てた妻の姿に、ナキは慌てて逃げ帰る――とは聞いている。

「そこでナキに生まれた感情が、顕現の差だったのさ――訪ねたナキは、『へ、部屋片すから、ちょぉぉっ、待てッつってんでしょ?』と言うナミの制止も聞かず」

 具体的に過ぎるカグチの言葉を、

『カグチ、それ以上はお母さん許さない』

 聞き慣れぬ声が遮った。ここは、シキンが張った結界の内。斯様ができるは、

「ツクヨ、シキンに力を貸しなさい。夜なら君の独壇場――そうだね?」

 親神たるナミそのものだ。テラスに打ち捨てられていたツクヨは、雰囲気に事態を察しシキンの張った結界に結界を重ねてかけた。シキンもまた結界を強めて張り直す。

『こらぁ! ダメって……』

 やがて、ナミの干渉は遮断され、

「部屋へと踏み入ったナキとわたしは絶句した。なんせ、脱ぎ散らかされた服(下着も含む)や、ジャンクフードの食い散らかしに、大量の薄い本――」

 飄々と語るカグチの言葉を、

「「あ、もういいです」」

 テラスとツクヨは息ぴったり食い気味に遮った。

 シキンとツクヨが結界を元に戻すと、

『き、聞いちゃった?』

 少し怯えたようにナミは問う。届いた言葉に二人は顔を見合せ、コクりと示し合わせるや、

「な、なによぉ?」

 ジト目の視線をテラスに向け、

「遺伝かぁ~」「遺伝じゃ仕方ございませんな」

 かぶりをふりふり、深い深い残念なため息を吐いた。

「あ、あた、あたしは部屋キレイに使ってるもん」

 しどろもどろにテラスは言うが、執務室を片したのはツクヨであり、世話をするのはシキンの配下のクニツである。テラスは家事全般が苦手である。

「あた、あた、あたしおジョーじゃん? スーパーお嬢さまじゃん?」

 と、苦しい言い分けは、

「ぼくとスサは、おうちのこともちゃんとにできます」

 盛大なブーメランとして返される。ツクヨもスサも女子力はかなり高い。

「声だけだが紹介するよ――声の主は、わたしたちの母神だ。召還方法は簡単だ。汚部屋と薄い本について暴露するだけ」

 カグチは親神と呼ぶべきか母と呼ぶべきか迷った末に、間をとって母神とした。母と三貴子に気を遣ったのだ。

『お母さ――』

 ナミの言葉に被せるように、

――あたしたちは、までしか歩み寄れない。カグさんもシキンも、あたしたちを育ててくれた大切な親なの。だから、カグさんが大事に思うあなたをぞんざいにはしない――それだけは約束する」

 テラスはハッキリと告げた。しっかりと長子の役目をし、自分たちの矢面に立つ姉にツクヨも口は挟まない。テラスが決めた折衷案には口を挟まぬが、

「んじゃ、なげぇからカグママな、カグママ」

 呼び方くらいは決めてやる。

 このフットワークの軽さはツクヨの長所だとテラスは思い、

「カグママ、スサ。あたしたちの弟にヒルコが憑いた、ナキ――カグパパはスサになにをしようとしている?」

 ツクヨの軽さにのって率直に問う。

『クロ――ヒルコは、スサくんの黒い心そのもの』

「黒い心? スサにそんなものは――」

 テラスは言いかけ、

「あるよ。あいつにだって腹黒いところのひとつやふたつ」

 言いよどむテラスをツクヨが否定し、

「てめぇらのシデカシ、に押しつけようとすんのヤメてくれませんかねぇ?」

 敵愾心を剥き出しに噛みついた。

「まったくだ。スサはスサだし兄は兄だよ」

 カグチが、少しだけ声に怒気を籠めて吐き捨て、

「大海原に行くスサに兄の話をしたのは、わたしなんだ――兄がずっと動けずに、海ばかり見てると話したら、スサが『そんなの可哀想じゃねぇか』って言ったんだ。まるでツクヨみたいにさ」

 不安げな顔をするテラスへと、ことのあらましを諭すように語ってやる――

「つまり、ツクヨの暑苦しい荒御魂あらみたまに影響されて、少年っぽい正義感を振りかざした挙げ句、自分から厄介を背負い込んだ。と――それでカグママは、過去のシクジリをスサに押しつけようとした――うん。カグママはギルティだね」

 テラスは、右のコメカミを親指の腹でグリグリと揉みほぐしながら、ヒクツク声音に咀嚼そしゃくしたあらましを反芻する。

『うそは言ってないわよ? スサくんが黒くなれば、閉じ込められていたクロに呑まれる』

「あぁ、ウソは言っていない――だが、黙れ!」

 苛立ちを怒声に捨て、

「ツッくん。やっぱ、お姉ちゃんチョロかった。止めてくれてありがとう」

 ツクヨに感謝を伝える。

「一応、言っておく――ツッくんヤメろやキメェ。あ、あととかひどいと思うの」

「一応、言っておくね――うん。お姉ちゃんもそう思うよ――うん。ありがとうね」

 お決まりのツッコミ、お決まりではないカエシ。テラスはうつむき、ツクヨは髪を一掻き、吐息をひとつ、

「おいババぁッ! ウチの姉ちゃん泣かしてんじゃねぇぞコラッ!」

 空を砕くように咆哮ほうこうする。

「な、泣いてないもん」

「向き不向きってもんがあんだよ。姉ちゃんとスサは、それでいいの――こ~ゆ~のは、シキンジイや俺の領分だ」

 そう言ってツクヨはカラリと笑うと、右手をあげて選手交代を申し出る。

「任せたよ。ツクヨ」

 テラスはパチンとツクヨの右手を打ち、

「OK。任された」

 軽快ケーカイに応えたツクヨは、まなじりを決してイザナミへとのぞんだ。


「い、いぃ、言いかたぁ~!」

 唐突に叫んだスサにクシナはビクりと肩を震わせて、

「スサにも聞こえたか」

 オーゲツはポツリと言い、

「テラス~。スサくんにも聞こえてる~。言葉ちゃんと選ぼう? スサくんなんか可哀想じゃん。まぁテラスの言う通りなんだけどさ~」

 諫めるように語りかけた。


 忽然と届いたオーゲツの声に、

「お、オーゲツか? あ、あたしの一大事に、お、おまえはなにをしているッ!」

 テラスは泣き声の八つ当たり。

『えぇ? 封印とか封印とか封印とか?』

 小指で耳垢をホジリながらオーゲツは流し、

「おい、そこの残念フルアーマー。カグさん連れて飛べるか?」

 と、ツクヨ。言葉の通りに場を請け負う。テラスは泣き顔にうなずき、

「ゴリ~。ウチの姉ちゃんメンタル豆腐トーフだからケアたのまぁ~」

 またツクヨ。めんどうな姉の相手をオーゲツにゆだねる。

『えぇ~、無理ぃ~。テラスって豆腐どころか豆乳トーニューじゃん。オーゲツ豊穣ホージョーの神だからニガリとかマジ苦手。塩害ダメ絶対!』

 オーゲツは塩対応。ここでテラスは、

「な、なによぉ」

 ベソ。メンドーなマジトーンの、

「豆腐でも…豆乳でも…残念フルアーマーでもないもん…」

 半分じゃないベソ。ここで、

「そうだね。テラスはがんばりやさんなお姉ちゃんだよ」

 カグチがフォローに入り、

「どうだろう。テラスやスサたちが、がんばって育てたものをカグさんにも見せてくれないか?」

 ゴシゴシと袖に涙を捨て、すれ違いざまに負け惜しみと、

「一応、言っておくね――あとで覚えてろよツクヨ――それから助かったよ。ありがとう」

 ポツリと感謝を置き、テラスとカグチの姿はヨルノオスクニから消え去った。

「どういたしまして、お姉ちゃん」

 ツクヨもまたポツリと置き、

「ごめんなさいねー。ジイが甘やかすからねー。ちょっと仕切りなおしますねー。ナミさんとカグママ――どちらがよろしいですかー」

 イザナミとの対話を再開する。

「失礼な。ジイは良い子になるよう厳しくお育てしましたぞ。あれは――」

 かぶりをふりふり、心外そうにシキンが置くと、

『ババぁはひどいと思うの。じゃあ、お母さんでお願いします』

 ナミは苦情と要望を図太く置いた。

が遺伝しないための断固たる措置です」

「イヤな遺伝だな――却下だ。お姉ちゃんが決めたこと反故にはできねぇよ。ほらボク良い子だからさぁ」

 自分にが強く遺伝していることを苦笑に措き、ツクヨはシタタカに突っぱねた。

『あらぁ~出来た子だねぇ~。おまえも、に、してやろうか?』

 少し砕けた場の空気を、

にされるよりイヤだわそれ――ナキがスサに望んでいるのは、アシワラノナカツクニの神に据えること――違うか?」

 砕けた軽口と、核心を突くことでツクヨは凍らせた。


 カオスな雰囲気が漂っていた。

「ぼく、別に正義マンとかしてないし。あ、あにさまと違うもん」

 スサは三角座りをして、部屋の隅っこをジッと見つめて独り言。

「ネェさん。なんスかこれ?」

「い、いまは! なのォ! 空気よマツミバツミ! な?」

 テラスはオーゲツにしがみついてギャン泣き。

――知らねぇ~よ。察しろよ。そして、なんとかしろよ、これ!

 と、オーゲツは目と顔でマツミを責め、この状況の解消を求める。

――ええぇ? ムリぃ~!

 と察したマツミは、

「イエッサーアンドマァム!」

 脱兎の如くカオスを離脱した。

「ヤロー逃げやがった」

 オーゲツはチッと舌打ち、

「クロって言ったっけ? カグチの兄ちゃん――スサの中に憑いているって言うけど、出てこないじゃん」

 苦虫を噛み潰したような面持ちで解決へと話を進めて行く。

「神爪でこさえた櫛や簪に術式を仕込んで、ウチの子たち襲わせたのもクロじゃねぇ~しさぁ~。じゃあなんでクロをスサに憑かせたのさ?」

「刹那の自由――スサの中に溶けることで兄はそれを得る――わたしはナキから、そうだと聞いているよオーゲツくん」

 未だ泣き止まぬテラスに温かな眼差しを向けカグチは答え、

「刹那の自由ねぇ~」

 深く不快な吐息をひとつ、しがみつくテラスを振り払い、ノーモーションからの豪拳をカグチの頬桁へと叩き込む。拳に神爪を纏わせた本気の打撃だ。

「カグチ。クロはおまえの兄だ。確かにそうだろう。じゃあ、そこのアーマードポンコツやスサはなんだよ?」

 本気の豪拳に、三間ほども吹き飛ばされたカグチへとオーゲツは怒気を籠めて、

「てめぇは兄貴じゃねぇのかよ? こいつらの親じゃねぇのかよ? あぁッ?」

 吼えるように問う。


「言いかたを変えようか――クニウミノギのにえがスサだ。クロはその付随的なもの――ナカツクニにスサを捧げることでクニウミは完成する。違うかシキン?」

 突きつけられた問いに嘆息し、

「その通りでございますツクヨさま。ですが、そんなことはこのシキンがさせません。スサさまには大海原を治めていただきますからな!」

 鼻息をふんふんさせてシキンは答え、

『大海原じゃあ、クロに呑まれるわねぇスサ――だって、スサとクロが分かれることの必須条件てナカツクニに向かうことだもん』

 ナミは悪びれることなく勝利宣言。

「てめぇは仕込みを口にするな。てめぇだけは言うな」

 低く底冷えしそうに冷たな声音で静かにツクヨは置き、

『おぉ~こわぁ~』

けよナミさん」

『あら、お姉ちゃんが歩み寄ってくれるところより遠いわねぇ? のツッくんはどこに行っちゃったの?』

 ナミは揶揄うように意趣返し。

け」

 ツクヨは冷たなマナジリに、ナミの揶揄からかいを裾へと措いた。


 激昂するオーゲツを、

「と、突然どうしたんだオーゲツッ!」

 ギャン泣きをやめたテラスが慌てて止める。が、

「てめぇが今はサーで居ろっつったんだろうがッ! どいてろポンコツ豆乳メンタルッ!」

 オーゲツは止まらない。立ちはだかるテラスを払いのけ、

「タカマノハラでクニツが死ねば死んだクニツはナカツクニに帰るッ! ナカツクニの次はネノクニだッ! 刹那の自由ってのは、そう言う意味さッ! あたしが怒ってんのは――」

 カグチの胸ぐらを掴んで、もう一度殴りつけようとする腕を、

「ナキとナミを盲信して、思考を放棄し、守るべき者のことを差し出したもおなじ――だからでしょ?」

 ツヨポンマジックハンドフォームを用いてスサが止めた。

「オーゲツのネぇさま。暴力はダメ。資源の無駄だから――薬も包帯も使えばなくなるから。ケガしてる間は働き手も減るから。それって無駄飯食いだし収量も減るから」

 スサは、

「ホントあんたってケチよねぇ」

 無駄な消費が大嫌い。

吝嗇りんしょくなだけですよ」

「おなじよそれ」

 すっとぼけたヤリトリに、オーゲツの怒気と毒気はすっかり抜けた。

「カグチ。あたしゼッテー謝んねぇから。おまえヒャクパー間違ってるから」

 毒気は抜けたが、譲れぬ線は譲らない。

「「ス、スサ――」」

 いまさらに事態を理解し、オロオロとする保護者ふたりにスサは嘆息、

「えっと、ナカツクニには行きません。と言うか大海原にも行きません――理不尽に凹まされることもあるけれど、わたしは元気です。以上」

 ことの解決を口にする。

「様々な誤解を受けているようなので、ひとつずつ説明します。まずクロの封印――ぼくは剣でそんなもの斬らない。封印なら解く。刃が減るし、ヘタすりゃ折れるし」

 実際に折れてるが、それをやったのはスサではない。

「次に生命維持装置である封印が解かれたクロを取り込んだのは、海産物、つまり漁業に関して造詣が深いから――対価も無しにぼくは動かない。兄さまじゃあるまいし、雨の日に捨て猫拾って、じつは好いやつアピールとかしないから」

 ケッとスサは吐き捨てる。研究所にはツクヨの無責任を受け入れている区画もあり、世話をするのはスサやクニツたちだ。

「三つめ――クロが教えてくれました。あの海は死んでいます。海産物は得られないそうです。土地も痩せていて、トマトどころかアイスプラントも育たない土地でした。久々のムリゲーにさすがのぼくもドン引きです――そんなところの神に据えられるのなら、オーゲツのネェさまの下で働きます」

 と、一息に説明し、

「あぁ~そうそう、プロトタイプツヨポンが、折れる前に奇っ妙ぅ~な不審者を見かけましたね。そいつタンポポの帽子をかぶってるんです。ライオンとをかけたんですかね? ショーもなっ!」

 辛辣を吐き捨て、『ハッ?』とスサは気づき、オーゲツはそんなスサに呆れて嘆息、

「テラス~。これ詰んだ~」

 スサがクロに呑まれかけていることを認めた。

「このマジックハンドってクロの神爪ツメよね?」

 スサの神爪はテラスによって封じられている。ポツリと置かれた一言に、スサは靴と靴下を脱ぎ、

「姉さまぁ~、クロの神爪も封じて~」

 神爪に変わった足の指を指し、オロオロとするテラスに乞うた。


「ジイ。タカマノハラに戻れ」

 ツクヨは対話の終了を宣言する。

「ツクヨさまは?」

「仕事をするさ。大人だもの」

 そう言って、防諜ぼうちょうの結界を解き、

「あとはスサが決めることだ。落としどころを決めるのは外野ではない。違うか?」

 投げるように問う。

左様さようですな」

 シキンは吐息とともに答え、執務室をあとにする。


「お姉ちゃんは反対です!」

 テラスは躾でない理不尽を突きつける。

「だって、しょうがなくない? ムリゲーに行ってもダメだしさぁ」

 突きつけられた理不尽にスサは抗う。

「いいじゃんスサクロで、ここに居れば」

「なにさ、そのポンコツネーム」

「ポンコツじゃないしカワイーじゃんスサクロ。いいじゃん。ナキへのヘイトが増すだけで基本はスサなんでしょ?」

 この理不尽の名が、ワガママだと言うことをスサは知っている。吐息をひとつ、

「オーゲツのネェさま~、こいつ、めんどくさいぃ~」

 オーゲツに介入を要請する。

「ホント。それな。テラス~。すぐそうやって暴力に訴えない~」

 『こいつ』呼ばわりに、テラスがコメカミグリグリを仕掛けようとするのを止め、

「放せゴリ。子供の躾に口を挟むな」

「躾じゃねぇから。ケンカだから、これ。それにヘイトする時だけクロは出てくるの?」

「かわいそう。だなんて言ってくれるなよゴリ?」

「いや言うよ? めっちゃ言うからね? それじゃ、スサくんがクロ取り込んだ意味ないじゃん」

 オーゲツとテラスは、スサがクロを取り込んだ理由が打算だけでないことに、薄々と気づいていた。

「ちが、違うからッ!」

 それを否定しようとするスサに、

「隠そうとすればするほどガキっぽいよ」

 オーゲツはピシャリ。

「あぁ~、そうですよ! かわいそうだから、なんとかしてやろうと思いました!」

「お黙りやがれよコゾー。それが出来ねぇヤツぁ、ハナから男じゃねぇんだ。それがキッカリ出来たてめぇのことをシッカリ誇りやがれ!」

 照れ隠しに開きなおるスサへと、またピシャリ。ピシャリとされたスサは、

「じゃあ、えっへん!」

「ま、があめぇけどな~」

 鼻をふんふん胸を張るスサを、オーゲツは厳しく突き放す。

「ともかくッ! あたしはイヤなのよッ!」

 テラスはバンとテーブルを叩き、勢いよく席を立つ。

「どこ行くのよ?」

「ニーナメよ。仕事があるの。大人ですから」

 テラスは常套句を口にして問題を先に送った。

 しょんぼりと、うちひしがれていたスサも、

「どこ行くのよ?」

「実験です。学ぶことがあるんです。子供ですから」

 先送りを拒むように、解決へと向けて歩き出す。

 吐息をひとつ、

「おまえは、どうするカグチ?」

 今後を問う。

「ついて行くさ。あたりまえだろう?」

 カグチは即答する。ナカツクニはネノクニへの通り道――スサがネノクニに向かう際には自ら道案内をしてやるつもりである。

「それじゃあ、倅たちに顔でも見せておくかね」

 そう言って、カグチも立ち上がり研究所をあとにした。


 スサが、肥料について試験管を片手に格闘していると、

「精が出ますな。スサさま」

 ヨルノオスクニより戻ったシキンが声をかけた。

「ジイ。おひさしぶりです」

 スサは手を止め、試験管に栓をし、試験管スタンドに立て掛ける。

 手を洗い、窓を開け、

「ぼくの行き先は、アシワラノナカツクニのようです」

 と、スサ。ぼんやりと外を眺め、

「ここと少しも変わらない」

 呆れたように呟いた。

「ナカツクニの方が」

「変わりませんよ。少しも。自分が何者であるかも自覚しない者たちが、力のあるなしを物指しにして、自己の望みばかりを要求する。幼児の心のままの、力で他者を踏みにじり、自己を他者に押し付けるイノセントモンスターの溢れる場所――それが、タカマノハラとアシワラノナカツクニです」

 シキンの言葉に被せ、スサは嘆息――懐からノートを取り出しシキンに差し出した。

「神々の言葉を纏めたものです。一人称の1位は『我』、次点が『儂』『余』『我輩』――性別や世代を問わずにそれ――共通項は、自分が男であるのか、あるいは女であるのか――そんな単純なことでさえ、ほとんどの神々はで認識していない」

 現状の混沌にスサは嘆息。

休憩タバコにしましょうか」

 女子力高めのスサは、白衣を脱ぐとパッと応接テーブルにコーヒーと茶請けの練り菓子を調え、

「ぼくの役割りは、ナカツクニの『言葉』となること――無邪気な怪物たるを、自己を自己でにすること――クニウミノギを完成させるためのですね?」

 茶筅で点てた抹茶風コーヒーをシキンへと給仕しながら、自己の役割りを言い当てた。

『けっこうなお手前で――』

「ナミ、そのコーヒーは私のですよ?」

 唐突にナミの介入があっても、スサもシキンも動じない。スサは、コーヒーではなく抹茶を点てるとシキンに給仕、

「ナミと言うことは、ですね。よかったらアジサイもどうぞ」

 はじめに点てたコーヒーのそばに、菓子細工アジサイを給仕する。

『まぁ~出来た子~。おまえは、薄い本に、したくない』

 ナミの言葉に『?』マークを顔に貼りつけ小首を傾げるスサへと、

「きっと、可愛らしいとか、そんなニュアンスですぞ」

 シキンがボカした言葉で意図を伝える。

「え、じゃあ、ありがとう?」

「ナミィッ! これ以上スサさまをケガすことは、この『ヤゴコロ』が赦さんぞッ!」

 シキンは素でナミへと釘を刺す。

『わかってるわよぉ。それで~、スサくんはクニウミノギを完成させるつもり?』

「はい。力ずくでも」

『え、ち、力ずく?』

「はい――ナミとナキ、あなたたちが、ぼくにナカツクニに行けと命じるつもりならば、ぼくは全力であなたたちを正します」

 虚空を敢然と見据えスサは宣した。

「親が子に『』と望む国の神なんかに、ぼくはなりたくありません――ぼくは、無駄なことが嫌いです。破綻が確定しているところに、貴重なリソースを投資するつもりはありません」

『投資? ナカツクニからリターンは…』

 ナミの否定を、

「そのアジサイも、コーヒーも、このタカマノハラで神爪ツメの力で顕現けんげんさせたものではありません。ナカツクニのクニツたちと、ここで育てて作ったものです」

 スサは被せるように否定する。

「それに顕現させたものより味も香りも良いですな」

 お濃い茶を喫して、シキンも繋げる。

「ナカツクニで産まれた知恵がタカマノハラに昇ることもありました。ここで研鑽した知恵がナカツクニに降るように」

 繋げられた言葉をスサは引き取り、

「だから、これは投資です。タカマノハラもナカツクニも、豊かで楽しくなる双方WinWinになるための投資です」

 ナミのことをでいざなう。吐息をひとつ、

『まるで寸着詐欺の手口じゃない…そんなもののために、スサがこっちにくることお母さんは反対よ!』

 ナミは茶番に乗っかった。

とは失礼な――それに、ぼくは他人事に動くわけじゃありません。他人事ヒトゴトを背負いこむことは無駄の次に嫌いです」

 これには、

『あっあはははッ!』「ふっふはははッ!」

 大人のふたりは、声をあげて大爆笑。現にスサはクロを背負っている。

「失礼。それでスサさまの自分事じぶんごととは?」

 ぷぅと頬をふくらませるスサをなだめるようにシキンが問うと、

「ジイ。大事の前に、それを訊くのはタブーですよ? まあ、良いでしょう。死亡フラグは叩き折る――女の子とエッチィことす――」

 スサの視界が唐突に暗くなる。

「あれれ? おかしいなぁ、おかしいなぁ。スサくんの姿したツクヨがいるぞ? お姉ちゃん、チャラい弟はひとりでおなかいっぱいなのにぃ」

「ね、ね、姉さま? し、仕事はッ? いだだだッ!」

 テラスの全力アイアンクローが徐々にスサの体を吊り上げる。

「ねぇ、スサヨぉ~。そんなしょうもない理由でナカツクニに行くだなんて」

 ギリリと手に力を籠めて、

「言わないよな? なッ?」

 テラスは問う。が、

「ベ、ベッドの下の、え、エッチな本は、む、息子からの大切なメッセージなのぉッ!」

 スサは、抗うようにテラスの手を払いのけ、

「彼女とジェットコースター乗っていっしょにキャーキャーいうのッ! 彼女からもらったバレンタインチョコのお返し、身悶みもだえするほど悩んで選びたいのッ! だからッ! 変な心配しないでッ!」

 宣する。自分は健全な男子だと。

 さて、

――ベッド下のエロ本は息子からの大切なメッセージ

 斯様かようを教えたは、間違いなくにツクヨである。

「テラスさま」

「あ~。うん。そうか…」

 スサの純真無垢な健全さにあてられ、テラスはようやく再起動。

『うん。そっちは心配してないよ――ありがとう、ね』

 ナミは鼻声に礼を言う。

「お~いてぇ…姉さま仕事は?」

 スサは咎めるようなジト目をテラスに貼りつけ、

ミソギに行くとこで、スサが、へ、変なこと言ってるから…」

 テラスはシドロモドロ。スサはコメカミをさすりながら吐息をひとつ。

「あとは研鑽ケンサンと挑戦と冒険――つまりロマンがぼくの自分事です」

 男は大概タイガイポンコツで、男は大概バカである。スサもまた、御多分に漏れず男の子なのである。テラスは諦めを苦笑に流し、

「ごめんて。でも、お姉ちゃんも反対だからね」

 スサの決断に投資する。

「いったい、どこから聞いてたのさ。お行儀の悪い」

「まったくですな――スサさま。ジイも反対ですからな――ですが、スサさまの一大事業の邪魔は誰にもさせないと、ヤゴコロの名にかけてお約束します」

 シキンもまなじりを鋭くし、スサの決断にベットを置いた。この時、その眦に危うさを見つけたテラスは、

「ちょぉ、なにするの?」

 スサのことをヘッドロック。

「おまえ少し匂うぞ? あと肥料を畔に流しても根腐れするだけだからやめておけ」

「この後も研究が、もうッ! おっぱい当たってるから! 弟はお姉ちゃんのおっぱいとかチッとも嬉しくないですからッ!」

 スサは、本気で嫌がりテラスの腕をタップする。

「お~お~、正常な反応ですこと。お姉ちゃんは嬉しいよッ!」

 テラスは腕に力を籠め、

「ちょぉ、苦しッ! もうジイのバカー。ジイが死亡フラグ立たせるからー!」

 そのままスサを風呂まで連行した。


「一緒に入る?」

 と、テラスが揶揄うように言うと、

「入りません。照れてもないし。嬉しくもないから」

 スサは心底メンドーなジト目を向けて、男性所員用の浴室へと消えた。

 脱衣所で衣服を脱ぎ、湯帷子ゆかたびらを着て、掛け湯し身体を濯ぐ。

 どうやら薄暗い大浴場を貸し切りだ。

 貸し切りな湯船に身を浸し、

「なんか、いろいろあったね」

 隣の誰かにポツリと言う。

「そうですね~」

 隣の誰かは、相槌をうち。

「あのさ。クシナ――」

「言わないで! あらためて言われると困るから! いろいろ!」

 クシナは懇願し、

「ここ男湯だよクシナ」

 スサは敢えて指摘する。

「もう! スサさまとイチャイチャしてたから、みんなの目が冷たいの!」

 ここでクシナは、開き直りスサの前で仁王立ち。湯帷子を纏っているとはいえ、湯を吸った帷子は、ピッタリとクシナの身体に貼りついて、ボディラインがほぼ裸。スサは目の置き場に困りつつも、指の隙間から、ソッと見る。

 イチャイチャとは、おそらく強キャラポージングのことだろう。

「いやだからってさぁ~」

「ちゃんとにニウツを見張りに立てて――」

 それが居たらスサは、ここに入っていない。

「うん。嫉妬って怖いんだね。あと座ってくれる。目のやり場に困る」

 つまりニウツにも、クシナは売られたようだ。

「おのれぇ~ニウツめ~」

 クシナは、ブクブクと泡をたてるように湯船に隠れた。

「まぁ、いっかぁ~。ぼくらのジャンル子供だしさ」

 機密事項――それ故に、

「ねえクシナ。ぼくがここから居なく」

「イヤです」

 少しボカして尋ねるが、問いかけの答えは言葉を被せるように返された。

「でも決めたこと」

「あたしも行きます! ほら、あたし、こう見えて防御力高いから!」

 食い気味に被せるクシナに苦笑し、

「いや、別に戦わないから」

「装甲オリハルコン級です」

 必死に被せるクシナに吐息をひとつ。

「そのオリハルコンで、まず自分をシッカリ護ること――その約束を守れる?」

 クシナは湯船に隠した身体を立ち上がらせ、再びスサの前で仁王立ち。してすぐ湯船に身体を隠し、

「守ります! スサさまも、みんなも、あたしも、オリハルコンで護ります!」

 誓うように約束する。思わずに、

「クシナ~、それ死亡フラグ~」

 揶揄うような苦笑がスサから漏れた。

「じゃあ、死亡フラグからだって護ります!」

 クシナは、鼻息をふんふんオリハルコンな意思を示した。

「わかった。一緒に行こう――そしたら、一緒にジェットコースターに乗ってキャーキャーいおう。だからさクシナ」

 小首を傾げるクシナへと、

「バレンタインデーになったら、ぼくにチョコレートをください。お願いします」

 スサは、ジャンル子供の精一杯を、クシナの目を見てハッキリと告げてみせた。

 グルグルと情報を整理し終えたクシナは、

「ス、スサさまこそ、それ死亡フラグですよぉ~」

 瞳をウルウルに潤ませて、ぐじゅぐじゅな鼻声に咎め、

「死亡フラグは?」

「叩き折ります! だからスサさま、チョコレートをもらってください。お願いします」

 ジャンル子供の精一杯に応え、ぐじゅぐじゅな泣き顔で、にへらと笑った。


 スサは、勝算無き戦いには、決して臨まない。

 ゆえに淡々と戦の準備をしている。そう総力戦などと言う、カケラの値打ちも無い戦いではなく、

「万人受けしないかなぁ~。尖りすぎじゃない?」

「叔父貴ぃ~。この尖った辛味こそが、この酒の良さですぜ?」

 商戦。それである。間もなく大商戦が行われる見通しだ。

「そこぉ! 見せたら負けだって何度言わせるッ!」

 中でも熱を持っているのが、

「次は内臓でも見せるつもりぃッ! 動きはハデに可憐にチラリズムッ!」

「はいッ! ウズメさまッ!」

 ウズメ率いるバックダンサーズである。さて、このウズメ、

「ウズメさま、本当にこのステージ衣装で舞うのですか?」

 スサの神爪神術シンソウシンジュツの教授方であり、

神爪ツメがトツカじゃなくてフタトツカってなによ? あたくし聞いてませんけど?」

 クロの神爪が、スサにあることを見抜けずにいたトガメで絶賛、

「それなのに、それなのにぃ~、テラスさまぁ! これ紐ですからッ!」

 ここで無償奉仕の振付師、兼任のトップダンサーを仰せつかっていた。

 渡された衣装(ほぼほぼ紐)にヒステリックな悲鳴をあげているウズメに、

「おまえ、なんでもするって言ったじゃん」

 と、テラスはごもっとも。神爪でこさえた櫛や簪の暴走は、監修した教授方の責任だ。

「言ったけど。言いましたけれど。多大なるご迷惑をおかけして」

「この程度ですんで良かったでしょう? つかケッコー楽しそうじゃんあんた?」

 オーゲツの言う通り、はじめは渋っていたウズメも、この状況を楽しんでいる。

「あたくしが、露出を悦んでいるみたいに言わないで!」

 気づけば、一人称も『ヤツガレ』から『あたくし』に代わっている。

「そこは、チラリズムの第1人者さまのウデのミセドコロじゃない?」

「紐ッ! これ紐ですからッ! こんなもの――」

 と、ここでウズメは、閃光のごとき閃きを得る。神爪神術シンソウシンジュツでチグサマキの矛、ササハの扇を顕現させ、

「スサさまぁ~。この桶をお借りしても?」

「マツミに聞いて~? マツミ~あげてもいい?」

「叔父貴の頼みを、あっしが断ったことねぇでしょう?」

「いいって~。もしかして、特殊ステージ? 得意な――」

 スサは、精神を研ぎ澄まし、瞑想するようにイメージを深めるウズメに言葉を飲む。

 やがてウズメの姿が非常にきわどいステージ衣装へと変わり、ギラギラとした不協和音が辺りに響き、目も眩むような照明がチカチカと瞬き始める。

 返した桶に矛を突き立て、矛の周りをクルクルと独楽のように回りながらウズメは舞う。紐で隠し切れぬ身体を、矛や扇で巧みに隠し、ウズメはチラリズムの寵児となる。

 やがて舞い終えたウズメへと、拍手と喝采とヤローどもからのピンクな口笛ヒューヒューと、女たちからの羨望の熱視線が浴びせられ、ギラギラな不協和音とチカチカな照明が鎮まった。

 Tシャツにジーンズと、ポニーテールな振付師に戻ったウズメは、

「スサさま。矛と扇とオタチダイを所望します」

 簡潔に依頼する。スサは『スサの戦』をする者に、吝嗇をしたりは断じてしない。

「うん。最高の物を用意してもらうよ。姉さまは照明担当ね~」

 時には過剰なまでに贅沢だ。なにせテラスは、

「こら。お姉ちゃんをアゴで使うな――まぁ、いいけどさ」

 タカマノハラの最高神である。快諾なテラスに、

「そ、そ、そんな畏れ多いッ!」

 ウズメはアワワ。

「よい。見事な舞いの褒美だ――次は紐でのうてどれで舞ってもらおうか?」

 そんなウズメに、テラスは賞賛と揶揄からいを同時に置く。

 少しずつだが、タカマノハラも神々も良い方向に変わっている。テラスは泣き笑うようなウズメの悲鳴と、それを笑う仲間たちの笑い声にそれを感じていた。


 黄昏時――そこで、テラスとツクヨの情報交換が行われる。場所は、

「ウカノぉ~。テラス自信喪失ぅ~慰めて~」

 どことなくオーゲツな眦。どこかテラスな輪郭をした、ウカノと言う少女が営む小料理処である。

 なにかが気になるが、ツクヨは訊かない。言わない。好奇心は猫をも殺すから。

「おぉ~テラス。死んでしまうとはなにごとだ」

「いや死んでねぇ~わ」

 ウカノはスルーし、甘辛な油揚げを刻んだ白和えをテラスの前に供してやり、

「お揚げ好きだねぇ~」

 ツクヨの前には、カリカリお揚げの焼うどんを供した。

「おぉ~ツクヨ。好き嫌いとはなにごとだ。大人のくせに」

「いや嫌いじゃねぇわ好きだわ。お稲荷さんとか」

「セクハラです」

 吐息をひとつ、ツクヨは、

「いっ痛ぁ~! な、なにすんのよツクヨッ!」

 テラスの頭に強めのチョップ。

「うっさいよ。なんとなくだよ3タット。そんで、なにに自信喪失したの?」

 躾がなっていない――とは、ツクヨは言わない。そこを流して先を聞く。

「だってスサがさぁ~」

 テラスの愚痴が始まる。聞けばスサの求心力の高さに、テラスは自信をなくしているのだと言う。白和えを肴にビールをチビチビやる姉に、

「バックに姉ちゃんが居るから、アマツはスサについてくんの。姉ちゃんはタカマノハラのボスなんだから、後ろでふんぞり返ってりゃいいの」

 カリスマと後ろ楯――そのふたつが揃って、初めて改革は機能する。ツクヨはピシャリとそう置き、カリカリ焼きうどんを掻き込み、

「ガチ勢が動いている。特にテラス原理主義者のコヤネと、スサ原理主義者のヒルメが手を組んだらしい。おまえらさぁ、俺みてぇにうまくやれよ…あったく…」

 掴んだ情報を口にし、ふたりの不手際に愚痴る。

 原理主義者とは、テラスならテラスに、スサならスサに盲信している連中だ。タチの悪いことに、この手合いは、自身の理想のテラスやスサを、他者、もちろん、テラス、スサにも強要しようとする。いわゆる熱烈にこじれたファンである。なお、ツクヨ原理主義者は存在しない。故は、

「あぁ~、スッポン対策委員会は聞くけど、ツクヨ原理主義者は聞かないな」

 まさしくそれである。

「ツクヨ。ドンマイ」

 と、ウカノ。稲荷寿司を供してやる。

「そんで、ジイはなんかしようとしてんの?」

 忌々しげな要らない同情をわきに措き、ツクヨは整理するように訊く。

「コヤネに接触しているらしい。ソースは確かだぞ。ガチ勢のタヂカに、腕相撲なウケイを持ちかけたからな」

「マジかー。タヂカってゴリよりマッチョじゃん」

 タヂカは、タカマノハラにおいて腕力最強だ。

「そのとき暑かったからさぁ、少ぉ~し胸チラしたらアッサリ勝った~」

 ツクヨ、ウカノは『うわぁ~』とドン引き。それに不服を覚えたテラスは、タヂカとの腕相撲をした右手の掌をツクヨの袖で。思い出しただけでウェッティな汗の感触が甦る。

「やぁ~い! タヂカのベトベトき~ん~! エンガチョ切ったー!」

「バーリアッ!」

 ウカノのまさかな裏切りにツクヨは軽く凹む。なにせ姪(暫定)である。

「やめなさい」

 と、たしなめると、

「「ちぇ~。ノリわりぃ~」」

 ふたりは軽くブーイング。

 稲荷寿司を平らげ、席を立つツクヨに、

「ツクヨ。お仕事がんばってね」

 と、ウカノ。これから仕事に臨むツクヨのことを慮り、供された物は腹にたまる物ばかりである。ツクヨは思わずにテラスの頭を無遠慮に撫で、

「な、なにしてる?」

「え? イイコイイコ――と、タヂカのベトベトキーンー! エンガチョ切~った!」

 と、店から脱兎。

「バーリアッ!」

 と、ウカノ。

 テラスはマジトーンで、

「やめなさい」

 『メッ』と、目で叱る。なにせ娘(確定)である。

「なんも訊かなかったね」

「そうね。気づいてたみたいだけど」

 と、テラス。

「ウカノ~。ママにもカリカリ焼うどん」

「はいは~い」

 とウカノ。慣れた手つきで料理をこさえてやる。


 しばらくも過ぎ、スサの一人称が「おれ」に変わった頃、

「スサァッ!」

 テラスは儀を投げ出し、砂埃をあげスサのもとへと突撃する。

 そう。冒頭にあったあのくだり。ようやくだ。ようやく、あのくだりに繋がった。


 肥えの薫らぬ畔を掘り、黄昏時にテラスとスサが戻ると、

「なにが、あった?」

 誰かが倒れ、誰かが泣き、誰かがわらっていた。

 ここには、アマツとクニツの確執はない。神々の戦にも揺るがない結界のうちに居る。

 嗤う誰かに目を向ける。

「ヒルメ」

 ヒルメは宮殿付きのアマツである。スサも何度か言葉を交わしたことがある。

 倒れた誰かに目を向ける。

「クシナ」

 であり、泣いているのはニウツとハツミだ。ハツミの牛をヒルメがけしかけ、ニウツに襲いかかるのをクシナが止めた。そう繋がった転瞬、スサはトツカの剣を抜いてヒルメに向けたザンを撃つ。神爪を纏わぬ斬であったがスサの手には確かな手応えが返る。が、ヒルメは嗤い、スサは地に膝をつく。牛の影に隠れていたコヤネと言うアマツの持つ鏡に力を返されたのだ。仕掛けが解れば、戦術を変えるだけ、ついた膝を軸にしてコヤネの足を払い、倒れたコヤネの上に跨がるや、拳を硬め無表情、無言に次々それを撃ちつける。コヤネを討ち取ったを悟るや、戦神の鬼神振りに動けぬヒルメに剣を一閃――ヒルメのことも討ち取った。

 袈裟けさに斬った胸の傷は少し深い。

 それでも倒れるほどではない。だが、戦神でもこれは痛い。傷ではなく、心がだ。

 心の痛みをやわらげようと、

「親しい者と笑い合うことは罪ですか?」

 静かで穏やかで掠れた声でスサは問う。

 手にした剣を地へと乱暴に叩きつけ、

「仇を討ったって、なんにも変わらない――」

 横たわるクシナへとあらためて目を向け、

「どこがオリハルコンだよ? 紙装甲じゃないか…」

 スサはうつむき、

「ぼくと仲好くなった報いがこれですか?」

 掠れた声で絞るように問いかけ、

「答えてよぉ」

 すがるようにとうを求め、

「答えてッ! 姉さまッ!」

 スサは泣き叫び、とうなき答えをテラスに求めた。


 この少し前、テラスがスサへと突撃する前のこと。

「神爪のかんざしの件は、ヒルメの嫉妬をナキが利用したようね」

 吐き捨てるようにテラスが言い、

「クニツたちばかりズルいって? じゃあ、アピりゃいいのに」

 とオーゲツは呆れを吐息に捨てる。

「脅しのつもりが、こちらは警戒して籠城――それじゃあ、アピールなんて無理。それなら、邪魔なクニツ女子をってか。じゃあ、コヤネの方は?」

「スサに嫉妬してるみたい。ヒルメにいいところ見せたいみたいね」

 テラスは心底、疲れたように言う。

「えぇ~重罪ってか、二人とも反逆なんですけど~」

 スサは三貴子である。オーゲツは再び呆れを吐息に捨てる。

「臣下の不始末は主の落ち度――それにくらべて」

「オーゲツさまッ! もう一回ッ! もう一回ッ!」

 クシナは鼻をふんふんさせて、死んだふりのリハーサルを切望。

「もう大丈夫です~。免許皆伝です~」

「そんなぁ~。万が一があったらどうするんですかぁ~?」

 メンドーそうにリハーサルを拒むオーゲツに、クシナは食い下がる。

「おまえの部下は熱心で優秀だな」

「それにしたってやけに熱心ね。どうしたのクシナ?」

 とオーゲツが質すと、

「死亡フラグを叩き折ってやるためですッ!」

 目をランラン、鼻をフンフン、オリハルコンな意思をクシナは宣した。

 オーゲツ、テラスはしばらくキョトン。先にオーゲツが再起動。ニヤリと笑い、

「よぉ~しやるかッ! 行くぞオーゲツミラクル大吶喊ダイトッカンッ!」

 気合い十分に吶喊する。

「なんのッ! オリハルコ~ンどすこぉ~いッ!」

 真っ向から受け止めるクシナに、

「バカ者ッ! 力を後ろに流せッ! 相手の力を利して後ろに跳ぶのだッ!」

 野太い声音のガチなスタント指導。

「はいッ! オーゲツ師匠ッ! もう1本お願いしますッ!」

 クシナはスポ根に稽古を切望。

「おうッ! オーゲツミラクル大吶喊ッ!」

 カオスでスポ根な光景に、テラスもようやく再起動。目じりに滲む嬉し涙を指先にそっと捨て、神爪の力でアーマード装備を呼び寄せる。稽古の頃合いに、

「クシナ。これを着けなさい」

 クシナを呼び寄せ、自身のアーマード装備を授けてやる。

 だが、クシナに神爪の力は使えない。

「テラスさま…とてもありがたいのですが…」

「おいおい、ナメんな?」

 しょんぼりとするクシナにテラスは苦笑。

『カゴアレ』

 短く唱え、

「ほら、これで大丈夫」

 神爪の力を使うと、アーマードハラマキ、アーマードショートパンツがクシナの服の下に装着される。

「女が女に狂気を向けて嫉妬するとき、狙うのは相手の下腹部だ。意味はわかるな?」

 キョトンと小首を傾げるクシナに苦笑をひとつ、

「イザナミが火傷したところと、火傷の原因が居たところを狙ってくる」

 テラスがボカした言葉で伝えると、しばらくして、クシナの顔がボッと朱に染まり、さぁ~と青ざめた。

「だから、あたしの加護を授けた。念には念だ。死亡フラグを叩き折るのだろう?」

 ぐしゃりと顔を歪め、

「ありがとうございますテラスざま~」

 泣き声に感謝を伝えるクシナを、

「泣いてる暇はないぞクシナ。ゴリ。次は低めの大吶喊ダイトッカンだ」

「おうッ! かまえろクシナッ! オーゲツミラクルアンダー大吶喊ッ!」

 テラス、オーゲツは、スポ根に引き戻し、

「はいッ! 師匠ッ!」

 クシナはスポ根に応えた。


 打てる手を事前に打ち、それらがキチンと功を奏したことにテラスは安堵――

 すぅ~と深呼吸。静かに目を瞑り、

「ワザワイハヨコツマガレルモノナレドナオアルタテニナセバサキナン」

 ノリトを口ずさみ、

「カクアレ」

 カッと目を見開き、マガツコトをタテとする。

 スサの傷はふさがり、

ね」

 厳かな声音に、討ち取られる前へと戻されたコヤネ、ヒルメに命じ、

「おまえは汚れなくていい」

 一転、いつものお姉ちゃんボイスでポツリと呟き、

「ニウツ、ハツミ、これからおまえたちをナカツクニに送る――クシナに守ってもらったんだ。今度はおまえたちがクシナを守れ」

 優しくも厳かな声音に命じる。

 そこへシキンを引きずりながら、ずいぶんと顔を腫らしたオーゲツがやってくる。

「ずいぶんと男前になったじゃないか?」

 テラスの軽口に、

け」

 と、オーゲツ。まだ居るアマツのふたりに一瞥をくれ、

「去ね」

 冷たに祓う。ふたりの姿は結界の外へと瞬時に消えた。

「マツミィッ! 席位四席以上を緊急招集ッ! スサとナカツクニにカチコミかけたいってヤツだけ連れてこいやぁッ!」

 オーゲツは野太い大音声だいおんじょうに命じる。

「イエスま」

 言いかけるマツミに、

「今は。そろそろ学習しろ? な?」

 テラスが正し、

「イエッサーアンドマムッ!」

 学習したマツミは脱兎で駆けだした。

「おいおい、あたしゴリのツガイか?」

「言っておくけど、おいおいは、こっちだからね?」

 ふたりの軽口が阿吽となる時、

「「行って参ります。テラスさま、オーゲツさま。今度は自分たちがクシナを守ります」」

 それが解決の始まりであることを、ここの所員たちは知っている。

 クシナ、ニウツ、ハツミをナカツクニに送ったテラスは、

「シキン――ナキに、言葉を言わせないがためだな?」

 訊ねる。ここにアマツの二人を入れたはシキンだ。

 それはオーゲツの顔を見ればわかる。だが、

「ツッく~ん」

 この先をスサの耳には入れたくない。

「ツッくん言うなや。よぉ~スサぁ~ひっさしぶりぃ~」

 ツクヨは涙の乾かぬスサにヘッドロックをかけて、この場所より強制連行。

「ナキの手でクシナを殺めさせぬため――スサはナカツクニに住まう、すべての子らのモデルだ。その父親に非道をさせては矛盾が生じ、クニウミ自体が破綻する。それをさせぬために、おまえは手を汚した。違うかジイ?」

 少し責めるような声音にテラスは質し、

「ふざけるなッ! あたしたちの親はジイとカグさんだと、あたしたち何度言えば良い? だから、なんでも、ひとりで負うなッ!」

 鼻声な泣きっ面に責め立て、

「もっとも、負わせてないけどな?」

 悪戯イタズラまなじりをオーゲツへと投げ、

「クシナはナカツクニに行くことを快諾済み――あたしの弟子が暴れ牛ごときに獲られるもんですか。あれ死んだふりですから」

 投げられたオーゲツは、テラスの言葉を引き継いだ。

「み、みんな、オーゲツもクシナもみんなみんな1タットですぞぉ」

 シキンは肩を震わせて泣き、

「ヤダよあたし。だって、こいつら大概ポンコツじゃん」

 オーゲツはタット入りを拒絶する。

「ジイ。気に病むな。オーゲツは超越者の方だから、協調性とかないんだ」

「超越者の方じゃねぇ~わ。言っとくけど、おまえポンコツ筆頭だからな」

「お姉ちゃんな響きじゃないか。ならばヨシ!」

 オーゲツは、

「あ~、うん。もういいやそれで…」

 ツッコミを入れる気力も喪失した。


 紙巻きタバコに火をつけて、

「おまえ。ナキに似てるな」

 とツクヨ。ポツリと置く。スサは言葉を返さない。

「カグさん言ってたけどよ。ナキってカグさんの母殺しの罪を斬って、カグさんと一緒にネノクニにナミを訪ねたんだって」

 ぷはぁ~と煙に、いろいろな思いを吐き捨て、

「未練、後悔、寂寥――そう言ったもん抱えて行っても、自分の役目を果たし終えて、満足して逝ったカミさん困るだけだわ~」

 すぅ~とタバコの煙を胸に焚き、

「なぁスサ。おまえはなんのために、ナカツクニに行くんだ?」

 力ない瞳で虚空を見詰めるスサへとツクヨは問う。答えなんぞは提示しない。もちろん、ヒントとなる言葉もだ。

「ジェットコースターに乗ってキャッキャウフフするため」

 虚無な心と向き合うようにスサは呟く。

 未練なのか?――己に問う。違う。後悔も寂寥も、どちらも違う。

「バレンタインのお返しをキャーキャー身悶えながら考えるため」

 虚しいのは何故? 心無い虚空へと問う――クシナが――居ないと誰が決めた?

 タカマノハラで命を落としたクニツは、ナカツクニへと還される。記憶は残らない。が、それがなんだろう?

「彼女つくって――」

 居る。クシナはナカツクニに。ならば、

「いちゃいちゃ甘酸っぱいことするために決まってんでしょ?」

 地の果てまで探し求めれば良いだけだ。

「なにが『言葉』だ。なにが『最後の供物』だ。そんなん知らないしッ! 見ず知らずな他人事ヒトゴトのためなんかに、ひとつしかない大事な自分を張ってられっかぁぁッ!」

 力を取り戻した瞳にスサは吠え、ツクヨは思わずに大笑い。

「ならケッコー。つっても前のふたつは、当分こねぇ~と思うけどな~」

 ツクヨは安堵の吐息。

「だったら、温泉と海産物と美味しいお水で手を打ちます」

 虚空に見つけた不審な黄色に視線を向け、

「ウケイをしましょうタンポポヤロー」

 スサは努めて穏やかに挑む。

「ウケイの方法――」

「それから四つの季節も望みます。春と夏と秋と冬ですからね」

 一方的に言葉を被せ、

「ぼくの勝利条件は、ぼくがあなたに触れること。その時は、『バカな子供』が『親』の言い付けに背いて『温泉、豊富な海産資源、尽きることがないほど潤沢で活用可能な水源、春、夏、秋、冬な四季』のある『アシワラノナカツクニ』の神になる――ぼくが屈してしまえばあなたの勝ち。その時は『仰せの通り』に大海原の神となりましょう」

 ゲームの流れを掌握する。

『あらあら。ずいぶん具体的で欲張りな望みのわりには、勝利条件ユルすぎない?』

「ぼくは神爪ツメを封じている。妥当では?」

 突然、割り込んできたナミの声にも、スサは少しも動じない。

『それでヒルメとコヤネを瞬殺した子がなに言ってんだか…』

 ナミは譲らず、

「ならばこうしよう。あたしがイワトヤに籠り、ヤオヨロズのすべての力を封じよう。当然、カグパパの力も封じる。そうすれば、の無邪気な鬼ごっこだ。違うか?」

 テラスが割って入る。

「せっかくのだ。恥ずかしながら、あたしは未熟者みじゅくもんでねぇ。このを、ここのガス抜きに使わせてもらいたい。開催はこちらから、シキンを通じて連絡する。それで如何か?」

『う~ん、まぁ良いけど。ところでテラスちゃ~ん、スサくんのカワイー姿。見て見たくな~い?』

「バカを言え。ウチのスサはいつだってどこだってカワイー」

『たとえば、そうねぇ、この前テラスちゃんが身につけていたフルアーマーとかぁ? スサくんが着たらぁ…』

「な、なんだとぉ? それは少し、いや、かなり見たい、かも…」

 ナミの揺さぶりにテラスは揺れ、

「「おい誰かーッ! そのオクサレさまを御止めしろぉッ!」」

 オーゲツ、ツクヨはダッシュで止めに入るが、

『あの髪でぇ、タテ巻きロールとかぁ』

「わかったッ! ハンデとして受諾しますッ!」

 遅かった。く、腐ってやがる。速過ぎたんだッ! お返事が…


 テラスは、

「さーせんしたーッ!」

 仁王立ちするオーゲツ、ツクヨの前で正座し、小さくなっている。

「もういいですよ。結果としてタンポポの力は封じたし。あとは体力勝負でしょ? ぼくの想定通りだもん」

 鼻息を荒くする二人をスサはなだめるが、

「いいかスサ。ウチの姉ちゃんだぞ? フルアーマーなんて言ったら、すんごい重いぞ? もちろん物理的な意味で」

「褒めるな。照れる…」

「褒めてねぇわ」

「さーせんッ!」

 オーゲツ、テラス、ツクヨの三人は、

「えっと、どこの野球部かな?」

 おおよそ、そんな感じ。スサは苦笑し、パンパンと手をふた叩き、

「はいはい。これから『スサ子ちゃん』のオメカシタイムよ。男子はお部屋から出て行ってちょうだい」

 『女子』と化して仁王立ちする二人を執務室から追い払う。


 髪をタテ巻きロールに梳かれながら、

「本当は、妹が欲しかったんでしょ?」

 スサは尋ねた。

「バレてた?」

 テラスは、テヘペロに認め、

「いいよ。こんな『お祭り』の時くらい、スサは妹にでもなってみせるよ」

 スサは笑った。

「ぼくは、守られてばかりだ」

 鏡の中には、徐々に『女子』へと仕上がる自分がいる。そんな自分の姿を見つめてポツリと弱音を置いてみる。今は『女子』だ。泣いたって、

「スサぁ~、女の子ナメんな? 女の子は女の子を言い訳にして、弱音を吐かないし泣いたりもしない」

 泣きかけたスサに、テラスは心を見透かしたようにピシャリと言ってやる。

「弱音を吐いてもいい。泣いてもいい。守られてもいいんだ――急に大人になれないし、なろうとしなくてもいいんだ。だから、ゆっくり学んでシッカリした大人になりなさい」

 ピシャリと叱られてスサは泣く。自分が弱く無力な子供であることを。守りたい者を守れなかった弱い自分を。激情に駆られ、それを御し切れなかった幼い自分を。

 泣くのは子供の特権だ。特権を行使し終えたスサの髪にテラスは櫛を差す。鏡に映るスサの瞳を見つめ、

「伝言を預かっている。『死亡フラグはオリハルコンで叩き折りました。ナカツクニでチョコレートを作って待ってます』ってさ。材料とかどうするつもりだろうな?」

 テラスは『弱いスサ』のひとつを除いてやる。

 ぐしゃりと視界が歪む。冷たでない涙が頬を伝い顎の先に集うのを感ずる。天井を仰ぎ見て涙を瞳に呑み込ませ、

「姉さま。スサは困ってしまいます。ぼくは守られて、そのたび貰ってばかりです。ぼくは姉さまたちに全部を返すことができません。どうしましょう?」

 仰ぎ見た先にいたテラスへと尋ねる。

「一人で大人にならないでしょ? みんなでワリカンにするのよ。だから家族や頼れる仲間を増やしなさい。そうすれば返済負担分が軽くなるでしょ?」

「ぼくが大人になったとき、ぼくは貰った全部を子らへ渡せるでしょうか?」

 テラスは思わずにクスリとする。幼き頃にテラスも、おんなじをカグチやシキンに尋ねたことがあるからだ。

「それもにするの」

 テラスは大人たちからの教えをスサにリレーする。テラスは、教えをリレーしたことでわきあがる、どうしようもない寂寥を微笑みに封じ込めると、クイッと顔の向きを戻してやり、それからは淡々とスサを『女子』へと仕上げてゆく。

 今は、

「今は勝つことだけ考えな」

「うん」

 それで良い。寂しさ残る祭りの後は、その時に思えばよい。


 化粧をそこそこに抑え、タテ巻きロールさえなければ、ミニマム美丈夫だったが、

「「やっだぁ~、かっわッい~いッ!」」

 タテ巻きロールが加わると、少し勝ち気な美少女そのものだ。オーゲツ、ツクヨは爆笑に囃し立て、テラス、シキンは、

「「ヴァージンロードは」」

「お姉ちゃんが」「ジイが」

「「一緒に歩きますからッ!」」

 あり得ぬ未来にオヨヨと泣く。スサは、諦めを苦笑に捨て、

「オホホ。リアクションに困っちゃいますわ。オホホホッ!」

 と、ヤケクソ気味に笑った。


 ヤスカワラが、スサとナキのウケイの会場だ。

 そこには、さまざまな神々が集い、宮殿付きの研究所で研究された、さまざまな料理や酒が供された。スサは吝嗇だが、ここぞと言う時にはケチらない。

 これは物産展であり、博覧会であり、コンサート会場だ。供している料理や酒、踊りや歌謡には必ずリピーターがつくとスサは確信している。モノグサな神々が集っていることがその証左である。そう、これは規模の大きな神話レベルのプレゼンテーションなのだ。宣伝もしたし、外回りな営業だってした。抜かりはなく、死角もない。

 リピーターからは対価を取る。それが技術であるのか、物品であるのかは知らない。必ず対価は取る。払わない場合は一戦辞さずも吝かではないと考えている。否、森羅万象のすべてとコトを構えても構わないとすら考えている。それは吝嗇が故ではなく無邪気な怪物を神とし、無邪気な怪物である『ヒト』を人にするための第一歩だからである。

 レッドカーペットをテラスとツクヨが歩んでくる。シキンが芝居がかった仕草と声音にウケイの趣旨を述べ、テラスがイワトヤに籠り、辺りは一面の闇になる。そこへウズメへと公約通りのテラスな照明が当てられ、ギラギラな不協和音にのったハデで可憐なチラリズムが披露され、会場はヤオヨロズな大音声に沸いた。

 テラスのフルアーマーを着込んだ、タテ巻きロールなスサの姿にヤオヨロズはザワつくように沸く。スサは気にしないが、

「美しい…」「誰? あの?」「凛々しく美しい。リリぃ」「そうそんな感じぃ」

 ザワつく会場は、なにやら新しい単語を産みだしながら沸く。

「さぁ、始めよう。わたしにおまえが触れてお祭りはフィナーレだ」

 対峙した途端にナキは寂しげに微笑い、スサへとそんな言葉を投げ掛ける。

 訝しげに眉を八の字に歪めると、

「怒った顔も可愛いッ! オコカワッ!」「可愛いくて尊い。そうカワタット」「オコカワタットだー」

 なにやら不思議にザワつくオーディエンスに、スサも少しだけ苛立ちを覚え、スタスタとナキの前へと歩み寄る。ナキはピクリとも動かない。

「ナメていますか? この距離なら、さわれますよ?」

 スサが尋ねると、

「ああ、それでフィナーレだ。わたしのシデカシを」

「タイムッ!」

 スサはナキの言葉に被せるようにウケイの中断を宣言し、転瞬に舞うやナキの頬桁へと回し蹴りを叩き込む。ウケイを中断していなければ、この瞬間にスサの勝利が確定していた――どうやら、ナキは本気で理解していないようだ。ギリリと奥歯を軋ませて、

「そこから先をテメェが言う…」

 慣れのない力強い言葉を紡ごうとしてスサは噛む。

「……」

 スサは沈黙。

「……」

 ナキも沈黙。

「……」

 オーディエンスも沈黙。

 スサは、バッと諸手に顔を覆ってうずくまり、羞恥に顔を朱に染め、タテ巻きロールに顔を隠しながらツクヨの姿を会場に探す。

 ツクヨは吐息をひとつ、颯爽さっそうと貴賓席からスサの元へと跳び、

「あ、あにざまぁ~」

 スサはわりと本気のベソ。会場は萌え萌えに沸いている。萌え萌えな造語も湧いている。

「ほら、泣かないの。おにいちゃん代わりに言ってあげるから」

 コクコクとスサが促すと、

「そっから先をテメェが言うな。だきゃあ言うなッ!」

 ツクヨは、ビシリとナキを指差しスサの言葉を代弁する。

「あとオーディエンスはうるさいですよー。少し静かにしてねー。いま大事なお話してるから。ボクって月夜の神さまだから、神隠すのとか得意ですからねー」

 ツクヨはマイルドに恫喝し、オーディエンスは、

「え、スッポン?」「あれスッポンだったの?」

 と口々に口にし、一斉にお口にチャック。

 フォーマルなツクヨを、ツクヨだと今初めて認識する。

「ぴ~ぴ~泣いてんじゃねぇよテメェは。男の子だろ?」

 と、ツクヨ。三角座りでいじけるスサのことを足の裏で軽く蹴る。

「い、今は、スサ子だもん」

「それ。姉ちゃんに言うと」

「スサぁ~?」

 とテラス。それについては、叱られたばかりである。

「今は男のだもん」

「それゴリに言うと略~」

 とツクヨ。

「こんな時だけ、『男だろ』ってズルいと思う」

「うん。こんな時だけジェンダー持ち出すのよそう?」

 逃げようとするスサの逃げ道をツクヨは塞ぎ、

「逃げ道をください。お願いします」

 スサは直球。大人たちは、

「「「ねぇよッ! だから借り物じゃねぇテメェの言葉で、シッカリキッカリ噛みついてきやがれッ!」」」

 声を揃えて、異口同音。

「ちぇ~。仲良しかよぉ~?」

 と、スサは『ケッ』と吐き捨てる。

 スサとナキは、ゆっくりと立ち上がり再び対峙する。

の『やり残し』をが完遂させることは罪ですか?」

 射貫くような鋭い眦にスサは問う。

の負う負担が多過ぎれば、それはの罪だ。が負うべきでない」

「ならば、ご安心を。ぼくには頼れる仲間が大勢います。これから家族となってくれる者も――ぼくを守り、ぼくを育ててくれた方々も――みんなでにするから、ぼくの負担は微々たるものだ」

 被せるように言葉を紡ぎながら、紡いだ言葉の通りだとスサは思う。自分は残してゆく者で、テラスたちは残される側である。寒く冷たいが胸に渦巻くが、

「ぼくには『親たち』から貰った、とても『温かな教え』がある。微々たる負担なんてへっちゃらです」

 温かな教え――悲しい時にも、楽しい時にも、忘れられない、厳しくて優しい笑顔と、優しくて厳しい言葉――散々もらってきた『教え』から、いくらでも湧いてくる勇気と行動力パワーで、スサは胸に渦巻きかけたを掻き消した。

 スサは、唐突にオーディエンスへと向き、

「もう騒いでいいですよ~。大事な話~、終わりました~」

 沈黙の終息を宣言する。

 得てしては頑なだ。子供の声なぞ響かない。響かせない。ならば戦術を変え、大多数を味方にで流れを変えるのみである。

「オーゲツのネェさま。スサは『ヒーロー』を所望いたします。姉さまは照明と演奏をお願いします」

 スサは巻き込む。大人を。周りを。

「もぉうぉぅ、リクエストとかオーゲツこぉまぁるぅ~」

 オーゲツはマンザラ。

「もぅ、お姉ちゃんをアゴで使ってぇ~」

 テラスもマンザラ。

「身振り手振りを真似するほうね」

 スサは無茶振り。本命を練習がてらに、気分転換に歌っていたほうである。

 ふたりの大人は揃って、

「「うおぉいッ!」」

 無茶振りに抗う。

「おねがぁ~い、ダブルネェさまぁ~」

 スサは上目遣いな、ウルウルなキラキラのオネダリ。しかもフルアーマー美少女フォームでふたりの抵抗を無効化する。

「「やったらぁ~ッ!」」

 大人ふたりは抗い切れずに、音程を外さない程度にバラードソングを歌い切る。

 ふたりには、不本意な採点結果をカラオケな神器しんきが叩き出す。採点結果は、74.8なんともビミョーなラインである。

 スゴスゴと貴賓席に戻るふたりをよそに、スサは、クルクルなタテ巻きロールをツヨポンでバッサリ。

「兄さま。ぼくの神爪の封印解除を」

 『技』な兄は、ハイブリッドな弟の意を即座に解して、テラスの封を解く。スサの両腕に光が宿り、神爪の力が解き放たれる。

 スサは、『へッ、へぇ~』と獰猛どうもう微笑わらうと、神爪の力で、髪を次々にふだへと変えていく。大きさは均一。札に描かれた絵柄は、タテ巻きロールなスサ、タテ巻きロールなツクヨ、ボーイッシュなテラスだ。

「ほぉ~。見事な術じゃねぇか?」

 獰猛にチマチマと術を繰るスサへと、色黒で小柄な老爺が声をかける。その声に視線を向けたツクヨは転瞬『ギョッ』とし、

「コロクさまに、クマノさま」

 夢中で術を繰るスサの襟首を掴まえて、

「ほら、ご挨拶しなさい」

 無理繰りな御辞儀を強要し、自身もペコリと御辞儀する。色黒な老爺の名をコロクと言い、上品な貴婦人の名をクマノと言った。先々代のタカマノハラ長官たちである。

「あらあら、月の坊やもすっかり大人になっちゃって」

 クマノが揶揄からかうように微笑わらうと、

「いまやヨルノオスクニ長官さまだぜ? 落ちついてもらわにゃ困っちまうよ。なぁ?」

 コロクは矍鑠かくしゃくと笑う。

「あはは。若気のいたりが、お恥ずかしい…」

 ツクヨは乾いた笑いに『若気』を流し、

「はい。大六天さまビッグロック

 スサは術でこさえた札の詰まった千両箱の山を預け、報酬としてマツミ謹製の特級な大吟醸を差し出した。『ビッグロック』とは、かつてのコロクの二つ名だ。コロクはコロクより背丈の低い者――つまり子供には『ビッグロック』呼びを許している。

「クマノさまにも、はい」

 コロクの妻であるクマノには、研究所で丹精込めて作られた反物の山積みを報酬として差し出し、

「任しときなスサ」「ありがとうねぇ於スサ」

 しっかりと、報酬を受け取ったふたりの大先達は不敵に笑う。

 スサの外回りな営業先のひとつは、先々代のふたりである。ツクヨよりも余程に近くて昵懇な間柄である。

 再びステージに戻り、スサは『すぅ~』と深呼吸――


 なにやら術を繰り、なにやらこさえる弟に眼を向け、

「あいつのことを、よく見ておけ」

 テラスは、ヒルメ、コヤネのふたりにポツリと置く。

 コヤネはスサとおなじくらいの背丈、ヒルメはクシナよりも少し高いくらいの背丈――つまりジャンル子供だ。

「コヤネ――おまえはスサが嫌いだろう? それはただの嫉妬だけではない。何故だ?」

 厳かな声音にテラスは質し、

「スサさまは、なんでも出来る方です。ズルいんですスサさまは! だから誰でもスサさまをお慕いする――だから、ソレガシはスサさまが――」

「ちがうッ!」

 コヤネに被せるヒルメを手で制し、

「ふたりとも見ておけ。百聞よりも一見だ」

 イワトヤの頂きに設けた貴賓席で正座させられているふたりに、クイッとアゴでスサの背中を指し示す。


 吸い込んだこの場の『停滞』を吹き祓うかのように、

「ウケイをしましょうヤオヨロズ。神爪の力を使わずに、ダブルネェさまの歌唱力を超えることが出来れば、このウケイふだを差し上げます。このふだがあれば、おかわりしたいお料理やお酒と交換することができます。展示してある物産やウズメたちのショウの対価としても交換可能です」

 スサは臨む。この停滞しているタカマノハラとヤオヨロズに問いかける。

「もちろん。参加料はきちんといただきます。単位は――」

 風、それどころか 野太刀のようなを吹き起こそうとしているスサに、

「タットでいいんじゃん。なんか流行ってるし」

 とツクヨが提案する。

「じゃあ、ぼ」

「スサノが1タット。俺が2タット。姉ちゃんが3タットな。それでいいよなスサノ?」

 『ぼく』と言いかけたスサを、ツクヨはフォロー。今はスサよりのほうが都合がよい。なにせ会場は『スサノ』に萌え萌えに沸いている。スサが吹こうとしている『野分け』を根付かせるには、萌え萌えなのチカラが必要だ。

 ツクヨのフォローと狙いに気づいたスサは、不本意ながらも承諾な嘆息。

「参加料はスサノの描かれた1タット。ウケイ札は『大六天さまビッグロック』のところで、『約束』を交わすことで手に入ります。そこでとウケイをしてもらいます。スサノは、ヤオヨロズが持てる神爪ツメの力や異能で『約束』を反故にするほうに賭けましょう。ウケイの対価はウケイ札です」

 これは『』である。スサはこの瞬間に『信用経済』と言う名の『シュ』で、ヤオヨロズたちを縛りあげたのだ。

「スサノちゃんってゆうんだ。スサノちゃんの絵姿だけでも欲しい」

「と言うか、オーゲツさまの歌くらいなら、ワガハイでも…」

 ポツリ、ポツリとコロクのもとへとヤオヨロズが集い、

「どれだけ欲しい?」

 とコロク。

「え、えっとじゃあ、あるだけ全部?」

 ヤオヨロズの誰かは予想通りの。コロクは矍鑠かくしゃくと笑い。

「いいだろうさ。ここにあるだけ全部となると、おまえさん程度じゃ――」

「そうねぇ~。あなたとの約束の対価は、神爪の全部を絞って、それを10万回繰り返す感じかしら?」

 ふたりの先達は嗤い。

「「大丈夫。痛くしないし、最初の一回で意識も思考も絶滅な死滅をさせるから」」

 声を揃えて矍鑠かくしゃく大音声だいおんじょうわらう。

「10タットでお願いします」

 アンポンタンは訂正。対価は研究所の田畑で、全力をカラカラに出し切る野良仕事。

 そう『ペテン』だ。ビッグロックとの約束を守れば、スサノとのウケイに勝ちウケイ札が手に入る。『約束』を反故にしたり、ウケイ札を神爪で顕現させようものならば、

「於スサから対価もらって任されてるのよ」

「儂らの面子潰したいなら」

「好きになさいな。わらわたちは妾たちの『善き』に計らうだけよ」

 偽造しようとしたヤオヨロズの誰かが消え、そこには黄金色をした3種類のウケイ札が残された。

「黄金で綺麗だから、スサノは10タット、ツクヨは50タット、テラスが100タットでどうだいスサノ?」

「札ドコロは、大六天さまビッグロックとクマノさまにお任せします。どうぞ善きに計らって」

 投げられた提案を、スサは『オホホ』と笑って丸投げし、

「おいおい計らわれちまったぜ?」「あらあら計らわれちゃったわ?」

 ふたりの先達はなんとも愉快そうに大笑い。

「「OK任された」」

 ここにウケイ札へと『信用』が『創造』された。


「ほら! あの方はいつもズルいんだ! いつでもソレガシの先にいる。なんでもできて、なんでもソレガシから奪ってゆく!」

 コヤネの羨望と劣等の入り雑じった叫びに、テラスは嘆息。コヤネの頬へ、ヒルメがシタタカ平手を打ちつける。

「あなたは今のなにを見ていたの? スサさまはいつでも御自分のできないことは、できる者に委ねます。今だってそう! 遥か先にいらっしゃるスサさまを見て、あなたはただ羨むだけ。スサさまは、いつだって御自分を磨いておられる――あなたは上部にしか目を向けない。わたしに言い寄るのはテラスさまの御髪オグシと、わたしの髪が似ているから――これだって少しでもスサさまに好いてもらえるように磨いたのよッ! わかる? わたしはテラスさまの代わりじゃないのッ! 抱き枕じゃないのッ!」

 赤裸々セキララ激白ゲキハクを吐き、お~いおいとヒルメは泣き出す。

「だ、黙れッ! そ、そなただって、ソレガシをスサさまと重ねていたではないかッ?」

 コヤネも激白。オーゲツはテラスにジト目を貼りつけ、

「たっだれてんなぁ~、おめぇんとこ?」

 すっぱい顔に『ケッ』と吐き捨てる。

「テラス小言回避術奥義ッ! 耳珠ジジュ十六じゅ~ろ~く連打れ~んだぁ~ッ!」

 テラスは両の耳珠を連打して、入れたくない言葉の侵入を拒絶する。が、

「俺が2タット。姉ちゃんが3タットな」

 そのワードだけは捕捉する。

「さ、さ、3タットだと? ツ、ツクヨの下か?」

「いや、順位じゃなくて単位だから上だから。落ちつこう?」

 テラスは3タットと信用経済の誕生に混乱中。オーゲツは吐息。札ドコロへと跳んだ。

「米一石分なら?」

「よぅ。ファームな皇子さまじゃねぇか。お姫さまとは順調かい?」

 コロクの軽口に、

「措け」

 冷たな声音にオーゲツは、なにやら機密を封殺。

「今回は特例だぜ? 流通や為替はまだ早い。もちろん商取引もな」

 コロクは15タット分の札の入った袋をオーゲツに手渡した。

「わかってるわよ。これは決定打に必要なの。んもぉぅ、シブチンねぇ~」

 袋の中身を数えてオーゲツは嘆息。対価として一石分の米俵を差し出した。

「ニシキな米なら、も少し勉強しまっせ?」

「あれは、ウカノの研究課題用だから、当分ダメぇ~」

「どっちがシブチンだい」

 苦笑するコロクにアカンベすると、オーゲツは貴賓席へと跳び、

「シッカリキッカリと気持ちぶつけて次に進みな。今度は、も少しマシなの掴まえなよ~」

 6タット分の札をヒルメにくれてやり、チャレンジャーへと推挙する。

「そ、そんなッ! どのツラ提げてスサさまの御前おんまえに出られましょう?」

「あそこのタンポポに暗示でも掛けられたんでしょ? あ、むしろ、スサが気にするか…」

 『タット、タット』と部下の懲罰を放棄する残念フォーマル女史テラスを視界から措いて、『フム』としばらく思案し、パチンと指を一鳴らし。神爪の力に鉢を顕現させ、

「祭りの間は、あんたの名前は、ハチカブリ。いいから、行っといで」

 顕現させた鉢をヒルメに被せて神爪の力で送り出す。

「おい小僧。女にモテる秘策をくれてやる。楽器だ。楽曲を演奏れ――女にはギターだ。女にはドラムだ。女にはベースだ」

「そ、ソレガシに演奏えんそうなど…」

「黙れ小僧。おまえの神爪の力はなんだ?」

 オーゲツは、残されたコヤネに、神爪で顕現させた鉢を被せ、

「コピれ。楽曲をコピってうならせろ――その時、おまえはタカマノハラの寵児ちょうじだ」

 悪い笑顔で送り出す。


 74.8点はなかなか破られず、のど自慢なウケイは盛り上がりに欠けていた。

 そこへ、

「次はわたしハチカブリィナが参りますッ! 今の思いの丈を吐き出しますッ!」

 6タットをザルに入れ、

「5タットで、どなたか伴奏をお願いします」

 が、誰も引き受けない。そこへ、

「ソレガシ、ハチカブリィノが受けよう。ツクヨさま、伴奏に神爪ツメの許しを」

「許す。演奏れ」

 おなじく鉢を被ったコヤネが名乗り出る。ツクヨは許しを与え、

「楽曲は?」

「唐突に星を観に行く歌」

 コヤネはコクりとうなずき、軽快なポップスを神爪の力でコピる。

 コピられたメロディにヒルメは、楽しげにハシャグ風景を。憧れてた自分を。切ない思いの丈を。届かぬ想いに滲む涙を飲み込む自分を。突きつけられた現実を前にして秘めた想いを心でぶつけて胸に仕舞う自分のことを物語にし――それをメロディに乗せ、見事に歌謡を歌いきった。

 沸く。ハチカブリズの見事な歌謡に。咎めを負うふたりのハチカブリに、惜しみない賞賛が浴びせられ、浴びせられたふたりは承認欲求を満たされ、バクバクな興奮を覚える。

 スサは気づく。ヒルメの秘めた想いなんぞでは断じてなく、今この瞬間に、ここに必要な欠けているものにである。

 やがて、カラオケな神器は88.8を叩き出し、

「おめでとうッ! よかったよぉ~ハチカブリィナ。さぁ、ウケイの対価の100タットッ! これで、お祭りを楽しんでね」

 スサは、に興奮し、ヒルメの手を取りブンブンにシェイクハンド。黄金色なウケイ札を演出的に小箱に詰めると、惜しむことなく進呈する。その光景に、

「「「うぉぉぉッ! 太っ腹ぁ~ッ! いいえ、スサノちゃんのスタイルのことではありませんッ!」」」

 会場は大盛況に沸く。

 スサノ――誰もウソは言っていない。『オ』を隠しているだけだ。物語の進行を阻害する故、極力ふれていないが、スサの正式名称は『スサノオ』だ。マッチョでパンクな、あの神だ。もっとも、この物語の主人公は、キラキラで、純真無垢な少年の『スサ』である。

「ス、スサさま…」

 ウルウルに感激するヒルメを措き、

「君もだよッ! ハチカブリィノッ! 素晴らしい演奏えんそうじゃないッ!」

 コヤネの両肩をガッシリと掴んで鉢越しに真っ直ぐに瞳を見つめて褒め讃える。

 鉢の中でコヤネは、ボッと赤面する。なにせ、今のスサは、ほぼほぼテラスな美少女だ。

 スサは、極力を意識し、

「どう? 一緒に天下獲ってみない?」

 戦神の鬼気にスサは迫る。そのリリぃ眼差しを受けコヤネは赤面。

『うん。薄い本な予感がする。Mショタ×Sショタ(女装)な予感がする』

 そして湧く。オクサレが。願望を交えて湧く。

「とりあえず50タット。これで祭りの間はお客さまのリクエストに応えてみて」

「はいッ! お任せくださいスサノさまッ!」

 コヤネは『スサノ』に堕ち、獰猛な笑みを浮かべて、

「へっへぇ~。これで一回1タッ…」

「それは、まだ早ぇ~からッ!」

 守銭奴に堕ちかけたスサは、コロクのゲンコに守銭奴堕ちを阻まれる。

 一方で、

「おまえ、テラスさまっぽけりゃ誰でもいいのか? 見境無ミサカイなしかッ?」

 ヒルメはコヤネのももをゲシゲシ蹴る。わりと本気で…

「ちょっとぉ、ぼ、暴力はやめてよぉ、ヒルメさ~ん。君とぼくは…」

「始まってねぇからッ! あたしの歴史に黒歴史おてん作ろうとすんの、やめてくれませんかねぇッ!」

 ヒルメが自身の鉢をコヤネの鉢へと叩きつけ、鉢が砕けてハチカブリズは即刻解散――えっ、解散理由? 嗜好性の違いかな。性的な――

「あっ。コヤネとヒルメ…」

 と、スサ。さすがに気まずい。いや、ハチカブリなふたりの素性には、もちろん気づいていた。声も背丈も、おおよそおなじだ。気づかないはずがない。それらを流してスルーしていたが故に気まずいのだ。

「ス、スサ」

 ヒルメが、言い掛けると、スサはソッとヒルメの髪に触れ、

「わぁ、うちの姉さまみたいな髪」

 ポツリと素。

 顔を近づけ、ヒルメの耳元で、

「今はスサノ。ね、ヒルメ姉さま?」

 ソッと、妖艶アデに囁いた。

 ヒルメの頬は朱に染まり、

「祭りの間は、みんなのリクエストに応えること。コヤネは伴奏、ヒルメはバックコーラスの担当ね。ふたりの罰はそれとします。報酬は50タット。いい? わかった?」

 スサは腰に手をあて、プリプリと怒った仕草に告げる。

「「スサノさまのミココロのままにッ」」

 ハチカブリは、盲目こいに墜ちる。誤字ではない、こんなものは撃墜とおんなじだ。

 この場に足りてないものの正体は気軽さ以外にあり得ない。スサは、元ハチカブリズに、それを委ねた。

『ゆ、ゆ、ユリ×ショタぁッ! 大々好物もキタぁーッ! えッ? ユリ×ショタ(女装)って、マ、マジかよぉ? し、しかもツンデレ適性有かもだとぉ? 属性てんこ盛りの独り占めかよぉ~』

 一方でオクサレが反応し、今までピクリとも反応を示さなかったナキがピクリとする。

 スサは、それらを措き、

「さぁ~ッ! ダブルネェさまッ! やっちまいなぁッ!」

 テラスたちへと介入を要請する。そろそろ、平均点が70点になりつつあり、百タット箱効果でエントリー数も劇的に伸びている。

「「もぅ、待ちくたびれたわよッ!」」

 と、ふたり。颯爽さっそうに舞台へと立つやスタンバイ。

「マツミぃ~! タイムセール、スタンバイOK?」

 スサは商戦の将。

「いつでも行けまさぁ」

 マツミは、獰猛どうもうわらう。

「どっちもGo!」

 スサは開戦の開始を指示。テラスとオーゲツの昭和な熱唱がタカマノハラに木霊する。

「「「ダブルネェさまズが歌唱中は全品1タット引き~、1タット引き~」」」

 マツミ率いるジャンクフード部隊が、販促に囃し立てる。順番待ちのヤオヨロズたちが、ちらほらとジャンクフードな屋台に釣られて行き、

「意外とウマ!」「酒が欲しい!」「いや酒とセットっしょ?」

 口コミに客足は比例して行く。

 やがて、カラオケな神器は、

「「「は、89.2だとぉ? い、いや、やれるさッ!」」」

 超えられるか、超えられぬかの絶妙なラインを叩きだし、

「「「オレならッ!」」」「「「あたしならッ!」」」

 ヤオヨロズの本気に火をつけた。

 スサのそばに居ると、誰もが変わる――チグハグな一人称代名詞を使っていたヤオヨロズも老若男女な一人称に変わっている。

「ウズメ~。ファッションショー、スタンバイOK?」

「いつでも参れますよスサさま」

「ウズメのタイミングでアイドルにGoして」

「御意に。スサさま」

 時には、各部の長の裁量に任せ遊撃を丸投げする。

 ステージの上では、

「「少し本気を出したあたしたちは」」

 と、ダブルネェさまズ。

「「かなり腹が減る…」」

 スサとマツミが、ネェさまズのもとに大量のご馳走を供し、ふたりは貪るように平らげてゆく。あまりに見事な食べっぷりに、

「「「あれ食べてみたぃッ!」」」「「「美味そうに食うなぁ~」」」

 ヤオヨロズは、宣伝に釣られる。そして沸く。経済が。祭りの会場が盛況に沸く。

 ここまで来れば、

「タイム解除ですジイ――さぁ、決着と行きましょうかタンポポヤロー」

 ナキがワザと負けようとどうでもよい。もうスサにとって、タンポポはオマケに過ぎないのだ。ワザと負けようとするのならば、でそれを通さなければよいだけだ。

 コンティンジェンシープランは、幾重にも準備済み。ナキの自己満足な手抜きも想定内の出来事に過ぎない。

 転瞬、スサの姿が消える。神爪ツメを身体に纏わせた超高速移動にナキのもとへと吶喊トッカンする。

「こ、来ないで、来ないでください…」

 超高速に迫るスサに、ナキは怯えたように声を震わせ、超々高速に退く。

「急にやる気が出たんですか?」

 それでないのは、ナキの言葉からもわかる。そこへ豪雷ごうらい――雷の神は数多と居るが、タカマノハラの神のイカズチではない。

「ヨモツヒラサカの方がなに用か?」

 ヤキソバを貪り食いながら、厳かな声音に質すテラスに、

「「もう、食べながら喋らないのッ!」」

 ツクヨとスサが叱り、

『「えっ、そこ?」』

 ナミとオーゲツはふたりにつっこむ。

 ヤキソバを牛乳で『ぷはぁ~ッ』と流し込み、

「悪いが見ての通りお取り込み中だ。お引き取り願おう」

 取り出したフルアーマーな弓に矢を番えて引き絞る。そこへ、

『ガス抜きに合わせたんだから、こっちの要望も入れて貰うわよ。ヒラサカのヤクサ――あたしの同志なのよ。ね、お願い?』

 ナミ。意外な方向からも、

「いいんじゃない。せっかくのお祭りなんだから。ね、テラス?」

 掩護射撃。札ドコロのクマノである。

「先々代に免じて――」

 テラスが弓をしまう前に、

ひさしを貸してると母屋おもやを…」

 ツクヨが遮ろうとするが、

「『『黙れ小僧ッ!』』」

 腐女子二人と推定腐女子は異口同音。

「特例として許可しよう。そう案ずるなツクヨ」

 テラスは、祭りに能天気ノーテンキ

『ヤクサ。お願い』

『どぉ~ん。今だけヒラサカぁ~。どぉ~ん』

 豪雷が、瀟洒しょうしゃなカフェを顕現させる。壁紙の色は薄いピンク。可愛らしく可憐で華奢な家具。どれもこれもがお姫さま仕様なカフェテリア。

「い、イヤだーッ! や、やめてくれーッ!」

 ナキは恐怖に大絶叫。転瞬の後にナキの姿は、執事カフェな執事へと変わり、カフェテリアのうちに封ざれる。

 お姫さま仕様な椅子に女の影――しかして、見る者によっては、

「な、ナギサさん?」「……」「お帰りなさいませお嬢さま」

 姿を変えるようだ。ナキは恭しくナミへとこうべを垂れ、

「どうぞ、こちらにお嬢さま方」

 いざなう。腐女子たちを。

「今度は、ナキがタイムですかな? まったく神聖なウケイをなんと心得るか」

 と、シキン。

「あれがナミであっているかジイ?」

「ツクヨさまにはナギサに見えましたか。己が最初に見初めた者の姿に変わるのです」

 ナギサはカグチの妻である。ナキの涙に顕現した神だが、ナギサとカグチは兄妹の間柄でない。泪の沢に湧いた沢の女神である。なにより三貴子にとっては母も同然の女性である。じつは、ツクヨの初恋の女性だが、

「その説明いる?」

 それはみんなに内緒である。なお、ナギサは泪の沢から生まれたくせに、泪を見せたりはしない。気が強く気っ風もよく、テラスとは違ったタイプの姉御肌。そのくせ、言葉使いも仕草も女子力限界突破な女子である。祭りではテラスが平らげたソースヤキソバの担当だ。

 ジト目に責めるツクヨを措き、

「クマノ、持ち場を変わりますぞ」

 と、シキン。悪戯がばれた子供のように、逃げ場を求めて交代を申し出る。

「悪いわねヤゴコロ」

 と、クマノ。腐女子に交じり入り、自身も腐女子とカミングアウト。

『アヤカシ先輩、フォローサンキュー』『コネパイセンに感謝~』

「コネゆうな。それよりユリ×ショタって」

『じつは、属性てんこ盛りの独り占め案件がぁ~』

 オクサレに沸く腐女子たちのオクサレトークに、ナキは恭しくティーセットを供して、供した品々を丁寧に説明し、

「『『ですよねぇ~』』」

 その都度、ご機嫌なオクサレのお返事が返される。耳へと這い入る耽美趣味な言葉、時おり求められるナキの感想――ナキは端正な顔を崩さない。求められれば腐れたリクエストに応じて微笑わらってもみせてやる。もちろん、心で泣いていたが。号泣だが。タカマノハラの中心で救いを求め「」と連呼に絶叫していたが。


「姉ちゃ~ん」「テラス~」

「ん?」

 唐突に声をかけられ、フランクフルトを齧りながらテラス。そんなテラスに、

「「オクサレって呼んだりして、ホントにごめんよぉ~。これからは「姉ちゃん」「テラス」に優しくするわ~。大事にするわ~」」

 ふたりは陳謝。テラスは小首を傾げてキョトン。

「「うっわ癒される~、あれ見たあとだとマジ女神。あれガチで腐り過ぎぃ~」」

 ふたりは改心し、さてスサは?

「ぼくは、母親似なんですね」

 とポツリ。

「そうだな。似ている。眼と口はナキ似かもな」

 ふたりにはナミの姿が見えていた。テラスは同性だから、スサは子供だからだろう。

「ゴリ。おまえにはどう見えるナミが。なに純然たる興味からだ」

 ニヨニヨとしてテラスは尋ね、

「ん~? スサノ~」

 と、オーゲツは苦笑とともに答えてやる。

「そうか、か~。ほぉ~スサノねぇ~」

「なんでクシナに見えないんだろ?」

 ポツリとした呟きに、

「まだジェットコースターだからじゃん? あたしチューして~とか思ったもん」

 と、オーゲツは意趣返し。

 テラスの顔は真っ赤にボッ。

「な、な、な、おと、弟たちの前で、あ、あ、あたしの弟にダメだからなッ!」

 ヤブヘビにパニック。

 スサは、諸手でお口をガード。

「させませんよ?」

 とジト目。

「しねぇ~わ」

 オーゲツは苦笑し、腐のカフェテリアでは、

「『『ゴリ×ショタ(女装)キタぁ~!』』」

 新たな腐敗が盛況に沸く。


 ナキはポーカーフェイスに狙っていた。腐の牢獄からの脱獄を。

「こちらをどうぞお嬢さま方。ロック先輩の酒蔵からくすねてきた古くから寝かせたワインです。ケーキの脂っぽさをキレイに洗い流すのにちょうどいい」

 有無を言わせずに、お姫さま仕様のワイングラスに注ぐ。八噛やがみに噛み抜き、さらに八噛やがみに噛み抜いた強い古酒を。

「ぅおいッ! そ、それッ!」

 とコロク。休憩がてらに腐の牢獄を覗いてみれば、別のことにビックリ。

「黙って先輩ッ! 今とても大事なところなのッ!」

「そうそう。集めるだけ集めて忘れちゃうんだから、お酒が可哀想よ?」

 クマノが援護射撃し、

「えぇ~? 悪いの儂ぃ~?」

 とコロクはトホホ。

「これはお嬢さま方にピッタリな、高貴で稀少な貴腐ワイン。さぁ召し上がれッ!」

 三人のオクサレがワイングラスを傾けた瞬間に全神爪ゼンシンソウを使って脱兎で離脱。


「それではウケイを始めましょう」

 スサも飛ぶ。神爪の力を使い、磨き抜かれた体術や神術を駆使して全力に追う。

 テラスがイワトヤに入ると、辺りは暗闇に呑まれ、デッドヒートを繰り広げるふたりの軌跡は箒星すい星のように光輝き、闇夜を鮮やかに彩った。

 ウズメとバックダンサーズが、のど自慢な歌唱に合わせて可憐に舞い、次々変わる鮮やかな衣裳に女たちを虜とし、チラリズムに男たちを虜にする。大商戦は圧勝だ。盛況に沸く祭りの中で、

「ウケイをしようぜヤオヨロズ? タンポポとスサノのどっちに賭ける?」

 ツクヨが声を張り上げる。

「乗ったぁ~、オレは断然スサノちゃん」

 ほろ酔いな思考力に誰かが乗ると、

「いいのかい? スサノが勝つとあいつナカツクニに行っちゃうぜ?」

 と、ツクヨ。

「「「「そんなんヤダーッ!」」」」「「「「また、こうゆうのやろうよぉッ? スサノちゃ~んッ!」」」」

 ヤオヨロズは断固拒否。

「じゃあどっち? お一人様1タットをどっちに張って、どっちの応援団?」

「もっと速く飛べ~タンポポーッ!」「スサノちゃん~! 行かないで…」「あれ、元々このウケイってスサさまとイザナキさまじゃあ?」

 ヤオヨロズは今さらに気づく。

「「「「「スサさまッ?」」」」」

「なんですか五月蝿うるさいな――いま大事な勝負してんのッ!」

 スサノが、スサであることに。

「「「「イザナキさまに1タット!」」」」「「「「スサさまがナカツクニになんて断固拒否ッ!」」」」

 ヤオヨロズは断固拒否を表明。次々に1タットをステージに投げ入れる。

「じゃあ、オレはスサに1タット」

 とツクヨ。山と積まれたウケイ札から少し離れたところに1タットを投げ入れる。

 イワトヤから、テラスとオーゲツが2タット、シキンも1タット、ヤキソバの屋台からカグチ、マツミ、ナギサが3タット。スサの『親』たちはスサに張る。

「「「冷てぇじゃないか。もう会えなくなっちまうのに」」」

 とヤオヨロズ。責めるような視線をツクヨに向け、

「スサぁ、おまえ人気者だな。満場一致でナカツクニに行くこと反対だってよ」

 ツクヨはデッドヒートをするスサに投げかける。

「でも俺たちは、おまえに張るよ。だって、おまえが選んだことだもの。応援してやらにゃあさ――だからさぁスサ、どんな手ぇ使っても必ず勝てッ! じゃなきゃ俺たち破産しちゃうから」

 と、ツクヨはダメダメな懇願。

「知りませんよ。だいたい、7をヤオヨロズで割ればいいでしょ? 賭けってそういうもんじゃないですか?」

「スサさま。これはウケイです」

 ごもっともなスサに、シキンはピシャリと誓約なごもっとも。ヤオヨロズの個に対してツクヨはウケイを持ちかけ、テラスたちは張ったのだ。

「なんで余計なプレッシャーかけるかなぁ~」

 いったんデッドヒートをするのをやめ、スサはツクヨたちにジト目を貼りつける。

「誰にも応援されないよりいいでしょ?」

 テラスはクスリと微笑わらい、いざなう――

「だからって相談とかあってもいいと思う」

「あらぁ~? お姉ちゃんたちも『身振り手振りを真似て』みせたけど?」

 相談のないスタンドプレーをしたスサを。

「だから円陣組むぞ。チームタット集まれ~」

「ずいぶん万能な単語になったわね

 ツクヨの呼びかけに、オーゲツは呆れ混じりに苦笑する。

 

「相談のないスタンドプレーは、見事にハマればヒーローだ。カッコいいよ。だけどシクジリゃ戦犯以外のなにものでもねぇ」

 『親』たちは、スサを囲むように円陣し、ジト目を貼りつける。

 スサには、そうした危なげな隙がある。クロの解放。神爪の櫛。ハードルを下げるための無茶振りな選曲――と枚挙に暇がない。よく言えば機転が利く。悪く言えば、無意識にヒーロー願望を満たすための自己満足な行為。それである。

「ちが、違うのっ! つ、つい動いちゃうのっ! カッコつけたいとかじゃ…」

 つい身体が動いてしまう。スサは戦の神である。勝機に動くは抗えないサガなのだ。

 羞恥に赤面するスサは、アワワと弁明。

「わかってるよ。んなこたぁ~。ただ、兄ちゃんたちは、それでもなるべく相談して欲しいんだよ」

 ツクヨは微笑い、スサを見据えヤオヨロズに積まれた1タットの山を指指す。

「あいつら、スサと会えなくなるのヤなんだって。友達かあいつら?」

 ツクヨが尋ねると、スサは首をプルプルと左右に振って激しく否定。

「「「「スサさまぁ、そんなご無体なぁ~」」」」

 ヤオヨロズはオヨヨ。

「名前も知らない友達なんて要りません。だいたい、どうして、ぼくと会えなくなると嫌なんですか?」

 ヤオヨロズの答えは、おおよそ予想がつく――敢えてスサは問いかける。

「「「「また、お祭りやりましょうスサさま」」」」「「「「楽しいです。お祭り。綺麗だし賑やかだし。美味しいし」」」」

 予想通りの『幼児』な答えにスサは嘆息。

「えぇ、ナカツクニでやりますよ」

 すげなくスサが答えると、

「「「た、タカマノハラでは?」」」

 恐る恐るに尋ねるヤオヨロズに、

「やればいいじゃないですか?」

 スサは果てしなくすげない。スサは、『学ばない』『働かない』『遊ばない』『食べない』者らが嫌いである。『休まない』者は好きである。その対極にいるから。

「はいは~い。オーディエンスはシャットアウト~。話、進まない。ジイ結界を」

 ツクヨは、シキンに結界を張ってもらい、

「あんまり冷たくしてやるな。あいつらには、これからお世話になるんだからさ」

 チクリとスサをたしなめる。

「どういうことです? ナカツクニに行くのは研究者だけですよ?」

 いまいち話を噛み砕けないスサに、

「ヤオヨロズの総力を用いてタカマノハラとナカツクニを結ぶ。いわゆる公共事業のインフラ整備だな。ヤオヨロズへの対価は、集められたタットの山から捻出する」

 テラスが今後の計画を告げてやる。

「「詰めが甘ぇ~んだよ。おめぇはよぉ」」

 オーゲツ、ツクヨはビシリと言い放ち、

「あれだけでナカツクニのマガツコトがタテになるもんか。だから繋げる。WinWinにするのだろう?」

 テラスが言葉を引き取り、壮大な計画が開始される。

「ヤオヨロズを『祭り』で釣れ。『人』どもには『神を敬わせろ』『神を畏れさせろ』そのふたつに応えればタカマノハラは、ときおり神爪の力を使い、ナカツクニを全面的に支援しよう。いかがかな『アシワラノナカツクニ長官』殿?」

 提案するテラスに、アシワラノナカツクニ長官殿は、『フム』と腕組み。しばしも思案するや、

「ぼくは怠け者が嫌いだ。『はげむ者』にしか神術で応えないでいただきたい。『励む者』を『くさす者』も嫌いだ。神を祀らぬ者どもと『腐す者』には、情け容赦のない『バチ』を与えることも望みます。タカマノハラ長官殿」

 ふたりは『長官殿』ごっこに思わずに吹き、擦り合わせが完了する。

 そこへ、目玉焼きをのせた山盛りのヤキソバをカグチとナギサが差し出し、

「やること決まったんなら、ナギサの勝負メシをタンとお食べ。お義父さまの弱点なんかカンタンよぉ~。ちょっと転んで見せればすぐ駆け寄ってくるからさ。いざって時にはベソ掻きなよ。そうすりゃあんたの勝ちさスサ」

 沢の神なのにカラリとしたナギサに、

「擬態も立派な戦術だよスサ? あれでも神代七代JIN7(ジンセブン)の一角だ。いまは錯乱しているしプランはいくつあってもいいさ」

 ヤキソバを食べながら『えぇ~』とするスサに、カグチはナギサの戦術を肯定。

 JIN7ジンセブン――コロクたちなどの古く強い神々だ。えっ、神代七代じゃないのか? アルファベット使ってるほうが、なんかカッコいいじゃん。どっかの先進国グループみたいでしょ? あっちはカッコ悪いけど…

「ごちそうさまでした。ナギサさん。でも、やれるとこまでやってみます『ハッ?』、い、『いただきます』するの忘れちゃったっ!」

 スサは、ときおり果てしなくシマラナイ。オロオロとするスサに、ナギサはクスリ。

「じゃあ、勝負メシのやりなおしぃ~。さぁ、タンとお食べなスサ」

 勝負メシに、手をあわせ、

「いただきます。いただきます」

 スサは勝負メシをやりなおして、

「ごちそうさまでした。ナギサさん。ジイ結界の解除を」

 目をシロクロさせながら平らげる。


「「「「スサさまッ! なにとぞ御再考くださいませッ!」」」」

 ステージから出るや囲まれる。投げかけられた言葉は厳粛だ。だから、非常に滑稽だ。あるいはイザナミの影響だろうか? スサには、

「御再考だなんて、ずいぶん難しい言葉を知っていますね?」

 取り囲むヤオヨロズの神々が幼子にしか見えない。

「「「「なにとぞなにとぞにございますッ!」」」」

 ここまでくると憐れにすら思えてくるのが不思議である。だから、

「なにをさ? なにを再考するのさ?」

 崩す。言葉で。思考の停滞を。

「す、スサさまがナカツクニに行くこと?」

「なんでさ?」

 内から答えを引き出すようにスサは問う。

「お、お祭りが、タカマノハラから」

「消えてしまう? やればいいじゃないか? 歌って踊って飲んで騒ぐ。とてもカンタンだろう? それとも、誰かにお膳立てして貰わないとダメなのか? ぼくは三貴子だよ。わりと偉いんだ。ちょっと不敬じゃない?」

 畳み掛けるように引き出す。ヤオヨロズの本音を。暴挙に出ようとする誰かをマナジリに封じ、

「怯えないでよ。わりと偉いらしいから弱い者イジメはしないからさ」

 少しだけ獰猛ドーモーわらう。誰かは何処どこかにナリを潜め、

「ナカツクニとタカマノハラを結ぶことにした。おまえたちが力を貸せば、人どもにおまえたちオリジナルの祭りをさせよう」

 スサは尊大に告げ、

「委細は、我が姉アマテラスより通告されるだろう。先に言っておくが、此度の祭りで出された物の全ては、我らが研鑽に研鑽を重ねて産み出された物だ。未熟な人どもにおなじが出せると思うなよ?」

 不敵に嗤って告げ、

「そ、そんなぁ~」

 誰かの絶望を拾い上げ、

「ならば人どもに研鑽させれば良い。おまえたちは自ら研鑽するのが嫌なだけだ。研鑽に楽しみを見いだせぬのならば、人どもにくれてやれば良い。我らの研鑽成果をくれてやる。それを人どもに天下せ」

 ふう~っと吐息。

「わからなければ、わかる者に聞くんだよ。尊大ごっこは、あんまり好きじゃないんだ。だから、あんまりさせないでね?」

 と、いつものやわらかなスサ。

 カタカタと震えていたヤオヨロズだが、

「「「「だって、スサさまがネノクニに行っちゃったらヤなんですッ!」」」」

 幼子を丸出しにして、ホントの本音をぶちまけた。

 少しばかり、気恥ずかしいが、

「ありがとよ」

 スサは心から嬉しそうに礼を言う。

「じゃあ、すぐにネノクニに行かなくても済むように、みんなの力を、ぼくとナカツクニに貸してくれ。そして、みんなも神さまになってよ。やり方とかルールは姉さまやジイが、たぶん教えてくれるから、それに従って~」

 スサは細かいことを大人たちに丸投げし、超々高速にナキを追う。


 お姫さま仕様なお茶会も宴もたけなわ。

「そのユリ×ショタ(女装)のやつ楽しみにしてる」

『逆らめぇ版は?』

『却下よ。次は内臓でも描くつもり?』

 どうやら、オクサレ道とチラリズ道には、通ずるところがあるらしい。

 久方ぶりに存分に楽しんだ。

 これは、

『『「斯く在れ」』』

 その礼である。

 腐女子たちは短く祝詞のりとを口ずさむ。


「いや神さまなんだけどなぁ~」

「あぁ~、アレじゃん。悪いことしたら叱る係的な」

 ヤオヨロズの感情と心がリンクし、停滞をやめて思考を開始する。

「研鑽成果って、これ順番守らないとダメなヤツじゃ~ん。うーん、一個一個トレースしていく?」

「テラスさまに研究施設の使用申請を出すか。パズルみたいでおもしろそうだし」

 動き出す。タカマノハラの神々が。

まずは結ばないとさ。こことナカツクニを。と、――」

 『すぅ~ッ』とヤオヨロズは息を吸い、

「「「「御武運をスサさまッ!」」」」

 大音声ダイオンジョウにスサへとエールを送る。

 耳へと届いた全力エールに、サムズアップなインパルス飛行にスサは応え、更に加速してナキへと迫った。


 気づけば腐の殿堂は、跡形もなく消えていた。

 しかし、気配が消えてもナキは、けして気を緩めない。

「スサぁ~、そろそろ降りてきなぁ~。神爪ツメを封じるから~」

 テラスはイワトヤに籠って、

「タヂカ閉ざせ」

 天岩戸を封じるようにタヂカへ下知する。

「御意に」

 タヂカが天岩戸を封じると、神爪の力が消失し、スサとナキは緩かに地に降り立つ。

「どうやらチェックメイトですね」

 スサは獰猛に嗤う。シンプルな体力勝負は好物のひとつである。神爪を使わずにアマツを瞬時に討ち取る少年だ。嗤ったスサはナキへと吶喊する。

「これあげるから許してくださいぃ~」

 トラウマに怯えるナキ。そう言って地面にタケノコを生やす。咄嗟にかわさなければ、危うく足を串刺しにされるところだ。スサはツヨポンを引き抜くや、

「ツヨポ~ンハーヴェストッ!」

 地に生えたタケノコを収穫する。よく見れば、皮を剥かれたタケノコの穂先がチョコレートにコーティングされている。もちろんタケノコはタケノコでビスケットなどではない。

「一次産業研究者ナメんなぁ~ッ! 食えるかこんなもんッ! それにぼくはタケノコじゃなくてキノコ派ですからぁッ!」

 スサは吼える。ナキが食べ物で遊んだからだ。トライしなくても、この組み合わせはエラーであることが明白だ。

「いや神爪つめの制御がですね」

「言い訳すんなッ! うん?」

 ツヨポンハーヴェストでタケノコは収穫できている――天岩戸に目を向けると大人たちは打ち上げ的な宴会中。


「どうしたタヂカ? おまえの力はそんなものか?」

 テラスはタヂカの封を腕力に抉じ開け、

「ゴリぃ~、あたしビールとタコカラぁ~」

 開いた隙間から、酒と酒肴ツマミを受け取っていた。

「くぉぉ~、タヂカフルパワーぁ~!」

「おまえ。ちゃんと封印しとけよ?」

 テラスを封じ切れないタヂカをオーゲツは責め、

「無理ぃ~ッ! かなり無理ポぉ~ッ!」

 タヂカはオヨヨと泣いている。


 スサは目に映る光景に嘆息。転瞬に舞うや、ナキの頬桁に回し蹴りを叩き込み、

「ジイ。判定は?」

 腹踊りをしたくてウズウズしているシキンに尋ねた。

「勝者スサさまッ! あとチームタット。敗者イザナキとヤオヨロズ」

 ウズウズなシキンは雑に置く。

「オーゲツのネェさま。これも入れてあげて」

 スサは、小声でオーゲツに囁き、スライスしたチョコレートコーティングなタケノコを皿に盛る。少なくとも、ビールに合わないことは知れている。

「うん? 美味うまッ! …からの…えっぐッ! イガッ! お口、イッガッ!」

 イワトヤの封をタヂカごと吹き飛ばし、口に手をあて涙目で飛び出てくるテラスに、柳眉を逆立てニコリとスサ。

「勝ちましたよ姉さま。ところで、これはなんですか? 姉さま『作戦計画』について、少々、認識の擦合わせが必要なように存じます」

 腕組みをし仁王立ちするスサの前に、テラスはちょこんと正座し、

「さーせんしたーッ!」

 と反省の表明。

「だから、どこの野球部さ?」

 スサは呆れ気味な嘆息。タコカラとチョコノコが盛られた皿を手にし、

「チームタット~、集まって~」

 みんなが集まるや、スサは素早い動きに次々チョコノコをみんなの口に放り込む。もちろん自分にも――

「「「イッガッ」」」「「「えっぐッ!」」」

 スサは何度か咀嚼し、

「アクを抜けばナシよりのアリかな」

 ポツリと置き、ステージでポカンとしているナキの口へも放り込む。

「えっぐッ! お口イッガッ!」

 あまりの不味さに、ナキの頭脳は再起動。

のシクジリと、シデカシと、ヤリノコシは、ぼくらみんなでワリカンにします。だから、お父さんが全部背負います的なことを、あなたには言わせませんしさせません。ぼくはの言いつけを聞かないですので、どうぞ悪しからず」

 スサは不敵に微笑わらうと勝利宣言をビシリと置き。借り物でない言葉でキッチリシッカリ噛みついた。的確で辛辣な指摘をして。

 ナキは、しばしもキョトンとし状況を咀嚼。口の中は無駄にイガイ。しばらくが過ぎ、息子の天晴れな『反抗』に盛大に、そして痛快に大笑い。強制でない執事姿に身を包み、

「こちらにどうぞ。みなさま方」

 瀟洒な仕様なテーブルと椅子を顕現させて、チームタットをいざなった。

「お口なおしに、こちらをどうぞ。みなさま方」

 瑞々しい桃を振る舞い、

「カグチ、ナギサ。スサのオーダーを叶えるためには君たちの力が必要だ。協力してくれないだろうか?」

 美味しいお水に温泉――スサの注文はどこまでも貪欲だ。

「父さん私たちは、もとよりそのつもりだよ」

「もちろんですよお義父さま」

 ふたりは快諾。しかし、水産資源となると、

「スサ。山の神にアテはないだろうか?」

 投げられた注文に思案しつつ、桃を食べていると目が合う。

「『ヤ』の字を返す時が来たようですねマツミ」

 と、スサ無茶振り。

「ちょ、なんスか? そんな設定ないですからね? アッシは松見ながら生まれたからマツミでさぁ~。松な酒を醸す酒の神ですから。そうでしょうオヤジ、母ちゃん?」

「「そう。やっと返して貰えたの。良かったねヤマツミ」」

 カグチとナギサはのり、

「「空気読めヤマツミ。な」」

 テラス、オーゲツものる。なによりスサの先遣隊としては適任だ。

「ナキに鍛えて貰いなさいヤマツミ。ワリカンですよ。これも」

 とシキンは微笑い、

「山の傾斜利用してジェットコースター作ってやれよヤマツミ。スサやクシナよりお兄ちゃんだろおまえ?」

 ツクヨはうまいこと、マツミもといヤマツミのことを丸め込む。

 髪をガシガシと乱雑に掻き、

「叔父貴の頼み、アッシが断らないの知ってんでしょ?」

「ありがとうマツミ、あ、ヤマツミか」

 言い出しっぺの言いまちがえに、チームタットは笑い、頃合いに、

「姉さま。フルアーマーをお返しします」

 スサはテラスのフルアーマーを返上する。

「もう、可愛かったのにぃ」

 とテラス。フルアーマー装備のマガタマチョーカーは、スサの首に結んでやる。

「持っときな。向こうは、なにがあるかわかんないんだから」

 スサは撫でるようにチョーカーにふれ、

「姉さま。これではスサの貰い過ぎです。どうぞ、このツヨポンマークⅡをお納めください」

 テラスは、一度それを受け、

「ならば貸与します。ツヨポンマークⅡもスサがきなさい。こちらも貸与とします」

 ここで、

「アメノムラクモな」

 と、ツクヨ。

 スサとテラスは、ツクヨをスルー。

「ありがとうございます姉さま。でもツヨポンって、ぼくにはまだ大きいんです。だから、こうすると…」

 スサは立ち上がり、ツヨポンを背中に背負って『どやぁ』とする。

「お~。勇者ゆ~しゃだ~。ツヨポンが勇者の大剣デッカイ剣に見える~」

「だから、アメノムラクモだってばッ!」

 ふたりはツクヨにジト目。

「姉さま。こいつ、めんどくさい」

「ほんと、それな…」

 ふたりは、やれやれと、かぶりをふりふり、『はぁ~』と嘆息。

「じゃあ、真ん中とってクサナギでいいよ。もう。どうせ草刈りにしか使わないし」

 スサは妥協。

「どこの真ん中だよ?」

 と、ツクヨ。ややご機嫌ナナメ。

「「冷静と情熱?」」

 小首を傾げてふたり。

「そのこころは?」

 質すツクヨに、

「グリーン」

 ふたりは、

「わかる。リーダーな赤にはもちろんなれず」

「カレーな黄色みたいに上手にハシャげない」

「さりとてクールな青にもなれない」

「ピンクな花などもってのほか」

 その場をクルクル、

「「つまり地味ッ!」」

 へェーイっとハイタッチして、息ピッタリにビシリと答える。

「仲良しかッ? つか地味ってなんだ失礼なッ!」

「「なんだ。混ぜてやろうかグリーン?」」

「ねぇ、謝って。俺とグリーンな剣に謝ってッ!」

 ツクヨは仲良しふたりに、激しく地団駄を踏みしめた。


 紙巻きタバコに火をつけて、こみ上げてくる寂寥を煙に捨てる。先ほどのようなバカげたコントは、しばらくほどもお預けだ。

「兄さま。これを差し上げますから、ぼくと交換してください」

 差し上げるのに、交換とは――なんとも不思議な申し出だ。スサがツクヨに差し出したのは煙管である。もちろん神爪が暴走しないようにチューニング済みだ。

「なにとさ?」

「兄さまの強い言葉と、ぼくの――」

 弱い言葉と、スサが言いかけるのを、

「おまえの優しい言葉とをか?」

 ツクヨは被せて遮った。

「なんでさ?」

「そんなお年頃なんです。兄さまは、少し落ち着いたほうがいいんです。ホントは強くてカッコいいんだから。それがみんなに伝わらないのがスサは悔しゅうございます」

 どうやらスサは、『スッポン』のことを言っているらしい。

「おいおい、俺は大人だぜ? 職場じゃ柔らかい言葉を使っているから心配いたすな」

「うん。あ、あにさまは、兄さまのほうがいいや。でも、少し落ち着いてくれなければ、スサたちは困ってしまいます。夜が騒がしくちゃ、スサたちはゆっくり休めません」

 スサたちが赴くのは、昼と夜のあるナカツクニだ。

「煙管をありがとよ。俺が俺であるように、おまえはおまえの言葉を使いなさい。うん。それじゃ煙管を差し上げ損じゃねぇ~かって? こまけぇ~ことなんざ気にすんな~」

 ツクヨが軽快ケーカイに場を去ろうとすると、

「あ、兄さま? この子たちッ?」

 スサは『ギョ』とした悲鳴。テラスのほうでも、

「ジイ、こ、これは?」

 異常を検知。

「ウケイですな。神呼びでございます――交換したでしょ? 剣とチョーカー」

 どうやら、知らずの内に神生みをしていたようだ。

「ぼくと姉さまの子供ってこと? えぇ~なんかヤだぁ~」

 スサは直球。

「あたしだって嫌よ。でも、デリカシーって大事だと思うの! あれれ、お話してる時は相手のオメメを見なさいって言ってるよね? スサくんのオメメが見えないなぁ? どこかなぁ? どこかなぁッ!」

 テラスはスサに全力アイアンクロー。

「いだだだッ! だって姉弟ですよ? いだだだッ!」

「それを言ったら、俺のがもっとヤだよ。兄弟だぜ? オクサレ湧くわ。盛況に沸くわッ!」

「おまえら、こんな時まで果てしなくポンコツなぁ~」

 三貴子たちは、どこまでも果てしなく騒がしい。湿っぽい別れの席すらカラリと周りを笑わせる。オーゲツとシキンが笑い、生まれたばかりの赤子たちもキャッキャと笑う。ちなみにスサとテラスが呼んだのは五人の男の子。ツクヨとスサが呼んだのは三人の女の子だ。

「そうですな。スサさまとテラスさまのウケイで産まれたことにいたしましょう。なんかキモいですから」

 とシキン。

「なんでぼくたち女の子を呼んじゃったんでしょう?」

「あれじゃん? 女子力の違い?」

「あっ、やっぱり?」

 ふたりが、こそこそと話していると、

「お姉ちゃん、拒否権発動させようか?」

 テラスは、お姉ちゃんで恫喝。

「「生意気言って申し訳ございませんでした~ッ!」」

 ツクヨとスサは、テラスのもとにスライディング土下座。


 祭りの宴はしばらくほども続いていたが、もうそこにスサの姿はない。これはひとりの少年が、大人になるまでの物語。これにて『了』にするなって? えっ? ヤマタノオロチはどうしたって? それでは、ナカツクニに降りたスサのことを覗いてみよう。


 スサがタカマノハラから出て、ナカツクニに入るとクロの気配が消えていた。どうやら分離したようだ。

 ナカツクニには、昼があり、夜がある。タカマノハラにはない月日がある。

「やりましたぜ叔父貴。御所望通りのジェットコースター。その名も『ヤマタノオロチ』でさぁ」

 急流を小舟で下ればジェットコースターよりもリアルなスリルが味わえるだろう。なにせ命がけだ。

「えぇ~、なにそのビッチみたいな名前ぇ~」

 不満があるのは、それくらい。

「お、叔父貴ぃ~、どこでそんな言葉覚えたんですか?」

「いろんな男の子を相手に、いい顔する女の子のことでしょ? クシナが教えてくれたんだ~」

「クシナ。あとでアッシんとこにきな」

「あ、あたしはツクヨさまから教えて貰いましたもん。そ、そんなイケナイ言葉だとか思いませんもん」

 苦しい。限りなくギルティよりである。

「クシナぁ~。母は悲しいよ~。ヤマツミさま、たっぷりお灸を据えてやってください」

 クシナの母は売る。ナカツクニでも。

「お、おのれニウツぅ~」

「いまはテナヅチ。おまえの母じゃ」

「いだだだッ! ちょっとマムぅ~」

 背丈はテナヅチニウツのほうが高い。テナヅチはクシナのコメカミを両のゲンコでグリグリと制裁発動中。これは躾、理不尽なのは仕方がない。

「まぁまぁ、テナヅチ。じゃあ、キャーキャー言ってこようかクシナ。ヤマツミありがとうね。これが済んだら、ここを拓いて八重垣工事の着工だ。ウケイをしましょう。ハツミアシナヅチ、テナヅチ。ぼくとクシナがちゃんとに戻ってこられたら、お嬢さんをお嫁にください。お願いします」

 安全性の確認ならばクシナの姉たちが、身体を張って確認済み。8人の姉たちは急流下りに麓でグロッキー。

 スサとクシナは小舟に乗って激流を走り出す。キャーキャー言って走り出す。ワクワクとドキドキの待っている明日へと。


―了―


むすびにいくつか言っておく

 むすびにいくつか言っておく。これ、お話ですからね。神話や歴史書じゃないですから。あとこれも言っておく。これは芝居だから、そこかしこに『引用』が潜んでいる。

 あと、やたら『眦』が出てくるのは、覚えたての言葉を使いたいアレである。

 言いたいことは、このあたり。楽しんでいただけたのなら幸いだ。


いやさかキッキ


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スサノワ ~AMANOIWATO~ いやさかキッキ @iyasakakikki

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