黒ずくめのヒーローが夜の闇の中で悪人を狩る話

梨戸ねぎ

とある夜

 某日 午前01:08 王都 港湾区


 


「獣人が24人。狼系と狐系、それに兎も少々。男が8に、女が16。全員に服従の呪文を刻んである」


「なるほど、品揃えは……上々のようだ」


「ああ、どれも粒ぞろいだ……。まとめて買うのなら、安くしてやる」


 暗い真夜中の埠頭、コンテナがいくつも並び、明かりはごくわずか。

 その中のひとつの小さな街灯の下で、怪しげな男たちが会話をしていた。

 話の内容は違法奴隷の売買か。

 人目を気にして夜中の埠頭で会合する訳だ。

 男たちの周りに見える、護衛と思わしき武装集団の数にも納得である。

 

 もちろんだが、会話を聞いている俺は奴らの仲間ではない。

 むしろ、奴らの護衛たちが警戒するそのものだ。

 

 俺は積み上げられたコンテナのひとつの上に立ちながら男たちの会話を聞いていた。

 堂々と立ってはいるが、下で会話をする男たちと、その護衛たちに気付かれるようなヘマはしない。

 全身が夜の闇の中に溶けるような黒を基調とした衣装であるし、そして何よりも、まるでその場に存在しないかのように気配を消す術を心得ているからだ。


 「……早くしよう。さっさと取引を済ませちまいたい。ひとりあたまいくらだ?」


 買い手側と思わしき男が話を切り出す。

 何かに怯えるかのように落ち着きがなくて、端から見ていると挙動不審だ。


「おいおいそんなに急ぐな。何をそんなに慌ててる?」


「ほら……最近なにかと、仕事がやりづらいからな。例の黒ずくめのが……」


「ハハッ。ああ、ヤツの心配か。大丈夫だ安心しろ。この埠頭は俺のシマのど真ん中だ。いくら神出鬼没の鷲頭でも手は出してこないさ」


 売り手の男は相手を落ち着かせるように話を続ける。

 

「それに護衛もウチとアンタのとこのを合わせて20はいる。なんも心配はいらねぇよ」


「とは言ってもよ……」


 買い手の男は全く安心ならん、といった表情で言葉を続ける。


「最近ダウンタウンの方じゃ誰も表立って動けないでいるぞ。この間……、4日前だったか?北ライオネル通りの奴らが潰されたばかりだ」


 4日前じゃない、5日前だよ。


「同業者も知らねえ秘密のアジトが簡単に暴かれて、手練れの連中がろくな抵抗も出来ずにやられたと聞いちゃ気を付けたくなるもんだろ?」


「まあ、それもそうだな……。さっさと済ませるか」


 売り手の方も少し危機感を持ったようだ。

 取引を手短に終わらせる気になったらしい。


「まずはこちらのブツを見せよう。うちは優良商品に明朗会計がモットーなんでね。さっさと確かめてくれ、話はそれからだ」


 ……奴隷売買に優良も明朗もヘッタクレもないと思うんだがな。

 

 売り手の男が近くにいる部下へ合図して大きなコンテナのひとつを開けさせる。

 中は良く見えないが、離れたこちらにもその中に多数の人がいるのは気配で感じ取れた。

 間違い無く、これから取引されようとしている被害者たちだろう。

 

 探す手間が省けたな。

 

 売り手の男が開けられたコンテナに近づいていく。


 そろそろ頃合いか。

 俺は頭に被った角の生えた黒い鷲のマスク――厳密にいえば鷲頭に獅子の胴を持つ魔物マスク――の被り心地を直しながらタイミングを図る。

 

 売り手の男が安心したような声で呟く。

 

「ふぅ……、話が早くて助かるよ」


 


 全くだ。


「ああ、俺も助かった」


 


「ッ!?」


「誰だッ!」


 俺はひらりとコンテナから飛び降り、ちょうど真下にいた護衛の一人に一撃を入れながら音も無く着地する。

 男たちは目を瞠りながら狼狽えた。


「貴様、何者だ!」


「知っているだろう?」


 俺は奴らに己の存在を示すように、ゆっくりと街灯の下へ姿を現す。

 有角の鷲のマスクが、闇夜に浮かび上がった。


「お前、鷲頭ッ……!」


「クソッ、お前らビビるんじゃねぇ!やっちまえ!」


 ボスの言葉に触発されて周囲の護衛がその手に持つ得物を構えた。

 銃、剣、そして魔術師の杖がずらっと並びこちらに向けられる。

 数だけはしっかりと揃えたようだな。

 

 口火はすぐさま切られた。

 銃口からはマズルフラッシュと銃声が、そして杖からは魔術光が煌めく。

 俺は身を翻して攻撃を躱す。

 銃弾と攻撃呪文が背後にあったコンテナへと命中しけたたましい音が辺りに響き渡った。


「やったか!?」

 

 俺は攻撃に乗じて再び夜の闇に溶けるように姿をくらましていた。

 街灯の明るさと、そして銃と魔術の光に目が慣れた護衛たちには俺の姿を追うことは出来ない。


「死体は無い、生きてるぞ!」


「どこだ、どこに消えた!?」


「探せ、探せッ!」


「ここだよ」


 不意に護衛集団の中心に姿を見せる。

 急に現れたこちらの姿を見て驚く護衛たちの顔が、俺には暗い夜の中でもはっきりと見えた。

 手始めに一番近くに居る敵の膝を前蹴りを食らわしてへし折る。

 大の大人が発する情けない悲鳴を聞き流しながら、次の敵へと狙いを定めた。

 

 中には気骨があるやつもいるようだ。

 既にこちらに拳銃を向けて狙いを定める者もいた。


 そいつの銃に撃たれないように左右へのステップを混ぜつつ流れるように近づき、銃を構えた腕を掴んで捻る。


「あだだだだだッ!」


 これまた情けない悲鳴を上げる敵をそのまま別の敵へと投げ飛ばして無力化。

 銃に魔術、脅威ではあるが当たらなければどうということはない。

 まあそもそも、いま身につけている装備は優秀だから、ちょっとやそっとの攻撃では命中してもびくともしない。

 今までの実戦でそれは証明されていた。


 たった十数秒でほとんどの敵を圧倒する。

 後はやつらのボス2人だけだ。


「ヒィっ!」


 買い手の男は逃げようとして転んでいた。

 そんな姿に呆れながら、膝裏めがけて黒光りする羽根型の小型ナイフを2本同時に投げつける。

 ナイフは見事相手の両膝の裏にそれぞれ命中。

 もう逃げられないだろう。


「さてと……」


 俺はもう一人の、売り手の男に向き直る。

 男は尻もちをつきながら情けなく後ずさりをしながら俺に話しかけてきた。


「ま、待ってくれ。見逃してくれ!な、何か、何かほしいものはあるか!?なんでもやるぞ!金でも!女でも!」


「金?女?」


 はぁ、悪人っていうのはいつもこれだ。

 毎回同じようなセリフを聞かされると辟易する。


「あ、ああ!そ、そそそうだ!いくらでも……」


「俺が欲しいのは――」


「な、なんだ?」


 俺はゆっくりと男に近づき、拳を振り上げて告げる。



「――正義だ」



 そのまま男の顔面に振り下ろした。


「ふごッ!」


 鼻と顔面の骨が何箇所か折れただろうが命に別状は無いはずだ。


「さてと……」

 

 悪人は全員シバいたので、後は縛り付けた後に去るだけだ。


「あ、あの……」


 開けたままになっていたコンテナの扉から、何人かの男女が出てきて声をかけてきた。

 今回の被害者たちだろう。


「安心しろ。直に警察が来る。保護して貰えるはずだ」


 俺がそう告げると、コンテナの中から他の者たちも出てくる。

 彼らは安堵の表情を浮かべて、口々に礼を述べる。


「ああ、良かった……!ありがとう、ありがとう!」


「た、助かったの……?」


「ありがとうございます……!」


 俺はそれに軽くうなづく事で答えた。


「あ、あなたは、いったい……?」


 その中のひとりに問われる。


「俺は……」


 その時、大きなエンジン音が鳴り響いた。

 これは警察の車の音ではない。

 この音は近くに止めてあった高級魔動車の音だ。

 

 振り返って地面を見ると、先ほど顔面を殴りつけた男が消えていた。

 そして今にも走り去ろうとする魔動車が。

 ……気絶したと思ったんだがな。


「しぶとい奴だ」


 俺はすぐさま自分に身体強化の魔術をかけて追いかける。

 この距離なら、加速しきる前の魔動車など簡単に追いつける。


 すぐさま距離を詰め、車の屋根に飛び乗った。

 相手も気付いたのだろう、車を加速させつつ蛇行させることで俺を振り落とそうとしてくる。

 屋根にしがみついてなんとかやり過ごす。


 振り落とされることはなさそうだがこのままだとらちがあかない。


 俺は走る車の上でくるりと体を回転させながら屋根からボンネットへと移動する。

 猛スピードで走る車の上で曲芸地味た動きをしたせいだろうか、運転席にいる男が口をポカンとさせながらこちらを俺を見つめて来た。

 俺はそれに軽く会釈をするとそのままフロントガラスに向かって拳を打ち付ける。


「良い子のみんなは車に乗る時はシートベルトを必ず着用しような」

 

 そしてハンドルを掴み、それを思いっきり引っ張った。

 鈍い音と共に外れるハンドル。


「あ、ああああ……」


 運転席の男は情けない声をあげるしか出来なかった。


「早くブレーキを踏んだほうがいい」


 俺はそう声をかけてやる。

 我ながらとても親切だ。

 そしてすぐさまボンネットから道路へと飛び降りた。


 受け身を取るまでもない。

 片膝を付いた姿勢で地面に着地する。

 道路の上を滑るようにして勢いを殺して停止した。

 道の先を見ると、ハンドルを失った車が横転するところだった。


 ……さすがに死んだかな。


 ひっくり返って止まった車に歩きながら近寄る。

 運転席を覗くと、男は顔面から血を流しながらもまだ五体満足で生きていた。

 シートベルトをしてない状態だったので、フロント部分から飛び出していないだけでも奇跡だが、なんともまあしぶとい事で。

 

「あんた、悪運だけは強いな」


「ちくしょう、くそったれ……」


 声を掛けると、息も絶え絶えな罵りが返ってきた。

 遠くからサイレンが聞こえる。

 

『マスター、警察が近づいております』

 

「分かった」


 耳部分に備えられたインカムから聞こえてきた仲間からの通信に短く答える。

 あまり長居はできなさそうだな。

 

「まさか、あの鷲頭に目をつけられるなんて……」


 去ろうとしたところで、そんな声が聞こえた。

 振り返り、もう一度男へ近づく。


「あ、な、こ、殺さないでくれ……!たのむ……!」


「違う」


「な、なにが……?」


「名前だ」


 ひっくり返った車の運転席の中で逆さまのままの悪人に告げる。

 これから檻の中で外の話を聞く時、何度も聞くであろう俺の名を。

 そして今夜の事を思い出すはずだ。

 逃れる事の出来ない恐怖と共に。


 

「自己紹介をしよう。ナイト・グリフィン闇夜の鷲獅子だ。」



 この名は、悪人に安らかな夜を与えない。



 


 

――――――――――



 戦闘シーンの練習がてら書きました。もっと上手くなりたひ……。


某コウモリヒーローオマージュ。


ご指摘や感想がありましたらぜひ、お願いします。

 

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黒ずくめのヒーローが夜の闇の中で悪人を狩る話 梨戸ねぎ @Negi_Nashito

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