第15話 序奏

「ユストゥス様!」

腹の底から声を出し扉を開けると、きょっとんとした瞳をしたユストゥス様と目が合った。


くっ、その腑抜けた顔もかわいいな!じゃない!


「目の色が…………」

「目?」

ユストゥス様の目の色が、濃くなっている。スレイ湖のような薄い水色から、夏の空の様な鮮やかな青色に。


「り、り・り・リュエナ嬢――。ちか、いや、そんな近くで見られると、私の心臓の音があなたに聞こえそうで、怖い。ああでも離れて欲しくない。離れないで……ああ、そのさげすむような視線すら愛おしい……」


この変態を好きになれるわけがないだろう。だまっていればかっこいいのに。


「ユストゥス王の目の色に変化はないようですが?」

バルトがのぞき込むと、ユストゥス様の顔がスンと普通になった。

うん、やっぱり綺麗。こっちの方だと惚れるのに――じゃない!


ユストゥス様のいる客室には執務机がない。故にユストゥス様はソファへと座る。そしてその前にある低いテーブルには、所狭しと書類、書類、書類の山。むしろ良くここまで積んだ!


「この書類はね。ベルヘンケ伯爵領の決裁書だよ。王になる練習として、まずは領地経営からって伯爵夫人に渡されたんだ」


気がついて?ユストゥス様。

それ、体よく利用されているだけだよ?

父様は書類仕事デスクワークが大嫌いで、母様は仕方なくやっているから、これ幸いとこき使われているだけだよ?


「その……君が妻になるから……ね?……私の……妻に」

「ぽっと頬を染めるな!顔を隠すな!身悶えるな!私は認めてないぞ!」

「もちろん、分かっているよ。君は成人したばかりだし、まだ名目上だけで、本当の意味では、まだ先だし、それに、まずは婚約式だね?君のドレスはどうしようか?白地にフリルをたくさんつけようね。宝石は私の色を使ってくれるかな?」

「ユストゥス様の髪は黒色ですからね。オニキスでしょうか。キャッツアイがあると縁起が良いですね。竜の瞳になぞらえることがありますし」

「目の色になぞらえて、トパーズも使って欲しいな。ああ、でも琥珀も良いかもしれない。ガーネットも良いね。リュエナ嬢はどれが良いかな?」

「別に何でも良いですよ。宝石の種類とか分からないし――って、これじゃあ、私とユストゥス様が結婚するみたいじゃないですか!」

「そうだよ」

ケロリンと答えを返すユストゥス様に――腹が立つ!

でも、当たり前の様に応えてくれて、嬉しかったりもする。


「まさか君から告白されるなんて――思ってもなかった。戦いの最中だったので、更に高揚したよ。吊り橋効果もあったのかな?でもね、あの時、私の剣をねだるリュエナ嬢は雄々しくも美しかった。君と一緒に死ねるなら、世界で一番幸せな男になれるだろうと、そう思ったんだ。もういつ死んでも良いと、そう思ったんだ」


「………………」


うぅ、くそ!なんだよ!言ってることは気持ち悪いのに、心底気持ち悪いと思うのに!

うれしいと思う私もどうかしてる。


「君が私を愛していなくても、私は愛しているよ。私の愛おしい人」


ユストゥス様が私の目の前で跪く。

顔を引き攣らせながら、逃げるな!バルト!私もこのピンク色の染まっていく部屋から逃げ出したんだから!


「君は私の永遠。君は私の命よりも尊い人。君がいるから、私はこの世界に存在できる。君がいるから世界は美しいんだ」


く――っ!また私の手を取って――チュッて、チュッてした!

もう!もう!もう!!心臓はバクバクするし、頭はくらくらするし、瞳はうるうるしちゃうし!

このままだと、負ける!絶対に負ける!

思い出せ!リュエナ!お前は何の為にここに来たんだ!


「ユストゥス様の剣を借りることが、求婚になるなんて知らなかったし!そんなつもりなかったし!」

「私の剣を振るってどうだった?楽しかったのでは?絶対的な力を手に入れて、高揚したのでは?」

「そ――それは――」

「君が気絶してすぐに、私の剣が体内に戻ってきてね。君がどれだけ私を求めてくれたのか、私を使うことでどれだけ悦んでいたのか分かったんだよ。あれだけの力を知ってしまえば、後戻りできないのでは?」


それは、ある。

ユストゥス様の竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーは確かにすごかった。楽しかった。この剣があれば、なんでも思い通りになると思った。と同時に、一喜一憂するから、ユストゥス様自身を握っているみたいで気持ち悪かったけど。


「そ――そもそも王妃とか絶対嫌だし!」

「では、王になるのを辞めるよ?私はね、リュエナ嬢が望めば王になるし、リュエナ嬢が望めば奴隷にもなるし、妻にも、夫にもなる。今だってリュエナ嬢の住む領地だから、更に善き地にしようと思って、書類仕事をしようとしているんだ。王になるのも、リュエナ嬢のご両親が望むからだよ?でもリュエナ嬢が望まないなら、私は王になる気はないよ」


ゔ…重い!なんて重い愛なんだ!

でも、更に嬉しいとか――思ったりもする。でも……。


「私は、私の望むままに動く夫は嫌だ」

そう、それでは操り人形と一緒だ。仲の良い両親だって、意見の食い違いで言いあったり、些細なことで喧嘩したりする。でもそれは対等な証拠。


「そう……やはりリュエナ嬢は素敵な人だね。私の愛した人は、なんて理解のある人なんだろう。では何でも言いあえる、そういう夫婦になろうね」

にっこり笑うユストゥス様……って!


「待て!なんかいい感じにまとめようとしてないですか⁉私は……」

「嫌かな?」


ユストゥス様は目をウルウルとさせながらも、肉食獣の気配を発している。

獲物を逃がす気はないのだろう。その獲物は私。私も逃げる気はない。

それは好きだから。なんだかんだ言っても、ひとめ見たときから惹かれていた。この美しい瞳に。


でも!だからと言って!私が獲物になるのは嫌だ。ユストゥス様が肉食獣なら、私はそれを狩る強い肉食獣でいたい!


「王になるとか、王妃になるとか、まだ考えられません!でも……」


ユストゥス様の顔をグイっと引き寄せる。美しい青い瞳には私が映る。

さぁ、言うんだ!リュエナ!


「あなたの竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーは私の物です!」

「な――なんて、ことを言うんだ!そんな……そんな恥ずかしいことを……大きな声で」


真っ赤になるユストゥス様を見て、私は勝ったとにんまり笑う!

やはりそうだ!ユストゥス様は攻めに弱い!この人は私が近づくと極端に照れる。自分からぐいぐいと来るときは、こっぱずかしい台詞を長々と吐く癖に!意外と初心だ!

そして攻撃は最大の防御!恥ずかしい台詞に勝つのは、それ以上の恥ずかしい言葉!


はて……私は何をするために来たんだろう。思い出せない。まぁ良いか。勝ったし?


心の中でガッツポーズを決める私は、ユストゥス様の口の端が持ち上がるのに気が付かなかった。

そう……すべてがユストゥス様の巧妙な作戦だと気が付くのは、まだ先の話。

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竜たちはつがいを愛す。〜つがいは変態竜の愛を回避する〜 清水柚木 @yuzuki_shimizu

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