第14話 意味不明な状況

目を開けると自分の部屋の天井が見えた。

薄桃色の天井は趣味じゃない。だけど私の部屋は、伯爵家の娘が代々使っていたもの。これに関しては文句は言わない。


両親の声がベッド脇から聞こえる。

「まったく黙って見守るなんて――オウジサマはあなたのお眼鏡にかなった様ね」

「そうだな、色々足りぬが、娘を愛する気持ちは本物だからな」

「そうね、ただ生きているだけのオウジサマが、娘の為に努力する姿は美しいわ」

「それにリュエナも満更ではないだろう?」

「本当に分かりやすいわ。なんだかんだ言いながらも、視線はずっとオウジサマを追っているのよ」

「リュエナが選ばれるなんて、夢にも思わなかったからな。こうなるならちゃんと教育を受けさせるべきだった」

「竜はプライドが高いものね。自分より力があるリュエナは嫌われると思っていたもの」

「確かにな、そもそもベルヘンケ伯爵家から、番が出るはずないと思っていたからな」

「まぁ、良いわ。おかげで眉目秀麗な息子ができたもの。あの色気――背筋がゾッとするわ」

「追い出すか?」

「あら?オウジサマを褒めたからやきもち?わたくしがあなた以外を愛するわけないでしょ?」


おい、おいおいおいおい!娘の部屋でイチャコラするな!

起きにくいじゃないか!そういうのは部屋でしろ!出ていけ!!

まぁ、……両親が仲悪いより良いほうがいいし……複雑だけど……これも良い。文句は言いたいけど、言わないよ。

何よりも何よりも母様が怖いしね。


今現在、私が文句を言いたいことはひとつ。


重い!


〈あら?失礼ね。レディに重いだなんて……〉


いやいや、重いから!あなたが私の上に乗ってるせいで、指先一本すら動かないから!ってゆーかさ!娘の上に女が載ってんだよ!イチャコラしてる暇があったらなんとかしてよ‼︎


〈無理よ……だってあなた以外には見えないもの〉

うん、まぁ、そっかなぁって思ってた。天井が透けて見えるしね。

しかし幽霊か……。産まれて13年。初めて見た。


〈怖くないの?〉


怖くないよ。


そうちっとも怖くない。

たんぽぽの様な黄色の髪はふわふわで、青緑色の瞳の中にはチカチカと光が見えて、ぷっくりした唇は薄桃色で……うん、めっちゃかわいいと思う。庇護欲そそる女の子って感じだ。


〈私の過去を見たでしょ?〉


夢のこと?もしかして、あなたって私の前世の姿とか?そういう物語が流行ってるって、メイドたちがキャッキャと話してた。


〈さぁ、どうかしら?〉


なんか意味ありげに微笑むなぁ。

でもかわいいから許す!


〈ねえ?彼のこと……好き?〉

は?何を唐突に言ってんの⁈変態を好きになるわけないでしょ!


〈あら?私は誰とは言ってないけど?〉

ク――いや――だって私を好きって言ってるのユストゥス様だけだし!他に私を好きになる人なんていないし。


〈そんな事ないわ。あなたは魅力的だもの。ああ、残念……時間だわ。次はもっとお話しできると良いわね〉


へ?


女の子の幽霊は、幽霊なだけあって煙のように消える。


「ま――待って!」

掴もうとしてガバッと起き上がると、今まさに濃厚な口付けを交わそうとしている両親と目が合った。


「って!娘の前で続けるな!出て行ってやって!」

「そこは空気を読みなさいよ。気の利かない子ね」

「いやいや、母様!何言ってんの!そこは娘の心配しなよ!」

「どこか痛いの?」

「どこか……」


両手両足は健在だ。

魔力は満タンだな。

気力も十分。

食欲もある。むしろ腹減った。なんかもってこい。


「……元気かな?」

「じゃあ良いでしょ。とりあえず全て解決したんだから」

母様が妖艶に笑う。


「解決?あ、ユストゥス様は?腐敗竜は?」

「腐敗竜は良い値段で売れたぞ?素材が良いから、良い武器になるだろう」

「本が人間っていうのがアレだけど、まぁ、黙っていれば分からないし、それに、魔物になってしまえば、人も獣も同じだもの?あなたもそう思うでしょ?リュエナ?」


こわ!相変わらず怖い。ここで頷かなければ、きっと痛い目を見る。

確かに腐敗竜は元人間で、しかも王族だけど、魔物になった生き物は元に戻ることはない。

我が家にも少なからず迷惑をかけたのだから、金銭面で役に立ってもらおう。


「儂がいたとはいえ、敵を倒して気絶するとは、修行不足だぞ?リュエナ」

「なんか倒したら一気に魔力が抜けちゃって……」


そう、腐敗竜を一刀両断にしたことまで覚えている。ユストゥス様の竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーに魔力を思いっきり送り込んだら、剣が応えてくれて、なんだか万能な力を持てた気がして……。とても気持ちが良かった。癖になりそう。


でもそれもユストゥス様の気分次第なんだよなぁ。あの剣。正直、ご機嫌取るのは面倒だな。


ご機嫌?ご機嫌で思い出した!

私は『好き』って言っちゃったんだよね?あ、『かも』つけたし、作戦だから大丈夫だけど、あれ?さっきの両親の会話……。


ちらっと母様を見ると、


「ユストゥス様に『竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーを貸して』って言ったんですって?」

「へ?そっち?好きって作戦で言ったことじゃなくて?」

「まぁ、お前がつがいになるなんてあり得ないと思っていたから教えなかった儂らが悪かったんだが、王族の竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーはそのもの。それを欲することは求婚と一緒だ」


なんじゃ、そりゃ。教えろや!いや、あの状況だと竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーなしに勝てなかったけど。知っていても借りたかもしれないけど。


「つまり勝負はリュエナの負け。仕方ないからベルヘンケ伯爵家は、王族に宣戦布告をしたわ」

「はぁ⁉待って、待って、なんで私が負けて、宣戦布告になるの?意味が分からないんだけど!」

「あら?当然の事でしょ?ユストゥス様があなたの夫になるってことは、青竜国の王になるということよ?なのに現王は王位を譲るだ、譲らないだとごちゃごちゃ言ってるんだもの。ここは戦って白黒つけた方が良いでしょ?大丈夫よ。ライアは王城に潜入しているし、トゥーチェは軍を整えているから」


大丈夫……大丈夫ってなんだろう。こんなに不吉な『大丈夫』って言葉は初めて聞く。


「ユストゥス様は驚いていたが、まぁたまには人間相手も良いだろう」


おおおう、意味が分からない。

このふたりを止めるすべを私はもたない。さて、どうしよう。


「ゆ……ユストゥス様は?」

「あら?やはり夫に会いたいのね?それは良いけど、リュエナはまだ子供なんだから当面は慎みなさい」

「そうだな。もし行き過ぎた行動をとるなら――例え義理の息子であろうとも潰すぞ?」


乾いた笑いを浮かべながら、私の頭はパニックだ。

寝ている間にこんな展開になるなんて、だれが想像しただろうか。

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