第13話 幕間

す……き?

頭の中で何度も何度も繰り返し響く言葉。


分かっている。本気じゃないことなんて。


でも、その言葉が頭から喉を通って胸元へ移動し、身体を満たす。

乾いていた喉を潤すために飲んだそれは、神々が飲む水のようだ。それだけで天にも昇る心地で、寿命が延びる気がする。力が満ちる。


私はもう、あなたから離れられない。

あなたを逃すことは出来ない。

死がふたりを分かつなら、私も共に死ぬだろう。

あなたは、私の永遠なのだから……。




◇◇



「――――――!」


ユストゥス様から、ダぁっと涙があふれた

なんだこれ?大人のくせに!20歳のくせに!男のくせに!変態のくせに!駆除対象ゴキブリのくせに!嬉しそうに泣くな!


「リュエナ!竜の息吹ドラゴンブレスが来る!私の結界では耐えきれないぞ!」


父の声に我に返ると――ひ……ひええええ!なんじゃ、あの魔力の質量!


この周辺一帯が吹き飛ぶよ!まじか、さすが準王族……じゃなくて、叔父さんじゃなくて、腐敗竜!

これはやばい!


「嬉しいよ……リュエナ嬢……」

そしてそんな危機など全くないように、ユストゥス様の背後にはピンクのカーネーションとハートが咲き乱れている。


いや、お前もたいがいだな!状況を見ろ!


そんなユストゥス様が頬を染めて……。

「……両想いだね……」

ポッって、恥じらうな!かわいいとか思っちゃっただろうが!


眼前には恥じらうユストゥス様。

腐敗竜の竜の息吹ドラゴンブレスは秒読み段階。


父は何気にパニックだ!


父様が言ったんでしょ!『好きかも』って言えば、ユストゥス様の竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーが強くなるかも知れないから、言ってみろって!結果、ユストゥス様の色気が増しただけだろ!あんな魔力溜の竜の息吹ドラゴンブレス!どうにかできるわけないだろう!!


「今は、好きで良いよ。でも忘れないで欲しい。私は君を愛している。私の方が愛が深いんだよ?」


いや、ユストゥス様?何を仰りやがっているんですか?それどころじゃないよ?死ぬよ?私たち?


「君と一緒に死ねるなら……本望だ」

「…………口に出てました?」

にっこり笑うユストゥス様。そして超パニックになった父。

そんな私たちに向かって、放たれるのは竜の息吹ドラゴンブレス。まるで、いちゃつくのやめろと言っている様だ。


「そんな君も愛おしい」

「――――――っつつつ!うに、うんにゃ――――!!」


ユストゥス様の潤んだ瞳の破壊力にやられた私は、奇声を上げ、腐敗竜にまっしぐら。

呼応するように輝きを増す竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーから力が溢れる。それは私の身体を駆け巡り、私の魔力を2倍、3倍に増加させる。

なんだろう、ユストゥス様の力なのに、私の力みたいだ。身体に馴染む。


腐敗竜の竜の息吹ドラゴンブレスを剣を薙ぐことで消し去る。

こんな簡単にあの魔力溜を消すことができるなんて!

ユストゥス様の竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーが光を増す。周囲のあふれた瘴気が消えていく。


腐敗竜が私をかみ砕こうとする。なんて遅い動き何だろう。

人は空を飛べないのに、跳べない筈なのに、私は自由に宙を駆け、その攻撃を避ける。そして大きな翼を切り落とし地上に降り立つ。なんて簡単に切れるのだろう。握った竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーの刃は美しく、血の跡もない。


腐敗竜が痛みから声を上げる。溢れる血はどす黒く、瘴気にまみれている。木々が枯れる。大地が穢れる。


―浄化すれば良い―


まるで知っているかのように竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーに魔力を送ると、緑の葉がよみがえり、太い幹に力が宿る。大地は輝きを増し、涼やかな風は空気を浄化する。


「私の、竜、討伐記録第一号!」

声と共に空へと駆ける。

そんな私に応えるように、竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーが美しく輝いた。




◇◇



乾いた枝を折り、目の前の焚火に投げ込むと少しだけ勢いが増した。

白い息を、凍える手に吹きかけると、わずかに温かい。


「お貴族様はテント。俺らは見張り。まったく何が苦楽を共に戦う仲間なんだか」


舌打ちと共に目の前の彼は後ろに視線を送る。

大きな紋章が描かれたテントがある。その中は温かいのだろうか。

テントの中の明かりが月のない夜空のおかげか、くっきりと明るい。


「あんなに明るくして、敵に見つかるだろって話だ」

パキっと枝を折って、彼も焚火に放り込む。

私と彼ともうひとりには、テントはない。いつも焚火を囲んで交代で番をする。マントに包まって雑魚寝し、敵の妄執に備えるのだ。


「お前だってお貴族様だろ?なのに、こんな扱いで良いのかよ?」

目の前の彼が私の隣の彼女に話しかける。

線の細い彼女は、相変わらず消え入るような声で答える。


「私は……妾腹だから……」

「あ、わりぃ。知らなかったんだ」

「いいの。そういうあなただって貴族でしょ?」

「はっ!貴族って言ったて、親父が一代限りの男爵の爵位を持っているって言うだけだ。俺にはなんの権利もねーよ」


ふたりの視線が私に向かう。


「わたしは、普通の人間よ。平民。本来なら、おふたりに会うことなどできないわ」

「俺は!権利なんてないの!あんたと同じだよ!」

「私もよ。妾腹の私に、権利はないの。成人したら家を出ていけって言われていたんだから」


3人で笑いあう。

良かった。この人たちと一緒で。


「あの……今だから聞くんですが……おふたりは怖くないのでしょうか?」

「ああ――俺は別に怖くはねーよ。あんたは怖いんだな?」

「ええ、私は……怖いです。怖くて、怖くて……目を合わせることもできません」

私の横の彼女が小さく震えている。


怖い?私は怖くない。怖がる理由が分からない。

あんなに美しい生き物をどうして怖がるの?


「あ――、ここで話は終わりだ……帰ってきた」

隣の彼が空を見る。

確かに、星空に影がかかっている。


「また、話そうぜ。いつでも聞いてやるよ」

ウィンクを投げると、私の横の彼女は嬉しそうに微笑んだ。


彼らとの出会いは、人それぞれ違う。

捉えた者。差し出された者。友となった者。恋人となった者。


そして、私は……。


ブワッと風が巻き上がり、焚き火の火を揺らす。

ふわりと降り立つ存在に私は目を細める。


ああ、彼に愛されれば良いのに……。

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