第12話 来襲(4)
彼女が私の剣を振るう度、身体の奥底にある力が、今まで知らなかった力が産声を上げた。
心を蝕むような感覚だ。
衝動的に全てを滅ぼしたくなる。全ては無意味なものなのだから。
「しっかりしなさい!あなたは娘を愛しているのでしょう‼︎」
彼女の父親の叱咤激励する声が、私を踏みとどまらせた。
そして――心の赴くまま彼女を見る。
「ああ――なんて美しいのか」
まだ小さい彼女が大きな剣を振るう姿は、まるで絵物語のように非現実だ。だが大地を踏み締める足は力強く、剣を振る速さは風を切り裂き、髪が緩やかに揺れる姿は倒錯的で、大きく鳴り響く心臓が痛くて、瞳が潤み、口元が緩んでしまう。
ワタシのイトオシイ
あなたのために全てをササゲヨウ
◇◇
「準王族である――私が!」
こんなところで死ぬわけにはいかない。
そんな惨めな人生は私にはふさわしくない。
ただでさえ、
こんな――こんなところで――――――!
「死んでたまるか!!」
激痛にあらがうように声を上げたとき、体の中に何かがずるりと宿った。
◇◇
「へ?え?ほええ?なにこれ??うそでしょ?」
さっきまで人だったユストゥス様の刺客――叔父さん?あ、名前知らないや、が巨大化する。だけじゃなく、あの姿は……。
「ドラ……ゴン?」
そう、ドラゴンだ。
大兄様の愛馬の飛竜は、大きな翼で空を飛ぶが、のっぺりとした蜥蜴の様な顔をしている。でも目の前で魔物化する人間は、ドラゴンだ。額には鋭い角。鋭い牙、鋭い爪。更に背中からは大きな羽根。
「王族だから?それにしてもグリーンエリアで魔物化するなんて。人間のくせに」
木々をバキバキとなぎ倒しながら変態が進む。へんたい――いやユストゥス様の幼女趣味の変態と違って、身体が変わっていく事だ。うん、これは口に出さないほうが良いな。
実は魔物と言う生き物はいない。
魔の森からあふれる瘴気に、生き物が触れ、吸収することで魔物になるのだ。
私が倒した魔物も、キラービーは蜂の魔物化した姿だし、一角狼も狼が魔物化した姿だったりする。虫や動物は本能で生きるものだから、簡単に魔物になる。
だけど人は違う。理性のある生き物だ。故に人が魔物化するのは珍しい。誘惑に弱かったり、力を欲したり、死にそうになったりした際に魔物化する。
死にそうになるほど攻撃はしていない。これでも手加減したんだよ?じゃあ、なんで魔物化しちゃってるの?
しまった。刺客の人をあおりすぎたか。これは失敗したね。
こんなに簡単に魔物化するとは思わなかった。しかも、竜になるなんて――。
「どうしようかな……腐敗竜、ドラゴンゾンビ?う~ん、死んでないからゾンビはダメかな?」
なんて名前を考える私は呑気だ。だって竜だよ?一度は戦ってみたいじゃない!
子供の頃何度も繰り返しに読んだ絵本は、この世界の成り立ちの物語。
破滅竜リンドブルムを、特殊な武器を持つ5人の勇者と、5頭の竜が協力して倒す物語。
私は勇者に憧れていた。だって暴虐の限りを尽くしていた竜を、倒す絵がとてもかっこよかったから。
世界の為に、たった5人と5頭で戦うなんて、憧れるに決まっている!
「ふむ――大地が腐ってきているな」
高みの見物を決め込んでいた父が、私の横にスタッと下りて来た。
「叔父上が……竜に……」
父様に小脇に抱えられたまま、ユストゥス様は信じられないものを見るような眼で、叔父さんを見ている。
うん、思ったより元気そう。良かった。良かった?待て、なんで私はそう思った?
「リュエナ……いけるのか?」
「父様、大丈夫だよ。私に任せて。なんかユストゥス様の
ブンっと振り回すと、なんかさっきほど手ごたえがない。剣のくせに感情があるみたい。
なんか、やっぱり気持ち悪いな。この剣。
「このままでは瘴気が広がる一方だ。早めの決着が必要だな」
「叔父上の足元から瘴気の渦が――」
ユストゥス様の瞳が怯えている。
確かに竜になった叔父さんの足元から瘴気が溢れている。そこから大地が腐っていく。
「やっぱり名前は腐敗竜?それとも大地を腐らせてるから腐乱竜?」
「その……この状況でそんなことを言っている場合じゃないのでは?」
「ユストゥス様はどっちが良いです?」
「あ……そんな、かわいい顔で、キラキラした目で、下からのぞき込まないでください。そんな状況じゃないのに、愛が溢れて、心が落ち着きません。ああ、私の愛おしい人が罪すぎる」
おお、真っ赤になって顔を覆ってしまった。意外と初心?
でもさ、名前大事じゃない?勇者様達は破滅竜を倒したんだよ?私も名前のある竜を倒したいじゃない。
「ふむ、竜に拳が通じるのか――」
「あ!父様、ずるい!」
父様が私の獲物に攻撃を仕掛けた。
ダンっと大地を蹴って跳んだのは、叔父さん竜、もとい腐敗竜が巨大化しているからだ。魔の森の木々より、頭ひとつ出たところで父様の拳がごつんと大きな音を立ててさく裂した。
――だが、ダメージはない。それどころか――。
「ふむ、強力な防護膜を張っているな」
私たちの横に軽い音を立てて着地した父の拳は、皮がむけている。父だからこれで済んだのだろう。他の人間なら拳が折れていた。
「竜を倒すなら……やっぱりこれでしょ!」
ユストゥス様の
「これ以上は無理させられない。リュエナ、お前の獲物はお前が狩れ」
「さっき横取りしようとしていたのは父様でしょ⁉」
「竜だぞ?試してみたいと思うだろう?」
その気持ちは分かる。
「リュエナ嬢――まさか――行く気ですか?」
「あ!名前呼んだ!」
「だってそれは、私たちは――」
「私はね、リュエナって名前を気に入っているの。変な風に呼ばれるより、名前の方が良いな」
「あ――その愛くるしい微笑はずるいです――はにかむ笑顔なんて――と、尊い……」
いや、私の笑みよりユストゥス様の真っ赤になって悶絶する姿の方が色っぽいよ?
横に立つ父様は白い目どころか、軽蔑した目で見てるけど。
その時、キンっと涼んだ音が森に響いた。
周囲の空気が変わっていく。
「…………浄化……されてる?」
「その剣の力か?」
父とふたりでユストゥス様を見ると――うん、なんか幸せそうに、満足げに、ちょっと気味悪いぐらいの色気を出して、いや、本当に気持ち悪いな!なんだその色気駄々洩れの、うっとりした表情は⁉
「ユストゥス様の幸福度が上がれば――剣の強さも増すのか?」
「うえ、父様、その表現だと、なんかユストゥス様を握ってる感じがして嫌だ」
父が私に耳打ちする。
は?それを言えって言うの?と目で非難すると、父はこれも勝率をあげるためだと言うようにコクコクと頷く。
勝率をあげるため……それは大事だ。
刺客だった竜になった叔父さんから威圧が放たれる。それを父は結界を張ることで防いだ。
腐敗竜(これに決めた!)の足元はぐずぐずと腐っていく。周囲の木々も葉が枯れ、幹が腐って倒れていく。魔の森の木々は瘴気を防ぐ役割も持っているのだから、このままではベルヘンケ伯爵領の、ただでさえ狭い、人の住める大地が減っていくだろう。
それは困る。
腐敗竜から
その気配を察知したユストゥス様の顔が真っ青になる。そして呼応するように力強く周囲を浄化していた剣が!剣の力が!なんだよ、委縮していくじゃないか!もう、本当に、この剣はユストゥス様かよ!
グイっとユストゥス様の襟ぐりを掴み、顔を近づける。
こうなったら父様に試しでやってみろと言われたことを、実行するしかないのだろう。
「ユストゥス様!私を見て!私があなたを守る!だからあなたは私に力を!!」
「り――リュエナ……嬢」
怯えていても水色の目は綺麗だ。そう、この目、この目が良いって意味だからね!
「――――――っ……す、す・す――」
「――――――す?」
くそ、こんな単語が言えないとは!二文字なのに!
でも、父様に、試しで言ってみろ!っと言われた!だから言うんだかね!本心じゃ、ないんだからね!
「――す――す――――――、好きかも知れないんだからね!」
ツンデレか⁉自分で自分に突っ込みを入れた!恥ずかしい!なんだこれ⁉
ユストゥス様は――大きく目を見開いている。
あれ?なんか予想と違う?
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