Track 3

 喫茶店から家まで歩いて20分ぐらいの距離だった。環七をずっと真っ直ぐに歩けば着いてしまうので、つまらなく感じることも多々あった。ふと今日は回り道でもしようかと、少し外れた道を歩いてみることにした。住宅街や錆びれた商店を横目に、ある店を見つけた。水色に優しく光るスタンド看板には「ひなた」と書いてあった。スナックか?と思い、普段はスナックは行かないが何故か今日は入ってみることにした。


 「ガチャッ」


茶色の重たく訛りのようなドアを開けると、6席のカウンターの奥に、ぱっと見俺と同じぐらいの身長の女の人が立っていた。綺麗に切られたボブの黒髪が淡い紫の照明に照らされ、ぱっちりとした目がまるで月のように綺麗だった。危うく、プロポーズしてしまうところだ。


 「あ、あの、初めてなんですけど大丈夫ですか?」


つい俺は挙動不審になってしまった。


 「ええもちろん、こちらへどうぞ。」


俺以外の客がいなかったからか、はたまた彼女の大きな口で笑う微笑みにつられてしまったからか、つい真正面に座ってしまった。


 「えっと、フォアローゼスのロックをください。」

 「かしこまりました。」


とても手際が良くウィスキーをつぐ手先に、つい夢中になってしまった。


 「そんなに見ないでくださいよ、恥ずかしいじゃないですか。」


と笑われ、恥ずかしくなり煙草に火をつけ、恥ずかしさをアルコールで掻き消すべく目の前に置かれたウィスキーに口をつける。


 「初めて見る顔だけど、こんな閑静な住宅街にあるのに、よく見つけてくれましたね。」

 「この近くに住んでまして、たまたま見つけたんです。」

 「そうなんですね、場所が場所だから近所の常連さんばっかりだから、新顔は嬉しいです。」


と、淡い紫に照らされた笑顔を見せながら言った。


 「時間も時間ですし、多分ここからのお客さんはあなただけです、ゆっくりしていってください。」


お言葉に甘え、俺はゆっくりウィスキーに酔いしれることとした。まるでカウンターにいる彼女との時間を惜しむかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日向と戯れて ナツミ @backtotheegg

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ