Track 2

 時を辿ればあれは2年前、俺が19の頃だっただろうか。ある女性と恋に落ちた、今となれば落ちてしまったと言うべきか。彼女は俺の通っていた高校の1つ後輩で、在学中に関わる事はなかったが卒業後にSNSをフォローされ知り合った。俺は軽音学部に在籍していて、当時はそのトチ狂った行動などで学年問わず有名だった、らしい。その噂で彼女は俺を知っており、SNSをフォローしたとのことだった。俺はアップされていた写真を見て思わず一目惚れをしてしまった、それが全ての始まりだった。投稿にメッセージを送り、頻繁に連絡を取り合うようになった。そこから交際に発展するまでは早く、気づいたら彼女は恋人になっていた。


 それはそれはさぞかし幸せな生活が待っていると思えば、全くの正反対だった。絶えない喧嘩や彼女の不貞行為の数々、幾度離れるタイミングが訪れたが俺はその度に一緒にいることを選択した。それは彼女を心から愛していたからだ。当時は、きっと当時は。でも心は気づかぬうちに彼女がつけた傷の膿が広がり、疲弊し切っていた。結局俺は、彼女の元を去った。

結局あの交際期間で残ったのは悲しみに塗りつぶされた記憶と、誰にも壊せるはずのないトラウマ、精神科の診察券だけだった。


 自分の心の奥深くに、捨てられないから残してしまっているこの記憶を滅多に誰かに話すことはなかった。誰かに共有したくもなかったし、慰めなんていらなかった。慰められるくらいならこの記憶、消し去ってほしかった。ただ今日だけは、話してしまおうと思った。別に俺に気を遣って欲しかった訳でもなかったが、気づいたら奴らに話していた。

 「ってことだよ、だから1人でいいんだ。」

全てを話し終えたその時、場の空気が冷え切っていることが手に取るように分かった。普段からヘラヘラしている拓実でさえ、表情が曇っていた。俺は焦り、「さぁ、リッチを決めようぜ?貧民は今日奢りな?」と言うことしか出来なかった。

 

 何回戦か大富豪をし、時計の針が2時をまわったところでお茶会はお開きになった。灰皿が満杯になってしまう程に重なった煙草の吸殻が、仕舞い込んだトラウマとの対面の結果のようだ。つい動揺すると煙草を沢山吸ってしまう癖は、18の頃から何も変わっていない。俺はその後、1杯引っ掛けたくなり、家の近くにある朝まで営業している隠れ家的な居酒屋に向かおうと歩みを進めた。両耳に差し込んだAirPodsからはThe Smithsの「How Soon Is Now?」が流れていた。

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