日向と戯れて

ナツミ

Track 1

 「もう50分か、終わりにしよう。」


リハーサルスタジオ内に響く爆音のロックンロールが静まりかけた時、ふと時計を見たら23時50分を指していた。俺は"The Headquarters"というロックンロールバンドでドラムを叩いている。リズムギターとヴォーカルの玲、リードギターとコーラスの壮平、ベースとコーラスの拓実、そして俺、日野谷夏希がドラマーの4ピースバンドだ。見たくれはまるでThe BeatlesやTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのようで、「新しいロックンロール」を目標に日々活動している。


 「どっか行くべ、お前らも行くだろ?」


仕事がだいたい昼頃からの玲は毎回練習が終わる度にどこかしら行こうと誘う。大抵は激安居酒屋か深夜まで営業している喫茶店に落ち着くのが常、どちらも煙草が吸える俺らにとってはオアシスのような場所だ。


 「いやー、俺はパス。明日朝早いんだよ。」


壮平はコールセンターに勤めている為、始業時間はその辺のサラリーマンと同じ時間帯だ。


 「なんだよいいじゃんか〜〜」

 「すまんすまん、来週は、な?」


俺は壮平に軽くだる絡みをしつつ、みんなで寒空の下仲良く一服を済ませ、「また土曜日!」と壮平は帰路に就いた。


 玲の謎に広い情報網によりあの激安居酒屋は妙に混んでいるらしく、今晩は深夜まで営業している喫茶店に腰を落ち着けた。玲の恋人である夢乃も合流し、練習後恒例となっている宴、でも今日はお茶会が始まった。だいたい序盤はお互いの演奏の良し悪しを指摘し合ったり、今後の夢などを話し如何にもバンドマンらしい会話が繰り広げられるが、それも終われば20代前半らしい他愛もないような会話が繰り広げられる。何故か机上に置いてあったトランプに誰かが気づき、4人で大富豪大会が始まった。咥え煙草をし手札を吟味する俺に、


 「お前いつまで独身貴族なんだい?」


拓実が同じく手札を吟味しながら話しかけた。

今から神聖なる大富豪という戦いが始まろうとしているところに笑いが立ちこめた。


 「うっせーな、悪いか?」


まさに手本のような返しをしつつ、心の中に塞ぎ込んでいた寂しさや孤独が顔をのぞかせる。

振り返れば、奴らと出会いバンドを結成する前から俺は恋人なんかいなかった。目の前に恋人がいる玲や、ある程度楽しくよろしくやっている壮平や拓実を尻目に、俺は色恋沙汰だの何もない日々を送っていた。


 「色々あったんだよ、1人の方が色々と楽なんだぜ?」

 「喜びも悲しみも2人のものになる、これって結構素晴らしいよ?」


と、ほぼマウントのような目線で玲は言う。

それは充分に承知だが、分かっていても、俺には恋愛をしようと思わなくなったある出来事があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る