第19話 婚約


 討伐から数ヶ月。ついに今日はアディルとカイザーの婚約披露パーティーが行われる。

 鷹の羽をモチーフにしたアームレットをつけ、アディルはカイザーの瞳の色のネックレスや髪飾りを、カイザーもまたアディルの瞳の色のカフスをしている。誰の目から見ても、仲睦まじい婚約者だ。

 問題は、アディルが未成年に見え、カイザーが凶悪犯罪者に見えることくらいだろうか。

 

「綺麗だ」

 

 入場するため、横並びに立ったアディルにカイザーは微笑む。可愛いと言われることは多いが、綺麗だと言われることのないアディルはいつも以上に赤面した。

 

「カイザー様は、いつもかっこいいけど、今日もスペシャルにかっこいいです」

 

 そう言って俯いた頂きに、カイザーは唇を落とす。そして、軽々とお姫様抱っこをした。


「えっ!? カイザー様?」

「いつもより視線が近いと思ったら……」


 カイザーの視線は抱き上げたことで見えたアディルのヒールへと向かっている。


(足が真っ赤だ。これじゃ、爪先立ちみたいなもんだろ)


「何センチあるんだ?」

「十六センチです……」


 そう言うアディルをカイザーは、じっと見つめた。その視線に耐えられなくて、アディルはそっと視線をそらす。


「身長差が大きいと踊りにくいから、少しでも大きくなろうと思って……。ほんの少しでもカイザー様に相応しくなりたかったんです」


 聞かれてもいないのに、本音が飛び出した。その素直さが可愛くて、カイザーは瞳を細める。


「考えてくれて、ありがとな。だが、このヒールは駄目だ。アディルの足が赤くなっている。痛いだろ?」

「そんなこと!」


 赤くなっている箇所を撫でられ、アディルは小さく肩を揺らした。


「ほら、痛いじゃないか」


(ち、違う……。恥ずかしくって……)


 優しいだけではなく、婚約が決まってから甘さを含むようになったカイザーにアディルは未だに慣れていない。最近は、このままだと恥ずか死ぬのではないかと本気で思っている。


 アディルが真っ赤に染まっている間に、入場の時は来て、扉は開かれた。慌てて降りようとするが、降ろしてもらえない。

 扉からお姫様抱っこで入場した二人を見て、会場内はざわついた。羨ましがる令嬢や、カイザーの変化に驚く人、驚きすぎて腰を抜かす人。様々な反応を受けながらも、カイザーはちっとも気にした様子がない。


「ダンスをする時は降ろす。だが、それまではここにいろ。少しでも痛い思いはさせたくない」

「でも、大勢の前でこのままのわけには……」

「問題ない」


 甘い声で囁かれ、アディルの顔は真っ赤なまま戻れない。その顔を嬉しそうに見つめ、カイザーは額にそっと口づけを落とした。


「掴まってろ」


 アディルは反射的にカイザーの首に腕を回す。カイザーの甘さが体中に回って、何も考えられなかった。


(さて、アディルに見惚れてる野郎は……)


 カイザーはアディルを抱きかかえたまま入場すると、高いところからパーティーに集まった人たちを見下ろした。そして、一瞬でもアディルに熱視線を向けた人物を脳内に刻みつけていく。


(あいつは……)


 昔、アディルを誘拐しようとした男を発見した。その瞬間、カイザーが浮かべた笑みに気付いた人々は震え上がった。甘さを含んだ瞳は捕食者のものへと変わっている。


(すぐにでも殺せるが、アディルのために人殺しになるわけにはいかない。代わりに、死ぬまで生き地獄を見せてやらないとな。社会的にも精神的にも殺してやる)


 そうするためには、あと少しの準備が必要だった。心は怒りで煮えくりかえっているが、頭は恐ろしいまでに冷静だ。


「カイザー様?」


(怖い顔して、どうしたんだろ? あぁ……鋭い目つきのカイザー様も素敵……)


 どんなカイザーであろうと、好きが溢れてしまうアディルはうっとりとした。そんなアディルに視線を戻したカイザーの瞳はやはり甘く、優しいものだ。


「ずっと一緒に生きていこうな」

「……はい! ずっと、ずーっと一緒にいてください!!」


 嬉しさのあまり、アディルの瞳からは涙が溢れた。それを唇でカイザーは受け止め、顔を染めながらもアディルは幸せそうに笑う。


(ゆっくりでいい。ドロドロに甘やかして、俺なしでは生きられなくしてしまおう。もう、俺から逃げられないのだから)

(ずっと一緒にいる約束ができるなんて、嘘みたい。幸せ過ぎるよ……。好き、大好き……。少しでも好きになってもらえるよう、女性として見てもらえるように頑張ろう)


 はたから見れば、相思相愛なラブラブの二人。だが、蓋を開ければ互いに片思いだと決めつけている。結局のところ、婚約が決定した頃から進展していない。

 そんな二人を見て、悔しげに眉をひそめる令嬢が一人。


(婚約者にあんなに優しくなるなんて聞いてませんわ。あの小娘より私の方が美しいし、爵位も相応しい。そうだわ! お父様にお願いしましょう。きっとオルフェノス様もお喜びになるわ)


 艶やかに微笑むと、その令嬢は人混みに紛れるかのように姿を消した。



「カイザー、おめでとっ! アディルちゃん、可愛いね。カイザーが心配するのも……いてててててっ!!」

「アディルの名前を呼ぶな」

「そのくらいいいだろ。ねー、アディルちゃ──」

「何回同じことを言わせる気だ?」

「だって、カイザーが嫉妬してるの面白いんだもん」

「お前なぁ……」

 

 呆れて怒る気も失せたその時、カイザーは服を小さな力で引かれた。

 

「ん? どうした?」

「嫉妬……してるんですか?」

「アディルに近付く男を全員殺したいくらいにはしてるよ」


 その言葉にアディルは目を見開いて、固まった。


(うっわ。カイザー、それはアウトだよ。束縛男はモテないって……)


 アスラムはハラハラと二人を見守った。束縛男は嫌だからとアディルに逃げられるかもしれない。そうなったら、第三騎士団は荒れるだろう。カイザーの機嫌が最悪になり、訓練よりも討伐の方がマシだという状況になることがアスラムには容易に想像がついた。

 

(何それ。何それ何それ何それ!? 殺し文句が極まってるよぉ。えっ、私死ぬの? 幸せすぎて死ぬの?)

 

「このままだと、死んじゃうかも……」

 

 ぼそりと呟かれた言葉。

 

「どこか悪いのか!?」

「大丈夫。カイザーは、アディルちゃんのこと殺さないから!!」


 カイザーとアスラムは同時に喋った。


 そして、「名前で呼ぶな!!」とカイザーはアスラムを片手で殴ると、アディルの頬を撫でる。

 

「どこか痛いか? 何か怖いことでもあったか?」

「いえ、そうじゃなくて……。あまりにも幸せすぎて、人生の運を使い切ったんじゃないかって。幸せすぎて、死んじゃうんじゃないかって思ったんです」

 

 アディルの言っている意味がカイザーには理解できなかったが、アディルが幸せだと思ってくれていることに頬を緩める。

 

(こういうの、バカップルって言うんだよな)

 

 アスラムは殴られて赤くなった頬に手をあてながら、溜め息を溢す。アディルのことになると、冷静さを欠くのはいいが、力加減はしてもらいたいものである。

 

「ま、これだけ仲良ければ、これから先も大丈夫かな」

 

 そう。これから先、二人には様々なことが待ち受けている。


 禁術を使いスタンピードを起こした人物は死亡したが、その件も片付いたわけではない。むしろ、これからが大変だ。禁術を知れるくらいの力を持つ相手がバックについていることになるのだから。

 それに、カイザーを別の意味で狙う令嬢も現れた。きっと彼女はアディルにも接近するだろう。

 アディル誘拐の犯人もまだカイザーによって、地獄に落とされていない。


 そして、こんなにも相思相愛なのに互いの気持ちに全く気が付いていないのだ。



 美しくゆったりとした音楽が流れてきた。カイザーはアディルを降ろすと、片膝をつく。


「俺と踊ってくれるか?」

「もちろんです」


 パーティーのファーストダンスは、婚約する二人のもの。

 身長差を感じさせないほど、息ぴったりに踊る。周りを見ることなく見つめ合う二人は、見ているだけで砂糖を吐きそうなほどに甘々だ。


(好きだ。絶対に離さない)

(大好き。ずっとずっとずーっと一緒にいたい)


 好きという大事なことを互いに言い合えるのは、いつになるのか。

 きっとそれも遠くないはず……。

 


  to be continued


 溺愛コンテスト参加のため、ここで完結ですが、コンテスト終了後に最終話を変えて、続きを書く予定です。

 お好みに合うようでしたら、その時また読んでくださると嬉しいです。

 最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!

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【完結】好きです。騎士団長様の愛人にしてください!!〜公認ストーカー令嬢は、強面騎士団長様に執着される〜 うり北 うりこ @u-Riko

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