第18話 事の顛末


「おかえりー! どうだった?」

後方支援場所が魔物に囲まれてた」

「えっ!! 大丈夫……だったんだな」

「間一髪な」

 

 裏に人間がいる。そう分かった時点で、村に腕の立つ騎士を多めに配置していた。だが、カイザーが駆けつけなければ、全滅していた可能性もあった。

 

「怪しい小屋が見つかった。行くぞ」

 

 カイザーは影たちを使い、調べさせていた。そして、森の奥に粗末な小屋があると情報が入った。使ってないはずの小屋の入口に足跡があり、中にいた人は黒かったという。

 

あれ・・を使っている。ビンゴだ」

 

 その言葉に珍しくアスラムは厳しい顔をした。

 

「やっぱりか。向こうもそろそろ本格的に動き出すってことかな……」

第三騎士団俺達に逆らったことを後悔させないとなぁ?」

 

 ニヤリとカイザーは笑った。極悪人の笑みだが、アスラムは楽しそうに笑う。


(こんなにも表情にだすようになったのは、アディルちゃんのおかげだな)

 

「いいね。腕が鳴るねー。忙しくなるから、アディルちゃんは放置されて可哀想だけど」

「アディルとの時間を減らすつもりはない。それと──」

「それと?」

「名前で呼ぶな。殺すぞ」


 隠すことなく殺気をぶつけられ、アスラムは顔を青くした。

 

本気マジのヤツだよ。心狭すぎない?)


「なぁ、そんなことに嫉妬してて、これから大丈夫なのか?」

「アディルに好きなやつができたら困る。牽制けんせいはしないとな」

「……心変わりするってこと?」

「誰だ? アディルの好きな男は……」


 またもや溢れ出た殺気に、アスラムは遠い目をした。


(気付いてないとか嘘だろ? あんなに分かりやすいのに……)


「どう見ても、その相手はカイザーでしょ」


(こういうのは他人が口出すべきじゃないけど、カイザーの場合、勘違いで殺人事件を起こしそうだもんなぁ)


 アスラムの読みは正しく、アディルに好きな男ができたら確実に殺してしまうとカイザーも自覚している。

 アディルに対しては底抜けに優しいが、アディルを狙う男のみならず、少しでも親しくなった男には異様なほどに敵意を燃やしている。


「確かにアディルは懐いてくれているが、父や兄に懐く感覚だろ。それか、助けたことがあるから、吊り橋効果かもな」

「はぁっ!? 馬鹿じゃねーの?」


(うわ、マジかよ!! 女性は自分を好きになるはずがないっていう固定観念がヤバ過ぎるだろ。アディルちゃん、苦労するなぁ……)


 アスラムはアディルに同情した。だが、すぐにある可能性に気付く。


(カイザーの気持ちは伝わってるよな?)


 どう見ても、アディルはカイザーのファンだ。目をハートにする姿に、自身の従姉妹いとこと同じガチ恋勢だとアスラムは推測する。

 その従姉妹は、自分を好きになってもらえるとは考えもしない。好きで好きで好きすぎるほど大好きなのに、望みは一度でいいから一緒にダンスをしてみたいだった。

 可愛い顔立ちで胸も大きいからアプローチすれば可能性はあるとアスラムが言った時も「無理よ。あんなに素敵なのよ? 私レベルじゃ釣り合い取れないわ」と力説された。

 

(いや、まさかな……。いくら何でも気付いてるだろ。周りからはバレバレなのに、両片思いをしているなんてないよな……)


 アスラムが一人で悩んでいる間に目的地に近づいたようで、カイザーの歩みがゆっくりとなった。

 

 

「あそこだ」

 

 まだ距離はあるものの、古い小屋か見えた。遠目では、とても人がいるようには見えない。

 

「俺とアスラムで突入する。お前たちは小屋を囲んで逃げられなくするように」

 

 カイザーの声に騎士たちは動き出す。その間に二人で簡単な打ち合わせをし、気配を消して小屋に近づいた。そして、突入した……のは良いのだが、人の気配がない。

 

「臭いが酷いな」

「あーぁ。折角の生きてる証拠品が……」

 

 念の為、足音を殺し、気配を消しながら、部屋への扉を開けた。するとそこには、人間だったものが倒れていた。

 

「やっぱり、あれ・・してたね」

「問題は禁術をどこで知ったかだ。裏にいる奴を引っ張るにしても、顔も分かんねーんじゃ、調べるのに時間がかかるな」

 

 他に誰かいないか確認するが、狭い小屋の為すぐに終わる。

 

「証拠、回収しないとかぁ。えー、触るの嫌なんだけど」

 

 倒れているのは男だったのだろう。長身で男物の服を纏っている。だが、それ以外は何も分からない。肌は焦げたパンのように真っ黒で、細い体は干からびてミイラのようだ。

 

「これが人間だったなんてね」

 

 そう言って、アスラムが男に触れようとした。だが、触れる直前にカイザーに腕を掴まれた。

 

「待て。術は発動し続けている」

 

 そう言って、カイザーは剣のさやでゴロリとそれを転がした。上を向いたそれの目は窪んでおり、右の目の中が赤黒い。


「これに直に触ると、体が塵になるまで、禁術の媒体にされる」


 カイザーは剣を鞘から抜き、赤黒い箇所へ突き刺した。バチリバチリと弾けた音がし、やがて静かになった。


「禁術への供仏くぶつは右目だけか」


 禁術を発動するには、術者の身体の一部を捧げなければならない。その部位によって、術の強さに差が生まれる。何百人もが心臓をくり抜き自ら捧げた時は、国が滅亡したという歴史もある。この禁術の恐ろしいところはそれだけでなく、術者の体に直に触れると、禁術に巻き込まれるという鬼仕様なのだ。

 術が止まる方法は、捧げた部位があった箇所に生まれる核の破壊か、術者が塵になるかの二択である。


「術に命を取られることを知らなかったんだろ。知ってれば、自身で目の核を潰したはずだ」

「命をかける覚悟なら、片目じゃないってことかぁ。利用されたんだねぇ」


 アスラムはもう誰だか分からない何かを見る。口元には笑みを浮かべているものの、その目は非常に冷たい。


「どんな理由があっても、魔物を操るなんて許されない。絶対に誰かが苦しむことになるんだからさぁ」


 独り言のように呟かれたそれは、カイザーの耳にも届いた。普段見せない人を拒絶する声色に、カイザーは聞こえないふりをした。


(気持ちが引きずられてるな。やはり吹っ切れていなかったか……)


 カイザーは横目でアスラムの様子を確認後、右目があった場所にグローブをはめて指を突っ込んだ。そして、核の小さな欠片を手にした。


「これがあれば、証拠隠滅もできない。小さな欠片だ。なくなったことにも気付かないだろ」


 何とも後味の悪い幕引きだが、討伐で後味の良いものなんて存在しない。感謝はされど、そこには悲しみが存在する。


「帰るぞ」


 死体を布でくるみ、持ち上げる。なるべく損傷しないようにするが、既に一部が崩れかけており、状態を保ったままは難しいだろう。


「調査員に文句言われるのかぁ」

「頑張れよ」


 その言葉にアスラムは、カイザーを凝視した。


(今までなら「俺には関係ない」とか言ってたのに。成長してる。アディルちゃんのおかげで急成長してるよ。ありがとう、アディルちゃん!!)


 きちんと気持ちを切り替えたアスラムは、鼻歌交じりに森を抜けた。そこには、カイザーの帰りを待っていたアディルがいて、婚約っていいな……と少しだけ羨ましく思ったのであった。

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