第17話

 店の方で話し声が聞こえていたが、私は気に止めていなかった。

 と、言うのも、古文書を眺めながら、過去の記憶に捉われていたからだ。

 最初は、あの忍者の格好をした霊が古文書に消えた10年前のことを思い出していた。確かに、あの霊は古文書を両手で掴んでいた時に消えていった。でも、本当に古文書に再び封印されたのだろうか?

 古文書の中には封印を解く手順が書かれていると、じじぃが言っていたので、現代語訳を教えてもらった。じじぃが適当だったからやけに時間がかかったが、訳は分かったと思う。

 動画を撮った時は、本当に封印が解かれるのも面倒なので、手順を変えてそれらしく演じた。だからまだこの古文書に封印されたままだと思うのだけど…。でも古文書から何も感じないのだ。


 私には霊を見る力がある。

 おっさん…従兄弟のおっさんのことだが、おっさん曰くうちの家系は霊が見えると言っていた。おっさんも見えるし、私も見える。そして、父も見える。父は、おっさんの父の弟だから見える家系になるけど、じつは私の母も見える人だった。だから私はきっとおっさんよりも霊視能力が強いに違いない。

 しかし、古文書から何も感じない。

 そもそも、封印の定義があると思う。あの時、何一つ手順を踏んでいなかったのに、勝手に霊がこの古文書の中に消えていった。

 だから私は、封印されたと思い込んでいた。しかし、それは間違いなのかもしれない。と、そう思い始めていた。今更ながら…。

 動画を撮らなければ改めて考えることもなかった。それにおっさんが言うように、悔しいけど、私はまだ餓鬼だった。

 その頃のことを、頭をフル回転させて考えたが、何も結論を出せなかったので、更に、高蔵家からたくさんの骨董品が持ち込まれた時まで記憶を遡った。


 あれは、まだ私が幼かった頃だ。学校には通っていたので、6歳くらいだっただろうか?母がまだ生きていて、よくお店を手伝っていたので、私は学校が終わるといつも店に立ち寄っていた。

 そんなある日、突然お店に電話がかかってきた。応対したのは母だったが、すごく困った顔をして、何度も「私の一存では決められません」と言っていた。しかし、最後には分かりましたと、言って渋々電話を切った。そして、何度もため息をついていたのを覚えている。やがて戻ってきたじじぃとの会話で、高蔵家が蔵に貯蔵した、たくさんある骨董品を引き取ってほしいと言われていたのが分かった。

 翌日、じじいがトラックを出して、高蔵家まで骨董品を取りに行った。

 その時母は…?母は店で待機していたと思う。結構な量があるから母も付いて行く。と、言っていたが、じじぃが一人で大丈夫とか、そんなやり取りをしていたのを覚えている。

 母は、何か不安そうな顔をしていた。

 やがて戻って来たじじぃも険しい顔をしていた。トラックから幾つかの段ボールを店に搬入していた時、店の空気がガラリと変わったことを覚えている。

 私は、きっと泣きそうな顔をして、母を見たと思う。母も心配気に私を抱きしめて「君子は、家に帰った方がいいかな」と、言った。

 段ボールを搬入し終えたじじぃが、困った顔をして、呆然と立ち竦んでいた。

 「これ、やばいな…」と、ぽつりとじじぃが呟いた。

 「申し訳ありません。気軽に引き受けてしまって…」と、母が言った。

 「うん、ちょっと…。あんたも相当きてるんじゃないか?」

 「ええ、もう。頭ががんがんします。これ呪い系ですかね」と、母の口調が少し変わった。

 「ひとつやふたつではないな。どうしたものか?あんたは関わらない方がいいかもね」

 「いいえ、そう言う訳には…。主人を呼びましょうか?」と、母は困った表情をしていた。

 「うーん、ちょっと考えさせてくれないか?」

 珍しくじじぃも戸惑っていた。

 店の中の空気がガラッと変わったことと、ふたりの戸惑いのなかで私は怖くなって、身体が硬直していた。

 「龍を呼ぶのはやめておこう。やつは普通に会社勤めをしているから、関わらない方がいいな。あんたも君子を連れて帰った方がいい」

 「いいえ。わたしはお義父さんを手伝いますよ」

 「だったら君子は帰らせた方がいい」

 その時、私は何故か頑として帰らなかった。店の異様な空気の中、母と別れるのが怖かったからだ。何やら穢れたものが一緒に憑いてくるような気がして、母にそう正直に打ち明けたら、母も納得した。

 「呪いは、きちんと手順を踏まないといかんからね。あんたもそうだが、君子もある程度力があるから、憑くものがいるかもしれないのは確かだな。とりあえず少し時間かかるが、店に結界を張ってから帰ったた方がいいかもしれない」と、じじぃが言った。

 「私も手伝います」

 「それは悪いね。本当はそうしてくれるとありがたいと思っていたんだよ」

 そう言うと、二人はすごくテキパキと準備を整えた。その手際があまりにも良かったので、私は母のことを誇りに思った。

 暫くして、結界は完成した。店の中に充満したのか厭な感覚が濃くなっていた。私は、母から背中を叩かれた瞬間、身体が軽くなったような気がしたので、母に笑顔を見せた。

 「よし。これで大丈夫」と、母も笑顔を見せた。そして、私たちは、後はじじぃに任せて店を後にした。

 あの時、高蔵のご主人がすでに亡くなっていたのか、どうだったのか、思い出そうとしても思い出せなかった。普通に考えたら、ご主人が亡くなったから奥さんが骨董品を処分したとは思うけど…。しかし、私にはそれよりも強烈な記憶が残っていた。

 母がこの出来事を父に話した時に、父が呟いた言葉だ。

 「へぇ、そんなことがあったのか?親父を手伝ってくれてありがとね。あぁ、でも…」と、父がふと考えた。「あいつ、店に寄るよな。余計なことしなければいいが」

 そう、父が呟いた時、私には父が言う「あいつ」が誰なのか、すぐに理解した。それは、従兄弟のあいつだ。私が従兄弟をおっさんとしか呼ばない数々の理由が幾つもの記憶に散りばめられている。

 「パパ、何が心配なの?」

 「ああ、君子、多分な。俺の予想だと…あいつ結界とか、呪いとか、何も考えずに段ボール箱開けるな。で、中身を全部出す。その姿が見えてくるよ」

 「そんなことしないと思うよ?」と、言った母の言葉に父が笑った。

 「それはあいつを知らなすぎだ。あいつの馬鹿は筋金入りなんだよ。まぁ、見てなさい」

 翌日、父の予想が的中していたことを知った。

 いつものように店に立ち寄ると、段ボールが散乱して、その上をカイくんが走り回っていた。そして、あいつがしゃがみ込んで、「うわっ!」とか、「ぐうっ!」とか奇妙な声をあげ、段ボールの中を探っている。床には、何やら奇妙なものが散乱していた。

 「じぃちゃんは?」と、私は恐る恐る尋ねた。

 あいつは何も答えない。

 「ねぇ、じいちゃんは?」

 やっぱり何も答えないで、必死に段ボール箱を漁っている。

 「ママは?」私は苛立たしさのあまり、怒鳴った。

 母は、この時間帯だったら店にいるはずなのに姿が見えなかった。私は店の中を探した。すると、気を失った母がバックヤードで見つかった。

 あいつは、倒れた母を助けもせずに段ボール箱を漁っているのか?怒りが頂点に達した私は、段ボール箱を漁っているあいつの尻を何度も蹴っ飛ばした。

 「虎之介いい加減にしろ。ママを放って何をしているんだ。パパの言う通りだ。虎之介は本当にどうしようもない馬鹿だ」

 私は泣き叫びながら、足が痛くなるのも分からないくらい蹴飛ばした。


 「おい、君子くん。なんと…!なんと、葵の娘が餌に食いついてきたぞー」と、おっさんの声が聞こえた。

 「なんだ?娘が食いついた?」と、私はぼんやりしながら呟いた。


 今、考えると、何かおかしい。

 母と、おっさんは、わりと仲が良かったのだ。気を失った母を放ったらかして、段ボール箱を漁っているなんておかしいのだ。

 店に入ってきたおっさんは、バックヤードで倒れている母に気づかずに、なんだこれ?と、段ボール箱を開けた?

 いや、おっさんは店に入ってくると、まず母を探すだろう。おっさんはいつもそうしていたからだ。そして、母にこれは何だと聞くに違いない。

 おっさんが店に入る。

 「花音かのんさーん」と、言いながら、母を探す。そして、バックヤードで気を失った母を見つける。おっさんは、恐らく店に入るとすぐに気づいたはずだ。店に漂う不穏な感じを。母が気を失った原因が段ボールの中にあると、そう察したのだ。だからおっさんは私が蹴飛ばしても、必死になって段ボール箱の中を探した。

 こう考えると、すごくしっくりする。

 あの段ボール箱の中に母が倒れてしまうほどの強い呪力があったのかもしれない。

 私がひとしきり蹴っ飛ばした後、おっさんは怖い顔で私を睨みつけると…。

 「今すぐ、ここから出て行け!」と、怒鳴った。私は、自分に言われたと思ってすごく大声で泣き出したが…。おっさんがそれを言う前に小さくて、鋭く尖った声で「その子に触るな」と、言っていたことを、私は今更ながら思い出した。


 「おーい。なんだよ。ぼんやりしているな」と、おっさんは、そう言いながら、バックヤードに入って来た。

 「入って来るなよ。ここは私の家だ」

 「まぁ、そうなんだが、店のものでもある」

 「違うね。ここは私の家だ」

 「そうか。邪魔していいかな?」

 「駄目だ」

 「君は、わたしには厳しいよな。まぁ、慣れたけど。でさ、葵の娘が餌に食いついてきたんだけど、聞こえなかった?」

 「えっ?そんなことより、おっさんって、本当に高蔵家から骨董品を引き取ったことを覚えていないの?」

 「そんなことって、なんだよ?何回も動画の反応聞いてきたくせに。本当に君子くんってさぁ、わたしの扱い適当だな。まぁ、いいか。葵の娘のことは、君子くんには関係ないからね。で、なんだっけ高蔵…?そんなこと忘れたよ」

 なんで忘れるんだよ。大事なことなのに…。

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十界 津木乃詩奇 @tsukinoshiki

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