【完結】猫になった銀次郎(作品241122)

菊池昭仁

猫になった銀次郎

第1話

 俺は夢を見ているのかと思った。顔を撫でるとその手は白い猫のような毛で覆われていたからだ。

 びっくりして全身を見ると、なんと俺は生まれて間もない子猫になっていた。

 しかも狭い段ボールの中に入れられて。


 「これは夢ニャ、俺が猫にニャルわけがニャイ! あれれ、言葉もおかしいぞニャ?」


 俺は猫語を話していた。

 恐る恐る両手を見ると、手のひらがピンクの肉球になっているではないか!


 「ニャーっつ! ニャンニャこれニャアアア!」


 俺は『太陽にほえろ』の松田優作の殉職シーンのように猫語で天を仰いだ。


 (捨てニャ子?)


 元々俺は親から捨てられた捨て子だった。生まれてすぐ、『ちびっこハウス』の前に今と同じように段ボールに入れられて捨てられていたらしい。

 中学を出ると俺は施設を飛び出し、『猫撫ねこなで組』のヤクザになった。


 ほっぺをつねろうとしたが何しろ猫の手である、つねることが出来ない。

 仕方なく爪を出し、夢から醒めるために鋭い爪でチンコに触れた。


 「ギャーッ! 痛いニャあああ!」


 痛かったが夢から醒めない! 俺は焦った。


 (これは夢ではニャいということなのかニャ!)


 俺はチカラの限り泣き続けた。


 「ニャー! ニャー! ニャー! ニャー!(誰か助けてくれニャー!)」


 

 すると足音が近づいて来るのが聞こえた。


 (女の足音がするニャ? ローファーにゃ? 女子高生かニャ?)


 「あーっ、かわいそうに。君、捨てられちゃったの? なんて酷いことをするのかしらねー」

 「ニャー! ニャー!(そうニャ姉ニャン、早くここから助けてくれニャ!)」


 それは制服を着た、ポニーテールの女子高生だった。いい匂いがした。

 俺はその女子高生にやさしく抱き上げられた。


 「かわいい」

 「ニャア(お前もかわいいぞニャ)」

 「このまま置いて帰るわけにはいかないわよね? そんなことしたら死んじゃうもん、まだこんなに小さいのに」

 「ニャアニャア!(ホントニャ、死んでしまうニャ!)」

 「とにかくウチに連れて帰らないと。一緒に帰ろうね? 子猫ちゃん?」

 「ニャアー(アンタは命の恩人ニャ、この恩義は一生忘れニャイからニャ。この姉ちゃんの親なら多分大丈夫ニャろう? 俺を飼ってくれるはずニャ)」




 でもそれは甘かった。


 「えへへ ママ、かわいいでしょ? 捨てられていたの。ウチで飼ってもいいでしょう? ねっ、お願い!」


 女子高生は母親に両手を合わせて俺のためにお願いをしてくれた。


 「駄目よ。ウチにはもう一平がいるじゃない。二匹は飼えないわ、すぐに元居た所に返してらっしゃい」

 「ニャア!(ママさん、あそこにいたら死んでしまうニャ。どうかここに置いてくれニャ! お願いニャ!)」

 「そんなことしたらこの子、死んじゃうよー」

 「ニャー(そうニャ、あともうひと押しニャ! 頼むぞ女子高生!」

 「それなら他に飼い主が見つかるまでよ」

 「ありがとうママ!」

 「ニャアニャア!(ありがとママさん、大好きニャ!)」

 「良かったね? 子猫ちゃん?」

 「ニャア(ありがとニャン、姉ニャン)」


 というわけで、ひとまず俺の命は救われた。

 新しい飼主が見つかるまでの間、俺はこの猫山家で暮すことになったのである。

 

  


第2話

 「よかったね? 子猫ちゃん。 新しい飼主さんが見つかるまでここに居てもいいんだってさ」

 「ニャー(ひとまず安心ニャ、ありがとニャ、女子高生)」

 「お腹空いたよね? 猫用のミルク、買って来るから待っててね?」

 「注射器も忘れちゃ駄目よ。自分ではまだミルクは飲めないから」

 「うんわかってる、一平の時もそうだったから」

 「気をつけてね? ついでにお豆腐を買って来て頂戴」

 「ハーイ、行って来まーす!」

 「ニャア(行ってらっしゃいニャ。俺、腹ぺこなんニャ。あー、味噌ラーメンと餃子、それとビールが飲みてえニャ)」


 女子高生は早速ペットショップへと出掛けて行った。

 その時、俺はエアコンの下のラックから鋭い視線を感じた。


 (誰かが俺を見ている)


 「シャーッ!(オイお前、ニャに者ニャ!)」

 「ニャ!(虎! デ、デカいニャ!)」

 「ニャアアア(俺はこの家のトラ猫、一平たんニャ。ここでは俺様が法律ニャ。わかったか捨てニャ子)」

 「ニャ?(そんなにデカくて本当に猫ニャのか?)」

 「ニャア(ちニャミに体重は7キロあるニャ。パンダだって草食ニャがネコ目クマ科ニャ)」

 「ニャア?(だから大熊猫言うんかニャ?)」

 「ニャ?(お前、ニャ前は?)」

 「ニャアニャ(銀次郎、とどろき銀次郎ニャ)」

 「ニャアア?(チビのくせにニャまいきなニャ前やな?)」

 「ニャア?(お前が一平ニャのか?)」

 「ニャー(そうニャ、ご主人ちゃまの純連すみれニャンが付けてくれた名前ニャ。

 純連ニャンは『明星焼きそば 一平ちゃん』が大好きニャから俺を「一平」とニャ付けてくれたんニャ)」

 「ニャア?(あの娘、純連って言うのかニャ? なんだか札幌の味噌ラーメンみたいなニャ前ニャな? 他にあの娘の好物は何ニャ?)」

 「ニャアニャ(おでんのチクワブにゃ)」

 「ニャア(すると俺は「チクワブ」と呼ばれるのかニャ? いやニャな)」

 「ニャオン(それはないニャ。お前は他の飼主にもらわれて行くニャから名前は付けてはもらわれへんニャ)」

 「ニャア(そうだったニャ。でもそれはそれで寂しいもんニャな?)」

 「ニャア(それが俺たち捨て猫の宿命ニャ)」

 「ニャ?(一平も捨てられていたのかニャ?)」

 「ニャア(俺は産まれてすぐに捨てられたニャ。道路を歩いているところを純連ニャンに拾ってもらったわけニャ)」

 「ニャアア?(お前も苦労したんニャな?)」

 「ニャオン?(銀、いい飼主が見つかるといいニャ?)」

 「ニャオン(そうだニャ)」


 俺には好きな女がいた。ナンバーワン・キャバ嬢のジュリアだ。本名は神崎かんざき直美。

 俺は直美に恋をした。

 直美は猫が大好で、彼女のマンションにはピューマみたいな黒猫、ブラッキーがいた。

 俺は極度の猫アレルギーだったから、直美のマンションには1時間しか滞在することが出来ない。呼吸困難になって死にそうになるからだ。



 「はあはあ それじゃそろそろ帰るよ。はあはあ」

 「大丈夫? エッチもしていないのにそんなに「はあはあ」言っちゃって? うふっ、銀ちゃんってかわいい」

 「大丈夫だ。はあはあ」

 「銀ちゃん猫アレだもんね? 私たち一生エッチ出来ないね? あはははは」

 

 俺は自分が猫アレルギーであることを呪った。

 猫アレでなければ今頃直美とズッコンバッコン出来るのに。くっそー!

 どうして直美は犬ではなく、猫が好きなのかと俺はブラッキーを憎んだ。

 そんなブラッキーは俺が猫アレなのを知っていて、わざと俺に近づいて来る。


 「ニャア?(お前? 猫アレルギーなんやてな? ホレホレ、もっと猫毛をつけてやるさかいな? イヒヒヒヒ)」


 俺は思った。

 

 (猫になればいつもこのブラッキーのように直美に可愛がってもらえる。俺も猫になりたい)


 俺はそう神様に祈った。


 「神様、私をネコにして下さい」


 そしてその願いが通じて俺は猫になったというわけなのだろうか?


 (直美に会いたい)


 俺はすっかり猫になっていた。




第3話

 1週間が経ち2週間が過ぎた。そして今日で1ヶ月。

 飼主は依然現れなかった。


 「こんなにかわいい子猫ちゃんなのにねえ? インスタにも載せているのになあ。

 ねえママ、このままこの子をウチで飼っちゃダメかなあ?」


 最近はママさんも俺を抱っこしたり撫でてくれていた。そして猫じゃらしで遊んでくれたりもしていたのである。


 「もうすっかりウチの猫だもんね? 一平とも仲が良さそうだし、しょうがない、ウチの猫にするかあ?」

 「ありがとうママ! ママ大好き!」

 「大丈夫なの? 世話をするのは純連だからね?」

 「わかってるよママ。良かったね? 子猫ちゃん」

 「ニャア(良かったニャ、ここなら安心ニャ。ありがとニャ、純連ニャン)」

 「名前はどうするの?」

 「えへへ、実はずっと前から決めていたの」

 「どんな名前なの? 「あんこ」はダメよ、間違って呼んだら大変なことになるから。まさか純連、アンタおでんが好きだからって「チクワブ」じゃないわよね?」

 「惜しい! この子は「ちくわ」にするつもりなんだ。かわいい名前でしょ?」

 「チクワかあ? なんだか「チワワ」みたいじゃない? だったら「なると」の方がいいんじゃないの?」 

 「NARUTOだと忍者のアニメみたいじゃない?」

 「だったらガンモドキは?」

 「それじゃあ長くない? 呼ぶのに「おいで、ガンモドキ」なんて言うの?」

 「だったら餅巾着もちきんちゃく。それを縮めて「モチキン」はどう? 美味しそうだし高級感があるでしょう? 餅巾着はお高いから」

 「なんだかヨダレが出てきちゃうね? あー、おでんが食べたーい!」

 「純連は食べることばっかりなんだから」

 「ということで子猫ちゃんは今日から「ちくわ」に命名します。

 今日から君は「ちくわ」だよ。ムギュ」

 「ニャア(まあ「チクワブ」よりはマシだニャ?)」


 銀次郎はこの日から「ちくわ」となり、「猫山ちくわ」となった。


 

 「ニャオン(よかったやニャいか? 「猫山ちくわ」にニャれて。でもなんや売れない落語家の前座みたいニャけったいなニャ前ニャな?)」

 「ニャオン(ニャ前なんかどうでもいいニャ。よろしくニャ、一平)」

 

 すると一平の隣に薄っすらと猫の姿が見えるではないか!

 

 「ニャオニャオ(それから紹介しとくニャ。こちらはスコッティシュ・フォールドのマルさんニャ。

 10年前に腎臓病で亡くなってしまった初代、猫山家の飼いニャンコ様ニャ。マル様、コイツが銀次郎、じゃニャかった「ちくわ」ですニャ。ほれちくわ、ご挨拶ニャ」

 「ニャオーン(初めまして猫山ちくわですニャ。以後お見知りおきをニャ)」

 「よろしくね? ちくわ」

 「ニャオニャオ(姐ニャンは猫語は喋らニャいんですかニャ?)」

 「猫は死ぬと人間の言葉が話せるようになるのよ。もちろん人間には私の姿は見えないし、言葉も聞こえないけどね?」

 「ニャー?(へえー、そうニャンねすね?)」

 「今ご主人の医師、猫山礼次郎さんはアフガニスタンで井戸を掘って、医療に当たっているわ。だから礼次郎先生がいない間は、私たちみんなでこの猫山家を守っていきましょうね?」

 「ニャア(了解ですニャ!)」

 「ニャオ(任せて下さいニャ、マル姐ニャン!)」



 ちなみに銀次郎の飼主が中々現れなかったのは、純連がわざとインスタグラムに「販売価格1億円」と書いておいたからであった。

 こうして銀次郎は「猫山ちくわ」となって、新たな生活が始まったのである。


 

 


第4話

 毎日が極楽だった。ヤクザの頃は毎日が生きるための闘いだったので必死に生きていた。

 組に収める上納金にはいつも苦労していた。

 近頃では暴対法のおかげで「しのぎ」も難しくなり、みかじめ料の新規獲得も大変だった。

 風俗店のケツ持ちも、チャイナ・ウイルスのせいで大分減った。

 それがここ猫山家に来てからは寝たい時に寝て起きたい時に起きる。そして食べたい時に食べて一平と追いかけっこをして運動する毎日。純連ちゃんとママさんは俺を「猫かわいがり」してくれた。


 「ちくわ大好き!」

 「ゴロニャア~(ワシも大好きニャ、純連ニャン)」


 寝るのはいつも純連ちゃんと一平と一緒に寝る。しあわせだった。


 だがそれが何日も続くと、何か言いようのない虚しさが込み上げて来た。


 「ニャオン?(どうしたちくわ、最近元気がないやニャイか?)」

 「ニャオン(俺は以前、切った張ったのヤクザの世界にいたニャ、緊張感の中で生きていたニャ。だが今は安全な猫山家で何不自由のニャい生活を送っている。生き甲斐がないニャ。朝起きてやるべきことがないニャ)」

 「ニャオニャオ(ちくわ、それは贅沢というもんニャで。こういう生活をするために人間はせっせとバカみたいに働くんニャで。そして老後は僅かな蓄えと雀の涙ほどの年金で、寝たい時に寝て、起きたい時に起きて食べたい時に食べる。一日1,000円以下の食費で生活をするニャ。それが極楽というものニャさかい)」

 「ニャオ?(一平、お前社会保障が充実しているスウェーデンとかフィンランド、北欧諸国に意外と自殺者が多いのを知っているかニャ?)」

 「ニャオン?(そうニャのか?)」

 「ニャオニャオ(つまり人は「パンのみにあらず」ニャンにゃろうニャ)」

 「ニャオーン?(ニャルほど、パンだけやのうてたまにはラーメンも食べろと?)」

 「ニャオニャオ(そうニャない、人間は生き甲斐、ようするに人の役に立たないと生きる気力が湧いてこニャイという話ニャ)」

 「ニャオン?(なんニャよう知らんけど、つまりちくわはこの生活が不満ニャんか?)」

 「ニャン(ワシにもようわからんのニャ。この恵まれた生活に不満を感じてる自分に)」


 銀次郎は悩んでいた。このパラダイスのような何不自由のない毎日に。



 


第5話

 「どうかしたのちくわ? 元気ないわね?」


 純連ちゃんが俺を抱っこしてそう呟いた。


 「ニャア(心配かけてごめんニャ、純連ニャン)」

 「そうだ、大韓航空のナッツ姫みたいな「いなば食品」の娘のところで作っているチャオチュールだけど食べる?」

 「ニャアニャア(いらないニャ)」


 せっかく純連ちゃんの出してくれたチャオチュールも食べる気がしなかった。

 そこに一平がやって来て、チャオチュールに飛び掛かるように舐めていた。


 「どうしたのかしらねえ? あんなに好きだったのに。腎臓でも悪いのかしら? ママ、ちくわ大丈夫かなあ?」

 「モン・プチとかあげてみたら?」

 「あげたけど食べなかったの」

 「そう、どうしたのかしらねえ? 今日は日曜日だから明日、ママが獣医のぽぴんず先生のところに連れて行ってみるわ」

 「ありがとうママ。心配だなー、ちくわ。マルみたいになっちゃったらどうしよう・・・」


 純連は涙ぐんだ。


 (純連ちゃん、ママさん、心配かけてすまないニャ。とにかく今はそっとしておいて欲しいニャ)


 「ニャオーン(どうした銀? まだニャ(悩)やんでおるんか?)」

 「ニャン(そうなのニャ)」

 「ニャオニャオ(そんなん悩んでも仕方あらへんで、「猫生」楽しまニャ。ペロペロ)」

 

 俺は外に出たいと思った。秋になって少し寒くはなっては来たが、猫撫組のみんなやジュリアに会いたくなったのである。


 (今頃みんなどうしているだろう? アイツら)


 銀次郎は窓から外を見て、思いを巡らせていた。





第6話

 「それじゃあちくわ、ママとちゃんと病院に行くんだよ。ママ、ちくわをよろしくね? 行ってきまーす!」


 純連ちゃんは名残惜しそうに学校に出掛けて行った。

 ママさんがゴミを外に出そうと玄関を開けた時だった、俺はこの瞬間を狙っていた。

 

 (今だ!)


 俺は外に向かって猛ダッシュをした。


 「ちくわ!」


 ママさんが慌てて俺を捕まえようと追いかけて来たが、俺は止まらなかった。

 思いっきり道路を横切り、公園の茂みの中を走った。俺は全力で走ったのである。


 はあはあ


 どこに行こうとしたわけではない、組に戻れるわけでもジュリアに会えるわけでもない、もちろん猫山家に不満があるわけでもなかった。

 ただ俺は自由に向かって外へ飛び出したかったのだ。このなんとも言えない閉塞感をぶち破るために。

 

 「大変、早くちくわを捕まえないと純連に叱られちゃう」


 ママさんは泣きながら必死になって俺の名前を叫んだ。


 「ちくわー! ちくわー! 戻ってらっしゃーい!」



 

 久しぶりの外の世界だった。不思議と不安はなかった。


 「ニャオーン!(俺は虎ニャ! 虎になるのニャ!)」


 俺はタイガーマスクにでもなったような気分だった。うれしかった。



 だが銀次郎はまだ子猫、すぐに力尽きてしまった。


 「ニャアニャアー(あー、疲れたニャア、腹減ったニャ~)」


 自由になるということは孤独、そして空腹との闘いでもある。

 銀次郎はネズミ一匹捕ることも、雀に飛びかかることも出来なかった。

 銀次郎は仕方なく、カリフォルニア・フライド・チキンのゴミ箱を漁ろうとしたが、流石はカルフォルニア・フライド・チキン、廃棄物処理は完璧で、しっかりと頑丈なコンテナに収められ、施錠されていた。


 「ニャオ~(ちくしょう、これじゃあ骨付きチキンが食えねえじゃねえか)」


 銀次郎は空腹のまま、住宅街を歩いていると温かい視線を感じた。その視線を辿ると、YKKのアルミサッシの窓から俺を見ている白いヒマラヤンがいた。

 銀次郎はヒマラヤンに近寄って行った。


 「ニャオニャオ(お前、この家の飼い猫かニャ?)」

 「ニャオーン?(そうよ、あなた、野良猫ニャのね? 毛艶はいいみたいだけど、もしかして脱走して来たニャ?)」

 「ニャオ(さっきまで飼い猫にゃったニャ)」

 「ニャオ?(さっきまで?)」

 「ニャオニャ(脱走して来たニャ)」

 「ニャオニャオ?(虐待とか、多頭飼育とかニャの?)」

 「ニャオ(そうじゃないニャ、オス猫は荒野を目指すものなのニャ。五木寛之先生の小説にもあるニャ。『子猫は荒野をめざす』とニャ)」

 「ニャオニャオ(ウチのご主人様は私を大切にしてくれるわ。だからここが天国ニャの、外になんか行きたくもないわ)」

 「ニャオ(メス猫にはわからねえニャ、オス猫の気持ちニャんか)」

 「ニャオーンニャオニャオ(どうしても辛くなったらまたここにいらっしゃい、ご主人様にあなたを飼ってもらえるように頼んであげるから)」

 「ニャオ(ありがとニャ、お前、ニャ前は?)」

 「ニャオ(ジュリアよ、あなたは?)」

 「ニャオニャオ!(ジュリアだって! 俺の女と同じニャ前ニャないか! 俺は銀次郎・・・、じゃなかった猫山ちくわニャ)」

 「ニャア(ちくわ、ニャン(元)気でね?)」

 「ニャオ(ジュリア、お前もニャ)」


 銀次郎は再び住宅街を歩き始めた。


ニャ 「シャーッ!(おいお前、どこから来たニャ? ここは虎鉄一家の縄張りニャ! 通して欲しければチャオチュールを10本、置いて行けニャ!)」

 「・・・」


 そこには汚れた野良猫たちが5匹たむろしていた。野良猫たちは子猫の銀次郎を見て薄ら笑いを浮かべている。

 銀次郎はソイツらを無視して歩き出した。するといきなり猫パンチをされた。


 「ニャオニャオ!(売られたケンカは買う性分ニャ!)」


 銀次郎は今まで喧嘩に負けたことがなかった。

 だが今回は百戦錬磨の5匹の野良猫たちが相手だ、子猫の銀次郎はボッコボコにされてしまった。

 

 「シャーッ!(馬鹿野郎めニャ、子猫のくせに!)」


 悔しかった。銀次郎はやっとの思いで立ち上がり、ヨロヨロと道路を歩き始めた。

 その時、クルマが猛スピードで近づいて来た。

 もう駄目だと思った瞬間、カラダがふわりと宙に浮いた。

 マルさんが俺の首筋を咥えて危うくクルマから助けてくれたのである。


 「ニャ~(マルさん~・・・)」

 「ちくわ、あぶないところだったわね? さあもう気が済んだでしょ? 猫山家に帰るわよ」

 「ニャオン(ありがとう、マル姐さん)」


 マルは銀次郎を背中に乗せると猫山家へと帰って行った。




 途中、純連ちゃんとママさんが大きな声で銀次郎の名前を呼んでいた。


 「ちくわー、出ておいでちくわー!」

 「ちくわー、早く出て来て頂戴! どこにいるのー!」


 「どうやら迎えに来てくれたようね? 良かったわね? ちくわ。あなたは純連ちゃんとママさんに愛されているのよ。もう冒険なんかしちゃだめよ、わかったわね?」

 「ニャア(マル姐さん、もう家ではしませんニャ。純連ちゃん、ママさん、ごめんニャさい)」


 「ちくわ!」

 「ちくわ! どうしたのこんなに怪我して! 野良猫とでも喧嘩したの!」


 純連ちゃんが俺を強く抱きしめて号泣した。ママさんも泣いていた。


 「よかった、見つかって」

 「ちくわ、病院に連れて行ってあげるからね? もうどこへも行かないでよ?」


 純連ちゃんとママさんに抱っこされて、俺はやっと安心した。

 俺は猫山家の猫で本当に良かったと思った。


 


第7話

 「随分派手にやられちゃったね? もう大丈夫だよちくわ君。

 一応消毒はしておきましたので、少し大人しくしていれば自然に治るでしょう」

 「先生、食欲がないようなんですが」

 「内蔵には異常はありませんから、精神的ストレスが原因かもしれませんね?

 猫も人間も、哺乳類は同じ病気になりますから。おそらくこれだけのケンカをする元気があるちくわ君ですから、もうその心配は要らないと思います。

 それでも食欲がないようでしたらまたおいで下さい」

 「ありがとうございました」

 「良かったね? ちくわ。もう勝手に外に飛び出して行っちゃ駄目だよ」


 純連は銀次郎に頬摺りをした。


 「ちくわ君も外に出たかったんでしょうね? 人間も家にばかりいると、どこかに出掛けたくなりますから。

 それではお大事に」

 「ニャオン(ぽぴんず先生、ありがとニャ。アンタはワシの命の恩人ニャ)」




 俺はキャリーケースに入れられ、猫山家に帰って来た。


 「ちくわ、もうどこへも行かないでね? ちくわがいなくなったら私、死んじゃうから」

 「ニャオーン(純連ニャン、心配かけてゴメンニャサイ)」


 ママさんがチャオチュールをくれた。

 猫パンチをくらって口の中が傷だらけだったが物凄く腹が減っていたので、俺はむしゃぶりつくようにチャオチュールをしゃぶった。

 

 「どうやら食欲は戻ったみたいね? キャットフードも食べるかしら?」



 俺はママさんの出してくれたキャットフードを貪るように食べた。


 「だいぶお腹が空いていたみたいね?」

 「かわいそうに、食べる物もなかったのね?」

 「ニャオ(そうニャ、カルフォルニア・フライドチキンの残飯すらなかったニャ) カリカリ」


 

 その夜、俺は純連ちゃんと一平と一緒に寝た。


 「ニャオニャオ?(銀、もう寝たんか?)」

 「ニャオ(まだ起きてるニャ、痛くてにゃむれんのニャ)」

 「ニャオン?(だいぶ派手にやられたみたいニャな?)」

 「ニャオニャオーン(にゃにしろ相手は10匹の虎ニャ、油断したニャ)」


 銀次郎は見栄を張って10匹とサバを読んだ。本当は5匹だったのに。


 「ニャオ!(それは凄いやないの! 10匹のタイガーとたった独り、いや一匹で戦うなんてそりゃ無茶ニャで!)」

 「ニャオニャ(5匹だったら負けちゃいなかったんだけどニャ。俺とニャたことが)」

 「ニャオーン(もう勝手に出て行くニャよ、銀がいニャいと寂しいよって)」

 「ニャオ?(すまねえ一平、心配かけたニャ。お前は外に出たいとは思わニャいのか?)」

 「ニャオニャオ(思わないよ、俺は猫山家が大好きニャから。

 銀次郎、こんな話を知っているかニャ? 鎖に繋がれた犬は、その鎖が実際に繋いでなくてもそこから離れようとはしないんニャ。

 ワシはそんな臆病な猫ニャ)」


 そこにマルが現れた。


 「ちくわ、もう無茶しちゃ駄目よ。あなたはみんなに愛されているんだから」

 「ニャア(マル姐さん、助けてくれてありがとニャン)」

 「私はいつもあなたたちを見守っているわ、もちろん猫山家の家族もね。だから自棄やけを起こしては駄目よ」

 

 そう言って、マルは銀次郎の顎を撫でた。


 「ゴロニャーン ゴロゴロ(気持ちがいいニャ、マルにゃあさん)」


 銀次郎は喉を鳴らしてマルに甘えた。

 そしていつの間にか銀次郎は深い眠りへと落ちて行った。


 「あら、もう寝ちゃったわ」

 「ニャオニャオ(マルにゃあさんのナデナデとその猫撫声を聴けばみんなイチコロですニャ)」

 「一平も早くおやすみなさい。ちくわのこと、これからもよろしく頼むわね? あなたお兄ちゃん猫なんだから」

 「ニャオ(マルにゃあさん、まかせて下さいニャ)」


 そう言うとマルは消えてしまった。

 一平は銀次郎に仲良く寄り添って眠った。

 


 


第8話

 アフガンは乾いていた。

 

 「この人たちにきれいな水とパンを食べさせたいな?」

 「犠牲になるのはいつも一般人ですもんね?」

 「緊急のアフガニスタンの問題は政治や軍事問題ではない。パンと水の問題なんだ。

 水が善人悪人を区別しないように、誰とでも協力し、世界がどうなろうと、他所に逃れようのない人々が人間らしく生きられるよう、ここで力を尽くすんだ。内外で暗い争いが頻発する今でこそ、この灯りを絶やしてはならないと思うんだよ」 

 「先生はアフガンの人たち、65万人を救いました」

 「まだまだだよ」


 猫山礼次郎は医療支援をするために、パキスタン、アフガニスタンに赴いた医者だった。

 内戦状態の中、十分な医療活動も出来ず、礼次郎は根本的な治療をする前に、食糧不足、干ばつによる水不足の問題に直面した。

 そこで礼次郎は土木技術を独学で学び、灌漑用水を作り、荒れた農地を緑で潤した。

 礼次郎はがんばった。



 そんなパパさんは現地の過激派に襲撃されて死んでしまった。

 ママさんと純連ちゃんはすぐにアフガニスタンへ飛んだ。


 そしてパパさんは現地で荼毘にふされ、小さな箱に骨となって帰って来た。

 俺と一平はママさんと純連ちゃんを精一杯励ました。


 「ニャオ~ン(ママさん、純連ちゃん、元気を出して欲しいニャ)」

 

 ママさんは一平を撫で、純連ちゃんは俺を無言で撫でた。

 こんな悲しそうなママさんと純連ちゃんを見たことはなかった。無理もない、大好きな旦那さん、パパさんを亡くしたのだから。

 

 「ニャオ(後は時間が悲しみを流してくれるやろう。俺たちでママさんと純連ちゃんを守って行こうニャ)」

 「ニャオニャオ(そうだな? 俺は悔しいよ、人間の言葉がしゃべれんことが)」

 「ニャオ~ン(それは大丈夫だ、言葉は通じなくても目を見ればお互いに気持ちは理解出来るよってな? それにママさんは覚悟を持って礼次郎さんを送り出したはずや)」




 そして三ヶ月が過ぎた頃、ママさんと純連ちゃんは少しずつだが笑うようになってくれた。


 「うふふ、ありがとう一平、ちくわ」


 俺たちはお笑い芸人のサンドイッチマンのように、毎日お笑いを演じ続けた。

 一日も早くママさんと純連ちゃんが立ち直れるように。


 

 


最終話

 通常の生活を取り戻しつつあった猫山家。そんな時、家の中にいた銀次郎を、虎鉄一家の一味に発見されてしまった。

 

 「アイツ、この前の生意気な子猫じゃねえか? こんな暖かそうな家で、やさしい飼主に大事にされやがって、親分に報告だ!」




 「親分、この前の子猫が飼い猫になってしあわせそうに暮らしていましたぜ」

 「何? あの子猫がか?」

 「ヘイ」

 「俺たちが野良猫として食うや食わずでいるというのに、生意気な奴だ。

 今度は俺がメガトン猫パンチをお見舞いして、お陀仏にしてやる」

 「親分のメガトン猫パンチを食らって生きている猫はいませんからね?」

 「よし、案内しろ」


 虎鉄一家は猫山家に向かった。



 

 「ニャ~ニャ~!(出て来いチビ猫!)」

 「ニャオン!(怖えのかこのチビ野郎!)」

 「シャーッ!(ぶっ殺すぞ! 飼い猫め!)」


 

 「なんだか野良猫がいっぱい、お腹が空いているのかしら? かわいそうに」


 純連ちゃんが水とキャットフードを用意してドアを開けた時、俺は真っ先に飛び出した。


 「シャーッ!(純連ちゃん、コイツラは悪い猫ニャ! もしこの家の人たちを傷付けたら俺が許さニャイ、帰れ! そうじゃなければ俺が相手になる、この前は油断したが今度はそうはいかねえ、体重も2キロ増えたからニャ!)」

 「ニャオーーン!(やっちまえ!)」


 野良猫たちが一斉に銀次郎に飛び掛かり、銀次郎はボロ雑巾のように袋叩きにされた。

 

 「ニャオーーーン!(死ねー、クソ飼い猫野郎!)」


 ボス猫の虎鉄が銀次郎にメガ猫パンチを繰り出した。

 もう駄目かと諦めた時、一平が銀次郎の代わりにパンチを受けた。

 一平が吹き飛ばされた。


 「ニャオ!(一平!)」

 

 俺は一平に駆け寄った。


 「ニャオニャオ!(馬鹿野郎、俺を庇って! しっかりしろ、一平!)」

 「ニャー(銀、心配すんな、あんなパンチ、屁でもねえや)」

 「コノニャロー!」


 俺は虎鉄に飛びかかったが、簡単に振り飛ばされた。

 それでも俺は何度も虎鉄に挑んだ。


 「アンタたち、ウチの一平とちくわに何をするの!」

 

 純連ちゃんが竹箒で虎鉄一家を蹴散らしてくれた。虎鉄たちは一目散に逃げて行った。



 「ニャオニャオ!(一平、大丈夫かニャ!)」

 「ニャオン(銀、俺はマルさんのところへ行くよ、ママさんと純連ちゃんを頼むで・・・) ガクッ」

 「ニャオニャオーーーーーン!(一平、しっかりしろ一平!)」 


 俺は一平を抱きしめ、大声で泣き続けた。




 「銀ちゃん、銀ちゃん?」

 

 ジュリアの声で俺は目を覚ました。


 「うなされてたみたいだけど、怖い夢でも見たの?」


 ジュリアは俺をやさしく撫でた。


 「猫になった夢を見ていた」

 「猫の夢? 猫アレなのに? あはははは」

 

 俺は泣いていた。

 一平、純連ちゃん、ママさん、マル姐さん・・・。

 ブラッキーが俺のところにやって来た。だがもう苦しくはない。どうやら俺の猫アレルギーは治ったようだった。


 「銀ちゃん、猫アレルギーが治ったみたいね?」

 「そうみたいだな?」

 「だったらここで一緒に暮らそうよ、ブラッキーと三人で」

 「それを言うなら二人と一匹だろう?」

 「あっ、そうだね? でもブラッキーは家族だからやっぱり三人だよ」

 「ニャオ~ン(お前は俺の子分ニャ、いいな? ちくわ)」

 「誰がちくわじゃ」


 ブラッキーは笑っていた。俺はブラッキーと話が出来るようになっていた。


 「ちくわって何?」

 

 ヤクザとキャバ嬢、そして黒猫の生活が始まった。



                        『猫になった銀次郎』完



 


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