エピローグを兼ねた第13話 SEQUEL

 俺と共に元の世界の元の会社に戻った真木課長は、翌日、本人の予定通りに事故を回避すると、数日後に会社に辞表を出した。そして親戚の伝(つて)で彼の地元では名の知れた大きな企業に再就職し、そこで新たな社会人人生を歩む事になった。給料も待遇も前の会社より恵まれており、更に地元の親戚が金銭の援助をしてくれた事で、杞憂だった娘さんの手術を、地元の大病院で無事に済ます事も出来た。そして前の会社を辞める際に

「お前も一緒に来いよ。ここに居ても仕方ないだろ。今の職場よりは遥かにマシな所だから」

 と俺に誘いを掛けてくれた。再転生する時に自分と同じ場所、つまり前の会社に戻る様に言って来たのは、こういう事だったのか、と思いながら、俺はその言葉に甘え言われるがままに働き先を代え、彼の後に付いて行く事にした。

 ブラックな職場らしく、送別会の類いは勿論、別れや労いの言葉も一切無かったが、周りの連中はあれ程険悪な関係だった俺達が、仲良く同じ会社に移って行った事に、ひたすら首を傾げていた様だった。


 目覚まし時計のアラームで起きると、時刻は九時を回っていた。スワ遅刻 ! ? と一瞬焦ったが、そうか今日は遅番勤務だった、と平静を取り戻し少し遅めの朝食を摂ってから、出勤の準備を始める。

 異世界から帰還して一カ月。身の回りがすっかり安定し、精神的にも落ち着いた生活を送りながらも、俺は時々あのパーティーと共にドーナという怪物と戦った日々を、フと想い起こしたりする。

「皆、元気でいるかな…?」

 職場でも仕事の合間に、あのハラシ村で見た時と同じ様な晴れ渡った空を会社の窓越しに眺め、誰に言う訳でもなくボソッと呟くのが習慣になってしまった。

「古井さんって、時々虚無るよね」

 職場の同僚に揶揄われて頭を掻いていると、少し離れた机からかつての戦友がニヤけた顔付きで無言のメッセージを送って来る。

「どうせまた、あの世界の想い出に浸っているんだろ」

 仕事が終わって、その戦友と二人で居酒屋に入っても、会話の内容は”あの頃”の話題しか出て来ない。

「あれからドーナは討伐出来たんだろうか?」

「ゲイルとサンディは無事結ばれたのかな?」

「他の三人もいい相手を見つけられればいいな…」

 全く他愛も無い話ばかりだが

「でもよ」真木係長(新しい職場ではこの役職)がビールのジョッキを持つ手を止めて「時が経つにつれてこの記憶も薄れていって、ジジィになる頃には断片的にしか思い出せなくなるんだろうか…?」

「何だか切ないですね」俺は彼のジョッキにビールを継ぎ足しながら「あのパーティーのメンバーも、何十年後かには俺達の名前を忘れてしまうかも知れませんね…」

「まぁ、しょうが無ぇな」そう言って真木係長はジョッキをグイと煽り「スマホもカメラも無い世界で経験した記憶だからな。ま、お互い忘れない様に心掛けるしかないな」

 彼の言葉を受けて俺は

「認知症には共に気を付けましょう」

 と頼り甲斐の無い約束をした。二人で笑いながら、俺は目の前にあるジョッキに注がれたビールを、あのパーティーメンバーと初めて出会った時に飲んだオレンジ色の飲み物に無意識の内に重ね合わせていた。


 その夜、俺は夢を見た。

 草一本生えていない乾燥した黄色い土が果てしなく続く大地。そこに横たわる真っ黒に焼けた巨大な怪物の死体。その骸を前に、体育会系のガッシリした体格の男と金髪でやや細身の背の高い男が、肩を組んで得意気な表情を浮かべ、満足そうに並んで仁王立ちしている。その黒い怪物の死体を挟んだ反対側には、歓喜の笑みを湛えたグラマーな若い美女に抱き付かれた逞しい体躯の男が、照れながらも達成感と安堵を滲ませた快心の顔をして額の汗を拭っていた。そして黒髪の小柄な美少女が勝利の余韻に浸る彼らの間を駆け回り、懸命に傷の手当てに勤しんでいた。


 ガバッとベッドから跳ね起きると、室内は既にカーテン越しの朝の陽射しで明るくなっていた。現実世界では絶対に有り得ない内容の夢。でもこれは間違いなく正夢だ!

 俺は形容し難いテンションに取り憑かれながら、身支度をし朝食を掻き込むと、駆け出す様に家を飛び出し、職場に向かった。

 会社に着くや、俺は真木係長に今朝見たばかりの夢の内容を、焦る必要も無いのに早口で喋り聞かせた。俺の話を聞いた真木係長は

「奇遇だな」と驚いた顔をして言った「俺も昨晩同じ夢を見たんだよ」

 それを聞いた俺は、心の中が安心と祝福の思いで満たされていくのを感じた。

 俺は窓に歩み寄ると、思い切り全開にして顔を突き出し空を見上げた。あの日。あの時。全く変わらない。心地良い位の青く晴れ渡った空。

 おめでとう!スタン!ゲイル!グリージャ!サンディ!マルル!

 気が付けば真木係長も俺の横に立ち、晴々とした表情で突き抜ける様な青い空を眺めていた。

 都会の街並みに似合わない白い蝶が、俺達の目の前をゆっくりと横切って、やがてその空に吸い込まれる様に飛び去って行った。



   恩讐は異世界の彼方に ~完~

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恩讐は異世界の彼方に 紫葉瀬塚紀 @rcyo

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