後編 近未来タペストリー



後編




誰にも知られてはいけない僕の秘密。それは・・・


カチャリ・・・



スコープで覗いている対象は空中ドローンで撮影された川辺にある空き缶。僕は今それを狙うべく、標準の合わせに入っている所だった。



パシュ!!!


空気が抜けるような音を立て、空中へ向かって何かが発射された。それは放射線を描き、見事に遥か遠くにある川辺の空き缶に命中した。


「よしっ!」



僕は思わずガッツポーズを取る。早朝でまず人は居ないと思うが念のため周りを警戒する。射程距離は優に数十キロメートルは超えている。それが可能になったのも光学迷彩が施された空中ドローンから送られてくる標準情報によるものであり、僕の腕が良いという訳では無い。だが、これによってまた『ヨハネ92』へ貢献出来ると思えば一人で舞い上がったって罰は当たらないだろう。



僕の秘密。それは『ヨハネ92』が使用するであろう模造ライフルのテスターをしている事である。勿論、僕だけじゃない、他にも数名は居るだろう。




そう、御覧の通り『ヨハネ92』という暗殺者は単独犯では無く、それこそ何百人という規模で構成された暗殺グループなのだ。それも、誰一人として密接な関係性は無く、当然ながら主犯と呼べる人物など知る由も無い。言うなれば『ヨハネ92』とは、捻れ曲がった日本の闇が生んだ制裁処置なのかもしれない。




2026年



最初の暗殺が起こった年。その年の数年前には既に日本と言う国は破綻していた。世界中で巻き起こる『人口減少肯定論』という論争が日本でも見直され、財政悪化の一途を辿っていた事もあった日本政府は・・・。




富裕層以下の低所得の国民をバッサリと斬り捨てたのだ。




『人口減少肯定論』その名の通り、これは世界中で問題になっていた人口の少子化を肯定化した考えである。AIが著しく発展する中、ほぼ全ての産業はその9割が機械化に実現しており、逆にそれに従事する人は必要とされなくなっていた。当然ながら職を失う人が大勢現れ始め、政府はこれを皮切りに生活保護の増強や、ベーシックインカムを導入。だが、富裕層と貧困層との差は極限にまで広がり、人々の不満が爆発。ついに日本でも暴動が起きるようになる。



当然それらも武力によって鎮圧され、それがまた非難の対象とされつつあるなか、ついに長らく日本の政治を牛耳っていた日本自由党が低所得者による行政サービスの一切の打ち切りを発表したのだ。



『必要とされる人だけ生まれてくる事ができる』という考えが人口減少肯定論であり、必要でない、最早AIや機械にとって代わられる人間はその流れの通り、自然に淘汰されていくのが望ましい。人口の減少は環境問題にも優しく、さまざまな問題を解決に導く。と言えば聞こえは良いかもしれないが、反対派は優生思想の極論であり、到底容認できるものでは無いとしている。実際、富裕層と貧困層は完全に区別化され、僕たち富裕層は空調管理された新都市で生活し、逆に貧困層は郊外のスラム化した廃墟群でホームレスのような生活を余儀なくされている。



そもそも、自由党は長年「政治とカネ」と言われるように、真摯に国民の為の政治を行っていたという実績は皆無だった。それが度重なる国民からの不満を受けた事により、ついに低所得者、納税を怠る者を国敵として指定したのだ。自由党によって最も優先すべきものは経済やカネであり、逆にその恩恵を受けているのにも関わらず不満だけしか漏らさない低所得層などは目の上のたんこぶのような扱いだったらしい。結局彼らは最初から最後まで人の為の政治と言う真っ当な目標に向き合っていなかったのだろう。



そんな中『ヨハネ92』がその時の総理大臣の息子を暗殺したのだ。



当然ながら貧困層からは狂喜乱舞で喜ばれた。そしてこれを機に自由党の主要人物がまたたくまに暗殺されていった。慌てた国会はすぐさま解散し、自由党は二度と顧みる事の無い大敗北をする事になるが、次期政党も今だに犯人の目星さえついていない謎の暗殺者に及び腰になり、大きな政策が出来ないまま今の状況が続いている。



貧困層は最低限の行政サービスを受けれるようになったが、富裕層地域へ立ち入る事は禁じられ、また学業が一定レベルに達しない子供が今の主要な管理職へ就く事は許されず、政府の管理の元、エサを与えれられる動物のような生き方を強いられている。




そんな訳だから『ヨハネ92』は当然貧困層による犯罪であると当時は決定づけられていたが、どれだけ捜査しても一向に犯人像さえ浮かばない事かから捜査は何十年も難航している。その間『ヨハネ92』はさらに複雑で掴み所の無い組織に成長し、今では証拠さえ残らない完全犯罪集団として、富裕層、特に有名人や政治家には恐怖の対象。貧困層からは永遠のヒーローとして崇められているのだ。




僕が今持っている模造ライフルも、目標に命中したという情報さえ何処かに送られればすぐに焼却破棄される。素材が全て可燃物で出来ている為、燃えカスになった灰を分析にかけたところでこれが模造ライフルであると判断するのも不可能だろう。



実際に使われる模造ライフルでさえ、一つ一つの部品が別々の人によって作られ、そして痕跡を残す事の無い有象無象の方法で銃として完成する。暗殺対象も誰かが随時対象を観察している訳では無く、複数でたまたま時間のあった有識者達がそれぞれに情報を提供している。その方法がインターネットを介さない手紙や口づてだったりするのだからネット捜査にも全く引っかからない。というか、おそらく『ヨハネ92』に最も密接に関わる人ですらその全容の全てを把握しきれていないのでは無いかとさえ言われている。



だが、共同宣言がされており、2048年をメドに『ヨハネ92』は一旦解散すると宣言している。最早、無能な警察に捕まる事など微塵にも感じさせないその宣言であるが、当然また国が私利私欲に駆られるような事があったり、世が乱れるような事があれば再起する事はその限りでは無いという後付けを入れての解散宣言である。




僕自身も人から見れば『ヨハネ92』であり、殺人者なのだろう。だが、それに関わる事に至上の快楽を得られる辺り『ヨハネ92』とは古くから日本人の体質に根強く残る隠蔽された陰湿主義の現れなのでは無いかと思う。自分で制裁を加えたくないから『ヨハネ92』がそれを実行し、自らは手を汚さず腐敗した為政者や嫉妬の対象の命が奪われる事を喜んでいる。



じゃあ『ヨハネ92』自身は本当に正義の審判者であるかと言われると僕はNOと言うだろう。



なぜなら僕自身、絶対に捕まる事の無い安全圏で暗殺ごっこを楽しめるのは本当に良い余興だと思えるからだ。つまり『ヨハネ92』の目的はただの遊び、というのが僕が導き出した答えであり、僕自身の回答でもある。



だからあの解散宣言は代弁するなら「飽きたから一旦やめよう」と言っているに過ぎない。そしてまた再び殺しがいのある人が増えれば遊びを再開しましょう・・・と、言うのが真実では無いかと思っている。



それを知ったら貧困外の連中は一体どんな顔をするのだろう?


涙を流し、自分たちは狂った金持ち達の道楽に振り回されたと嘆き悲しむのだろうか?



まぁ、どうせいずれ誰一人残らず死んでいく連中である。年々地球環境は悪化の一途を辿り、空調コントロールの効かない郊外でマイナス50度にもなる極寒地獄を旧時代の設備で生き抜く事は至難の業だ。




それに『闇』は表に出ないからこそ『闇』なのだ。




『ヨハネ92』の真実は誰にも知られる事もないだろうし、誰にも暴かれる事も無い。そして、一度眠りにつき、また再び動き出す。




もし『ヨハネ92』が消滅する時がくるのなら、それはきっとこのAI化されつつある日本が完全に滅びる時だろう。はたしてその時、人間と呼べるものが一体どれ程いる事やら・・・。




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近未来タペストリー 譽任 @homary

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