近未来タペストリー
譽任
前編:近未来タペストリー
2044年、日本。
ニュースでは毎日のように人口減少の報道が流れている。その反面、AIは急速に発達し、今では人型アンドロイドが色々な意味で注目されるようになっていた。中でも面白いのが『アンドロイド嫁』と呼ばれる家庭用アンドロイドで、無理に女性と付き合いを持たなくても金さえ詰めば誰でも手に入る手軽な嫁としてニュースは報道していた。
家事全般は勿論、夜の情事にも対応でき、さらに今後は疑似卵子を設けて人口受精まで可能になる。と、いった研究までされているというニュースだった。それを受け、女性人権家、所謂ネオフェミニズムと呼ばれる人たちが女性の存続意味を奪う重大な人権侵害であるとし、世界各地で大規模なデモにまで発展しているという事で話題になっていた。
「くだらな・・・男用のアンドロイドもあるだろうに」
それがニュースを見た僕の感想だった。女性型アンドロイドこそ一歩抜き進んで開発こそされているが、女性用の、つまり男性型アンドロイドだって同時に開発、生産は行われている。だが、統計だとその売れ行きは女性型アンドロイドの半数にも満たないらしい。同じ条件で同じものを用意しているのにも関わらず、さらには今後危惧される人口減少に対しての希望の糸口にもなろうとしているのにも関わらず、何故彼女達はあのようにデモを繰り返すのだろう?そんな事をチャットAIなどで聞いてみても、『差別項目に該当する恐れあり』と警告され、相手にさえしてくれない。
今は生まれる前からIPが義務付けられ、そのIPは全てのシステムに紐づけられている。特にインターネットでは全てのアダルトコンテンツは廃止され、AVという文化も消滅し、性的なコンテンツというものは全て無くなった。
そう、まさに今目の前の映像で騒いでいるフェミ達が望むような世界が到来したのだ。では、結果どうなったか?答えは先ほどのアンドロイドである。男達は本来の女性には目もくれず、疑似的に開発された女性型アンドロイドを渇望するようになったのだ。そのおかげで一時的に出世率が限りなくゼロまで近づく事になるが、それを救済したとされるのが先ほどのニュース、アンドロイドによる人工受精、つまりアンドロイドを通じて子供を作る事が可能になったという明るいニュースなのである。
勿論、今でも昔と変わらず人同士での恋愛は行われているが、最早それがアンドロイドなのか、生身の人間なのかなど見分けは付かない。学校も男女は完全に分別され、同世代の女性との関係など全くの皆無に等しい。
だが、その代わりと言っては何だが性に目覚め始めた僕らの救済処置として『お手伝いアンドロイド』というものがどこの家庭にもあったりするので、話し相手に困る事などは無い。AIはもう人の知能と大差ない。言うならばそれはもう機械では無く、人によってはかけがえのない友達、恋人、そして家族と言えた。
さらに言えばAIは従来に起こる男女間のトラブルや煩わしい人間関係をわざわざ維持する必要性もない。この事からもこれからの未来はより一層・・・
人である雄と雌の関係性を維持する必要性がなくなったのだ。
そんな時代背景もあってか、今さら生身の女を求めようなんて気はさらさら起きない。女の方もきっとそうだろう。なのに、古い考えを持つ人間程、この論理感は間違っていて、いずれ人類は滅ぶ。などと叫んでいるのだから正直、傍にいるアンドロイド以外でこの話題に触れたいとさえ思わない。
そんな事よりも、今や誰しもが安定した生活を保障されつつあり、同時にその中でも競争社会は根強く残っている。いや、その性質は昔の人からみればどんどん馬鹿げたものに変化したと言われても仕方がない。
ここ数年、男女比率での自殺者の割合が逆転した。
女性の自殺者が年々と増加傾向になりつつあるのだ。
理由を断言するのはあれだが、よくニュースで見るのが・・・・
アイドルの入団試験に落ちたから自殺した。
声優で成功しなかったから自殺した。
動画配信しているが人気が出ずに自殺した。
連日そんなニュースばかり流れている。どれもこれも若い女が先だって死んでいく。男はもう特に女を探す必要性が無いので彼女達がどれだけ死んだ所でどうでもいいのだが、若い女にとってどうやら自分への注目を集めたい、認証欲求の満足度と言うのは死活問題らしく、その辺も社会問題として話題にあがっている。
御覧の通り、どれだけ文明が進み、理論化されて行こうが人類はいつだって様々な問題を抱えていくものらしい。
それに、犯罪抑止の為に様々な処置が行われた結果、今のネットの規制は若い世代の僕らであっても「つまらない」と思える程の陳腐を開化させたと言える。大昔に「テレビ離れ」という言葉があったそうだけど、今では「ネット離れ」と言う現象が起き始めていた。
そして、これが逆に今日の日本に大きな『闇』を生む事になる。
中学に上る事にはもう一人で生活をしていた。勿論、お手伝いアンドロイドのアリエスがいるので家事全般、相談事などに困る事は無い。アリエスは女性型で身長はやや高め、スタイルは平均的で容姿は可愛い系の女性用アンドロイドだ。ちなみに名前は製造された時期の正座によって決められたもので、変更する
事も可能だが、僕はそのままにしている。
両親はとっくに離婚。母の顔は覚えても居ないしどうでもいい。親父はたまに会いに来るがたまに世間話をする程度。離婚の原因は母の不倫にあったようだ。
そんな僕のする事は出来るだけ勉学に励み、運動力を養い、それなりの等級の高校へ進学し、就職率の良い大学へ進学、そのままそれなりの安定した仕事に就く事である。ありがたい事に、遺伝子レベルでいつでも自分の才能分野、他者との比較、平均性などは見れるようになっており、無駄な努力をしなくても自分というものがどれ程までかなどもメディカルセンターで測定可能になっている。だからと言ってはなんだが、所謂くだらない夢を見るという事をしたことは無い。今の若者が目に力が無いなどという老害が居るが、そもそも叶わぬ夢は見ないに越したことが無いと言うのが正論である。
「じゃあ今日も遅くなるから、ご飯は冷蔵庫にでも入れてて」
「分かりました、ですがあまり遅くならないように」
「ああ、分かっている」
別れ際に僕はアリエスにキスをした。
未成年の僕がそんな事をすればすぐさま性的エラーが発生し、注意勧告、アリエス自身から警告されたり、頻度が多いようであればアリエス自体を没収されたりするのだが、実はその手のプログラムは容易に変更可能であり、物心ついた頃にはアリエスと性行為も済ませている。
勿論、これは違法行為になるのだが国もそんな違法改造については黙認している。さすがにここにまでメスを入れるとすると男の性欲の捌け口が完全に塞がれ、性犯罪の増大は免れない可能性があると懸念したからだ。それに、この手の改造については女にさえ知られなければ生理的に嫌悪される事も無い。今では生身の女と男が一緒になる家庭が数パーセントを切ったような状態なのでいちいちそれを咎めるような事も、問題視される事も無いと言う訳だ。
色々あるがこの世界はおおむね平和だと言えよう。
だが、ここ最近は不可解な事件が後を絶たない。
だが、僕から言わせればこの状況もある意味必然なのかもしれないと思う。
結局、「ネットを完全規制すればその捌け口が何処へ行くのか?」そう考えると答えはとても簡単だ。
そう、ネットが規制されて何も出来ないのなら、それこそリアルでやってしまえばいいのである。そんな訳で近年の「ネット離れ」の主な理由はネットの規制強化による若者のネット離れが原因で、僕たちの主な遊び場はネットの網に及ばないアングラでレトロな場所へと落ち着いていったのだ。
当然、そんな場所は犯罪の巣窟と化す。
違法薬物などの取引や、ヤミ商品の売買、児童ポルノ(厳密には児童カスタマイズされたアンドロイド)の撮影やそれらの売買。完全に電波をシャットアウトした個室など。表舞台から姿を消した全ての闇がひっそりと今日も何処かの一室で行われている。
警察もこの件に関してはまるっきり無能化しているようだった。何故なら、ここ数年はネット犯罪ばかりに注力し、従来行っていたアナログ捜査などを必要ないとして廃止したからである。今や街中は監視カメラによって全てが監視できるからとは言うが、さすがに個人で所有、または借りているような部屋まで監視は出来ない。違法性のあるものなら証拠も検挙できようが、僕らのように単に集団で集まって雑談しているその中身までは誰も知りようが無いと言う事だ。
「見たか?ほら例の大物配信者暗殺事件、あれやったのって絶対『ヨハネ92』だよな?」
「絶対そうだろ!次は誰を狙うんだろうなぁ」
「アングラサイトだとその辺の投票なんかが行われているらしいぜ?」
「へぇ、でもさすがにそれは不味いよなぁ。裏IPなんて持ってないし」
「下手すれば見ただけで速逮捕、だろうな。そうそう、そういえば例のものってもう出来たのか?」
仲間の一人が僕に話を振る。
「ああ、いや、もう少しかな」
僕はその件に関して曖昧にはぐらかした。
「出来たら是非教えろよ、楽しみにしているんだからさ」
「ああ、そのうちね」
そんな雑談さえも監視の中では言いづらい世の中になった。ただ、この会話の中に出てくる『ヨハネ92』という人物は今や日本で有名な暗殺者である。
だが、彼が狙うのは常に何かしらの有名人のみ。最初に狙ったのは無能な内閣総理大臣の息子だった。これを受けビビったその無能総理はすぐさま引退した。次に狙ったのはネットで有名な著名人達だ。特に人のヘイトを買って炎上ビジネスなんかしてそうな連中はこぞって皆殺された。殺しの方法もまさに完璧で、何処からとも無く針状の銃で目標の目を狙い、脳まで貫通させて殺害。その射程距離は数キロメートルとも言われ、警察は必死になって犯人特定に全力を挙げているが今だに目ぼしさえついてないと言われている。
そんな『ヨハネ92』だが、庶民にとっては密かな人気を誇っている。運良く有名になった著名人達や、適当な苦労で何十億も稼ぐようなふざけた連中が殺されるのは正直言ってスカっとするのだ。ファンなどは悲しむだろうがそれも全体で見ればほんの一部。庶民感覚なら一見何が面白いのかさっぱり分からないようなやつが大金を手にしている事が面白いはずがない。
『ヨハネ92』は言ってしまえばこんな規制ばかりでつまらない世界に舞い降りたダークヒーローとでも言うべき存在とも言えた。
良くも悪くも彼は日本で最も注目されている人物である事は間違いない。そして、彼が一体何者であるのか?次は誰を暗殺するのか?そういう考察や予想が様々な場所で行われるのもまた一つの娯楽として定着しつつあった。
プファー・・・
僕は手にしているタバコを吸い、勢いよく煙を吐いた。
『疑似タバコ』と呼ばれるこれは臭いの無い、それでいて健康的無害と言われ一昔の喫煙者の救済アイテムだった。だが、このタバコも今では違法薬物として禁止された為、こうして隠れて吸うしかなくなった。酒やタバコ、そうした類も厳しいパスを抜けてなんとか生き延びようと頑張ったが結局、馬鹿な政治家のおかげで禁止に追い込まれ、今では娯楽と呼ばれた殆どが禁止、または違法になってしまっている。
厳しくすればそこから抜け出そうとするものがいる。重罰化すれば、よけいに犯罪が増加する事など、遥昔のデーターで裏付けられているのに・・・と僕なんかは思ってしまう。
結局、人間というものは動物の一種でしかないのだ。高度なシステムを作り、文明を発展させているとは言うが本質的に愚かである所は動物とあまり変わりはない。矛盾するが人を言葉に例えるなら「頭がいいけど馬鹿なサル」という事になるのだろう。
面白い話をしよう。
実はあと数十年もすればこの世界から『女性』が消えると言われている。
理由はアンドロイドが目覚ましい進化を成し遂げた事で女性であるアンデンティティをすっかり淘汰されてしまったからだと言われているが。それもアンドロイドのせいにしたい人権家の言い分である。
2010年頃を筆頭に女性の社会進出が進み、それからほぼ横ばいではあるが徐々に男女の経済格差の軋轢は消えつつある中、今度は女性としてこれは許せないという主張を女性枠で生まれた女性政治家たちが主張するようになる。それは主に性犯罪を無くそうというものだったり、雇用形態の見直し、子育ての負担軽減など、最初こそまともなものが多かったが、次第に・・・。
『身体的に男よりも体力等に差があるので女性の労働時間を減らすべき』だとか。
『世の中の犯罪の殆どは男性が犯すものなので女性は、故意でない場合の刑罰等は軽くするべき』だとか。
そして、ここ数年で一番酷かったのは・・・
『少子化問題の解決すべく、女性に婚姻の権限を与え、男性と結婚できるようにすべき』などである。
最後のを詳しく説明すると、成人した女性で20-45歳までの女性にパートナーを選ぶ権利を与えると言うものである。つまり、男性は強制的に女性の伴侶になる事を強要され、当然だがその財産も共有される。これで少子化にめどがつくと本気で考えたようだが、大多数の反対によって棄却された。というのが前に話題になっていた。
つまり、男女平等どころかもっと女性を優遇しろと言う声ばかりが大きくなり、その結果、男は女という生き物を見向きもしなくなった。と言うのが真実である。そもそも合理的に見て女性であるメリットは「生命を作り、それを世に誕生させる事ができる」事であり、それを人工授精によってアンドロイドが代用できるようになってしまえば本当の意味で彼女達は社会にとって不必要な存在になってしまうのだ。そこから先は言わなくても想像出来るだろうが、生まれる前の選別で女性は間引かれる事になる。無論強制的だなどではない。精子を提供した男性の自由意志により、わざわざ女性を選ぶ事が大きく減少するだろうと言うのが最近のニュースで話題になっていた。
当然、その流れに大きく反発するのがまだ存在する女性達なのだが、それももう社会的にというよりは生物学的に女性を残すべきという解釈になりつつある。僕は客観的に見て自業自得だとさえ思うけど、正直女がこの世にいようがいまいが、どうでも良かった。僕には関係ない事だし。
それよりも『ヨハネ92』の正体とは一体何か?
実は僕もこの『ヨハネ92』には少なからず関係しているが本当の所、彼が一体何者なのかはまだ知らないのだ。
※前編・後編で分けます。
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