【短編】有言な俺と実行な君

八岐ロードショー

鬼と亡者


「俺と付き合ってください」


「無理」


「一年の頃からずっと好きでした」


「だから無理」


「君のことしか考えられない。俺は何度だって口にして言うよ。好きです。付き合ってください」


「死ね」


 美咲は冷たい視線で俺を見る。


「死ね、は酷いんじゃない? 出来るなら俺だって……」


 美咲は学生鞄から黒い何かを取り出す。禍々しい黒い物体。


「それ、本物じゃないよね」


 美咲は、手に持った拳銃の頭をガチリと引く。


「死ね」


 ドン。頭に衝撃が走る。血飛沫が地面に飛び散った。


 全身の力が抜ける。そのまま、崩れるように倒れ込む。どくどくと血が流れ出していく。


「さよなら」


 美咲はそう言って、倒れた俺の傍を通り過ぎる。夕焼けをバックに、スカートの中が見える。


「青いな」俺は思わず口に出す。「この夕焼けの空の上にも、きっと青空が」


 ドン。今度は脳天を撃たれる。


「死ねって言ってんでしょ」


 意識が遠のいていく。夕焼けの空を、一羽のカラスが横切った。その後に続いて、もう一羽。きっと、俺の気持ちは届かない。差は縮まらないのか。


 俺はゆっくりと目を閉じる。瞳の中に、青い空が浮かんだ。


「どうして、私なの」


 美咲は、まだ近くにいた。


「君は、世界で一番美しい。素敵な女性だ。俺が見てきた全ての女の子の中で、一際輝いているよ」


「……私、好きな人がいるの。三年の、エルフの香田先輩。あんたと違って、頭良いし、ヨダレ垂らしてないし、臭くないし。分も弁えてるし」


「それは、最近流行りの死人に口なしっていう差別用語のことかい」


 俺の傷は既に癒えていた。リビングデッドの弱点である頭を二度も撃たれるとは思っていなかった。死には至らないとはいえ、あまり気持ちのいいものではない。特に、意中の相手にやられると心の底から傷ついてしまう。そう、リビングデッドでも。


「私、フラれちゃった。……あんたが付きまとってくるからかな。なんて、思ったけど。多分、私のせいだね」


 俺は起き上がって美咲を慰めたかった。だが、起き上がればまた撃たれるかもしれない。


「私みたいな、毛むくじゃらで醜い顔じゃ駄目なんだよ。……でも、私だって。私だって、女の子になりたかったの。だから、精一杯にコスメとか調べて、お化粧も勉強して、香水も、洋服も、女の子に近づきたいっていう一心で頑張ったの。……でも、駄目なの。私、オーガになんて生まれたくなかった」


 俺は立ち上がっていた。そして、美咲の手を握る。彼女の手はとても暖かい。


「冷たいよ」美咲は、涙を蓄えて俺の手を払った。拳銃が地面に落ちる。


「……ごめん」


「嫌がらせでしょ」美咲は俺を睨んだ。


「君は素敵だよ」


「嘘」


「嘘なんかじゃない。誰がなんと言おうと、俺は君を、オーガの女性である美咲を愛している」


「無理」


「俺と付き合ってください」


「嫌」


「この命に替えても、君を幸せにしてみせる」


 美咲の瞳から、大きな涙が一つ、こぼれ落ちる。


「なんで。……なんで。こんな醜い私のこと、綺麗になれない私のこと、好きになっちゃうの」


「君は素敵だ。俺は君の不幸を否定しよう。そして、君の幸せを肯定する」


「まじで何言ってるか分かんないから」


「君は美しいよ。俺の中では、エルフよりも、サキュバスよりも」


 美咲の目を見つめた。強く、固く、確かに。


「……嘘」


「嘘じゃない」


「……本気で言ってるの」


「俺の目を見ろ」


 美咲は眉を顰める。「片目ないけど」


「片目でも君しか見えていない」


 美咲はとうとう笑った。いや、もはや呆れ返ったのかもしれない。


「馬鹿だよね。あんた。やっぱり脳みそ溶けてるんだよ」


 俺も笑う。オーガのように上手くは笑えない。笑ったところから溶け落ちてしまう。


「俺と、付き合ってください」


 美咲は、俺の目を見た。二つの目と、額の目で、俺の一つの目をじっと見つめた。


「……私のこと、好き?」


「好きだよ。心から」


「心臓ないでしょ」


「気持ちはある」


「私、可愛くなれてる?」


「どんなオーガよりも、可愛い女の子だよ」


 美咲は目を逸らす。


「サイアク。……でも、ありがと」


 思わず、身体が溶け落ちた。「ちよっと、大丈夫?」


 美咲は俺の手だけを握っている。俺は立ち上がり、手を繋ぎ止めた。


「……もう一回言って。さっきの」


「好きです。付き合ってください」


「私のこと、幸せにしてくれる?」


「もちろん」


「エルフの女の子にコクられても?」


「俺には君しか見えてない」


「私のために、死んでくれる?」


「……いや、リビングデッドは、死ねないんだ」


 そう言うと、美咲は笑った。オーガの、綺麗な笑顔。その笑顔で多くの生き物を幸せにするために生まれてきたのかもしれない。


 美咲は、拳銃を拾った。そして、俺の額に弾を撃ち込んだ。


 ドン。あぁ。またか。俺はその場で、倒れ込む。


美咲に告白したのは何回目だろうか。もう数えるのも辞めていた。いつも、その質問にだけは答えられない。今日もまた駄目だった。




 君に、嘘を言えない。だから、こうして何度も、額を撃ち抜かれ続けている。


 だけど、いつか。


 いつか、手術で人間に戻ることが出来たら。その技術が完成したら、俺は君に誓うよ。


 死んでも、君を守ってみせる。君のために、死んでみせる。




「ほら、立って」


 美咲は、手を差し出した。このパターンは、今までに一度もない。


「鬼の目にも涙、か」


 美咲の手をとって、俺と美咲は一緒に帰った。リビングデッドにとってはたった一瞬のことだったけれど、俺にとっては永遠ともいえる時間だった。


 美咲にはそれから会っていない。彼女はその日、オーガの差別運動に巻き込まれて街を去ってしまった。


 彼女の行方を探しても、見つかることは無かった。それから、十年の歳月が経った。リビングデッドにとっての十年はそれほど辛くない。だが、美咲に会えない十年は永遠のように思えた。


 そして、今日彼女から手紙が届いた。


 あの日言ってくれたこと、忘れてないでしょうね。


 俺は、今返事を書いている。


 忘れるはずがないよ。


 そして、こう締めくくる。




 君のためなら死んでみせるよ。と。

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