第2話

「ねえ茜、そろそろ敬語使うのやめたら?」


 私と宮下くんとの会話を聞いていた音温に、そんなことを言われた。彼女は幼馴染で、私が学校で唯一腹を割って喋れる相手だ。


「人と距離を置くのに敬語が便利なの。クラスメイトと馴れ合う気はないから」


 誰かと駄弁ったり遊んだりする時間があるのなら、勉強や読書に費やしたい。


「またまたー、茜っていつもそうやってクールぶるけど、実は内心ジェケりたかったりするんでしょ」


 ……なんだジェケりたいって。

 JKっぽいことやりたいってことか。

 

 そりゃあ私も一応普通の女子高生なわけで、スイーツを食べたり、カラオケで歌ったりして遊びたいと思うことはある。

 でも、その欲望を満たすことは勉強から逃げることと同義である。


「学生の間は勉強するって決心したから。遊びなんて大人になってからいくらでもできる」


 「分かってないなー。一度きりの青春だよっ?彼氏とか作ったらきっと分かるよ、この素晴らしさ」


「あー、そういうのはいいから」


「またまたー。茜って心理学の本とかも嗜んでるくせに、自分の心となると思考停止するよね。絶対、自分では気付けていないだけで実は恋してる人とかいると思うよ」


 ……いないでしょ。

 私は誰かに興味や関心を持つことはあっても、恋愛的な意味で好きになることは決してない。

 

「まあ取り敢えず、魔王倒して帰るよ」


 兎にも角にも、はやく現実世界に戻りたい。


「それにしても、よくこんな面子で魔王討伐するとこまでこぎつけられたよね。クラスが崩壊してそれどころじゃなくなると思ってた」


 音温の言葉に、私も頷く。


 「宮下兄妹が強すぎた」


 クラスが荒れなかったのは宮下兄妹の存在が大きかった。シンプルに2人のコミュ力が高すぎて、クラス単位での仲違いが防がれたのだ。

 田中くんは例外だが……。


 そういえば学校でも何度か――特に宮下(兄)の対人スキルには、驚かされたことがあった。

 

 今では宮下くんの彼女でクラスの中心人物でもある味咲さんは、もともとは自己肯定感が高くクラスでは浮いている存在だった。


「ねえねえ、私マニキュアするの上手くない?」


 そう言って見せびらかす味咲さんに、最初は「可愛い」とか「おしゃれ」とか言っていたクラスの女子も、次第に彼女と距離を置くようになっていった。

 

 当時宮下くんは味咲さんと付き合っておらず接点もあまりなかったが、孤立気味になっている味咲さんを見かねたのか、彼女へ絡みにいった。

 

 「新しくストッキング買ったんだけど、可愛くない?」と話しだした味咲さんに、宮下くんは「マジで可愛い。俺にも履かせて」とかいう訳の分からない事を言い出した。

 しかしそういったノリのおかげで、嫌味に捉えられていた味咲さんの発言が、宮下くんをボケさせるネタの一貫として扱われるようになった。


 彼がこれを意図してしたのかは分からないが、こうして味咲さんはクラスに馴染むことができた。


 さらにこんなエピソードもある。

 

 一時期、鮎川くんがクラスで大人しめの子を揶揄うノリをするようになった。

 鮎川くんはその子がカラオケに1人でいたところを見たらしく、「1人カラオケはさすがに陰キャやわ」と周りへ喋っていた。

 それに同調して笑う男子たちの中で、宮下くんは「いっぱい歌いたいんだろ。俺も1人カラオケ行ってみたいんよなー」と話の方向性を変えた。


 彼は外見や話の面白さだけでなく、人間性にも好感が持てた。

 そりゃあクラスの中心人物になるわけだ。


 ちなみに宮下(妹)は、知能を全て顔面に注ぎ込んだのかと思うほどアホで可愛い。天然で裏表がないため、みんなの愛されキャラ的な存在である。


 まあとにかく、主にこの2人の活躍でクラスの平穏は保たれたわけだ。



 そんなこんなで私たちクラスはうまく連携をとりながら、魔王討伐を順調に進めていった。

 魔王城へは近接攻撃系の職業の中でも、よりすぐりの5人を先に送り、ある程度敵を倒してもらった後残りのクラスメイトで入城した。


 しばらくして雷のような轟音が鳴った。

 音温が音から状況を把握しようと耳を澄ましていると、再び轟音が鳴り響いた。


「やばい、前衛部隊ほぼ全滅したかも」


 轟音が大きすぎたのか、音温は耳を痛そうにさすりながらそう告げた。


「え、どうすんの?どうすんのよ朝秀さん!? 」  


 近くで話を聞いていた弓根さんが、慌ててそう聞いてくる。


「うーん、残念ながらもし宮下くんがやられていたら、そこでオワりですね。彼が一番強いので」


「えぐ、詰みじゃん」


 音温がそう返す。


「ちょ、あんたらなんでそんな冷静なワケ!?負けたらほんとに死ぬんだよ?」


 弓根さんはもはや半狂乱だった。周りのクラスメイトもざわつきだす。

 今更なにをそんなに焦っているのだろうか。

 敵が強いことも、宮下くんに全てが掛かっていることも、はなから分かっていたはずだ。


「茜、こっちっぽい」


 そう言ってずんずんと先へ歩いていく音温の後を追う。


 少しすると、一風変わった大広間へ辿り着いた。


 そこには前衛部隊のメンバーがいたのだが、状況は悲惨だった。既に4人が倒れており、中でも早手くんと長草さんは恐らく絶命している。


 少し奥では、宮下くんと、なぜか田中くんが対峙していた。

 

「おーっと、他のモブどももぞろぞろとやってきたか」


 田中くんは私たちの方を一瞥して、そう言った。

 満ち溢れた自信と、周りに控える強力なオーラを放ったメイドを見るに、彼は追放の時には無かった、何かしら能力を持っているようだ。


「田中、生きてたんだ」


「明菜ちゃん、それよりはやく4人を回復してあげて」


「もうやってるよ!」


「ちょ、鋼塚息してないぞ」

 

「どうしよ、剣太の脈もない」


「え、明菜ちゃん回復できるでしょ?」


「無理だよ……。さすがに死んでたら、ダメだよ」


「渚……渚!?」


「は?嘘だよな、ほんとに死んだりしないよな……。明菜、治せるよな?」


 口々に騒ぐクラスメイト。

 その様子を見て、田中くんは酷く苛立った様子だった。


「お前ら俺を見捨てた癖に、何を今更ごちゃごちゃ言ってんだよ。まあ見てろ、まずはこの宮下とかいうお前たちの崇めるゴミを、俺がボコボコにして絶望させてやるよ」


 それを聞いた音温が、ボソリと呟く。

 

「あーあ、田中腐ってるねえ」


 全くの同感だよ。

 やっぱり本性というのは、こういう世界に来てようやく現れるものなんだ。
















 



 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無能を追放したら、チートスキルに目覚めたらしく復讐してきた @santakurousu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ