狩猟好き令嬢が第一王子と婚約したら

ばち公

狩猟好き令嬢が第一王子と婚約したら

「おめでとうメアリ!! 殿下との婚約が決まったよ!!」

「お父様、マジで言ってますの?」


 メアリ・モフチはモフチ家の娘である。当時はただの狩猟好きの令嬢であった。当時、歴史に名を残すような記録はない。

 モフチ家は果ての小国、サンナート共和国を支配している。

 サンナートは国というよりも、自治を認められた一地域のような扱いを受けている、が、しかしそれでも国は国。メアリも一応は名家の長女ということになる。そのため、いつかはそれなりの嫁ぎ先に嫁ぐのだろう……とは、メアリ自身も思っていた。

 が。


「殿下って、王子ですわよね?」

「そう! あったりまえだろ!! 他にいる!?」

「大グラン王国の王子?」

「そう! 支配者――の長男!! 本物の勝ち組!! やったぜヒャッホー!!!」


 サンナート共和国は、そこそこに栄えているが、大きな田舎という印象の拭いきれない国である。治めている人間でさえそう思っているのだから、外から見てもそれ以上の魅力はない国だ。

 あるものといえば、もふもふとした珍しい動物と、それらから捕れる毛皮等の素材や肉。ついでに酪農も盛んだが、それより獣と戦い国を守るための兵が強い。

 しかし、どれも正直地味だ。この地域の支配者、大グランに目にかけてもらえるほど目立ったものはない。

 それが、殿下と婚約?


「マジで言ってますの?」

「マジよマジ。お父様が嘘吐いたことある? あ、家族に対してって意味ね。……お父様が影で、『策略大嘘クソ野郎』って呼ばれてるの、メアリは知ってた?」

「寧ろ知らなかったんですの?」


 モフチ家は、共和国を支配している。つまり、本来なら皆で治める国を、力で牛耳っている、ということだ。当主であるメアリの父――アンドリュ・モフチの、政敵からの評判は悪い。

「でも民には評判いいのでオッケーです!」がアンドリュの常の主張である。(ちなみに誇るほど、民からの人気はない。そこそこ程度だ。)


「殿下はとても美しい人だよ。金ぴかの御髪、なんとなく整ったお顔立ち……」

「外見なんてどうでもいいものですわ! 大事なのは筋肉! そしてその身に宿る精神! どれほど強く、気高く、逞しいか――ところで狩りなどは嗜まれますの?」

「嗜まれるらしいけど、メアリに比べたら雑魚だと思うよ。でも殿下は穏やかで、優しそうな人だった……メアリもきっと気に入るはずさ!」


 と、言われても、メアリにはちっともピンとこない。


「私はどちらかというと、獅子のような殿方がよかったのだけれど……」

「もー我侭言わないの! ふふん、これでこの国はもっと立派になるよ。このまま僕はサンナート公……いやサンナート大公になっちゃったり……? いやー、こりゃサンナートが共和国じゃなくなる日も近いねー」


 と、背を仰け反って大声で笑う。「アンドリュ大公国、なーんてね!!」……と、そんなことを大声で馬鹿笑いしながら言うから評判が悪いんだろう、とメアリは冷静に思う。

 当然メアリに拒否権はない。家に、国に奉仕するのが高貴な娘の義務――と真面目に思っているわけではないが、現実くらいは見えている。

 他に道がないことは分かっている。


 となれば、ただ先に進むのみ!


「――と、いうわけで。さあ行きますわよ、側仕えA! B! C! いざ颯爽と出陣ですわ! 私という存在を殿下に――いえ、マグナ・グラン王国に刻み込んでやりますわよ!」

「お嬢様、戦いにいくんじゃないんですよ! ご挨拶して、少し滞在するだけなんですから」

「分かっておりますことよ!!」

「大丈夫かなあ」

「それっぽい喋り方してれば淑女っぽいって思っちゃうような一家だからな……」


 側仕えらの心配もよそに、メアリは堂々と首都に向かった。

 国王や王妃に淑女らしい挨拶をこなしたあと、婚約者である王子と対面である。


「メアリ・モフチですわ! 私の婚約者様はいらっしゃいますかしら!?」

「え、なに!?」


 怖……。

 普段どおりの勢い増し増しでバーンと登場したメアリ。

 しかし温室よりも穏やかな城のなかで、ぬくぬくと大切に育てられた王子の目には、彼女の登場はまるで獣の襲来のように映ったのだった。


「なんかまともな人みたいで引かれましたわ」

「でしょうね」

「さすがに落ち着きましたわ。どうやらお嫁ぎハイだったみたいですわね」


 他人事のように冷静だが、全て自分でやらかしたことである。しかしそんな事実程度で挫けるメアリではなかった。


「王子の様子を見に行きますわよ」

「はあ、じゃあ再度挨拶のお願いを、って何してるんです!?」

「ベランダをつたって、こっそり王子の様子を盗み見ますわ。いまなら、私の本当の評価が聞けるはずですもの」

「奇行以外できないんですか?」


 メアリのいる部屋のすぐ下が、つい先程王子と対面した部屋であった。

 止める側仕えを無視し、するするっとベランダを下るメアリ。簡素な装飾が施されている程度の柱なので、慣れた森の木々よりも凹凸はないが、メアリにとってはさほど問題でもない。

 必死に付いてきた側仕えAを静止し、大きな窓から中を覗き込む。獣よりも気配を殺し、鳥よりも景色に馴染むように。


「な、なんか変な……ごほん、強烈な人でしたね」

「いや。今思うと、きっと緊張していたんだ。自分を鼓舞するために、あのような振る舞いをしていたんだろう。なのに怯えて、申し訳なかったなあ」

「あれはしょうがないのでは……」

「うーん。今頃少しでも寛いでくれてたらいいんだけど」

「王子お優しい」

「さすが王子」


 真っ直ぐな目で褒め称える部下たちに、いやいやと顔を赤らめ照れる王子。

 その光景を、主人とともに盗み見していた側仕えは、ほっと安堵の溜息をこぼした。


「なんだ、良い人じゃないですか」

「好き……っ!」

「はっや」


 これが、うんめい……っ!?

 側仕えの困惑した視線にも気付かず、メアリはうっとりと王子を見つめる。

 獅子のたてがみのように輝く髪! 思慮深さと優しさ、慈悲深さを湛えた碧の瞳! 常に獲物を狩る側だったメアリは、今日、この瞬間、意図せずして狩られてしまったのだった。そう、


「この心を、ね……」

「(独りで何言ってるんだろうこのお嬢……)」


「……あれ?」

「王子? どうかしました?」

「なんか視線を感じた気がするんだけど……」

「気のせいでしょう。ここ何階だと思ってるんですか」

「確かにそうだね。小鳥さんかな?」


 あはは、と皆とのんびり笑いあう王子を、メアリはじっと見つめるのだった。そう、猛禽のような狩人の目で。熱く、かつ冷静に。



「はー、お世継ぎもうけたいですわー」

「淑女的にアウト」

「でも跡継ぎを生むことが私の一番のお仕事ですわよ?」

「急に真っ当にならないで下さいよ……」


 メアリは王子を手に入れる方法を考えている。婚約者という、何よりも、誰よりも有利な立場ではあるが、それだけで――与えられたものだけで満足するメアリではない。

 心を射られたのだから、心を射返さなければならない。それがモフチ家の流儀というものである。


「はあ。狩りしか思い付きませんわ。でも王子を狩るなんて淑女的にアウトですわ。屋内ですし」

「ほかに理由ない?」

「うーん、彼の心を私のものにするためには……やっぱり呪術しかありませんわね」

「ほかに選択肢ない?」

「乙女はおまじないが大好きなんですもの! 何もおかしくありませんわ! それに常に揺れ動く人の心を確実に自分のものにするなんて、非常識な手段に頼る他ないでしょう?」

「時代が時代なら覇王になってそうですよね、あなた……」


 父親の、『策略大嘘クソ野郎』というあだ名のことは軽蔑しているメアリだが、その在り方には深く共感していた。信念、哲学――つまり根っこのところで、彼女と父は一致していた。つまり、財だって権力だって大好きで、それらを得るためには、この現実で、確かに勝利する必要がある――ということだ。

 彼女は確かに、悪名高きアンドリュ・モフチの娘であった。


「まずは恋愛の基礎として、人々の交流について――つまり、社交界について学ぶ必要がありそうですわね」

「はあ……」

「王道を知らねば、邪道も行けませんわ!」


 メアリは優秀だった。

 父譲りの生来の聡明さと、カリスマ性があった。野生の獣との戦いで培われた、体力と逞しさがあった。贅沢な教育で蓄えられた、知識と忍耐力があった。

 今までは主に、狩猟のため注がれてきたそれらの能力は、他の道でも活かすことができるものであった。


「ああメアリ、久しぶりね。ねえ、今度またゆっくり遊びにきてちょうだい。あなたのお話が聞きたいわ」

「ええもちろん。私もちょうどあなたとお話ししたいと思っていましたわ!」

「メアリ! 先日観たあの演劇、続編が始まったんですって。ぜひ一緒に行きましょう?」

「ぜひ! 都合が合えば、明日にでも行きたいくらいですわ」

「やあ、メアリじゃないか! 次の狩りの準備が出来たんだ。少し遠出になるが、大物がいるんだってさ! 王子と君はいつが暇かな?」

「それは素晴らしいですわ。王子にもすぐに確認いたしますわー」


 メアリはあっという間に皆の人気者になった。社交界の華というよりも、寧ろ中心である。

 彼女は、若者にふさわしく革新的だった。馬に、まるで男性のように跨って狩りに出かけた。きつく結い上げるのが基本であった髪型を緩めて飾り、独自のファッションを展開した。

 しかし、伝統も重視した。疎かにしない、というだけではない。何よりも尊ぶ態度を見せた。

 狩りに出たときは、サンナート共和国としての文化であるということをまずアピールし、この国でそれができることに感謝した。許容して、その懐の大きさを讃えたのだった。

 髪型を変えたときは、公爵夫人から頂戴した髪飾りを最も目立つところに付け、それが映えるような髪型にした。そのときには、古参の女性が眉を顰める流行りのドレスではなく、伝統的なドレスを着た。

――わざとらし過ぎるのは別に良い。しかし、卑屈でみっともないと思われるのだけはいけない。芝居じみず、かつ大げさなほどに愛想を振り撒く。

 メアリはそのあたりのバランス感覚に優れていた。


「メアリ……」

「王子……」


 温厚で心優しいながらも、優柔不断で気弱なところのある王子が、意志が強く頼もしいメアリに惹かれるまで、さほど時間はかからなかった。

 元々二人の関係は周囲から望まれていたものだ。メアリと王子、両者が求めたこともあって、式の準備はとんとん拍子で進んだ。


「メアリ、今日も空が綺麗だね。ほら、鳥達も歌ってる」

「ええ、青い空、白い雲……とても素晴らしい狩り日和ですわー」

「ふふ、本当に狩りが好きだね。……ねえ、ここは窮屈じゃないかい?」

「まあ、どうされましたの? いきなり」

「いや、前から思っていたんだ。君はいつも僕に合わせて……いや、僕を何より優先してくれるけど、本当はもっとずっと、自由な人なんじゃないかって……」


 どこか憂いを帯びた王子の瞳に、メアリは思わず「まあ!」と大きな声を上げた。


「何を仰いますの、王子! 私はメアリ・モフチ。明日、この国の王子の妻になる女です。それが私、それだけが私です」

「メアリ……!」

「よく見てくださいませ! 貴方の目に映る私だけが私です! 私が掲げるはこの国への忠誠、そして秘めたるは貴方への愛です!」

「メアリ!!」

「王子!!」


 メアリと王子は強く、強く抱き締めあった。そして王子はメアリの本気の腕力により失神した。

 メアリは王子を優しく抱きあげると、軽やかに歩きながらにこにこする。


「(ふふっ、『自由』なんて言葉を使うなんて、ロマンチックな方ですわ。ラブフォエバーマイダーリンラブラブ)」

「ああメアリ、いつもすまない。この身が病弱なばかりに……うう、本当に情けない……」

「いえ、私の黄金の筋力が悪いんですもの。少しお休みになって。ね?」


 倒れた王子を運ぶのにも慣れたものだ。彼は体が弱く、すぐに倒れてしまう。初めこそ毒を疑ったメアリだが、こんな事が続くとさすがに理解した。

 メアリは王子を、精神的にというだけではなく、物理的にも支える必要があるのだ、と。




 体の弱い王子は、あまり政治に参加されない。メアリが代わって働いている。メアリは権力が大好きで政治にも興味津々である。熱心に働いた。

 まず人々の意見をよく聞いた。それを自ら働きかけたり、もしくは他人に働きかけさせたりしながらせっせと実現した。

 そこでメアリは、誰かが得をすれば誰かが損をしたり、損は無くとも妬んだりすることを知った。いや、以前から人間関係でそういうことは学んでいたが、具体的な損益に直結する点において、人はより醜い生き物になることを知った。

 それは軽い失敗でもあったが、同時に非常に役立つ知恵を得たと思った。人の心を動かす術は、どんなものでも有用である。


「メアリは優秀だなあ……」

「そんな、王子ったら……」

「いや王子様は政治に興味がないだけでしょ。王様だって体は弱いですが、あんなにも仕事熱心なのに」

「うっ」

「まあ、大臣ったら。そんな人だからこそ、私は王子が好きなのですわ!」

「メアリ……」

「王子……」

「お似合いの夫婦ですよね、ほんと」

「ああ。メアリが私なんかを好いてくれたのは奇跡だよ。もっと強く逞しい人がふさわしいだろうに!」

「もう、王子ったら。そんなこと言わないでほしいですわ、恥ずかしい!」


 確かに、メアリも今までは獅子のような男性が好きだと考えていた。しかし、それは憧れからくる勘違いだったと最近気が付いた。

 獅子は、自分だけでいい。



 メアリの公私ともに順調な結婚生活は、王子が死んだことで終わってしまった。風邪をこじらせて、あっという間だった。

 メアリが正式に王子の妻となってから、もうすぐ二年という日のことだった。


「ああ王子!! 我が身が裂かれたかのように辛いですわー……」

「すごいテキパキ仕事してますけど」

「うう、どれだけ悲しんでいても現実に対応できる、我が身の有能さが有り難くも憎いですわ……!」


 メアリは王子の死後も、彼の代理として公務をこなし続けた。


「はあ。結局お世継ぎも授かれませんでしたわね。王子は子供好きでしたし、もしかしたら心残りだったかもしれませんわ……」

「でも、ここの王族は皆子供が授かりづらいみたいですから、しょうがないかと」

「体質かしら。それとも数代前まで近親婚を重ねていたからかしら……? 代々、体調を崩しやすいとか」

「王も、父である前王と似たような病気で、もう長くないみたいですもんね……」


 そして、王子の死から数日後のことだった。世間の噂どおり、そしてまるで我が子の後を追うかのようにして、王も亡くなった。

 国はてんやわんやであった。権力者の死とともに、忙しくなるのはただ葬式のためだけではない。空いた席を狙う者は大勢いる。

 笑ったのは、メアリだ。


「権力。掴むチャンスですわー」




 結果。人々に愛され、有能で、狡猾なメアリは、無事に権力を勝ち取った。王子と近しい縁者がメアリだけだったことが決め手となった。父から、そして周囲の仲の良い人達からの後押しと根回しのお陰でもあった。

 今では彼女がこの国の君主、つまり、王である。


「無能役人を一掃しますわー。逆らった者は片っ端から牢にぶち込みますわ! そのうちきっと、で亡くなりますわ」

「え? なんで病気で亡くなるってすでに分かって、」

「シッ」


 側仕えAは、側仕えBに首を振った。察しろ、とばかりに。


「うーん。お嬢様、生き生きしてるなあ。朝から晩までご公務だけどすごく楽しそう」

「権力を振るうのが好きなんだろうね。王になるべくして生まれたような方だし……」

「まさかアンドリュ様も、王になることまで予想して嫁がせたわけじゃないだろうけど」


 アンドリュは、娘が嫁いで半年と経たず、サンナート共和国をアンドリュ大公国にした傑物ではある。が、さすがにここまでは予想していなかっただろう。


「お嬢様の勢いが、このまま良い方向に進んでくれたらいいんだけど」

「人は恐怖と力で支配するのが一番効率的ですわ! やはり動物。分かりやすいことこの上ないですわ!」

「あーあ、悪い方向に走っちゃったよ……」


 メアリは王子が側にいた頃は、愛する夫を立て、穏やかな彼に合わせた言動をしていた。

 しかし、メアリが王子とともにいたのはたったの二年間だけ。それぽっちの期間では、人の根本は変わらなかったようだ。


「私は人々の意見をよく聞いて政を行っていますわ。ただそれはそれとして、締めるべきところは締めなければなりません。それには恐怖と規律が一番手っ取り早いですわ!」

「評判下がっちゃいますよ?」

「大丈夫。彼らが求むは自らの益です。私はそれをくれてやりますわ! もちろん、私に従順な者にだけ、ですわ!」

「うーん……」

「私を侮る者もいますわ。私は私の力を盤石にしなければなりません。それがこの国の為故に、ですわ」


 『メアリの浄化政策』(影では粛正と囁かれた)は、粛々と進められた。それなりの罪状のあった者は、所定の手続きに沿ってあっさりと処刑された。密貿易や奴隷の売買、殺人に手を染めていた者達である。


「もちろん、力持つ者すべてを殺しては物事もうまく回りませんわ。何事も程々に、ですわー」

「あなたが一番苦手な分野では……!?」

「まさか。常に全力を出す獣はいません。私は狩人。それを誰よりも知っていますわ!」



「……メアリ、殺した方が良いのでは?」

「大臣!?」


 元気いっぱいに粛清しまくるメアリに、そんな意見が出るのも当然であった。

 大臣は文官ではなく、元は軍部出身の人間である。さすがのメアリもかなり危険な状態にあった。

 けれど、メアリの行動は早かった。


「大臣! 私と結婚して下さいな。私には優秀な夫が要るのです」

「私は貴女の命を狙っていましたが。というか今も狙ってますが」

「承知の上です。この図体だけでかい気弱で貧弱な国において、貴方は殺すには惜しい人材……悪い条件ではないはずですわ。貴方もこれで王家の一員! この国の最高権力者ですわ!」

「最高権力者は貴女一人でしょ、どうせ」

「当然です。獅子は、王は、この私ただ一人でよいのです! ただし、私の死後は別です。私が綺麗に整えたあとの、操りやすく美しくなった国――貴方はそれを好きにするといいですわ。その権利くらいはさしあげましょう!」

「……」

「どういたします、大臣。あなたはこの魅力に勝てる男かしら?」

「メアリ様!! 私と結婚してください!!」

「よしなに」


 大臣は屈した。メアリは上機嫌である。

 それからは死ぬまでずっとメアリのターンであった。彼女は国に繁栄をもたらし、そこからくる富と権力を享受した。

 病で死ぬ直前まで、彼女はずっと王であった。夫である大臣にも、大臣との間に生まれた息子にも、権力を渡さずただ王であり続けた。

 そんな彼女のエピソードにこんなものがある。

 メアリは彼女を長らく苦しめた反乱分子を親族含め全員処刑したとき、側近にこう零している。


「死は平等に訪れるものですわ。私の母もそうでした……。勝者も敗者も、死の運命の前では関係ありませんわ……」


 とつとつと語り、そして、笑った。


「ただ、敗者には訪れやすいというだけですわ」


 メアリ・モフチは、かつてはただの狩猟好きの令嬢であった。その生い立ちがよく分かるエピソードである。

 メアリ・モフチは、モフチ家の娘である。

 そしてマグナ・グラン王国最後の王。

 死と繁栄を振りまく女王である。

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