第42話 礼節条例

 簡単な仕事だった。カシラが契約したモンスターはガキを生んだ女を捧げれば、富と運を授けてくれた。カシラはそれでどんどんと連合内での立場を高めて行った。簡単な仕事だった。本当に簡単な仕事。女は泣いて生きたいと叫ぶ。たまにガキの名前を叫ぶ女もいるが、たいていは自分のために生きようとしている。女ってのはクソだ。自分のためにしか生きられない。まったく、俺達に感謝してほしいぜ。クソみたいな生物を駆除してやってるんだ。だから、この富も運も報酬みたいなモンだ。俺達が足で稼いで、カシラが運で組を高めて、地位が上がる。地位が上がれば、俺達も稼げるようになる。俺達は高い酒も高い肴も高い時計も高い車も全部買えるようになった。腐れたような人生からの脱却だった。鴨井かもい組はこれからも大きくなっていく。


 ──ピンポーン。


 ドアチャイムの音。俺達はそれを無視した。


 ──ピンポーン。


 ドアチャイムの音。俺達はまたそれを無視する。


 ──ピンポーン。


 ドアチャイムの音。俺達はまた無視する。


 ──ピンポーン。


 ドアチャイム。無視する。


 ──ピンポーン。


 ドアチャイム。無視する。


 ──ピンポーン。


 無視する。


 ──ピンポーン。


 そろそろ腹が立って、立ち上がった頃、窓ガラスが破裂したように割れた。


「な、なんだぁっ!?」

「なんだあ、じゃないですよー。それはこっちの台詞でさア。いるなら無視しないでくださいよ」


 それは男だった。真っ黒なオーラを背後に立ち上らせて、顔面に紫色に光るヒビを携えた、鬼のようにぐしゃりと歪んだ顔をした鬼だった。


「なんだテメェッ!!」

「あんたらが持ってるモンスターの契約者と所在は?」

「あぁ!?」


 その男は壁を蹴り破ってきた。1歩1歩確実に此方に近づいて来ている。


「俺は命の価値を知ってるんだ。優しいんだ。優しく、かみ砕いて聞いてやる」


 後輩、田島の頭を掴み上げながら、男は言う。どす黒いオーラは揺れている。まるで光っているようにも見えた。


「あんたらが持ってるモンスターの契約者は」

「俺達は口が堅ぇんだよ……!」

「脳みそは柔らかくあろうよ」


 男は田島の腹に蹴りを入れた。頭は掴まれている。ひどい音を立てて、田島は勢いをつけている所にいきなり鎖を掴まれたブランコの様に揺れた。その後、男は田島を壁に投げつけると、田島は痙攣して小便を漏らしていた。生きてはいる。殺されはしない。でも、多分後遺症が残る。


「あんたらが持ってるモンスターの契約者は」

「い、言わない」

「あんたらが持ってるモンスターの契約者は」


 仲間は。


「あんたらが持ってるモンスターの契約者は」


 次々と。


「あんたらが持ってるモンスターの契約者は」


 壊されていく。


「あんたらが持ってるモンスターの契約者は」


 答えるしかなかった。


鴨井かもい義隆よしたか……うちらのカシラです」

「そうか。所在は」

「盛岡市……鉄都てっと町」

「そうか。もう聞きたいことは聞けたな。……いや。そうだ。まだ聞きたいことはあった」


 男はゆっくりと、此方に近づいて来る。


「お前、礼節条例って知ってるか」

「はっ、はぁ!? 知らない、知らない……!」

「……悪人を悪魔とし、善人を天使とする。悪魔は天使を傷つけてはならない。天使は悪魔に気を許してはならない。悪魔は天使のおかげで生きていけることを思い知り、深く弁え、礼儀と節度を持って最低限の私利私欲に生きる事。悪魔は天使を傷つけてはいけない。悪魔は天使を護らなくてはいけない。悪魔は天使のおかげで生きていることを忘れてしまったら、悪魔は死ななくてはならない」

「そ、それがなんだ……!」


 男は服を裂いた。上半身にもヒビは広がっていた。


「お前、『違反』してるぞ」

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