第41話 お母さんをさがせ!
腕を引かれる。足を前に出す。前髪が揺れる。前屈みになる。立ち直す。腕を引かれる。足を前に出す。前髪が揺れる。前屈みになる。立ち直すくらいの腕を引かれる。足を前に出す。前髪が揺れる。前屈みになる。立ち直す。その繰り返しを何度続けたかわからない。ガキは嫌いだ。小さい上にすばしっこい。追いかけっこなんかした暁には絶対捕まえらんねーし、捕まえたら捕まえたで「おとなげない」とか言われてやかましいし。俺、やかましいの嫌いなんだよな。耳キンキンすんのとか嫌いなんだよな。加えて子供だしな。やかましい子供が一番苦手だよ。俺耳がデリケートだから。知ってた? 子供の騒ぐ声って成人男性の8倍の声なんだってよ。そんなもん耐えられる訳がねぇんだよ。バーカバーカ。だからもうホント子供のうるせぇ声に「うるせぇ!」って言える大人でなくちゃいけねぇよ。でも子供の声に無条件に反応するアイアイの劣化版みたいな老人にはなっちゃいけない。まあ考え様なんだよなあ。叱り声は使い時を弁えろって事。
「あった! あそこ!」
「あそこだァ? テメェ、悪戯か?」
キャバレーである。キャバレーとは曰く「ダンスホールや舞台のある酒場」の事らしい。キャバクラではない。わずかながら違うらしい。「詳しいことは俺にもわからない」という事にしておいてあげようと思う。ここで疑問だが、もしかしてただの居酒屋にダンスホールやら舞台やらを付け加えたら居酒屋からキャバレーになるのだろうか。もしかして、武骨な店主が営む静かな雰囲気の似合う小さな居酒屋にダンスホールやら舞台やらを増築したらキャバレーになるのだろうか? 武骨な店主の営むキャバレーか。ふむ、ちょっとカッコイイ……。
「テメェが入りてぇだけか?」
「違うの、私のお母さん、あそこに連れていかれて……」
「そりゃお前……っつーかお前お父さんいる?」
「……いない」
「そっかー」
ちなみにそこはピンクキャバレーのようであった。もう説明はいらないと思うが、本来のキャバレーの意義から少し外れてピンクキャバレーは性風俗店という感じらしいっすよ。はぇー。
「行きたくねぇ~」
まだ18歳のガキだし。傍らには10代前半のガキいるし。俺はまあ入れるかもだけど、ぶっちゃけ入る気はおきない。店より野外の方がえっちじゃない? そもそもえっちな事は本命ちゃんとやりたい……やりたくない? 下世話な話も少し苦手だし。
「そもそもお前のお母さんに何があったんだよ」
「私のお母さん、悪い人からお金借りてたらしくて」
ガキはポケットの中から小さく折り畳まれすぎた紙を出してきた。オッホー。債務者かい。
「生活は厳しかったか」
「わかんない。お母さんいつも頑張ってたから」
「そうかい」
「私はなにもしてなかった……」
「そうかい?」
「子供だもん。出来ることなんて何もない」
「じゃあ、なにかしてあげないとな」
ガキは嫌いだ。いつもなにかあると泣くから嫌いだ。耐え切れなくなれば泣くし、そもそも耐えずに泣くこともある。泣き出したらもうテメェで泣き止むまでどうすることもできない。だから嫌いだ。俺は思い通りにならない奴は嫌いだ。ガキなんてのは泣くばかりで、笑いやしねぇ。「お母さんがいない」から泣くし。「お父さんがいない」から泣く。「玩具を壊された」から泣くし、「玩具を買ってもらえなかった」から泣く。だからガキは嫌いだ。俺は、お母さんがいなくても泣けなかった、お父さんがいなくても泣けなかった。玩具なんて大して大事に思ったこともないから壊れたら玩具じゃなくてゴミだと思うし、玩具を買ってもらえなくて泣いたこともない。菅原夫妻はよく「欲しいものはないか」と聞いてきたが、そこまで厚かましくない。「いまで満足」は言い慣れた。ガキは嫌いだ。テメェの馬鹿みたいに小さい身体に、無限の悲鳴を隠すから。隣で泣くのを我慢しているガキは、もっと嫌いだ。ガキは泣くのが仕事だから。
「被害者は
「そうですか。あーあ、せっかく自由気ままに生きられる筈だったのになあ」
頭の後ろを掻いていると、「おい!」という怒声が響いた。振り向くと、奴がいた。
「おやおや雪さんではありませんか。世界の主人公! いったいどないしはりましたん」
「関西弁をやめろッ! 死なすぞッ!」
胸倉を掴まれる。
「お母さんを亡くした女の子が隣で泣いてんだぞ、言っていい事と悪い事があるだろうが……!」
「知らねーよバーカ。雪くんさあ、ちょっと真面目過ぎ! もっとおふざけでパッパラパーで行こうぜ。なあ?」
「貴様には人としての良心など無いのか!」
「無いね。誰も教えてくれなかったもん」
弾き飛ばされて、地面を転がる。雪は舌打ちをしてからガキに目線を合わせて慰めの言葉を吐き付けた。
「そんでスガティーはいまどうしてんの。あの人出れば終わりだろ」
「菅原君は強うなりすぎてね。『教育』以外での能力使用は駄目なんよ。他国とのお約束でね。だから今回も出てこないよ。現場に出るんも駄目なんやで~」
「っすか。じゃー俺もう行きますわ」
「何処に?」
「女の子とデートでーす」
「敷ィ!」
「雪くんキレすぎ。俺アね、レディファーストなんでエ」
雪の背中からは赤いオーラが立ち上っていた。
オーラというのは感情の高ぶりで現れ、その感情の度合いで色を変える。一番下が黄色。次に青色。そして緑色。次に赤色。そんで紫色。さらに上に黒色。その上もあるらしいが誰もその上を出したことがないからわからないらしい。この情報と照らし合わせると、雪はかなりキレてた。
王者の刃と警察の面々からの鋭い軽蔑の目を受けながら歩き出した。俺はもうこういう人間だからいきなり変わったらみんな意味わかんなくなるだろ。だからあんまり感情は表には出さないようにしてんの。いつもね。本当に疲れるんだよな。
「ブッ殺さなきゃな」
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