第40話 ねえ、お兄ちゃん

 師いわく。


「それじゃあ俺これから篠原さんと喧嘩あるからじゃあね!!」


 だという。10年前まではまだ嫌がってたのに、もうむしろ欲してるじゃないか……。なんということか。もはや浮気じゃねーの? もはや不倫なんじゃねーの? あーあー、姐さんに言っちゃおうかなー。姐さん怒るんじゃないかなー。前スガティーが買ったばっかの車を田圃に突き刺した時スガティーのかんしゃく玉踏み鳴らしてたからなあ。でっかく鳴ってたなあ、かんしゃく玉。ちゃんとふたつあるかなあ、スガティーのかんしゃく玉。


「これからどうすっかなあ……」


 東京に帰ってみっかな。うーーーーん…………でもなあ。やることがねぇなあ。東京は東京ででっけーパーティの縄張しまになってるから、あんまり余所者がでけぇツラできないしなあ。一旦どっかのパーティに入って独立までこぎつけて、それなりに自由に出来るテメェのパーティ持つか? そこまでが長すぎる。タイムパフォーマンス的なところに焦点を当てたとしてもあんまり良い考えではないか。東京は狭いしな。クソしかいねぇし。


 なるとしたら岩手か。どうすっかな。どっかの傘下でいいから自由が欲しいな。討伐者になった人間はもう普通の人間には戻れない。能力を持っているし、なによりも、それ以外の生き方を知らねぇドブネズミ。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「ん? おう、なんだガキンチョ。俺ァ女の子が好きだけどね、ガキには勃起しねぇよ」

「くたばれ。……お兄ちゃん、昨日のモンスター討伐の時、どうして私のお母さんのこと見つけてくれたの」

「ちっせーガキの要領をえない質問には答えませーん。答えてほしくば黒髪ショートの貧乳で尻の柔らかい女の子になってこーい」

「くたばれ。……なんで?」

「なんでって? これだからガキは嫌いなんだよなァ。わかりきった事だろうによお」


 ガキは依然として此方を見つめて来ている。居辛ぇよ……!


「助けてって言ってたろ……だから助けた」

「私も1回聞き逃すくらいの小さな声だった! そういう能力?」

「違ぇよバーカ。……助けてっていう声は、本当に助けてほしい時にしか出ねぇんだよ。だから、俺は誰かの『助けて』を聞き逃さないようにしてんの。俺はもうそういう声は聞き逃さないようにしてんの!」

「なんで?」

「なんで? なんで!? わかんない!? 最近のガキはこれだから気に食わねぇ。なんだってんだ最近のガキは。お前ちゃんとテレビのdボタン押してるか? あれ楽しいぞ~。投票とかあってな、俺の知り合いの松田っていうおっさんはなあ、まだ教育テレビでゲームしてんぞ。あのナス頭」

「知らないよ」


 ガキは1歩近づいてきた。


「おい近づいてくんな。小児性愛者だと思われたらどうすんだボケッ! いいか、年端も行かねぇガキに勃起するような奴はなあ、お父さんとお母さん泣かせてんだよ! 俺はお父さんとお母さんを泣かせるような奴は嫌いなんだよ! だからいいか、近づくなよ! 近づくなよ! 良いな!? 近づくなよ! 俺お前のお母さんに責められたくないから!」

「意識しすぎて逆にそれっぽいよ……」


 また1歩。


「ねえ、お兄ちゃん」

「話は聞くから止まれ」

「お母さんを助けて」


 そして、とうとう手を掴まれる。

 ここまで来た手を拒む術を俺はまだ知らなかった。

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