悠久譚(仮題)

HARU@ABEND

第1話

 古城や丘陵が連なる、のどかな景色であった。

 山と山を繋げる橋梁を走る機関車。

 晴天に蒸気を吹き上げ走る列車は、絶景ポイントを愛でる観光列車としても有名であった。のだが。

 或る日、何の前触れもなく、その橋梁が崩落した。

 列車に乗っていた乗客は、運転手含め全員死亡。


 かと思われたが。

 次の停車駅のある町から派遣された救助部隊により、崖下より二人の人影が発見された。

 いや、正確には、一人がはい出してきて、もう一人を背負っていた。


「生存者がいるぞ!」

「怪我はないか!?」

 口々に叫ぶ救助隊に向け、安堵の表情ひとつ見せず答える、二十代半ばの黒髪長身の男。衣服はあちこち破けたり煤けたりしているが、驚くべきことに無傷である。

「ああ、私は大丈夫です。が、連れが。」

 冷静すぎて異様なほどであったが、何しろ前例のない未曾有の事故で、現場は混乱を極めていた。無事だという当人の様子より、男が示す怪我人に注目が集まった。


「足を挟まれていました。なんとか抜き出せましたが…あと、腕も」

 血まみれの手足をぶら下げ背負われていたのは、十代半ばとみられる、まだ幼い面影を残した黒髪の少年であった。足は潰れているかもしれない。腕も、少なくとも折れているだろう。どちらも重症であることが一目でわかった。少年の意識はなく、長い睫毛が固く閉じられ苦しそうに眉根を寄せている。苦悶の表情でありながら、その面立ちはひどく整っており、見る者を一瞬釘付けにする。聖画に描かれるような美少年であった。

 しかし濃く漂う鉄の匂い、滴り落ちる血液に、我に返った救助隊の面々が騒ぎ出す。


「担架を持ってこい!」

「医者はどこだ!?」

「駅で待機している、運べ!なるべく揺らすなよ!」

「待て、固定してからだ」


 背から降ろされた時に小さく「う…」と呻いたが、悲鳴もあげずに身を預ける少年は早々に応急処置を施され、担架で山の斜面を運ばれていく。

 不思議なほど無傷だった連れは、その後をヒョイヒョイと着いていった。気配を消して。異様な光景であるはずであったが、救助隊の誰も、その光景を記憶に残さなかった。


 *  *   *


 少年を乗せた担架は、無事残ったレールを走る貨車で運ばれ、最寄りの駅に到着した。町の医師がホームの前列で待機し、テキパキと指示を出す。

「生存者をこちらへ」

 老齢の医師が誘導する。貨車から担架で降ろされた少年を見て、その怪我の程度を改めて、眉を顰める。

「坊や、分かるかい?」

「…は…い…」

「酷い怪我をしておる。足と手は、もしかしたら切断が必要かもしれん」

「…や…だ…」

「できるだけ善処する、どうしても難しい時は勘弁してくれ。儂も頑張るから、お前も頑張れ」

「も、しわけ…ありません…」

 そこまでを切れ切れの息で言って、少年はことりと意識を失った。

 気配を消していた連れが、ようやく喋った。

「あの」

「おお、なんじゃ連れがいたのか。お前はこの子の身内か?」

「私が仕える主人の御子息です。従者として、旅のお供を仰せつかっております。あの、無理を言いますが…」

「分かっておる。なるべく腕も足も、くっついたままが良いというのだろう」

「はい。例え動かなくても構いません。後々、再手術で切断となる可能性があるとしても、ひとまず可能な限り、温存をお願い致したく」

「勝手な事を言う。手足よりも命が優先だ、手足が壊死すれば全身に悪影響が出る。そのあたりも考慮して、判断する。よいな」

「は、主人に代わり宜しくお頼み申し上げます。」


 慇懃に深々とお辞儀をする従者を、医師は不思議そうに眺める。

 よくぞ無傷で生き残ったものだ。まあともかくは目前の少年の処置を急がねば。出血量も多い。いつショック状態へ移行しても不思議ではない。むしろ、よく今までショック状態へ陥らなかったといってもいい。

「助手!」

 呼ばれたのは、金髪のスラリとした長身の美形であった。騒然とした現場の中で、白衣のポケットに両手を入れ、飄々としている。

「診療所の手術室へ運べ。薬は揃っているな。注射で前処置を済ませておけよ」

 美形が「お任せを」と言い、担架を緊急車両へ誘導していくのを、従者である男はじっと見守る。

 助手の口元が一瞬歪に笑ったのを、見逃さなかった。

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