解答篇
①アリアドネが殺したのはテセウスではなくミノタウロスである。ミノタウロスに殺されると思った彼女は、自衛のために彼を殺した。
②テセウス青年はミノタウロスと会敵していない。彼が決闘をしたというのはアリアドネの勘違いである。作品途中で糸玉の動きが止まったのは、テセウスがミノタウロスを見つけて立ち止まったからではなく、歩いている途中で腰に結ばれた糸がほどけたから。結びがゆるいのではないかという心配は、皮肉なことにも冒頭で彼女自身がしていた。今現在も、テセウスはラビリンスでミノタウロスを探し回っている。
③一端がほどけた糸をミノタウロスは偶然発見し、それをたどってアリアドネのもとに向かった、というのが真相。
④牛ほどの頭しかないミノタウロスがした、糸をたどるという行動は、逆に、牛ほどの頭しかないからこそ起きた行動である。牛は眼の前でひらひらと揺れるものに興奮して突っ込む性質がある。(闘牛がそれを利用した例としてあげられる)糸玉が動かなくなった直後、ラビリンス全体に風が吹き始めた。一端がほどけた糸はその風にあおられて揺れる。だからこそ、ミノタウロスは糸をたどったのである。問題篇の終盤、アリアドネと人影の場面で、アリアドネが糸玉を地面に落として迂回するように動いたのはこのためである。揺れる糸に興奮していることをとっさに判断したアリアドネは、糸玉を手放し、糸の軌道を真っ直ぐ進むミノタウロスを横から刺そうとした。
⑤安易に雑学をトリックに使う不誠実さを避けるため、読者救済の配慮をした。一般的に闘牛に対する誤認で多いのは、「牛は赤に興奮して攻撃する」という俗説だが、その俗説しか知らない読者にも論理的に説明できるようなしかけになっている。アリアドネの糸玉が運命の糸であり、その色が赤色であることは、作中いたるところで露骨に表現されているし、ミノタウロスの性質を闘牛に例えるなど示唆的な伏線も張ってある。注意深い読者なら、ミノタウロスが糸をたどったのは、赤色に興奮して突っ込んだからだと説明できるはずだ。
⑥本作タイトルは赤い糸殺人事件とし、読者への挑戦も殺人としたが、半牛半人の殺害は殺人にあたるのかについては議論の余地がある。そこで前例をあさったが、あいにくミノタウロスを殺害する推理小説を、作者は寡聞にして知らない。そこで、本作においては、殺人という言葉を妥当とした。なぜなら、アリアドネがミノタウロスを殺した一刺しは心臓への攻撃であり、そこはつまりミノタウロスの胴体部分、半人側にあたるからである。
以上。
余談。神話では、ミノタウロスを無事倒したテセウスはアリアドネと一緒に船で国に帰っていくのですが、その途中でこともあろうに彼、テセウス青年はアリアドネを捨てます。(諸説あり)この残念なオチを知った幼い頃の僕は、酷く狼狽しました。
運命の赤い糸なんてありはしない。してみるとその元ネタも怪しくはないか、という発想で本作を作りました。楽しんでくれたら幸い。評価をしてくれたらもっと幸い!
赤い糸殺人事件 ――犯人はアリアドネ―― 加藤ぶどう糖液糖 @hide-and-seek
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