十円巡る、宗教戦争黙示録

アル・棒ニー

張り付けにされた聖遺物

僕の通っているスイミングスクールの階段の柱には、どういうわけだか十円玉が埋まっている。

昭和五十五の、少し汚れのある十円で、柱からは少し飛び出て付いている。

そのため、なんとか掴むことができれば取り出すことも可能のように思えるのだが、どうやったって取ることはできなかった。

僕がスイミングスクールに通ってから既に5年が経つ。

この十円玉は、通い始めた頃からずっとあった。

僕の兄の話によれば、十年以上前から、この柱に十円玉が埋まっているらしい。

それ以前も、きっとあったに違いない。


前述の通り、僕はこの頑固な十円玉を取り外そうと何度か格闘した。

けれど、取れそうで取れない。

爪、ノミ、シール剝がしスプレー、ピンセット、木槌、ドライバー、金槌。

ありとあらゆる方法を試したが、どうしても取ることができなかった。


やがて、この異変に僕は興味を示さなくなった。いつのまにか、僕はこの十円玉のことを記憶から消していたのだ。

時が経つにつれ、僕にとってその十円玉は、そこにあることが当たり前になった。


――――"平井"と出会うまでは。


彼との出会いもまた、この十円玉をめぐるものであった。

「ねえ、ちょっと君!そう、きみだよ。

ちょっとこのドライバーを持っていてくれない?」

平井は、いきなり僕に声をかけた。

「え?」

僕が戸惑っていると、彼は続けた。

「君にこっちのドライバーを持っててもらいたいんだよ」

そう言うと、彼は僕にドライバーを握らせてきた。ドライバーの刃先は十円玉の方を向いていた。

「ダメだよ、これは外せないんだ。」

僕はそう言う。だが、彼は聞く耳を持たないようだった。

「いいからいいから!ね?ほら、持ってよ!」

彼の口調は有無を言わせないものだった。

仕方なく、僕はドライバーの先を十円玉に当てた。すると次の瞬間――

「おらっ!」

彼の甲高い声と共に、ドライバーを持つ手に衝撃が走った。

「わあ!」

思わず驚きの声を上げる。

どうやら、平井がドライバーに向かって飛び蹴りをかましたらしい。

手が痺れている。が、今はそれどころじゃない!

もしかすると、この十円玉が取れてしまったのではないか? そう思って、十円玉を見てみる。すると――

「あちゃー」

思わずそんな声が出た。

柱に、マイナスドライバーの跡がくっきり残っているではないか。

「やべ!やっちまった!」

平井も、流石に焦ったようだった。

依然として、十円玉は張り付いたままであった。



平井はそれから毎日、僕のもとにやって来た。

そして、毎度毎度十円玉を外そうと悪戦苦闘するのだ。

けれど、彼では外すことができなかった。


やがて僕らは十円玉を外すための教会「アンチ柱十円教会」を設立し、日夜研究を重ねた。

しかし、重なるのは柱の傷と、十円玉の跡ばかり。

どうしても、十円玉を外すことができなかった。

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十円巡る、宗教戦争黙示録 アル・棒ニー @yabikarabouni

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