第2話 汝自身を知れ②
パパ活とは、一般的に若い女の子に金持ちのおじさんがお金を払ってデートをしたりプレゼントを買ってあげたり、はたまたえっちなことをする活動のことである。では、その対価を1000円としている俺はパパ活を侮辱しているのか。否、そうではない。バイトをしていない高校生にとって、1000円は大金。少ない小遣いと貯めたお年玉からやりくりをしているのだ。
「……今日はどこに行く?」
女の子の手を引いて行く場所なんて1つしかない。それはすなわち密室だ。
「なけなしのお金で密室に連れ込もうなんて、あなた惨めで最低ね」
彼女を買うには1000円では少なすぎたらしい。では、密室ではなく第3者がいればどうだろう。
「どういう事かしら」
皆まで言うのはナンセンスだ。女子はサプライズが好きと聞く。ならば、直前まで秘密にして驚かせるのがベストだ。
「131日ぶりに顔見せたと思ったら、いきなり何? てかこの子誰よ! 説明しなさい、いーそーまーる!」
開口一番、矢継ぎ早に喋るこの女は
「……教えない」
回想にひたっている俺の代わりに彼女が答えてくれる。確かにそんなオプションはつけていないので、名前を答える義理はないだろう。
「ほんっと意味わかんない!」
ぴーぴーうるさいので、まぁ落ち着けと宥め、肩に手を置く。そうすればつむぎは顔を赤らめて固まるので容易い。はなたれ小僧の時から付き合いのある彼女の扱いは簡単だ。
つむぎの家に来たのは、2つの条件を満たしているからだ。1つ目は、警戒心を解くため。初めから彼女と2人きりでは警戒されてしまうため、彼女と同性であるつむぎの家に行くことで、少しでも安心してもらおうと思ったのだ。2つ目は、密室であること。1つ目と矛盾するようだが、パパ活をするには、人目のつかない場所で行う必要がある。外で迂闊にデートできないので、これ以上最適な場所は無い。
「なんであんたはいつも急なのよ……ほんとめんどくさい」
つむぎは口ではぶつぶつ文句を言っているが、俺たちを部屋にあげるとお菓子とジュースを持ってきてくれた。
「あなたは一体何がしたいの?」
男がしたいことなんて1つしかない。美女2人に囲まれて、健全な男子高校生が我慢出来るはずがないだろう。
「それが本気なら心外。あの程度で事に及べるとでも?」
「あの程度? ことに及ぶ? なんの事?」
……つむぎ。お前はそのまま純粋でいてくれ。俺の良心が痛むからさ。
つむぎの肩を叩きながら、俺は深く頷く。つむぎは不思議そうな顔で俺を見据えるが、とりあえずその場は適当に流しておく。
「てかあんた学校で私を無視するのやめてくんない? 今日が131日と15時間ぶりの会話だからね!?」
何とか誤魔化していたが、やはり忘れてはくれないらしい。つーか詳細に空白期間を覚えられているのもなかなかしんどい。そもそも学校ではクラスが離れている以上あまり顔を合わせないし、合わせたとしても女子と喋るのはなんだか気恥しい。つむぎは友達が多いので、女友達4、5人と共に行動しているのだが、そんな時1人ですれ違う俺の身にもなって欲しい。こいつは俺を見つけるとお構い無しに声をかけてくるが、周りの取り巻き女子からの不審者を見るような視線が痛いのだ。ただ、純粋なこいつにそれを伝えるとかえって傷つけてしまうので、口が裂けても言えない。
「あなたたちいつもこうなの?」
俺とつむぎがやいのやいの言い合っていると、珍しく彼女が興味を持って尋ねてきた。
「ほんっっといそまるといたらイライラしかしないけどね!」
はてはて、そのイライラを宥めて抑えてるのは一体誰なんでしょうねぇ。そんな愚痴を零せばたちまちヒートアップは間違いないので、心に留めておく。
「ねぇ、そこのあんた」
「なんだか失礼ね」
「名乗らないのも十分失礼でしょ」
「……」
「あーもう焦れったい! やりにくいから今日からあんたの名前はネコよ! 理由は猫みたいに何考えてるかわかんないから! 以上!」
まくし立てるつむぎに、彼女は呆気にとられた様子だ。いきなり訪問し、知らない女が家に上がり込んできたのに、深くは尋ねず自分の土俵に引きずり込む。これはつむぎにしかなし得ない技であり、こいつの魅力だ。
困惑する彼女に対して、俺は顔の前で手を合わせ、謝罪のポーズを取る。
これは、フラストレーションの溜まった幼なじみを宥めるお仕事。報酬は1000円。割のいい仕事だと思う。仮に俺が1人で顔を出していたら、つむぎの独壇場になりマウントを取られタコ殴りにされていたところだが、彼女の存在がいい塩梅にこの場を中和してくれている。
そこからは、つむぎのペースで猛攻が始まった。学校の話、友達の話、バイトの愚痴、俺への悪口、不満恨みつらみ……etc.
聞き耳を立てていると、ほとんどが俺への文句だった。どうやら、メンヘラ幼なじみつむぎちゃんを放置プレイしすぎたようだ。その反動が凄まじい。
しかし、そのマシンガントークを直に受ける彼女はつんと冷えた表情のまま話を聞いている。一見、聞き流しているようにも見えるが、時たま合いの手として「それは違う」という言葉を投げているので、案外つむぎの話に興味を持っているようだ。彼女に否定される度「なっ!?」と言葉を詰まらせ、目を点にするつむぎの反応が面白い。
「なんだか一気に疲れたわ」
つむぎはマシンガントークを終わらせスッキリしたのか「バイト行くからさっさと帰って!」と俺たちを追い出し、駅へとダッシュして行った。本当に嵐のようなやつだ。
帰り道、ふと彼女が漏らした言葉に、俺は首を縦に振る。何10年も一緒にいる俺でもつむぎの話をずっと聞いているのはしんどい。本当に、女の子って仲良くなったらなんであんな饒舌になるんだろうね。付き合う前の殊勝な感じで騙してくるのなんなの? 詐欺師ですかね。
「ではここで。送ってくれてありがとう」
頬を引き攣らせ苦い思い出に浸っていると、いつの間にか河川敷の高架下に着いていた。そして、彼女は形式的な謝辞を述べると、ほんの数時間前出会った時と同じようにそこに腰かけた。まるでそうするようプログラムされた機械のように。
俺は踵を返して、手を挙げることで返答とした。
もし、お金を対価に誰かの時間を買えるとしたら……その選択肢は十人十色だろうか。否、そうでは無いだろう。
お金は人類にとって唯一裏切らない代物だ。ならば、その使い道は自分の都合の良いものになるはずだ。まだ、その反例は見つからない。
君ともう一度哲学したい 寝癖王子 @467850281030
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