君ともう一度哲学したい
寝癖王子
第1話 汝自身を知れ
「哲学」とは何か。ある人は生きるために役に立つ言葉と言った。またある人は、世界や宇宙、物事の起源などスケールの大きな話を語り始めた。このように解は人それぞれだが、その定義を真正面から問われた時、迷いなく答えられる人は少ないだろう。かく言う俺もこの話題について考えてみると「歴史上の哲学者が気難しい単語を並べてどうたらこうたら述べていた気がするなぁ」とそんなレベルである。
「さっきからなんだね、1人でぶつぶつと……」
頭を硬い何かで叩かれ、ハッと我に返る。
「連休明けでまだ体が寝てるのではないか?」
呆れた台詞を並べ、大きなため息をつく人影が1つ。この堅苦しい話し方をするお方こそ、我らがクラス担任にして天使のプロポーションを持つ
「君の表情から察するに、とても失礼なことを考えているようだね。全くけしからん」
授業中にうたた寝をしていた俺が100%悪いので、ここは素直にすみませんと降伏のポーズをとっておく。しかし、そのうたた寝が長引いてしまったのも少なからず月影先生の授業が影響している。
「その姿勢は結構な事だが、目の奥が笑っていない。なにか思うことがあるのだろう?」
それは先生の主観に他ならない。少子高齢化が加速するこの社会で、目の奥が笑っている労働者なんて存在するのだろうか。否、しない。
……倫理を担当する先生の授業がお経のように聞こえて、落ちてしまったとは口が裂けても言えない。
「授業後、私のところまで来るように」
お説教が確定してしまい、為す術が無くなった。正直説教の内容は大方予想がつくが、ここは社会に出て上司に怒られるシチュエーションに慣れておくために、律儀に従うとしよう。
「それで、君はなぜそんなに居眠りばかりするんだ」
俺が1番解きたい命題である。自慢では無いが、早寝早起きの規則正しい生活を送り、ろくに風邪をひいたことも無い健康優良児である。おまけに帰宅部に魂を捧げ、これといった趣味もないため疲れる理由が1つもない。ちなみに両親とも健在で、実家は比較的裕福である。
「長々と自己紹介をありがとう。なぜ説明口調なのか理解に苦しむが、その通り君には疲れる理由がない」
まるで俺の人生がつまらないといったような言い草である。
「それとも何か? 新しい趣味でも見つかったのか?」
みのり先生は眼前の書類に目を通しながら、投げかける。俺のような問題児にも怒るパフォーマンスをしなければならない。そんな社会人の面倒な気遣いを垣間見て、将来を憂う。公務員も夢がない。
実際、俺とて放課後に何もしていないわけではない。飯を食って排泄し、風呂に入って寝室で睡眠を貪る。そんな基本的事項だけで日常を完結させることは難しい。
「まぁいい。もう行きたまえ。君の居眠りは社会へのささやかな抵抗だと思えばかわいいものだ」
長時間労働とサビ残に支配された教師のリソースをなるべく俺には割きたくないらしい。教育者として問題児は徹底的に正すべきだと思うが、早く帰宅できるのは俺にとっても好都合。win-winである。
失礼します、と一言告げ職員室を後にする。そっちが呼び付けたくせになぜこちらが失礼しますと謝辞を述べなければならないのだろう。そんな社会の常識に疑念を抱きながらも、足を急がせる。
ーーーー「汝自身を知れ」
自己認識や自己理解つまるところ自身をよく知ることの重要性を表現した言葉である。その昔、デルフォイのアポロン神殿の玄関の柱に刻まれた言葉であり、座右の銘としても使われる非常に有名なものである。
しかし、自身を完全に理解することなんて不可能ではないのか。甚だ疑問である。
「……あなた、また来たのね」
舞台は河川敷の高架下。古びたビニールシートに座り込む少女がいる。その鋭い双眸に、初対面の人間はたじろぐに違いない。俺が目の前に立っても眉すら微動だにせず、冷ややかな目でこちらを見据える。
「なぜそんなに私を気にする?」
なぜ気にするのかって? ベストアンサーはズバリ知的好奇心だ。いつもどこかの学校の制服を身にまとっているこの少女が何者なのか。
「あなた、本当に変」
そよ風が吹き、俺の手元の英世が揺らぐ。今度から柴三郎も調達しなければな。
思わず笑みがこぼれる。俺の手元から英世が離れ、少女の手元に収まる。
「……今日はどこに行く?」
ーーーーさぁ、お前は何者だ?
申し遅れたが、自己紹介をしておこう。俺の名前は
ただし、趣味はーーーーパパ活だ。
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