第10話 エルデ(1)
私はセシルがもう戻ってこない事を知ってから、私を保護してくれていた宿をこっそり出ていった。
川の水こそもう引いてはいるが、街も道もまだぬかるんでいる所がある。
これからどうするか。取り敢えず、セシルとふたりでアタリを付けた森に向かってみよう。
彼女に見せてもらった地図を思い出しながら街道を長い間歩いていると、大きな街に着いた。
そこは人や野良の動物で賑わっており、かつて白い猫と暮らした街を彷彿とさせた。
ブラブラと街中を歩いていると、少し静かな場所に出た。
そのエリアは住宅街のようで、真ん中には馬車が通る為の道路が敷かれている。
そのまま歩いていると、遠くの方から子犬の鳴き声がした。
何の気なしに近付いてみたら、道路の端にやや大きい犬が血を流して倒れており、子犬がその犬の周りを鳴きながら歩き回っている。
あぁ……嫌なモンを見たな……
大方、親犬が馬車にでも轢かれたのだろう。
その場を足早に立ち去ろうとした時、親犬が子犬に「大丈夫……」と言っているのが聞こえてきた。
思わずもう一度親子の方を見た時、既に死んでいる筈の親犬と目が合った気がした。
勘弁してくれ……
私は咄嗟に目を反らし逃げようとしたが、どうにも子犬の鳴き声が耳につく。
……埋めるだけだ。
私はまだ混乱している子犬に近付き「オイ」と声を掛けた。
子犬は私に驚きながらも、涙目で「お母さんが……!」と縋ってくる。
「お母さん、助けて……」
「お母さんはもう死んでる」
改めて母犬を見たが、舌がダランと飛び出し、瞳孔が開いている。息も完全に止まっていた。
ここから超回復するというのなら、この世に不老不死の犬は2匹居るという事になる。
子犬は現状が受け入れられないのか「なんで」「どうして」と繰り返している。
「取り敢えず、どこかに移動させよう。ここじゃ、また馬車に轢かれるぞ」
私は母犬の首の辺りを噛んで持ち上げた。
子犬は恐ろしい物を見る目で見てきたが、私が歩き出すとその後ろをついてきたのだった。
程なくして公園らしき場所に着いたので、手頃な木の下に母犬の死体を下ろし、その近くに足で穴を掘る。
その間、子犬は不思議そうな顔でこちらを見つめている。
「何を……」
「穴掘って、ここにアンタのお母さんを埋める」
「なんで?」
「カラスに死体啄まれたくないなら手伝うんだな」
子犬は私の意図が分かったのか、虚ろな目で一緒に穴を掘り出した。
ふたりして泥だらけになりながら、何とか少し深めの穴を堀り終わると、そこに母犬の体を落とした。
上から体全体を使って土を掛けていると、子犬が「お母さん!」と叫んだ。
「お母さん!あぁーっ!!!」
悲しみ項垂れる子犬を横目に私はひたすら土を掛けていったのだった。
最後になんとなく土を馴らして、母犬の埋葬は終わった。
もしかしたら、掘り返すアホ犬が居るかもしれないが、土の上に放置してカラスに啄まれたり段々腐っていくよりかは良いだろう、と私個人は思っている。
しかし、泥だらけになってしまった。どこかに川か噴水の類いは無いだろうか。
そう思い、子犬にこの辺りの事を聞こうとするも、子犬は呆然と自分の母が埋められた場所を見ていた。
それどころじゃないか。
私はそっとその場を離れた。
しばらく水場を探して歩いていると、背後から誰かがついてきてる事に気付いた。
振り向くと想像した通り、さっきの子犬が居た。
「何?」
「……俺、どうしたら良い?」
子犬は本当にどうしたら良いか分からないようだった。
だが、そんな事成り行きで死体を埋めただけの私に言われても困る。
「知らん。好きに生きなよ」
と突き放したら
「……じゃあ、どうやって生きていったら良い?」
と訊いてきた。
「お母さんに教えてもらわなかったの?」
「……教えてもらった」
「なら、そうすりゃあ良い。それより水場知らない?泥を落としたい」
「あっちにある」
「そう。ありがとね。じゃ、達者でな」
別れを告げ、子犬に教えてもらった方向へ歩いていると、まだついてきてる事に気付いた。
「なんでついてくんの」
「…………俺も体洗おうと思って……」
「なるほど」
「………アンタ、名前は?俺はバルコ」
「……………」
『なんか、面倒な事になりそうだな』と思いつつ
「……好きに呼んでくれて良い」
と答えると、子犬もといバルコは
「じゃあ、エルデ」
と呼んだのだった。
私は体を洗った後、取り敢えずバルコから街とバルコ自身について訊いた。
どうやら、この街にはボス犬を中心にした野良犬の群れが何個かあるらしく、各々が餌場と縄張りを主張しているらしい。(チーマーみたいなモノだろうか)
バルコの母を含む、群れに所属してない他の犬達は、ボス達の群れに目を付けられないよう、息を潜めて生活してるとの事だった。
中々面倒な街に着いてしまった。さっさと出た方が良いかもしれない。
そうは思うが、このまま街を出たら、まだ幼いバルコを見捨てるようで気が引けるのも確かだった。
「アンタ、いつも飯はどうしてたの?」
ふと気になって、そう訊くと
「お母さんがおじさんからこっそり貰ってきたりしてた」
と返ってきた。
「“おじさん”?」
「アールの群れのヒト」
「………なるほど」
多分その“おじさん”はバルコ母に惚れてたんだろうと推測出来た。
だが、母が亡くなった今、おじさんは今後もバルコの餌の面倒を見てくれるだろうか……
いや。そもそも、仮に面倒を見てくれたとして、いつまでも頼りっきりという訳にもいくまい……
思案する私の顔を見て、バルコは不安そうに尻尾を垂らした。
「俺、もう飯食えないの……?」
「今考えてる。……ここって森や川に近くはないの?」
もし自然があるなら、鳥や魚の取り方を教えてやれるかもしれないとも思ったが
「“もり”?」
とバルコが首を傾げたので、即座に計画は頓挫した。
「でも川ならあるよ!」
そう言ったバルコについていった先は、水深がありそうな用水路だった。
「……………」
「皆、ここの水飲んでる。でも、たまに落ちて死ぬ奴が居るから気を付けて!」
「了解」
これじゃ魚も取れないだろうな……危な過ぎる。
私は再び思案し、一つの結論に達した。
「バルコ、ついてきな」
「?」
なんて大口を叩いたが、普通にバルコに大通りまで案内してもらった。
彼と共に大通りを歩きながら、私はターゲットとなり得る人間を探していた。
「!居た!アイツだ!」
私は標的を見付けると一目散に近付き、鳴いた。
『クゥ~ン……』
【私、もう何日も食べてないんです……】といった声音で、パンの袋を片手に歩いていた中年女性に向かって鳴くと、女性は「あら~……お腹減ってるの?」と困惑した。
「はい……もうペコペコで……」
私は、師匠であるセシル直伝の“キュルンッ”とした顔を目一杯して、女性に向かってもう一度鳴く。
すると女性は「しょうがないわね~……」と言いながら、食パンを一枚分けてくれた。
私はすかさず尻尾を大きく振り、その場を回って、喜びを全身で表現した。
女性は気をよくしたのか「人懐っこい子ね~」と言って私の頭を撫でようと手を翳し、私はそれを受け入れた。
その様子をバルコは少し離れた位置からドン引きしながら見ている。彼の気持ちが離れていくのがひしひしと分かった。
バルコに気付いた女性が「あの子は貴方の子?」と聞いてきたので、元気よく「はい!」と笑顔で答える。
女性はニコニコしながら「あらあら~。じゃあ、もう一つ必要ね~」と、パンをもう一枚くれた。
私がバルコに「お礼言いな!」と言うと、彼は小さい声で「ありがと……」と鳴いたのだった。
「いつもああいう事してるの?」
食パンを前に、バルコが哀れむような顔で訊いてきた。
私は食べながら「うん」と答える。
「食べないなら寄越しな」
「いや……食べるけど……」
バルコはパンをモグモグと食べながら
「エルデには野良のプライドとかさ……」
と、のたまってきたので
「んなモンは無い」
とハッキリ返した。
「プライドで腹が膨れるかよ」
「でも……あんなに人間に媚びてさ……」
「良い?自然の中なら兎も角、都市部で生き残るなら犬好きに媚びるのはマストだ」
【人が居る環境なら、人から餌を貰う方が楽】
それこそが、飼い犬・野良犬両方を経験して、たどり着いた一つの答えだった。
勿論“餌をくれる奴が善人”という前提ではあるが。
「だけど……アール達はあんな事しないよ?」
私は、まだ言い募るバルコに面倒になり
「なら、そのアール達の群れに入ったら良いでしょ?おじさんに頼んでみたら?」
と、突っぱねた。するとバルコは拗ねたのか黙ってしまった。
「……最初に言ったろ。『好きに生きな』って。『人間に媚びてまで餌なんか貰えるか』ってんなら、アール達の群れに入れてもらうのだって一つの選択だろう」
「……エルデはどうするの?」
「私は人間様に媚びて餌貰うよ。そっちのが楽だからね。」
「…………」
「バルコ。もうお母さんは居ないんだよ。どんなに心細くても、ひとりで決めていかなきゃいけないんだ。腹括るしかないんだよ。」
私はまっすぐ彼の目を見て言った。彼がこれからひとりで生きていく上で大事な事だと思ったから。
先に目を反らしたバルコは、食パンを半分程残すと「ちょっと寝る」と言って体を伏せ目を閉じた。
私はそのまま、自分の分のパンをすべて食べてから同じように寝た。
翌日、また同じように犬好きっぽい人間から何か貰えないかと、大通りでターゲットを選定していると、バルコがやってきた。
私が起きた時、彼は既に寝床に居なかったので、てっきり件のおじさんの所へと行ったんだと思っていた。
「どうした?」
そう訊くと、バルコは苦笑いしながら「駄目だった」と言った。
「アールの群れには“子供と弱い奴は入れない”んだって」
「それでこっち来たの?」
「うん。俺、人間に媚び売ってでも生きる事にした」
そう言ったバルコの顔には、幼さが消え、覚悟が決まっていた。
「なら、媚び売る方法教えてやるよ」
私は、彼の覚悟に応える事にしたのだった。
犬が歩けば道になる シマチョウ大好き @motuyaki10simacho
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