第9話 カルマ(2)
セシルが亡くなってからしばらくして、住んでた物置小屋が老朽化で人間に取り壊された。
本当はその時点で此処を離れようと思ったが、何となくそんな気になれず、街の中を転々として暮らしている。
『彼女がもう一度生まれ変わって私に会いに来る』なんて事を信じている訳ではない。ただ、行く当てが無いだけだ。
すっかり習慣になってしまった川での魚獲りと日向ぼっこをしたら、街をブラつく。たまにセシルの子と会ったり、肉屋の店員に媚びを売って肉を貰ったりして暮らしている。
セシルと生活してた頃はたまにしか来なかったから特に気にした事はなかったが、街は震災からの復興の際、倒壊した建物は取り壊し、全て新しく建て直した為、国の中でも都会的な場所になっているらしく、1年を通して観光客が多い。
ちなみに、件の教会は数年前に移転している。
街で十何年と暮らしていると、たまに人にも野良達にも「お前、長生きだな」なんて言われる事があるが、こちらが素知らぬ振りをすると、あちらが勝手に以前会った犬とは別の犬、又は子供か何かだと勘違いしてくれる。
それは生きていく上で楽だが、裏を返すと、その程度の関係しか築けないのが少し寂しい時もあった。そんな時、自分が『弱くなったな』と感じるのだった。
その日も街をブラついていると「カルマ」と“人間”に名前を呼ばれた。
驚いて声の聞こえた方を向くと、10代後半らしき銀髪の女が立っていた。
「私が分からないか?」と女は続けた。私が「セシル?」と訊くと、彼女はドッキリが成功した時のようにニヤリと笑って頷いた。
セシルは人間に転生していた。
今の彼女は“イルゼ”という名前だが、本人曰く「セシルで良いよ」との事なので、お言葉に甘える。
人間になったセシルの事をマジマジと見ていると、彼女の耳が長い事に気が付いた。
「あぁ。今の私はただの人間じゃない。エルフなんだ」
「“エルフ”って本当に居るんだ……」
思わずそんな感想が口から溢れ出た。
「その……でも、なんでエルフに?」
私の知る限り“エルフ”といえば長命だ。「人として生きるなら、親しい人を見送るばかりの人生になるのではないか」と言えば、セシルは呆れたように「分からないのか?」と言い返した。
「何が?」
「お前と一緒に生きる為だろうが!」
彼女はそう言って、私の顔をわしゃわしゃと撫でた。
「今度はもっと居れるぞ。この体なら、お前の暮らした森へも連れて行ける」
「……アンタは優しいお師匠さんだな」
私は胸がいっぱいになって、そんな事しか言えなかった。
私達は私が軍に入る前まで長年過ごした森へ行く事にした。だが、もう30年以上前の事なので、詳しい所はあやふやな部分もあり、国内も市町村の統廃合が進んでいる為、場所の特定には難儀した。
記憶の中の特徴に合致する、何ヵ所かの森を候補とし、1つずつ回る事になった。
「まぁ、時間はある。のんびり行こう」
セシルはそう言って笑った。
転生したセシルは、猫の時代を引き摺っているのか、中々恋多き女だった。
行く先々の街で、ちょっと顔の良い男にときめいてアプローチしては、振られたり彼女がいたりを繰り返し、その都度ヤケ食いしたり八つ当たりのように私に魔法の特訓を施したりした。
はっきり言ってクソ迷惑ではあるが、魔法の避け方だけは軍に居た頃より上達した。
青葉が空に映える初夏、私達は小さな町にたどり着いた。
手持ちの現金が少し乏しくなってきた為、その町でセシルが占いをして資金を稼ぐ事になった。
“犬を連れたエルフ”というのは目立ち、占いもよく当たるとの事で私達は町民から一目置かれ、三月もすれば、殆どの町民と顔見知りにもなった。
暑さのピークが過ぎた頃「旅の資金も貯まってきたし、秋になったら町を出ようか」なんて話していた矢先、雨が続いた。
毎日のようにどしゃ降りと曇り空を繰り返し、近くの川は増水した。
きっと線状降水帯ってヤツだろう。川が氾濫するのも時間の問題だった。
その日は風が強く、雨も降ってないのに雷鳴が遠くで聞こえる嫌な日だった。「嵐が来るな」とセシルとどちらともなく言った。
その予想は当たって、夜には宿の窓を激しく叩く大雨が降った。
深夜、寝ているとセシルがガバッと起き、バタバタと着替え始めた。
ただならぬ様子に「どうした?」と訊けば「川が決壊してて、この町を飲み込む夢を見た」と返ってきた。
「確かに決壊してもおかしくはないけど、夢でしょ?」
「違う、私の夢は予知夢なんだ。あと1時間でこの宿の1階部分は水に沈む」
セシルはそう言って、着替え終わると外に出ようとした。
「何!?どこに行くつもり?あっ、1階の人を起こすの?」
「それもあるけど、私は川に行く」
「はっ!?なんで!?」
「少しでも川の水が入って来ないよう、魔法で堤防を補強してくる」
『無茶だ』と思った。どうにかして止めなくては。
「……無理だろ」
「無理かもしれなくてもやらなきゃ町の人達が死ぬ。カルマは此処に居て」
セシルがドアノブに手を掛けた瞬間、私は彼女の服の裾を噛んで引っ張った。
「離しなさい」
「いひゃだ」
「1分1秒も無駄にしたくない。離しなさい」
「…………」
「カルマ」
セシルが諭すように名を呼んだ。
「必ず戻ってくる」
「……セシルがやる事じゃない」
一度口にしたら言葉が止めどなく溢れた。
「川をどうにかしようなんて無茶だし、このまま2階に居れば私達は助かる。ワザワザ死にに行く必要なんてない」
「……町の人達がどうなっても良いのか?」
「どうなっても良いよ!」
思わず叫ぶと、セシルが厳しい顔した。
「私はアンタの方が大事だよ。だから、行かないで……」
そう縋ると、彼女は私の鼻先を軽く叩き
「私は!カルマも町の人達も大事なんだ!」
と言って私を抱き締めた。
「必ず帰ってくる。それまで此処で待ってて」
2時間後、川の水が町に入ってきた。だが、セシルの予知夢と違って水位は1階の3分の1程で止まった。
そして、朝になってもセシルが帰ってくる事はなく、5日後、川から少し離れた所で遺体で発見された。
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