【7月12日】15分毎に棚の商品を入れ替えるドラッグストア
奈良ひさぎ
黄色と黒のドラッグストア
15分毎に棚の商品を入れ替える店があるらしい。
その噂を聞きつけた時は、文字通り耳を疑った。かつて学生時代、スーパーの品出しのアルバイトに従事していた私からすれば、そんなに高頻度で品物を入れ替えるメリットが感じられないからだ。純粋に仕事が増えるというのはもちろんのこと、客からすれば馴染みの店で行くたびに商品の場所が変わっているようでは、いい気分にはならないだろう。馴染みの客を作らない、一見さんお断りならぬ常連客お断り、などというスタイルを確立しようとしているのか。そんな素っ頓狂なことを考えてしまうくらい、高頻度で商品棚の見直しを行うのは非効率で意味の分からない話だった。
聞けば、その店は都内H駅前、商業施設の一角にあるドラッグストアだという。ちょうど午後から近くで別件の取材があり、外出する予定だったので、午前中にそのドラッグストアを訪れることにした。
H駅は一日の乗降客数が10万人近くにもなる、付近では有数のターミナル駅だ。改札は東側と西側にあり、東口からはニュータウンに直結し、のどかながら賑やかさも併せ持っている。付近の人口増加も著しく、都内の住みたい街ランキングでも毎年上位常連。対する西口はビジネス街へとつながっており、駅の出口直結でペデストリアンデッキが伸びていることで、屋根のある歩道を通ってかなりの範囲まで行けるようになっている。人間の利便性を相当追求しつつも、息苦しさは感じさせない、バランスの取れた駅であるように思う。
近くに会社があればこの駅前に住むのも悪くないと思うほどなのだが、駅前一等地のドラッグストアでそんなことをやる意味があるのだろうか。よほど床面積が狭いのかもしれないが、そうだとしてもこの立地であれば、一人暮らしの客も決して少なくないだろう。いったいどんな目的で15分刻みのスケジュールを組んでいるのか。
クリニックも何軒か入っている駅前の商業施設のフロア案内に従って、件の店の前までやってきた。外観は特に変わったところはない。全国展開している、黄色と黒が特徴的なあのドラッグストアである。確かに私がこれまで見てきたドラッグストアと比較すると、店内は狭そうであるように感じるが、都心型の店舗はこんなものだとも思える。レジが一台しか用意できないほどではあるが、限られたスペースに本当に必要な商品をなるべく多く並べるための努力の跡が感じられた。言い換えれば、この店舗にとっては今の商品の並びが理想形であり、むしろ商品の入れ替えをする必要がないようにさえ思えた。
この狭さでは商品の入れ替えを一度行うのも、なかなか骨が折れる作業だろう。それを1時間に4回もやるとは、いったいどんな営業方針なのだろうか。ちょうど店の前までやってくる途中で、十年と見ていなかったシュークリームの店を見つけていた私は、15分後にもう一度戻ってくることを決めて、少し行列に並んでシュークリームを購入し、近くで立ちながらにささっといただいた。学生時代、たまのご褒美にそのシュークリームを食べていた頃が懐かしい。調べてみると都内には案外店舗があるようで、長らく触れていなかった私の見つける力が衰えていただけと気づき、愕然とした。わざわざ降りるほどではないが、通勤経路の途中駅の改札内にもあるらしく、昔のように定期的にその店に通うことに決めたのだった。
さて、15分が経った。店の前に戻ってきて、私は思わずぎょっとする。確かに品物の並びが変わっているではないか。店の東側の棚に並んでいたはずのシャンプーの詰め替えは、西側へ。代わりに元から西側にあった目薬は北側の棚へ。単に場所が入れ替わっているだけではなく、新しくラインナップに加わった商品も多数あった。本当に15分で商品が入れ替わっている。しかも店員があくせくと動き回っていたわけではない。すなわち15分どころか、もっと短い時間の間に棚の商品の入れ替えを済ませている、というわけである。
ならば、しばらく店の前に滞在して、どのような技が発揮されているのか見ようではないか。もしも本当に10分やそこらで入れ替えを済ませられる技量がここの店員にあるのであれば、こんなところでとどまっているのはもったいない。その手際の良さを、もっと他の仕事に生かせるはずだ。あるいはここでその手際の良さを覚えさせ、次の仕事へつなげるための研修場として使うのもありだろう。いずれにしても、いかに店が狭いとはいえ、そんなに高頻度で商品を入れ替え品揃えをアピールするというのは、どうにも間違った企業努力のような気がしてならない。一記者である私がそのような心配をするのはお節介かもしれないが、しかし一般人目線でこの店を見たとしても、品物の並びが何年通おうと覚えられない、覚えさせてくれないのだから迷惑な話だ。
用もないのに店の前でじっと突っ立っているなど、不審者以外の何物でもないのだが、そのような衆目にさらされる行為は記者である以上慣れている。その手の図々しさもまた、記者という職業には求められるのだ。しかしあくまで他人に迷惑はかけないよう、近くの柱にもたれかかり、それとなく店の様相を観察することにした。
しかし特に作業らしい作業もせず、ただ突っ立って店の様子を見ているだけでは退屈だと、5分ほど経った頃に気づいてしまった。そういえば最近寝不足だったことを思い出し、うつらうつらと首を動かしてしまう。そして気づけば、しばらく目を閉じて眠りに落ちてしまっていた。はっと目を覚まし、時刻を確認すると、ちょうど10分ほど経過してしまっていた。危なかった、その恐ろしいまでの手際をこの目で確認せねば――と、店の方を一瞥すると。明らかに、商品の並びが変わっていた。ちょっと場所が入れ替わっているだけではない。別の店に来てしまったのではないかと疑うほど、がらっとラインナップが変わっていた。そして店員はやはり、何事もなかったかのようにレジ打ちをしていた。店の奥に商品の入れ替えだけを担当している店員がいたとしても、異常な手際であるように思えた。
今度は見逃さないようにしなければ。元気の前借りをと、そのドラッグストアの店内へ入り、目が痛くなるような原色の多いデザインをした、カフェインのたくさん入ったドリンクを購入することにした。しかしいかんせん、レジが一台しかないので混雑してしまう。運悪く列に並ぶことになってしまい、また前の客が大量にものを購入するおばあさんだったこともあって、私の順番が来る前に10分が経過してしまった。
するとどうだろうか。せめてどこか特定の棚でも見つめておこうと決めて、歯磨き粉の棚を見ていたのだが、まばたきを一度したその瞬間にそこから歯磨き粉が消えていた。歯磨き粉だけではない。その周りにあった商品も丸ごと消えて、シャンプーや洗顔料など、まるで別の種類の商品に変わってしまっていた。
そこで私はようやく、この店で超常現象が起こっている可能性を考え始めた。いくら棚の入れ替えを専門にやっている店員がいて、極限まで訓練されていたとしても、さすがにまばたき一度の間にそこまでできるはずがない。本来ただの客である私が知ってはならなかったことが、この店では起こっているのだ。しかし私は記者、せめて何が起こっているのか確かめてからこの場を後にしなければならない。職業病、というやつだ。
購入したドリンクを飲み干してから、私はあらためて店内に入り、ぐるっと一周してみる。しかし特に変わったところはない。やはり狭いことに違いはないが、空気が特定の場所だけ
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しかしビデオカメラを構えた瞬間に、聞こえてはならない【声】が私の耳に届いた。まるで今すぐ撮影をやめろとささやかれているような。ただの雑音と思い込むことができそうでできない、ギリギリ人の声だと認識できてしまう音。その音が耳を通り抜ける時間が長くなるにつれて、私の全身からは冷や汗が噴き出し、二、三分も撮影を続けていると耐えられなくなってしまい、録画停止のボタンも押さずに店を飛び出してしまった。空調は十二分に効いていたはずなのに、私は汗を流し息まで切らしていた。
これ以上、撮影の継続は不可能だ。私は一度家に帰ってシャワーを浴びることに決め、その場を後にした。最後にもう一度だけ振り返ると、やはり棚の景色はがらりと変わっていたが、ビデオカメラを向けていなかったからか、不気味な声は私の耳には届かなかった。
【7月12日】15分毎に棚の商品を入れ替えるドラッグストア 奈良ひさぎ @RyotoNara
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