1970年

 本国の反戦運動の雑音を聞きながら、それでも僕はここに居る、兵士として戦っている。

 アイビーグリーンの戦闘服スーツに身を包み、年がら年中が「小暑」のような密林で僕は戦っている。

 イデオロギーという得体の知れない錦の御旗を掲げて、僕たちは官軍、相手は賊軍と割り切って戦っている。


 しかし、ここは戦場というには余りにも生々しい現実が広がっている。

 密林の中にも外にも、人々の生活が広がっている。

 そんな彼らの生活に溶け込んでいる賊軍の兵士たち。

 彼らの生活に隠れている賊軍に対する疑心暗鬼から、我々の手で消し去った村は両手両足の指では足りない程だ。

 我々は錦の御旗のもと、彼らの正義の使者。


 正義って何なのだろうか?

 新調された軍靴は、三日もすれば泥と消炎にまみれ、ズタボロになってしまう。

 味方のものなのか、敵ものなのか、そんな事さえ分からなくなるほどにこびり付いてしまった血痕の数々。

 タバコやアルコールだけでは精神の安定は望めず、軍から支給される安定剤クスリで辛うじて繋ぎ止められる精神。

 キレイな地元女性を見かければ強姦し、都合が悪ければ村ごと全てを焼き払う。

 …何時から、僕たちはに成り下がってしまったのだろうか?


 戦争の意義を見失い、やる気を無くした政治家連中の中途半端な指示の元、今日も僕は戦っている。

 もう、アイビーグリーンの服は血と汗、泥と消炎にまみれてしまい、ここに来た当初のパリッと糊の効いた雰囲気は何処にもない。

 同じように、僕の心もここに来た当初の高い志は何処にもない。

 同期組の仲間が一人、また一人と命を落としていく…その死に一体どれだけの意味があるのか判らないまま。

 同じように、蹂躙され殺されていく戦場に生活の場を置かざるを得ない人々…。


 考えたくもないけれど、たぶん僕たちはこの戦争に負ける。

 イデオロギーに負ける事だけは、本国の政治家連中が許しはしないだろう。

 だけど、僕たちはこの戦争に負ける。


 もはや、僕たちには正義が無い!

 僕たちの掲げた錦の御旗も正義も、結局は自己満足の下らない戯言でしかなかったのだ。

 一体どれ程の命と血をこの大地に吸わせれば、僕たちはこの大地から去ることができるのだろう。


 小暑の候。

 銃を握った僕の腕の上で、ヒルが血を啜っている。

 たぶん、この大地においては、僕とこいつはたいして変わらない存在なのかも知れない。

 ただ生存するために、相手の生命を啜る…そこには、正義もなければ理性もない。

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ベトナム たんぜべ なた。 @nabedon2022

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