あなたのヒミツは墓の下

渡貫とゐち

墓の下に埋まっているものは。


 ――生前、彼女は言っていた。


「あなたの秘密ヒミツは、この私が握っています」


 おかっぱ頭のぐるぐる丸メガネをかけた新聞部の部長だった。

 メガネをぐいっと指で上げた部長兼学園記者である彼女の唐突なセリフに、すれ違った男子生徒が足を止めて振り返る。


「…………なんのことだ?」

「ではこれを」


 手渡された封筒の中身を見る男子生徒。

 全てを読み終えた男子生徒が、脂汗を垂らしながら彼女を睨む。


「どこで、これを……ッッ」

「手段をあなたに教える必要がありますか?」


 ぐっと詰め寄った男子生徒に怯えもせず、彼女は胸を張って、堂々と彼の敵意を受け止める。


「び、尾行をしたのか!? それとも盗撮か……盗聴もあるな? 家に不法侵入でもしなければ分からないネタばかりをかき集めてるだろ……! ――この犯罪者がァ!!」


「いえ、法に触れることはしていませんけど」


 指摘されても彼女はなんのことだか、と肩をすくめていた。

 ……自覚がないというのは恐ろしい。たとえ、彼女の手段が法に触れていたとしても、正義という盾を持った彼女は法に触れていたとしても「必要なことだった」と言い切ってしまう。

 必要な悪だった、と割り切ってしまえるのだ。

 彼女の中では触れていないことになっている。


 晒されたくない秘密を握られてしまえば、握られた側は強く出られない……そういう不利を知った上で、彼女は堂々と手段を選ばない。


「(こうなりゃ闇討ちしてこいつの意識を落とせば、握られた情報を奪い返すことも……いや、知った事実を取り消せるわけじゃねえし、闇討ちは足がつく。新しい餌を撒くだけだな……クソ、どうしたってこいつは得た情報を拡散して学園新聞の人気の養分にしちまう。もう、俺の秘密は――)」


「嫌ですか?」

「……なにがだよ」

「だから、盗られた情報を晒されるのが、です」


 それは……わざわざ答えなければいけないことなのか?

 ……暴かれたことが既に嫌だが、それでももう終わったことだ、今更あーだこーだと言うつもりはない。

 暴かれてしまったのなら、絶対に暴かれないようにしなかった自分が悪いのだと、男子生徒はそう思うことで怒りを収めていた。

 あとは、握られた秘密を「晒さないようにさせる」ための交渉は、まだ可能性があるはずだ。


 問答無用で晒すほど人でなしではないと思う……恐らくは。

 彼女も、人の秘密を好き勝手に暴いて公開することで受ける批判は少なくしたいだろう。


「(どーせ交換条件を突きつけられるだけだが――……こいつは俺になにを望んでる……?)」


「そう恐い顔をしないでください」

「……はぁ。もちろん、その秘密は秘密のままにしておいてほしいが……こっちが頭を下げて、あんたはそれを約束通りに秘密にしてくれるのか?」


「はい」


「だよな、頭を下げて秘密を秘密のままにしてくれるなら、あんたはこの世の全員から嫌われるような新聞部ではな――――は?」


 ちょっと待て、と男子生徒は頭痛がしたように顔をしかめた。

 指で眉間をぐっぐっ、と揉んで、現実を確かめる。


 ――ちょっと待ていまなんて言った?



「あなたが頭を下げて『晒さないでほしい』と言うのであれば晒しませんけど。こちらも、なんでもかんでも載せるわけではありませんよ。注目度の高い情報はできるだけ載せて公開したいですが、本人が嫌がるのであれば晒しません。

 もしくは、大幅に脚色を混ぜて真実を誤魔化して公開する、などですね。細部に事実を残すとは思いますが、真実を色濃く出しながらも、絶対に譲れない部分は隠すやり方もできます」


 意外と器用なんですよ、と言いたげに口元が緩む新聞部部長。

 ……得た情報を、絶対に全て公開したいわけでもないようだ。

 取捨選択。削る勇気も部長には必要なのだった。


 そうしてくれるのであれば、握られた側からすればありがたいが……、ただそこまで譲歩できるなら最初から暴くなと言いたい。おかしな表現だが、許可を取って暴いてほしいとも思う。当然、許可など出すわけがないのだけど……。


 譲歩できると言っても新聞部でありマスコミ魂を持っている……である以上は、まったく暴かないというのも難しいのだろう。というか、できない性なのだろう。

 秘密を握られてしまったものの、その公開内容に彼が手を入れることが可能なようだ。


「でも、俺が知る限りだが……暴かれて損をした人ばかりなんだが……」

「知る限り、だから偏っているのではないですか?」

 まさにその通りなのだが……。


「――まあ、交渉にも応じず、暴力行為や、私たち新聞部を陥れようとしてきた相手には、想像通りに問答無用で全てを世間に公開しています。逆上した人はすぐに手が出るから困ったものですよね……。情報操作はお手のものだと言うのに……。

 暴くということは隠せるということでもあります。……問答無用の全公開があるからこそ、私たちが公開した記事に真実味があるとも言えますが。信頼されていなければ嘘で真実を隠したとしても信用されませんからね」


 真実だけを公開してきたからこそ、多少の嘘を混ぜても全てを含めて真実だと誤認させることができている。これが、話が分かる人ばかりと交渉して、嘘も真実も混ぜた記事ばかりを公開していれば、読者も最初から「嘘も真実も混ざっている信用ならない記事」という見方をしてしまうだろう。


 真実を嘘だと思われることも、嘘を真実だと思われることもある……となると、暴かれた側にとっては不利益しかない結果になることもあり得る。

 どうしようもない悪人でなければ、新聞部だって逃げ道は用意してあげたいと思っているのだ。


 だから、ある程度の生贄は必要になってくる。


「忘れられがちですが、私たちは新聞部として、読者を楽しませたいのです。悪人の悪事を見破り、破滅させるために公開したいわけではありませんからね。秘密を握って脅して、相手に言うことをきかせる、ということは一切しません。安心してください」


「……いや、信用できないけどな」


「これまで脅された人がいないのが証拠になるのでは? 情報だけはたんまりとあるのに……不思議じゃありません?」


 確かに、たとえ口封じされていたとしても流出してしまうのが情報だ。

 彼女よりもやり手の記者が動けば、情報なんてあっという間に抜かれてしまうのだから――――


「ですので、もういちど言いますけど、安心してください。

 あなたの秘密は誰にも言いません。きちんと墓まで持っていくつもりですので――」





「で、約束通りに、あいつは秘密を守ってくれたわけだ――」


 握られた秘密の大半が公開されなかった。脚色された記事は書かれたものの、事実である部分の方が少ない……本質はまったく違う記事だった。


 おかげで、絶対にばれたくない秘密は誰の目に触れることもなく……



 今日までやってこれた。


 誰にも失望されることもなく。


 だけど。



 彼女は死んだ。



 卒業し、大人になって就職した彼女は人の秘密を暴き続けた。

 当然、彼女は恨まれ、殺されて――まあ、自業自得ではあるのだが。


 人の秘密を暴くとこうなる。

 もうするなよ、とは、彼女にはもう言えない。

 彼女はもう――――目の前の墓の下だから。


 かつて彼女と同級生だった男子生徒は、彼女の墓参りにやってきていた。

 親しい友人ではなかったものの、それでもクラスメイトではあったので、少ないながらも交流はあったのだ。

 だから、彼女が殺される数日前まで連絡を取っていた男は、義務感で墓参りにやってきた。


 ――墓参りくらいはしてやらないとな、と肩をすくめながら。



「そこのあなた」

「はい?」


 墓の前で立っていると、急に現れた気配に気づいて振り向けば、老婆がいた。

 まるで毒リンゴでも持っていそうな……

 夏なのに、熱中症のことをまったく考えない占い師のような格好だ。


 老婆は、墓の下を指差した。


「そこに、黒いエネルギーが溜まっておるんじゃなあ。

 悪いものではないが、気を付けなさい……」


「あ、はい」


 黒い、と言われたら悪いものだと思ってしまうが……?

 老婆が言うならそうなのだろう。

 見えているかどうかも怪しいものではあったが。



 老婆は、霊能力者なのかもしれなかった。


 老婆の話を半分ほど聞きながら、墓参りを終える。

 屈んで、両手を合わせて――――最後に、老婆の言葉が気になった。


 ……墓の下?


 周囲を見回し、誰もいないことを確認する。罰当たりな行為な気がするが、直前に不穏なことを言われてしまえば、確認しないわけにもいかなかった。


 それとも、確認しない方がいいのだろうか。だったら教えなければ…………


「おや、見るのかい?」

「うぉ!? い、いたのかよ!?」

「ふぇふぇ、手伝ってやろう」


 老婆と協力? し、墓をずらす。


 墓の下を確認するために――。



 手伝うと言いながら老婆は結局なにもしなかった。

 墓の下が見える。

 男には見えなかったが、溢れているどす黒いエネルギーを見ながら、老婆が「すっごいのう」と、素人みたいにびっくりしていた。


「おっほっほー」とその場でくるくると横回転……なにしにきたんだほんとに。


 墓の下を見れば、彼女の遺骨しか埋まっていな――――いや。


「なんだ、これ……」


「見えるのかい?」


 老婆が男の肩に手を置く。

 すると、男の目に映る、大量の虫が地面を這っているように見えていたそれが、はっきりと、文字に見えてくる……そして、男はその文字の繋がりが分かるようになった。


 バラバラだった文字が、ひとつの線で繋がるように文章になる……読み取れる。


 これは、まさか……?


「あ、あいつが……これまで集めたみんなの秘密、か……?」


 男が握られた秘密も読み取れる。……本物だ。

 つまり、約束通りに秘密を墓まで持っていってくれたのだ。――しかし。


 こうして墓の下で溜まっていた秘密は、霊能力者であれば察することができるし、見ることもできる……つまりどんなに優秀な記者よりも、霊能力者の方が情報収集能力で言えば上なのではないか――。


「ほおほお、これはまた……すごい秘密を集めたものだあねえ」

「――ッ、ちょっ、人の秘密を見るんじゃねえよ!!」


 怒鳴られた老婆は肩をすくめながら。



「まあ、しかしのう――

 墓の下を見なくとも、墓の上に座っているに聞いてしまえば同じことなのじゃがのう」




 …了

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あなたのヒミツは墓の下 渡貫とゐち @josho

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