解決編

「教えてください!」


 小日向は期待を込めて言った。


「そうだね。ただ、君にも刑事として成長してほしいから考えの道筋を追いながら説明しよう。そうすれば、同じような事件が起こったときに君にも同じ推理をすることができるからね」


 ベッドの脇にしゃがんでいた塩月は立ち上がると、紺のパンツスーツの膝を払いながら続けた。


「今回の事件でどうしても無視できないのは死亡時刻だ。端子を付け替えるといった操作には意味がないし、心電計のシステムに細工がされた痕跡もない。だから、死亡時刻は事実として扱うしかない。被害者は2時5分12秒に死んだんだ。


 だが、その時刻に被害者の近くにいた人物はいない。そのことが私たちを悩ませている。だけど、十秒ほど経てば人が到着する。最初に到着した看護師であれば、誰にも気づかれずに被害者にナイフを突き立てることが可能だったんだ」


 塩月はあっさりと犯人を指摘した。だが、小日向の表情は相変わらず曇っている。


「それは因果関係が変じゃないですか。被害者がナイフで殺されて心拍が止まったから電子音が鳴って、その音に反応したから看護師が来たんですよね。死んだのが電子音の鳴った瞬間であることは事実なんですから、その後にナイフを刺すのでは順番が逆ですよ」


 小日向の反論は想定済みだったようだ。塩月はまったく動じずに言う。


「そうでもないんだな。被害者は確かに電子音が鳴った瞬間に死んだ。そして、その後に看護師は死体にナイフを刺したんだ」


「どういうことですか?」


 小日向は混乱していた。


「つまり、被害者はナイフで刺されて死んだのではないということだ」


「でも、警察医の先生はナイフで刺されて死んだって」


「いや、出血性ショック死だと言っていた。それにまだ検死も行われていない。心臓周辺の器官の不調が原因で死んだとしても、ナイフで内臓が傷つけられたせいで、もしかしたら特定できないかもしれない」


 つまり、被害者は病気で死んだということだろうか。よく考えてみれば、被害者は病院で心電図を付けられているほどの人間なのだから大きな病気を抱えた人間であるのは間違いない。病院で死ぬ可能性が最も高い人間なのだ。


 なるほど。そう考えれば、密室の謎は解ける。病気で死んだ後に看護師がナイフで刺した。そうすれば、見事に刺殺体の完成だ。


 でも、それは変ではないか?


「確かにそれで密室の謎は解けます。でも、なぜ看護師はナイフを突き立てたりなどしたのでしょう。病気で死んだのだったらわざわざナイフで刺す必要なんかないじゃないですか」


「病気で死んだのではないとしたらどうだろう。被害者は手術の直後に死んだのだ。そんなタイミングで急死するのであれば、病気よりもむしろ手術ミスの可能性を疑うべきではないだろうか。


 私が考えているのはこうだ。被害者の心臓手術を担当した医者は、自分がミスをしたことに気づいたのだろう。そして、患者が手術後数時間以内に死ぬであろうことも薄々わかってしまった。こうなると後日、手術ミスで訴えられることは免れられない。


 そこで懇意にしている看護師に頼み込んだのだろう。先ほど手術をした患者が死んだらすぐに駆けつけてナイフで心臓を刺してくれないかと。ただし、病室の窓は事前に開けておいてほしい。そうすれば、手術ミスではなく、殺人鬼が窓から入り込んで患者を殺したと見せかけることができるからと。


 医師とかなり深い関係にあった看護師は頼み事を請けた。それで事前に窓を開けておいたのだが、運の悪いことに同室にいた井上妙子が閉めてしまった。さらに、妙子がいる目の前で患者は死んでしまった。


 でも、看護師にはそんなことまで考える暇はなかった。通常の業務もあるし、とにかく患者が死んだらすぐにナイフを刺さなければならないと言われていた。だから、その通りに実行してしまった。結果として、密閉された空間で刺殺されたように見える不可解な状況が完成してしまったというわけだ」


 小日向は唸っていた。あれほど強固に見えた密室がものの見事に解けてしまった。やはり伝説の塩月警部の評判は伊達ではない。


 その後、手術を担当した医者と第一発見者の看護師を問い詰めたところ、容易に自白を引き出すことができた。相当な良心の呵責があったのだろう。医者は涙をながしながら自分の手術ミスを告白していた。


 だが、塩月は全く同情する様子も見せずに医者を警察に連行していった。小日向は、たった一度のミスでキャリアを台無しにされてしまう医師のことを少し気の毒に思わないでもなかったが、塩月の考えは違うようだ。


 こうして事件は解決した。小日向も捜査一課として新たな経験を積み、また新たな事件にも挑むのだった。


<完>

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ナイフの刺さった入院患者〜不可能犯罪捜査ファイル03〜 小野ニシン @simon2000

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