文章を書くに至ったきっかけ
人はどうしていじめをするのでしょうか?
私にはわかりません。
ただ、M君に対する周りの人間からのいじめ・・・いや嫌がらせ、それを気づきながらも見過ごしていた私は、同罪だと思います。
私は彼に懺悔をするつもりでこの文章を書いているのです。
最初の章では、多くを語りませんでしたが、書き始めから暫く経って私の気持ちも落ち着いてきたので、この文章を書くきっかけになった出来事を今から話したいと思います。
あれは、先月の出来事でした。私は大阪の繁華街にある画廊を訪ねました。とある漫画家さんの原画展が開かれており、その方のサイン会も同時にあったのです。私はその漫画家さんが好きで興奮しながら趣味の合う彼氏とともに、画廊へ行きました。実を言うと私の彼氏は大学時代、私が回想で何度も出しているグループに所属していた内の一人です。
開店前の30分前に行ったにもかかわらず、画廊は雑居ビルの4階にあるのですが、4階から2階に及ぶまでの長蛇の列が出来ていました。まじか・・・と思いながらも、最後尾に並びました。そのとき、ふと、生臭い匂いと柔軟剤の混ざった匂いがしました。その匂いを嗅いだ瞬間私はM君が来ていることを察しました。そうM君が嫌がらせを受けていた原因には彼の匂いのこともあったのです。彼は毎日、焼き魚のような匂いを漂わせていました。私の周りの人間がわざと聞こえるように匂いに対する悪口をささやくようになってから彼は強い香りの柔軟剤を使うようになったらしく、生臭い匂いと柔軟剤の匂いの混ざったなんともいえぬ匂いを発するようになったのでした。
私の彼氏は当時、「柔軟剤の腐った匂い」とその匂いを笑いながら揶揄してました。彼は普段は性格が良いのですが、M君のことになると人が変わったように、攻撃的になるのでした。
「おい、まじかよ。Mがいるぞ」
眉間に皺を寄せながら彼氏がぼそっと声で言いました。
やはりM君がいたのです。私たちの10列前くらいに挙動不審にスマホを触りながらいました。
「本当だね」
私はM君をできるだけ見ないように俯いてそう呟きました。意図的では無く自然に体がそう動いたのです。彼に対する罪悪感からでしょう。
彼氏は、ポケットからスマホを取り出して何やら暫く触った後に振り返って私に見せてきました。
そこには漢字四文字のニックネームのTwitterアカウントがありました。私がキョトンとしていると、彼氏はこう小声で言いました。
「Mの新しいアカウントなんだよこれ。あいつ今、webで自伝みたいなやつ書いてるらしい。俺らのこと書くかもしんないぞ、あいつ」
私はその言葉を聞いて、私の周りの人たちがした残酷な行為の数々に関する記憶がドッと脳内に蘇ってきました。
原画展を楽しむ気持ちは消えてしまいました。
ぼおっと原画を一通り見て、サイン会開始。推しの漫画家さんに会えた喜びも半減。私の顔の表情が怖かったのか、漫画家さんは心配そうな表情を浮かべながらサインを書かれていました。
その日、推しのルポライターのトークライブに彼氏と二人で行く予定があったのですが、気が乗らず、当日キャンセルし、夕飯だけ一緒に食べて解散しました。
一人、マンションの一室でM君が新しい名前を用いて書いた自伝を読むことにしました。彼氏に聞いたときから、そこに書かれた内容が気になって気になって仕方がなかったのです。それは、私が大学時代、彼と直接関わろうとしていなかった反動であったのでしょう。つまりは、私は彼のことをもっと知って理解せねば、そう思ったのです。それが私の罪滅ぼしに少しでもなると思って。
彼の自伝はその時点では中学から高校二年生までの記述で止まっていました。彼がある日を境に、自身の匂いにコンプレックスを持ち始めたこと、視線恐怖症、中高でのいじめ・嫌がらせの体験談が語られていました。最終更新日は去年の夏頃でした。おそらく、もう続きを書く気力が無くなってきたのでしょう。
私は更新分を全部読み終えて、居たたまれない気持ちになって、眉尻を下げながら、ブラウザバックしました。そして、リンク元の彼のTwitter(現X)のアカウントページに戻り、私の目に自ずと彼の最新のツイート(現ポスト)が入ってきました。
『やべえ。俺の今のアカウントも大学の同期にバレちゃった』
つまりは、彼は実は私たちのことに気づいていたわけです。ただでさえ、書く気力を失ってそうな彼が自伝を書いていることが同期にバレたと知ったわけですから、かろうじで高校時代の話は書き終えたとしても、大学時代の話はもう更新されることはないでしょう。私はそのツイート(現ポスト)を見て、そう考え、とある決心をしたのです。
彼の代わりに私たちがした愚行を文章にまとめ上げてこのネットの海に流すと。
ただの傍観者であった私、ノーノーという名前で文章を世に出している私が彼に対してできる償いはこれしかないはず…そうですよね?
ただの傍観者 村田鉄則 @muratetsu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ただの傍観者の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます