『未来に存在するであろう私のスケッチ』

小田舵木

『未来に存在するであろう私のスケッチ』

 汚え工場街。そこにある小汚え工場を後にして。

 俺はトボトボ歩いてく。

 手には携帯端末。開いているのはブラウザ。給料日だから、明細を確認しているのだ。

 

 明細には細やかな額が記されていて。俺はガッカリせざるを得ない。

 ま、今日日きょうび、AIやロボットに奪われてない仕事なんて、しょうもないモノなんだから仕方ない。

 

 俺は明細を見ながら、駅を目指す。

 明細に記されている額から…食費が消え、通信費が消え、光熱費が消え…大した額は残らない。

 ああ。なんともワーキングプア。どこで人生を間違えたのか?

 ま。学校に行かなかったのが大きいかな。

 

 そんな事をしている内に駅に着いて。俺は電車に乗り込む。

 電車はガタゴトと走り出す。車窓からは俺の仕事場である工場街が見える。

 うん。AIやロボットが全盛の今の時代でも、工場に人を詰め込んでモノを生産するという仕事は無くなってない。

 1910年代初頭にフォード社が推し進めたライン作業は今でも生き残っている。

 俺はそんなライン作業の末端の一員である。

 こんな仕事、AIとロボットでこなしてくれりゃ良いのに、と思うが。

 こんな仕事、AIとロボットでこなすとコストが高いのだ。

 結果、安い機械である人間がこき使われている。

 俺は有機物で出来たバリアブルなロボットなのだ。

 

 そんな事を考えている内に、電車が自宅の側に着く。

 俺は電車を降りて、駅を後にして、スーパーに寄る。

 

 スーパー。

 今日日のスーパーには代用食料しか並んでいない。

 俺がガキだった頃にはまだマシなモノが残っていたが。

 今となっては―庶民に手が届くモノは全て代用食料になっている。

 例えば肉。カーボンフットプリント的に無理のあった牛肉なんぞ絶滅してから久しい。豚肉と鶏肉は家畜の伝染病の蔓延と飼料の高騰で価格が高騰しすぎて高級品になっている。

 結果。肉の代わりに昆虫だ。俺はコオロギの惣菜を買う。

 

 コオロギの惣菜のお供に酒が欲しいな、と思って俺は売り場に急ぐ。

 ちなみに酒も。穀物を使った蒸留酒から科学的に合成する代用酒にシフトしている。

 それもこれも気候変動で作物が育ちにくくなったせいだ。

 俺は代用酒のサワーをカゴに突っ込んで。レジに向かう。

 

 レジに品物を通せば。

 俺がガキだった頃には考えられなかったような額が表示される。

 ま、この世の中だ、仕方ない、と思いながら携帯端末で決済。

 決済アプリケーションの悲しい決済音。アプリケーションの残高が一気に減る。

 

 スーパーを後にして。

 俺は自分の家のあるスラム街の方へと向かっていく。

 うん、俺のような貧民が借りれる家なんてスラム街にしかない。

 そもそも。日本という国は国土が狭い上に平野が少なく、限られた都市部に人が集中し過ぎている。住める家は少なく、家賃は無限に高騰していく。

 

 俺の住む街、福岡市は街のど真ん中に空港がある。

 そのせいで建物の高さ規制が厳しい。結果、低い建物しか建たないのだが。

 建ぺい率を無視したギチギチの建物がスラムを埋め尽くしている。

 このスラムで火事が起きてみろ、あっという間に延焼するだろうな。

 

 こ汚いコンテナを数個重ねたような建物。これが俺の家だ。この中一杯に人が詰まっている。

 俺はコンテナの脇に付いた階段を上って。2階の自分の部屋のドアを開ける。

 ドアを開ければ。4畳半の部屋がお出迎え。ドアの脇に細やかなキッチンがあって。キッチンの向かいにはユニットバスの浴室がある。

 

 スーパーの買い物袋を持って部屋に入って。

 買い物袋を置いて、浴室に行ってシャワーを浴びる。

 風呂なんて久しく浸かっていない。なにせ水道代とガス代が高いからだ。

 ガス代はまあ仕方ないにしろ、水道代が高騰しているのはいただけない。そも日本は水資源が豊富だったはずだろ?しかしだ。阿呆な我が国は。世界が水不足に陥った際、水源を海外に買い叩かれたのだ。

 

 シャワーを済ませて部屋に戻って。俺はエアコンを入れる。

 電気代がもったいないが…このクソみたいな暑さの中ではエアコン無しじゃ生きられない。

 

 とりもあえず。食事と晩餐。

 コオロギの惣菜…唐揚げだ。ああ、鶏肉の唐揚げが恋しい。今日日ブラジル産の鶏肉でさえ、庶民には手が届かない。

 コオロギの唐揚げは可食部が少なくて。殻が多い。身なんてほとんど詰まっていない。頭がボロボロ落ちる。それを代用酒で流し込む。

 ああ、代用酒って何でこうも味気ないのか。

 ま、科学的に合成されたモノだから仕方ないが―コクが足りてない。

 

 俺は食事と晩餐を済ませると。

 4畳半の部屋の万年床に寝転がる。ダンボールのベッドだ。

 そして携帯端末を弄くって。適当に動画を眺める。阿呆な動画で時間を潰していると虚しくなる。そして、同時に経済格差を思い知らされる。と言うのも。動画に出ている奴らはカネがありそうだからだ。俺のように汚えコンテナで昆虫と代用酒を呑んでいたりしない。

 

 動画を見るのにうんざりして。そして一人で虚しくなって。

 俺は携帯端末のAIを呼び出す。会話機能に特化したヤツ。

 

「なあ。何で俺は貧乏なんだろうな?」

「…貴方が正規のルートを外れたからです」

「学校行って、就職するってヤツな」

「ええ」

「んじゃさ。俺が学校行って、就職してたら―こんな虚しい生活してないかな?」

「それは貴方次第な部分がありますね」

「…どう転んでも。厳しい世の中らしいな?」

「ええ」

 

 どうにも。

 まだまだ汎用AIは会話するには厳しいものがある。

 猫の知能程度からかなり進化はしたものの。技術の壁にぶつかっていて。汎用の携帯端末で動作するAIはぎこちない会話しかしてくれない。

 それに。AIと会話していると虚しくなる。なにせ、相手はプログラムだからだ。アルゴリズムに従って、最適な会話を返してくるに過ぎない。

 

 俺は携帯端末を放り出して。

 ベッドで寝返りをうつ。

 すると隣の部屋の音が丸聞こえになってきて―ああ、隣の外国人のアホ女が男を連れ込んでいやがる。事に及んでいる声が聞こえる。全く、勘弁してほしい。

 そもそも。今日日、セックスなぞ非生産的な営みである。今や世界人口は100億。これ以上人類は要らない。実際、この国では出産制限が布かれている。

 

 だが、そんな非生産的な営みの声でも。俺の性欲は刺激される。

 ああ、出産制限を布く位なら、性欲の方もなんとかしてほしい。

 しょうがないから、俺は携帯端末にヘッドマウントディスプレイを繋ぎ、エロサイトにアクセスして。エロ動画で一人悲しく性欲を満たす。

 ああ、エロ産業が死んでなくて良かった。

 もし、エロ産業が死んでいたら。俺は一人悶々とする羽目になっただろうから。

 

 一人で致したモノを処理する。

 それと同時に隣人もフィニッシュしたらしい。喘ぎ声が止んだ。

 ああ、虚しい。

 

 喘ぎ声が止んで。

 部屋が静かになる。

 俺はベッドの上でゴロゴロしている。

 こういう時間は危険だ。要らん事を考えがちだからだ。

 目をつむっても眠気は来ない。仕方がないから睡眠薬を飲む。

 

 睡眠薬を飲んで十数分。体が弛緩してくる。

 ああ、貧乏にだって贅沢はある。睡眠の時間だ。

 だが―うん。リラックスしていても。将来の不安は過ぎってくるものだ。

 今日貰った給料明細。本当に細やかな額しか載っていなかった。

 これで。将来生きていけるのだろうか?そんな事が頭を過ぎる。

 うん。働けている内は良い。だが。働けなくなったら?

 日本の年金システムは崩壊して久しい。そもそもNISAなんて推進し始めた頃から年金の運用は暗礁に乗り上げていたのだ。

 

 ああ。数十年後。

 俺は生きれているのだろうか?かなり怪しいモノがある。

 そもそも貯金すら出来ていない俺が老後を生きていくのは不可能だ。

 今だって給料が無けりゃ即ホームレスだ。

 ああ、不安ばかりが頭を占めている。

 

 睡眠薬が効いてくる。

 頭がふやけて、不安はボヤける。消えた訳ではないが。

 ああ、明日も仕事か。うんざりだ。

 

 暗闇が俺を包む。抱えている不安ごと。

 そして明日は来る。どんなに望んでいなくたって。

 まーた、クソみたいなライン作業をしなけりゃならんのだ。

 あれは人間性を破壊するのにはうってつけだ。自分が有機物のロボットになった気分になれるのだ。

 だが。そんな仕事でも。やるしかないし、ないよりはマシだ。

 俺は…働いて、しょうもない人生を生きるしか選択肢はないのだ。

 

 暗闇が俺を包む。抱えている不安ごと。

 そして明日は来る。どんなに望んでいなくたって。

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