第6話爪だけで満足なの

 爪はあの子が残した遺伝子のカスだ。


頬を突き破って私の中に入り込んでくるのは、あの子の爪であると同時に遺伝子なのだ。そう思うだけで、全身が喜びに震えた。


 私は、あの子と一つになりたかった。


幾度となく飲み込んでやろうと思ったが、出来なかった。目に見える形で、そばに居て欲しかった。


 少し前に十もあるのだから一つくらい、と血迷ってあの子の薬指の爪を軽く食んでみたことがある。かりり、と口の中に音が響いた。あの子が泣いているような気がして、思わず吐き出した。


 薄く歯形のついてしまった薬指の爪を眺めながら、私は泣いて謝った。痛かったね、ごめんね、ごめんね、もう痛い思いなんてしたくないのにね。と爪を両手に抱きながら、夜明けまで泣き通した。


 「あの時の私はどうかしていたね」と、傷ついた薬指のあの子に語りかける。返事はないけれど、私の頬には紛れもなくあの子の感触が存在していた。


 一つになれないから、私は頬に傷を作る。この傷はあの子が与えてくれたもので、あの子の一部が私に入り込んだ証しなのだ。あの子がここにいる証なのだ。



「幸せだよ」



 そう、私は幸せだ。


 自分に言い聞かせながら、鋭く甘い至福の痛みに酔い痴れる。


 この幸せに酔わなければ、私はきっと生きていけない。



『終わり。 』

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死んだ子の爪 タナトス @tanatos2

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