練習の成果
アンリとレオナードの練習の日々は、確実に成果を結びつつあった。
エーテルに変換できる火柱の高さは、徐々に上がっていく。人の大きさくらい、という当初の目標も、あっさり達成できそうだ。
「歯応えがない」
「そう言わずとも」
少し不満げなレオナードに対して、アンリはたしなめるように言う。その一方で、彼に同意してもいた。
がんばれば、もっと難しいことができそうなのに。
アンリが物思いに耽っていると、レオナードが「なあ」とアンリを呼ぶ。
はい、とアンリが振り返るのを待って、彼は手を突き出す。
「こういうのも、できるようになった」
そう言って、彼は掌から炎を生み出した。それは勢いを増しながら渦を巻いて羽を伸ばし、鳥の形を取る。熱風を巻き上げながら羽ばたき、ひらひらと宙を舞った。
わ、と思わず、アンリは感嘆の声を漏らす。
「すごい……! いつの間にこんなことを?」
「俺にかかれば、これくらいは片手間でできる」
得意そうに胸を張る彼に、アンリはすごいすごいと興奮しながらつきまとう。レオナードは満更でもない様子で火の鳥を飛ばし、ぱちんと指を鳴らした。
途端に火の粉となって鳥は散る。その美しさに見惚れるアンリに、レオナードは満足げに笑った。
「これを白く光らせたら、綺麗なんじゃないか?」
「そうですね」
アンリの声が弾む。この鳥を変換するのであれば、どんな理論を組み立てればいいのだろう。レオナードとのパスは繋がっているはずだが、距離がすこし遠い。その分、組み立てるべき操作手順も難しくなりそうだ。
「わくわくします」
アンリが端的にそう言えば、レオナードは嬉しそうにはにかんだ。その笑みが眩しくて、アンリはきゅっと目をすがめる。
「なんだ、その顔」
「いや、その、まぶしいなと思いまして」
ふうん? とレオナードは鼻を鳴らす。彼を見ていると、アンリはなぜか心臓がうるさくなるのだ。わけもわからずドキドキしているアンリに、レオナードが身体を寄せて囁く。
「それで、少し相談なんだが」
「は、はい」
どぎまぎするアンリを見て、レオナードが面白そうに目を細める。彼はわざとらしく、アンリの身体に腕をぶつけた。ひるむアンリに、そのまま「すまない」と全然反省していない声で言ってするりと指を絡める。アンリの手の甲を撫でて、思わず悲鳴をあげた。
「ふ、ふざけないでください……!」
「なにもふざけてなんか、ないが……」
すっとぼけているのが見え見えだ。アンリは言葉に詰まって、かっと身体が熱くなるのを感じた。
だけど彼のすることだと思うと、抵抗する気なんか湧かないし、そもそも全然嫌じゃない。
黙り込むアンリを満足げに見下ろして、レオナードはそっと離れた。
「本番なんだが。この鳥で実演するだろう?」
「はい」
すっかりその気になっていたアンリは、かくかくと小刻みに頷く。レオナードは愉快とでも言いたげににやりと笑い、再び火の鳥を生み出した。
「おお……」
「今日からは、これで練習しよう」
そう言って、続けざまにまた何羽も生み出す。あたりにひらひらと炎の羽が舞い、アンリはすっかり見惚れてしまった。
「これって、どうなってるんですか?」
興味津々で尋ねるアンリに、レオナードが自慢げに答える。
「俺の魔力を高濃度で出力して、擬似的な生命体を作っている。俺の生命力を源としてできた、いわば分身みたいなものだ」
「へえ。擬似的な生命体ということは……エーテルに匹敵するくらい濃密な魔力の循環を、かなり小規模に起こしているんですか?」
「……そうだ」
わずかな言いよどみに気づかず、アンリは続ける。
「この規模であっても必要な魔力量は相当でしょう。それをここまで緻密に操作、しかも複数だなんて素晴らしいです。どのような理論と手順で実現したんですか?」
レオナードが、一瞬言葉に詰まった。何かを言おうとした瞬間、アンリは「いえいいです」と早口に遮る。
「あなたががんばって考えた理論を簡単に知ろうとするなんて、僕が無神経でした」
「あ、ああ……?」
「いつかしかるべきときに、しかるべき場所で教えてください」
アンリがはにかみながら言うと、レオナードは「あ、ああ」と歯切れ悪く頷いた。その顔は少し赤い。
「……うん」
「はい」
アンリはすっかり浮かれながら、掌を差し出す。レオナードはその手を握り、ゆっくり力を込めた。
「アンリ」
「はい。なんでしょうか」
首を傾げるアンリに、レオナードが微笑んだ。
なぜかその顔が寂しそうにも、怒っているようにも、喜んでいるようにも見えたので、アンリは反対側に首を傾けた。
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